艦橋に警報が鳴り響く。
ガンズ爺は状況を察し、一足早く格納庫へ向かった。
《敵機、高速接近中》
メイが真っ青な顔をする。
「わ、わああ!?来たの!?」
ザックも慌てふためく。
「もう来るぅぅぅ!?」
リオも絶望顔だった。
「早すぎる……!!」
その時。
別回線が開く。
フェーレンだった。
「全機へ!迎撃態勢を取れ!」
「はっ、了解です!ジェムズガン隊前進!」
「頼んだ!ヘビーガン隊は後方支援!」
「了解!」
窓の外。
ジェムズガン隊が次々と前へ出る。
ヘビーガンも展開を開始した。
連邦軍はすでに戦闘準備へ移行していた。
「ジャンク屋、話はあとで聞く。後退しろ!」
そう言ってフェーレン率いる連邦軍は前方へ向かう。
「……連邦軍、どうにかしてくれねえかな」
ザックが乾いた笑いを漏らす。
『無理だな』
ハロプトは即答した。
『連邦軍のみで迎撃した場合、前衛は突破される』
『その後、本艦を含めた生存確率は3%以下』
リオが即座に聞き返す。
「3割……!?」
『3%だ』
「……無いに近いじゃないか」
メイが騒ぎ立てる。
「そ、そんなぁ!!まだお金持ちにもなってないのに!!」
ザックが苦笑する。
「俺もまだローン残ったままなのによぉ……」
ハロプトが続ける。
『だが、我々も戦闘に参加した場合』
「戦えば……?」
リオは生唾を飲む。
そして、全員が少しだけ期待した。
『生存率は向上する』
「……どれぐらい?」
『13%だ』
沈黙。
リオが顔を引きつらせる。
「……連邦軍にF91、お前が動かすX-5もいるのに?」
『その数値は正常状態のX-5を含めた試算結果だ』
『現在の本機の状態では、さらに低下する可能性が高い』
リオの顔がさらに引きつった。
「……やばいなぁ」
艦橋のモニターには、現在のX-5の状態が映し出されている。
右腕――応急腕部を装着中。
装甲――応急修復。
推進剤――最低限。
クロスボーン・ガンダムの代名詞ともいえる、
ザンバスター。
ビーム・ザンバー。
ブランドマーカー。
そのどれもない。
あるのは――
『現在装備されている武装は、バルカンと足裏ヒートダガーのみ』
『現時点で使用可能な代替装備によっては、生存率は7%前後まで上昇すると推測』
メイが半泣きで叫ぶ。
「それでも7%なの!? ど、どうしようもないじゃん!!」
ザックもモニターを見て顔を引きつらせる。
「……ぜ、絶望てきぃ……」
―――――――――――――――――――
そのころ。
白いF91のコクピット。
フェーレンは無言でセンサー情報を眺めていた。
「隊長」
「あの民間船にも協力を求めないのですか?」
部下が不安そうに尋ねる。
フェーレンは先ほどより口調を和らげて、短く答えた。
「いいや、いらないさ」
「だが」
僅かに目を細める。
「クロスボーン・ガンダムがいるのなら、あるいは来るかもな」
―――――――――――――――――――
アイアン・ラビット格納庫。
リオは転がるように格納庫へ向かった。
リオより先に戻ったガンズ爺が忙しそうに動いている。
そこではX-5が整備ベッドに固定されていた。
右腕だけ異様だった。
緑色のゲルググ腕。
クロスボーンの細身フレームに全然合っていない。
リオが顔をしかめながら、ガンズ爺を呼び止める。
「えっ、あの、ガンズ爺この珍妙なのは……」
「文句を言うな」
ガンズ爺はスパナを振りながら言う。
「その腕が動くだけでも奇跡じゃ」
ハロプトが補足する。
『駆動系接続精度42%』
『反応遅延あり』
『近接戦闘時に脱落の危険性もある』
「ないよかマシじゃろ」
「…………」
リオはX-5を見上げた。
本当にボロボロだった。
伝説のクロスボーンガンダム。そのはずなのに、今は宇宙のジャンク同然だ。
だが、ハロプトが静かに言った。
