宇宙へ飛び出したX-5は、ゆっくりと機体姿勢を安定させた。
推進剤警告。
フレーム負荷警告。
右腕同期率低下。
警報だらけだ。
リオは思わず不安を口にする。
「ほ、本当に大丈夫だよな、これ……」
ハロプトは冷静だった。
『敵影確認』
モニターに映った光景を見た瞬間。
リオは息を呑んだ。
「っ……」
戦場だった。
木星残党のバタラ数機。
ジェムズガン隊。
ヘビーガン隊。
連邦軍機が次々と火線を張っている。
ビームが飛び交い、爆発が連続する。
その中心を、白いF91が駆けていた。
V.S.B.Rが展開する。
閃光。
次の瞬間。
X-6より先行していた木星残党機が一機、爆散した。
リオが思わず声を上げる。
「すげぇ……」
ハロプトが答える。
『F91』
『数十年経った今も未だ高性能機』
『標準仕様からさらに改修されていると推測』
『搭乗者も優秀と推定』
リオは不安を押し込み、X-5を前方へ加速させる。
その時だった。ハロプトの声色が変わる。
『警告』
リオの背筋が冷える。
『敵主力確認』
戦場の奥。
暗い宇宙の中から。
赤い光が現れた。
ギギギ……
嫌な駆動音とともに、歪な機体シルエットが現れる。
リオの顔色が変わる。
「あいつ……」
忘れるはずがなかった。
クロスボーン・ガンダムX-6。
木星が生み出した異形の機体。
そしてその後方。巨大な棺桶型ユニットを背負った木星機。
その機体には、ガルド・グラスが乗っていた。
通信が開く。
「再会だな、X-5」
楽しそうな声が響く。
リオは思わず顔をしかめる。
「全然嬉しくねぇよ……」
ガルドは笑う。
「ふふふ、私は嬉しいがね」
「まあ、少々予定外の客もいるようだが」
サルコファゴのモノアイが、白いF91へ向けられる。
フェーレン・アシキッド。
F91のコクピットでフェーレンがX-6を見ながら静かに呟く。
「あれか」
「部下を殺した機体は」
「識別信号なし」
数秒。
センサー情報を見る。
「形状は……クロスボーン・ガンダムに酷似しているな」
ビームライフルを構えるF91。
X-6の赤いツインアイが光る。
ガルドが面白そうに笑った。
「クロスボーン・ガンダム以外のガンダムには用はないのだがね」
フェーレン。ガルド。そしてX-6。
リオは唾を飲み込む。
目の前にいるのは。
連邦のエース。木星の狂信者。
そして、恐怖の権化とも言える黒き獣。
ハロプトが静かに告げた。
『リオ』
『……なんだ』
『ここから先は、本当の戦闘だ』
二戦目のジャンク屋が立つには、あまりにも大きすぎる戦場だった。
ジェムズガン隊の一機が前へ出た。
「捉えた!!」
ビームライフルが火を噴く。
閃光が宇宙を裂いた。
だが、当たらない。
ガルド機は僅かに姿勢を傾けただけだった。
「なっ――」
その瞬間だった。
フェーレンの怒声が通信へ響く。
「待て!!」
「不用意に近付くな!!」
だが遅かった。
ガルドが笑う。
「勇敢だな、連邦の犬」
木星機の背部にある棺桶型ユニットが展開する。
ギギギ……
不気味な駆動音。
ジェムズガンのパイロットが戸惑う。
「なんだ……?」
次の瞬間、棺桶内部から無数の光が溢れた。
「ミサイル!?」
マイクロミサイルだった。
数十発。いや、それ以上。
ジェムズガンが慌てて回避機動へ移る。
爆発。
爆発。
爆発。
火線が宇宙を埋め尽くす。
「くそっ!!」
「多すぎる!!」
機体を振り回しながら辛うじてかわす。
回避しきれた。そう思った。
だが、ガルドは笑っていた。
「避けたかぁ」
ガルドの機体が急旋回する。
棺桶型兵装を鎖で引いたまま。常識外れの機動だった。
「なっ!?」
ジェムズガンのパイロットが目を見開く。
慣性に引かれた棺桶型兵装が、鎖を伸ばして大きく回り込む。
巨大な鉄塊がジェムズガンへ迫った。
そして、棺桶の縁が発光した。
ビーム刃。棺桶そのものが巨大な刃へ変わる。
「なっ、それ――!?」
「ふはははは!!」
絶叫。
棺桶がジェムズガンのコクピットを正確に切り裂いた。
ドォォォン!!
爆発。
機体が真っ二つになる。通信が途絶えた。
ガルドは愉快そうに笑う。
「ははは!!我が機体、サルコファゴ!!侮ってはならんなぁ!」
「連邦の犬っころめが!!」
爆炎を突き破り、鎖を引いたサルコファゴ本体が姿を現す。
赤いモノアイが強く光っていた。
その時。
X-6がゆっくり前へ出る。
ギギギ……
関節が不自然に鳴る。
そして。
ノイズ混じりの声。
「…………アア……オオッ……」
リオが凍る。
まただ。
“中の誰か”が呻いている。
ハロプトが静かに言う。
『内部に保存された人格反応が不安定化している』
「全く、また制御を乱しおって」
X-6へ電流が走る。
ギィィィィ!!
