格納庫の照明が、静かにX-5を照らしていた。
誰も軽口を叩かなかった。
ハロプトが続けるように発言する。
『神の雷計画』
リオが首を傾げる。
「神の雷?ついさっき聞いたような……」
その言葉に反応するように、ハロプトのセンサーが明滅する。
『カリスト兄弟が行った計画だ』
メイが首を傾げる。
「カリスト兄弟って?」
ハロプトが答える。
『木星帝国末期に現れた双子の指導者』
『木星再興を掲げた人物だ』
『だが思想は極めて排他的だった』
ザックが顔をしかめる。
「嫌な話だな」
ハロプトは静かに続けた。
『神の雷計画は木星圏に造られたコロニー・レーザー、シンヴァツを使用し』
『地球を直接狙い撃ちにする計画』
リオが固まる。
「……は?」
ガンズ爺が驚くように言う。
「木星から地球までじゃと?」
「普通なら不可能じゃろう」
『しかし、奴らは本気でやろうとした』
格納庫の空気が冷える。
メイが青ざめる。
「そんなの止められないよ!?」
『だから恐れられた』
『そして、その計画を潰した人物こそ――』
『クロスボーンガンダムのパイロット』
リオが聞き返す。
「誰なんだよ」
数秒の沈黙。
答えたのはハロプトだった。
『トビア・アロナクス』
格納庫が静まる。
リオの脳裏に、あの声が蘇った。
ガルドという男がやかましく叫んで言っていたこと。
かつて木星帝国を最も恐れさせた者、トビア・アロナクス。
神の雷計画――木星帝国最大の敗北、その戦闘データが使われている。
そんなことを言っていたのを思い出したリオ。
ザックが腕を組む。
「でもそんな事件聞いたことないぞ」
「え、私それっぽいの知ってるよ?」
メイが言うので驚くザック。
「ほら、ローズマリーって人が書いた神の雷計画の真実ってやつ!!」
携帯端末機を動かし、画面を見せつけるメイ。
神の雷計画の真実の本の表紙が出ていた。
「……あったなあ、でもアレ創作本だろどう見ても」
「でも、今の話と一致してるよ!!」
『その書籍には事実と異なる記述が多い』
『しかし神の雷計画そのものは実在した』
「ほらぁ!!」
「うそおん……」
自慢げに胸を張るメイ。唖然とするザック。
リオが呆れながらも、話を戻すように言う。
「つまり、そのすごい人のデータが黒いガンダムに使われてる、そういうことを言いたいのか?」
『肯定。ちなみに公式記録では死亡している』
「そうなのか……」
『一方で、生存説も存在する』
「……どっちだよ」
思わず呆れるリオ。
リオは頭を掻く。
「なんかもうスケールでかすぎて分かんなくなってきたな……」
ザックがため息を吐く。
「つまり要約すると」
「木星のヤバい残党が」
「昔、自分たちをぶっ倒した機体に執着してるってことか」
『概ね正しい』
ハロプトが答える。
ザックはさらに続けた。
「で、その執着の結果がX-6とやらってわけだ」
『推定』
格納庫が沈黙する。
誰も軽く受け止められなかった。
リオだけが、ぽつりと言った。
「最悪じゃないか」
『最悪だ』
珍しく、ハロプトが即答した。
誰も反論しなかった。
木星。
クロスボーン。
そしてX-6。
想像していたより遥かに厄介なものへ首を突っ込んでしまった。
リオはようやく実感した。
自分は想像以上のものに関わってしまったのだ。
格納庫に重苦しい沈黙が落ちる。
X-5の駆動音だけが、微かに響いていた。
ザックは頭を抱えたまま、ぼそっと呟く。
「……いや無理だろ!!」
誰も反応しない。
ザックは立ち上がって叫んだ。
「俺たちなんかが関わっていい相手じゃなさすぎるって!!」
「木星帝国!」
