《アイアン・ラビット》は静かに宙域を離れていた。
オンボロ戦艦のエンジンが唸る。
ザックは艦橋で航路を確認。
ガンズ爺を中心に、整備班は格納庫でX-5の解体同然の点検中だった。
メイが雑用で奔走し、リオも修理を手伝っていた。
平和……ではないが、少なくとも今は戦闘中ではない。
メイが端末を見ながら言った。
「ねぇリオ」
「んー?」
「そのクロスボーンガンダムってさ」
「いっぱいあったんでしょ?」
「だったら他の人に助けてもらえないの?」
「クロスボーンガンダム使ってた人とか」
悩むリオ。
「うーん、難しいだろうな」
「えっ」
「木星戦役なんて何十年も前だぞ」
「クロスボーンガンダムに乗ってた人たちなんか、とっくに引退してるか」
「トビア・アロナクスって人みたいに、生きてるかどうかも分からないんだろうさ」
メイは少し考える。
「そっか、残念だなあ」
「もしいたとしても、狙われそうな気もするけどなー」
「ああ、そっかリオ泥棒したもんね」
「違う、放っておかれてたから持ってきたの」
「それで厄介ごとも持ってきてるけどね」
「うぐっ」
言葉に詰まるリオを見て、メイはくすりと笑った。
そんな時だった。
「リオ、ちょっと来い」
「ん?」
ガンズ爺がリオを呼んだ。
「X-5の内部データを調べとったんじゃが」
「妙なことが分かった」
リオが顔をしかめる。
「また厄介事?」
ガンズ爺はため息を吐いた。
「この機体の記録データじゃ」
「途中からごっそり消えとる」
ハロプトが即座に反応する。
『あり得ない』
『本機の記録領域に異常は確認されていない』
『消失する理由がない』
「じゃから妙なんじゃ」
ガンズ爺は続けた。
「整備記録」
「改修履歴」
「搭乗者情報」
「運用ログ」
「全部途中から空白じゃ」
リオが眉をひそめた。
「壊れてるだけじゃないのか?」
「違う」
「これは消したんじゃろうな」
「誰かが意図的にな」
数秒の沈黙。
ハロプトも黙った。
珍しく反論しない。
メイが不安そうに呟く。
「なんか怖いんだけど……」
『同意する』
ハロプトが答える。
ガンズ爺は肩をすくめた。
「まぁ今すぐどうこう出来る話じゃない」
「何ができるわけでもない、まっ、脅すわけじゃあないが」
「ろくでもないものである確率は高まったというわけじゃ」
リオは渋い顔をしながらぼそりと言う。
「ちくしょう、厄介すぎるぜクロスボーンガンダム」
『欲をかいて本機を回収した時点で結果は予測できた』
「うるせー、俺が助けなかったらお前木星に捕まってたってのに」
『お前がいなくても問題なく対応できた』
「嘘つけ見栄っ張りAI!」
メイとガンズ爺が苦笑する。
その時だった。
格納庫の端末にも短い電子音が鳴る。
《通信受信》
メイが顔を上げる。
「あれ?」
次の瞬間。
艦橋にいるザックから、艦内通信越しに間の抜けた声が聞こえた。
「……は?」
メイが首を傾げる。
「どうしたの?」
艦内通信でザックに声をかけるメイ。
「発信元」
「地球連邦軍」
艦内が静まり返る。
数秒。
誰も反応できない。
「……マジだぞ、本当に連邦軍だ」
リオが固まる。
「……え?」
「認証コードも本物」
「軍用回線だ」
メイが青ざめる。
「な、なんで!?借金取り!?」
「そ、そんな天下の連邦軍がまさか!!」
ザックが頭を抱えた。
「静かにしろお前ら」
通信要求が再び表示される。
《優先通信》
《地球連邦軍》
艦内の空気が一気に張り詰める。
ハロプトが淡々と言った。
『受信を推奨』
『拒否した場合、敵対行動と判断される可能性がある』
「うわぁ……」
やがてリオたちが艦橋へ駆け込んでくる。
全員が揃ったのを確認し、ザックは深く息を吐いた。
艦橋のモニターには、すでに連邦軍のMSが映し出されていた。
その中心に、ひときわ異質な一機がいた。
真っ白な機体。
V.S.B.R。
そして、ガンダムのようなツインアイ。
リオが思わず呟く。
「F91……?」
通常のF91とは異なり、機体のほぼ全身が白。