まるで悲鳴。
リオが顔をしかめる。
「あいつ、何かしたのか」
『懲罰制御と推測する。前回の戦闘時にも似た動作を行っていた』
「懲罰、って……!」
ガルドはオープンチャンネルにして笑った。
「理解できんだろうな、小僧!」
「英雄など“道具”にすぎん!!」
「死してなお、保存した人格を何度でも使い回せばいい!!」
「黙ってな、じいさんよ!」
ガルドの演説を打ち切らせるように、F91率いる連邦部隊が攻撃を再開する。
それを見ながら、リオは操縦桿を握り締める。
アイツは、正気じゃない。
怖い。逃げたい。
でも。
X-5の左手がチェーンハンマーを掴み、即席ラックから引き抜く。
「……知ったもんか」
「英雄とか、木星とか、クロスボーンとか」
X-5のツインアイが光る。
「でも」
リオはガルドを睨んだ。
「人をあんなふうに使う奴を、放っておけるか……!!」
ハロプトは呟く。
『リオ、落ち着け』
リオは震える声のまま叫んだ。
「ジャンク屋なめんなぁぁぁぁ!!」
X-5が加速した。
鉄球が鎖を引きながら宇宙で唸る。
リオは半分ヤケだった。
だが次の瞬間。
ガコンッ!!
ハーネスがリオの身体へ食い込んだ。
「うわっ!?」
急制動。
ハロプトが強制的に推力を切っていた。
X-5がその場で停止する。
リオは思わず咳き込んで涙目になる。
「なにすんだよぉ!?」
ハロプトは静かだった。
『再度伝える。落ち着け』
「落ち着いてられるか!!」
『三度目だ、落ち着け』
声が低い。
いつもの淡々とした調子なのに、妙な圧があった。
リオは少しだけ黙る。
ハロプトが続ける。
『お前の暴走を奴は誘っている』
『そのまま突撃すれば、奴の迎撃範囲へ自ら飛び込むことになる』
「……!!」
『だから考えろ、ジャンク屋』
『初回戦闘とは状況が違う』
『あの時は相手も見くびっていた』
『だが今、敵はお前と連邦軍を相手にしている』
『ジャンク装備程度では決定打にならない』
リオは悔しそうに歯を食いしばる。
「でも……」
ハロプトが遮る。
『それに』
一瞬。
モニターへ《アイアン・ラビット》の艦影が映る。
『お前一人の問題ではない』
リオが止まる。
『メイ、ザック、ガンズ爺、整備班』
『連邦軍もこちらを守ってくれる保証がない』
『今のお前は、自分の命だけを考えて動ける立場ではない』
その言葉は重かった。
リオの熱が、少しだけ冷える。
だが。
少しだけ、怖さが戻ってきた。
自分だけならまだいい。でも今は違う。
背後には《アイアン・ラビット》がいる。
みんながいる。
リオは唇を噛む。
「……じゃあどうすんだよ」
ハロプトが即答した。
『現状、連邦軍と利害は一致している』
『故に動きを合わせろ、単独で決着を狙うな』
『勝つことも重要だ。だが、生き延びることを忘れるな』
その言葉に、リオは息を呑んだ。
熱くなっていた頭が、少しずつ冷えていく。
その時。
ガルドの笑い声が響く。
「どうした小僧」
「勢いだけで突っ込んでこないのか?」
「木星へ楯突く覚悟など、その程度か」
連邦軍と戦いながらも余裕を見せるガルド。
リオが睨み返す。
だがハロプトが制した。
『挑発だ、乗るな』
X-6がゆっくり前へ出る。
赤いツインアイ。
その内部から、微かな声が漏れる。
「……ニゲ……ろ……」
リオが眉をひそめる。
「……俺たちに、逃げろって言ってるのか……?」
ハロプトが静かに分析する。
『内部人格による抵抗と推測』
『まだ完全制御には至っていない』
ガルドが呆れた声を出す。
「やれやれ、欠陥品はこれだから困る」
「それはてめぇのことかい、じいさん!」
隙を見せたサルコファゴへ、F91がビームライフルで攻撃を仕掛ける。
「ちぃ、小賢しいな貴様ぁ!」
回避行動を行いながら、右手にビームライフルを構えて反撃するガルド。
流れるように避けるF91。
だが、フェーレンはまだ動き出さないX-6を不気味に思う。
「隊長、あの黒いやつへの攻撃を!」
「わかってる!だが、どうにも嫌な予感しかしないぜ、あれは……!」
その時だった。
ギギギギギ!!
X-6が苦しむように震える。
「来るぞ!!」
フェーレンが叫んだ。
次の瞬間。
黒い機影が消えた。
「なっ――」
ヘビーガン隊が反応する暇もなかった。
一瞬。
本当に一瞬だった。
黒い影が通り過ぎる。
そして。
ドォォォン!!
後方のヘビーガンが爆散した。
「二番機!?」
「何が起きた!?」
「見えなかった!!」
通信が混乱する。
爆炎から離れた位置で、X-6が静止していた。
右手のビーム・ザンバーが蒼白く輝き、赤いツインアイがこちらを見据えている。
リオの背筋を冷たいものが走る。
「やっぱり……早すぎる」
今度は、正面から相対していた時とは違う。
離れた位置から見ても、X-6の動きは異常だった。
自分の腕が悪かっただけではない。
あれは、本当に速い。
ハロプトが静かに告げる。
『機体性能に差異無し。変わらずの脅威だ』
「……ははっ」
リオの声が引きつる。
「勘弁、してほしいよな……」
『同意だ』
その時だった。
サルコファゴの赤いモノアイが、X-5を捉える。