『……同意。現在の戦力では極めて不利だ』
『接続は不完全だが、使用可能な腕部があるだけでも戦力は向上する』
リオが苦い顔をする。
「…………っ」
脳裏にX-6の姿が浮かぶ。
連邦軍を見殺しにしてまでも生き延びた。
だというのに、あの獣は再びこちらへ牙を向けに来た。
身体の震えを隠せない。多少の補給は済んだ。だが、状況は大きく変わっていない。
また、同じことになるのではないかと頭に不安が渦巻く。
ガンズ爺が低く言う。
「リオ」
「……なんだよ」
「お前さん、怖いか」
「っ……! 怖すぎるさ!死ぬのも怖い!!」
「また、誰か死ぬのも怖い……!!」
「相手は化け物、そんで俺、ただのジャンク屋なんだ……!!」
「怖がるなって言うのかよ、ガンズ爺!」
ガンズ爺は微笑した。
「ふっ、正常じゃな」
リオが目を丸くする。
老人は工具を置き、X-5を見上げる。
「本当に危ない奴ほど」
「“怖い”を忘れる」
静かな声だった。
「怖がれるうちは、まだ人間じゃ」
リオは少し黙った。
格納庫は、出撃直前の慌ただしさに包まれている。
「……無責任じゃがな、もうお前に頼る他ない」
「俺は、何も出来ないよ。ハロプトが動かしてくれないと……」
「本当にそうなら、アイツに任せちまってもいいじゃろう」
「えっ」
「じゃが言っておくぞ!!頼んだぞ、リオ!!」
ガンズ爺は整備員たちへの指示を飛ばし、格納庫では工具が飛び交う。
リオは顔を俯かせて、黙る。
ガンズ爺の言葉を受けるように、ハロプトは言う。
『私一人でも操作は可能だ』
「……だったら」
『だが、それではX-6を倒せないだろう』
「えっ……」
『私はあくまで補助AIだ。計算した行動は可能だ』
『しかし、予測もできない戦闘は出来ない』
『私の計算だけでは届かない可能性を引き出すのが、お前だ――リオ・ガーランド』
「…………」
『お前が怖いのならば、搭乗しなくても構わない』
『その場合は、艦内から実行可能な作戦を立てろ』
『無策で生き残れる状況ではない』
リオはふと、周りを見渡す。
自分がこのまま艦内に残っていても、できることはない。
作戦を立てろと言われても、この状況で思いつく策なんて一つも浮かばなかった。
そして、もう逃げる道なんかない。
ここにはアイアン・ラビットもある。逃げればこの船は落とされてしまうかもしれない。
それに、ここでもう一度逃げれば、あの時見捨てた彼らと同じ犠牲をまた生むことになる。
――偽善、だな。
理由をつけて、自分を奮い立たせるための、罪悪感を解消させるための偽善。
だけど――
「……俺に少しでも何か出来るのなら、乗るよ、X-5に」
リオは、決意した。
罪悪感から生まれた決意でも構わない。
今は、自分にできることをするしかなかった。
途端。
『最初からそう言え』
そんな覚悟を無下にするような毒舌がリオに刺さる。
「……お前、嫌な奴だよな」
リオは調子を崩されながらも、その嫌味さに緊張がほぐれた気がした。
――――――――――――――――――――
格納庫の隅にはジャンク品の山が積み上げられていた。
ザクの肩。
ジムの脚。
どこのか分からないビームライフル。
果ては作業用アームまで。
まるで小さなゴミ捨て場であった。
整備班の兄ちゃんが叫ぶ。
「リオー!!」
「使えそうと思ったもん適当に持ってけ!!」
「あ、ああ!!ありがとう!!」
「まあ、ろくなもんないけどな!!」
「……ん、まあそうかも」
苦笑するリオ。
ハロプトが冷静にジャンク山をスキャンする。
《検索中》
《使用可能装備選定中》
数秒後。
クレーンが動く。
運ばれてきたのは、
旧式ハイパーバズーカ。
そして大型ヒートソード。
リオが目を丸くする。
「お、意外とちゃんとしてる」
『現実的選択だ』
ハロプトが答える。
