サルコファゴの巨大な棺桶ユニットが唸る。
ブースター噴射。
そのまま鉄塊のように振り回された。
「ぐぅぅぅっ!!」
リオが声を漏らす。
X-5は急旋回。
振り向きざま、旧型バズーカを撃ち返す。
しかし当たらない。
「くっ!!やばい……!!」
ハロプトが冷静に告げる。
『デブリ帯を利用する』
『敵機は大型装備により小回り性能が低い』
残骸宙域へ滑り込む。
巨大デブリの陰を縫い、棺桶をギリギリで回避する。
ゴォォン!!
廃艦の残骸が粉砕される。
ガルドの笑い声。
「どうした小僧!」
「ネズミのようにちょろちょろ逃げていてはぁ!!」
「クロスボーン・ガンダムの名が泣くぞ!?」
さらに棺桶が振り下ろされる。
ドォォォン!!
近くを漂っていた残骸が粉砕された。
破片が四方へ飛び散る。
リオが悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁ!?」
『回避』
ハロプトが即座にスラスターを噴射する。
X-5が横へ滑った。
破片が装甲を掠める。
《左肩装甲損傷》
「当たってる当たってる!!」
『致命傷ではない』
「だからって!!」
X-5が次々と残骸の間を抜ける。
振り回された棺桶が追う。
だが大振りすぎる。
狭いデブリ帯では軌道修正が遅れる。
逃げ回るX-5。
しかしガルドは笑む。
「まったく、逃げ回りは実にお得意だな!!X-5!!」
サルコファゴが棺桶ユニットを振り回す。
デブリを粉砕。
残骸が散弾みたいに飛んでくる。
X-5が急回避。
リオは悲鳴を上げながら操縦席へしがみつく。
「うわぁぁぁ!!」
『姿勢維持』
『スラスター左3』
「分かんねぇよ!!」
完全にハロプト任せだった。
だが。
さっきより少しだけリオは周囲を見れていた。
X-6の動き。
ガルドの癖。
デブリの流れ。
リオは再び迫るサルコファゴを見る。
巨大な棺桶が遠心力を乗せて宇宙を薙ぐ。
あの脅威だけは、見慣れるものではなかった。
リオが思わず叫ぶ。
「くっそぉ、まるで巨大なハンマーじゃねぇか!」
「宇宙であんなの振り回すな!」
数秒。
ハロプトが即座に応答する。
『……ハンマー』
『本機にも類似兵装を装備している』
リオが振り向く。
「は?」
『チェーンハンマー』
『遠心力による打撃を目的とした近接兵装』
『運用思想は類似している』
リオが呆れる。
「いや、そんな分析してる場合か!?」
だがハロプトは続ける。
『興味深い』
『鎖状兵装は、通常の近接武装より軌道予測が難しい』
『チェーンハンマーにも、撹乱兵装としての有効性がある』
「お前さっきめちゃくちゃ否定してたくせに……」
『評価を改める』
「なんて手のひら返しだよお前!!」
その時だった。
サルコファゴが再び突撃してくる。
「逃げるだけかぁ、小僧!!」
さらに棺桶ユニットが振り回される。
X-5が急旋回。
巨大なデブリの陰へ滑り込んだ。
ゴォォォン!!