「クロスボーンガンダム!」
「トビア・アロナクス!」
「スケールがでけぇ!!」
メイが小さく頷く。
「それはちょっと分かる……」
ザックは指を鳴らした。
「そうだ!」
全員が見る。
「リガ・ミリティアに頼もうぜ!」
数秒の沈黙。
そして。
ガンズ爺が静かに話す。
「ザックよ」
「えっ」
「ニュース見とらんのかお前」
ザックが固まる。
ガンズ爺は腕を組み、苦い顔で言った。
「つい最近やっていたじゃろ」
「エンジェル・ハイロゥ破壊作戦」
その言葉に、空気が変わる。
メイも表情を曇らせた。
「……あ」
リオの顔から血の気が引く。
「あ……」
ガンズ爺は続けた。
「リガ・ミリティアは勝っておったが代償が多いと見た」
「艦隊もエースも消耗しておる」
「今残っているのは、ほぼ残党みたいもんじゃと思われるぞ」
リオが言葉を失う。
宇宙戦争は終わった。
みんなそう言っている。
だが実際は違う。
終わったのは“戦う力”の方だった。
ハロプトが静かに補足する。
『現在の地球連邦軍も再編中』
『ザンスカール戦争後の混乱で即応能力は低下している』
『大規模な木星残党討伐は期待できない』
リオが顔を俯かせる。
「そんな……」
ガンズ爺が深くため息を吐く。
「しかも木星の問題じゃ」
「連邦は本気で動くのはより難しいじゃろう」
メイが不安そうに言う。
「でも……じゃあどうするの?」
「放っといたらまた襲ってくるんでしょ?」
全員がX-5を見る。
ハロプトが静かに答えた。
『可能性は高い』
『ガルド・グラスは本機に強い執着を示している』
『理由は不明』
ザックが腕を組む。
「……連邦もリガ・ミリティアも期待できねえなら」
「自分らでなんとかするしかない、ってことかよ」
「無理だぁぁ……」
肩を落とすザック。
ハロプトが冷静に言う。
『現実的には戦力増強が必要だ』
『まずX-5を修復する』
『その後、X-6対策を構築する』
リオがうなずく。
「そうだな、まずは直さないと」
「ここまで逃げ延びた意味がなくなる……」
リオは先ほどの戦闘を思い返しながら、つぶやく。
ハロプトは言う。
『予備パーツを調達すればいい』
「……クロスボーンガンダムのか?」
『そうだ』
「どこにあるんだよ」
ハロプトは一瞬だけ沈黙した。
そして答える。
『存在しないとは断定できない』
『本機の建造記録が存在する以上』
『関連設備、予備部材、あるいは設計データが残存している可能性はある』
「可能性の話じゃんか!」
『可能性がゼロではない』
「またそれかよ……」
数秒の沈黙。
その時だった。
ガンズ爺がぼそっと言った。
「……一つだけ、心当たりがある」
全員が振り向く。
ザックが眉をひそめる。
「ガンズ爺?」
老人は嫌そうに顔をしかめた。
「知り合いというほどじゃない」
「昔、一度だけ噂を聞いたことがある」
「クロスボーン・ガンダム絡みの仕事をしておった技術者じゃ」
ハロプトが即座に反応する。
『サナリィ技術者か』
『可能性はある』
ガンズ爺は渋い顔のまま頷く。
「今も生きとる保証はない」
「居場所も曖昧じゃ」
「じゃが探す価値くらいはあるじゃろう」
リオが即答した。
「……会おう」
「早いの」
「偏屈くらいで済むなら全然いいさ」
ザックが頭を掻く。
「……つまり次は」
「宇宙の果てまで偏屈ジジイ探しの旅か」
メイが苦笑する。
「なんか話大きくなってきたけど、この辺りはジャンク屋だよねー」
ハロプトだけが真面目だった。
『急ぐべきだ』
『ガルドは必ず再接触してくる』
『そして次は――』
『確実に殺しに来る』
格納庫に、再び静寂が落ちた。