『現在のX-5に必要なのは火力と白兵戦能力』
『ビーム兵器はエネルギー消費が大きすぎる』
ガンズ爺が頷く。
「そもそもビーム兵器なんて上等なもんは壊れかけのもんしかないしの」
その時。
リオがジャンク山の端を指差した。
「あ」
そこに転がっていたのは。
巨大な鉄球。
鎖付き。
完全に時代錯誤な武器だった。
メイがぽかんとする。
「……チェーンハンマー?」
「ガンダムならハンマーかなってさ」
沈黙。
ハロプトが即答した。
『誤りだ』
「えっ」
『歴史上、ハンマーを標準的に使用したガンダムは初代のみ』
『よって“ガンダムならハンマー”という認識は統計学的に誤っている』
格納庫が静まる。
リオが顔をしかめる。
「でもガンダムが使ったじゃん」
『ガンダムならとお前は言った』
「そうだけど!!」
リオがチェーンハンマーを指差す。
「いやでも、それでもガンダムが使ったなら使える!!」
『命中率が低い』
『宇宙空間では慣性制御が困難』
『チェーン部破断時の危険性も高い』
「けど使えるかもだろ!!」
数秒沈黙。
そして。
ハロプトが静かに付け加えた。
『……だが』
リオが顔を上げる。
『敵の予測外ではある』
「!」
『X-6は高機動近接型』
『未知の攻撃には一瞬反応が遅れる可能性がある』
メイが笑う。
「採用するんだ?」
ハロプトが嫌そうに答える。
『……不本意だがな』
リオが驚く。
「……お前が折れると思わなかった」
『使えないと認識したら即座に宙域に破棄する』
「それは勿体ないだろ!!」
整備員たちが騒ぎながらチェーンハンマーを運ぶ。
「なんか海賊っぽくなってきた!!」
「海賊というか宇宙山賊だろ!!」
「ジャンク屋仕様ってやつだ!!」
ハロプトが静かに答えた。
『機体構成が当初設計思想から大幅に逸脱している』
『評価不能だ』
「でも他の武装もろくに使えそうなのないしさ、いいんじゃないか?」
『よろしくない』
「不貞腐れるなよ」
『不貞腐れていない』
メイが笑顔で言う。
「拗ねないでよー!!」
整備員たちも笑う。
さっきまで漂っていた重苦しい空気が、少しだけ薄れた。
リオがコクピットへ乗り込みながら言う。
「諦めろよ、相棒」
『誰が相棒だ』
「お前」
数秒の沈黙。
そして。
バズーカは背部へ固定。
ヒートソードは腰部へ括り付ける。
チェーンハンマーは左腰の即席ラックへ吊るされた。
「……出撃準備完了」
X-5のツインアイが点灯する。
右腕はゲルググ。
武器はジャンク。
装甲はボロボロ。
なのに。
不思議と、さっきより“戦える機体”に見えた。
その時。
艦内警報が変わる。
《敵機接敵》
《迎撃隊と交戦開始》
メイの悲鳴が通信越しに響く。
「き、来たっ!!」
ザックも怒鳴る。
「連邦軍前衛と接触!!」
「全員衝撃に備えろ!!」
メイの声が通信に響く。
「リオ!!」
「ん?」
「絶対帰ってきてよ」
リオは一瞬だけ黙り、
「努力する」
「努力じゃなくて絶対!!」
「わ、わかったよ!!」
「よしっ!!」
メイは笑顔で返す。
ハロプトは呆れたように呟いた。
『口約束ばかりだな』
「うるさいな、茶々入れるなよ」
『だが、私からも言わせてもらう』
「なんだよ」
『死ぬな』
リオは驚くような顔を見せたあと、苦笑した。
「……おう」
その直後だった。
艦橋から悲鳴のような通信が飛び込む。
「ジェムズガン一番機撃墜!!」
「速すぎる!!」
「見え――」
通信が途切れる。
リオの顔から笑みが消えた。
戦闘が始まった。
本当に。
始まってしまった。
喉を鳴らし、リオは叫んだ。
「クロスボーン……クロスボーンガンダムX-5は、俺が、リオ・ガーランドが行ってくる!」
そして。
カタパルトもない格納庫から、
オンボロのクロスボーンガンダムX-5は、再び宇宙へ飛び出した。