棺桶が残骸へ直撃する。
大型輸送艦の残骸が真っ二つになった。
リオが青ざめる。
「当たったら死ぬ!!」
『正しい認識だ』
X-5がさらにデブリ帯へ入り込む。
巨大な残骸。
破壊された艦艇。
砕けたコロニー外壁。
宇宙の墓場だった。
リオは腰部ラックへ一瞬だけ視線を向けた。
チェーンハンマー。
「……使う、チャンスか……!!」
サルコファゴは棺桶兵装を振り切った直後。
次の攻撃へ移るまで、僅かに間があるとリオは思った。
今の距離なら、デブリを避けてチェーンハンマーの間合いまで接近できる。
ハロプトの言う通りなら――
「今なら……!」
だが。
『まだだ』
ハロプトは即答した。
「なんでだよ!」
『ガルド・グラスは遊んでいる』
リオが眉をひそめる。
「……遊んでる?」
『奴が本気で殲滅を望むなら』
『こちらを無理にでも突破する力はあるだろう』
リオが息を呑む。
『だがそうしない、理由は単純だ』
ハロプトの声が低くなる。
『可能ならX-5を捕獲したい』
『奴はクロスボーン・ガンダムを欲しがっているからな』
その時だった。
まるで聞いていたかのように。
ガルドが笑う。
「ははははは!!」
「もっと必死に抗ってくれてもいいぞ!?」
「鬼ごっこを楽しもうじゃないか!!」
棺桶がX-5のすぐ脇を通過する。
直撃はしない。
代わりに、退路を塞いでいたデブリだけが粉砕された。
リオは顔をしかめた。
「くそっ、こっちを舐めて遊んでる……!!」
『そうだ、慢心だ』
『だからこそ、可能性が生まれる』
リオは舌打ちした。
「でも今なら行けるかもしれな――」
『焦るな』
珍しく。
ハロプトの声に強さがあった。
『好機に見えても飛び込むな』
『焦った瞬間に終わる』
リオは黙る。
その言葉には妙な説得力があった。
戦争屋じゃない。英雄でもない。
自分はジャンク屋だ。
逃げる。耐える。生き残る。
リオは焦る心を抑えるように、息を深く吐いた。
コイツの言う通りかもしれない。
今は焦るな。
リオはその言葉を何度も心の中で繰り返した。
ハロプトが照準を補正し、X-5がバズーカを撃って牽制する。
その瞬間だった。
ハロプトの警告音が鳴り響く。
『警告』
「今度はなんだ!?」
サルコファゴの棺桶側面が開いていた。
リオが目を見開く。
「なんだあれ……」
展開する装甲。
内部機構。
無数の発光体。
ハロプトが即座に叫ぶ。
『回避機動!!』
次の瞬間。
棺桶から放たれたビームがデブリの隙間を貫いた。
閃光。
爆発。
巨大な残骸が弾け飛ぶ。
周囲へ無数の破片が散乱する。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
X-5が転がるように回避する。
さっきまで身を隠していた残骸が吹き飛んだ。
ガルドが嗤う。
「隠れ蓑は少しずつ消えていくぞ!!」
「いつまで逃げ切れるかぁ!?」
リオは汗だくのまま叫び返す。
「うるせー!!」
リオが焦りを滲ませる。
「くそ、でもやっぱり逃げ回るだけじゃ――」
だが。
その直後だった。
ギギギギギ……
嫌な駆動音。
リオの表情が凍る。
デブリの向こう。
赤いツインアイ。
X-6。
いつの間にか、すぐ近くまで来ていた。
ゆっくり、確実に。
こちらへ近付いてくる。
「……タ……す……ケ……」
かすれた声。
男とも女ともつかない。
複数の声が重なったような響き。
リオの背筋を冷たいものが走る。
その時だ。
X-6の後方から連邦軍が攻撃を仕掛ける。
ビームが連続して放たれる。
爆発。
閃光。
そして。
一機のジェムズガンが吶喊した。
「よくも貴様、仲間をぉ!!」
ビームサーベルを抜く。
一直線。
X-6へ突っ込む。
リオが思わず叫ぶ。
「あ、あれなら!!」
あと少し。
あと数秒で届く。
そう見えた。
その時だった。
ギギギギギ……
X-6の右腕が動く。
不自然に。
まるで生き物のように。
「……なに……?」
ジェムズガンのパイロットが凍る。
装甲が開く。
展開する。
伸びる。
増殖するように。
枝葉を伸ばす植物のように。
骨が軋むような音と共に。
右腕そのものが形を変えた。
リオは目を見開く。
「なんだよ……それ……」
MSの腕だったものは。
既に腕ではなかった。
異形の怪腕へと変貌していた。
ジェムズガンのパイロットも理解できていない。
「なんだそれ――」
叫び終わる前だった。
異形の腕が弾けるように広がる。
巨大な手。
いや。
捕食者の口のような何か。
ジェムズガンを包み込んだ。
「うわああああああ!?」
悲鳴。
腕が握る。
ギギギギギギギ!!
装甲が悲鳴を上げる。
肩が潰れる。
脚が砕ける。
そして。
コクピット部分が押し潰された。
ドォォォォン!!