差し色も、わずかな黄色だけだった。
ザックが小さく呟いた。
「F91なんてまだあったのかよ……」
「そ、それより早くザック繋がないと!!」
メイの声にハッとしたザックは慌てながらも言う。
「あ、ああ、繋ぐぞ」
通信回線が開く。
ノイズ。
映し出されたのは鋭い目をした男だった。
短く整えられた髪。
無駄のない軍服。
そして軍人特有の威圧感。
「地球連邦軍所属、フェーレン・アシキッド少佐だ」
「質問する。数時間前、この宙域で連邦軍偵察部隊が消息を絶った」
艦橋の空気が凍る。
「生存者ゼロ。機体残骸多数」
「部下から送られた映像からはMSによる交戦が確認されている」
リオは思わず顔を俯ける。
ザックがゆっくり目を細める。
嫌な予感しかしない。
白いF91が微動だにしない。
まるでこちらを見透かしているようだった。
そして男は言った。
短い沈黙。
「お前たちがやったのか?」
短い問いが、艦橋を沈黙させた。
周囲に待機していたジェムズガンとヘビーガンが、一斉にライフルを構えた。
《アイアン・ラビット》を包囲するように展開していく。
ザックの顔が青くなる。
「ちょ、ちょっと待て」
「なんで全機こっちに銃を向けるんだ!?」
「うちジャンク屋だぞ!?」
「密輸もしてねぇぞ!?」
メイが震える。
「ザック、それ言うと逆に怪しいよ」
「じゃあどう言えってえのさ!!」
ガンズ爺が感心したように呟く。
「F91とは、いい機体じゃのぉ」
「それは俺も思ったけど今いうなじいさん!」
モニター中央。
白いF91だけがゆっくり前へ出る。
「早くほらザック!!何か言わなきゃ!!待ってるよ!!」
メイの急かす声に合わせるようにザックが敬礼っぽい何かをする。
「わっ、ワイルドキャット商会代表のザックです!」
「俺たち何もやってません!!」
「弱小ジャンク屋です!!」
「借金しかありません!!」
フェーレンの眉がわずかに動く。
「……やってない、そういうんだな?」
「は、はい、その、す、すんません……」
なんとなく謝ってしまい、ザックの肩が落ちる。
フェーレンは続ける。
「……正体不明の機体が一機この方面へ逃走した」
「部下の最期の報告だ」
「その機体に心当たりはあるか」
ザックの背中を冷や汗が流れる。
まずい。
まずいまずいまずい。
クロスボーンガンダムならある。
しかも格納庫に。
完全にある。
「い、いやその、これはですね」
「事情というか、誤解というか、事故というか」
しどろもどろになる。
その時だった。
リオが前へ出る。
「俺だ」
ザックが固まる。
「リオ!?」
リオはフェーレンを真っ直ぐ見た。
「確かにクロスボーン・ガンダムならある」
艦橋の空気が凍る。
連邦側もざわついた。
「クロスボーン・ガンダムだと?」
「本当に存在したのか?」
「馬鹿な……」
フェーレンだけは表情を変えなかった。
「でも俺たちはやってない」
リオは拳を握る。
そして。
少しだけ視線を落とした。
「……けど」
「見殺しにはした」
ザックが絶叫する。
「ば、バカ!!」
「なんで言うんだよ!!別に言う必要ないだ――」
「嘘ついても仕方ないだろ!」
リオは唇を噛んだ。
「……事実なんだ」
「リオ……」
ザックは小さく呟いた。
フェーレンの目が細くなる。
「見殺し、か。詳しく聞かせてもらおうか」
その瞬間だった。
連邦側の通信回線が騒がしくなる。
「隊長!」
「高熱源反応!!」
「接近中です!!」
フェーレンが振り向く。
「接触まで!」
「10分!!」
艦橋の空気が一変した。
ザックが青ざめる。
「な、なんだ!?」
メイがセンサーを見る。
「MS!?」
「違う……速すぎる!」
その瞬間。
ハロプトが艦内の通信回線を開いて言う。
迷いのない、確信に満ちた声だった。
『識別完了』
リオの背筋が凍る。
嫌な予感しかしない。
ハロプトが静かに告げる。
『X-6』
沈黙。
そして続ける。
『ジュピター・クロスボーンガンダム』
『接近中』
誰も言葉を発せなかった。