爆発。
火球が広がる。
通信が途絶えた。
リオは言葉を失う。
「なんだよ……あれ……」
『回避』
「うおわっ!!」
ついX-6に見とれてしまっていたリオ。
サルコファゴの棺桶の攻撃をハロプトが回避し、距離を取る。
そのままハロプトは解析を開始する。
《解析中》
《不明な腕部ユニットを確認》
《一致データ検出》
モニターへ古いデータが流れる。
リオが目を向ける。
「分かったのか!?」
『断定はできない』
『だが類似形状を確認』
映像。
古い木星帝国機。
巨大な手を思わせる、異様な機動兵器。
『カリスト兄弟が使用した木星製兵器、ディキトゥス』
『人型形態から巨大な手へ変形する』
『本来は一機の兵器として独立運用されるものだ』
「手? 何言って――」
『つまり』
一瞬。
ハロプトが言葉を選ぶ。
『あの右手だけで一機分の兵器だ』
「な、ええっ!?」
理解しがたかった。
驚くリオをよそにハロプトは続ける。
『独立した大型機動兵器に匹敵する機構を、右手として接続している可能性がある』
『右腕各部の展開機構も、その出力を補うためのものと推測』
リオの顔が引きつる。
「そんなものを右腕にして、動かしてるのかよ……」
その時。
怪腕がゆっくりと持ち上がる。
ジェムズガンの残骸が握られていた。
それを、右の掌から放ったメガ粒子砲で消し飛ばした。
ジェムズガンの残骸が、閃光の中で消し飛んだ。
連邦軍の通信が騒然となる。
「なんだあれは!?」
「なんて真似をして……!!」
「化け物……が!!」
フェーレンのF91だけが加速した。
「隊長!?」
「まずいだろうがよ……くそっ!」
その視線の先。
X-6の赤いツインアイが明滅する。
「……た……す……け……」
再び、声が聞こえた。
今度はリオにもはっきり聞こえた。
男。女。老人。子供。
無数の声。
苦しそうに。泣くように。
助けを求めている。
リオの顔色が変わる。
「あいつ……」
フェーレンには、その声は聞こえていない。
牽制するように、X-6へビームライフルを撃つ。
その間にも、X-5はハロプトの操縦でサルコファゴのビームライフルを避ける。
「あいつ、中で何が起きてんだよ……」
ハロプトは答えなかった。
ただ。
珍しく数秒沈黙していた。
同時に。
ガルドがにやりと笑う。
「ふむ、そろそろ終わらせてやろうか」
その瞬間、付近の残骸宙域の各所で熱源反応。
隠れていた木星残党機が一斉に姿を現す。
バタラ、ペズ・バタラ。計7機。
完全な伏兵部隊。
「こいつら……いたのか!」
伏兵のビームが、一斉にF91へ集中する。
フェーレンは苦い顔を浮かべ、機体を急旋回させて火線をかわした。
それを見た連邦軍部隊は即座に迎撃。
ヘビーガン隊が前進。
ジェムズガンが援護射撃。
ビームが交差する。
爆発。
残骸。
火花。
一気に大規模戦闘へ変わった。
その時だった。
連邦軍のビームライフルを受け、半壊したバタラがジェムズガンへ組みつく。
「ジーク・ジュピター!!」
「なっ、離れろ!!」
次の瞬間、機体内部から閃光が膨れ上がった。
ドォォォン!!
二機はまとめて爆炎に呑まれた。
それを見たリオは絶句した。
「今、アイツ自爆した……躊躇いなんて、なく」
「無茶苦茶すぎるだろ……」
『言ってる場合か』
ハロプトは冷たく言いながら、回避運動を取る。
ビームが掠める。
デブリが砕ける。
木星残党は止まらない。
リオの声が少し震える。
「木星だって戦力少ないんだろ?」
「なんで、あんな命知らずなんだ……」
X-5がビームを回避する。
ハロプトが姿勢制御を行う。
『どうやら彼らは、自分たちを選ばれた人間だと信じている』
『自分たちは特別で、宇宙を導く存在だとな』
『そう信じ込むことで、自らの苦境も死も正当化している』
その瞬間。
X-6が連邦機一機を引き裂いた。
断末魔。
爆発。
リオが歯を食いしばる。
「……そんなの、狂ってる」
『肯定。だから奴らは危険だ』
その時。
白いF91がX-5の隣へ並び、接触回線を開いた。
「ジャンク屋」
「あれと交戦したことがあるんだろう」
「――止められるか?」