異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第一話 剣も魔法もいらない。俺には通販がある

 俺、神崎浩太は、たぶん世間的には終わっている部類の高校生だ。

 

 いや、別に不良とかではない。

 

 誰かに暴力を振るったこともないし、酒も煙草もやらない。犯罪歴もなければ、夜の校舎裏で愛を叫んだこともない。先生に反抗して窓ガラスを割ったこともないし、バイクで校庭を走り回ったこともない。

 

 わりと平和で、わりと無害で、わりと静かに生きている。

 

 ただ、部屋から出ないだけだ。

 

 それだけで人はこうも勝手に評価を下げてくるのだから、世の中はかなり理不尽である。

 

「……外、行きたくねえ」

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日を見た瞬間、俺の今日一日のやる気は九割九分消し飛んだ。

 

 春先の柔らかい光。

 さわやかな青空。

 小鳥の声。

 新生活を応援するような、清潔で前向きな空気。

 

 全部だめだ。

 

 引きこもりにとって、朝日は祝福ではない。

 圧力である。

 

 起きろ。

 動け。

 着替えろ。

 外に出ろ。

 社会に参加しろ。

 

 太陽そのものに説教されている気分になる。

 

 俺はベッドの上で毛布を肩まで引き上げ、スマホの通知欄を眺めた。

 

『神崎、今日来る?』

『小テストあるぞ』

『担任キレてた』

『あとプリント配るって』

 

「知ってる。知ってるけど、だから行きたくないんだよ……」

 

 既読をつけるのも面倒で、通知をそのまま流す。

 

 学校が嫌いなわけじゃない。

 

 正確には、「学校に行くために必要な一連の工程」が嫌いだ。

 

 起きる。

 顔を洗う。

 着替える。

 家を出る。

 歩く。

 人に会う。

 気を遣う。

 授業を受ける。

 帰る。

 

 長い。

 工程が多い。

 無駄が多い。

 

 部屋なら、布団からPCチェアまで三歩で済む。

 

 人類の文明はここまで進歩したのに、なぜ毎日わざわざ外へ出なければならないのか。

 俺には本気でわからない。

 

 そんなことを考えながら、俺はのそりと起き上がり、机の前に座った。

 

 電源ボタンを押す。

 

 モニターが光る。

 

 その瞬間だけは、ちょっと安心する。

 

 見慣れたデスクトップ。

 積み上がったアイコン。

 ブラウザ。

 動画サイト。

 SNS。

 ニュース。

 通販。

 

 俺の生活圏は、ほぼこの中に全部ある。

 

 食料も、娯楽も、情報も、暇つぶしも、だいたいネット経由だ。

 現代文明とは、部屋から出たくない人間のために発展してきたのではないかと、俺は割と本気で思っている。

 

「やっぱ家だよな……」

 

 誰に言うでもなく呟いて、俺はお気に入りの通販サイトを開いた。

 

 飲み物のまとめ買いでもしようかと思ったのだ。

 

 冷蔵庫のコーラが残り少ない。

 これは由々しき事態である。

 

 炭酸のない人生は、たぶん砂漠のように乾いている。

 

 いつものようにトップページが表示される――はずだった。

 

「……ん?」

 

 画面の中央に、見覚えのない広告が出ていた。

 

 正確には、広告っぽい何かだ。

 

 森の奥に立つ、古びた木の扉。

 その下に、やけにシンプルな文字が浮かんでいる。

 

『異世界への扉』

 

「いや、怪しすぎるだろ」

 

 最近の広告は何でもありだな、と思った。

 

 異世界転生マンガの読みすぎか、ブラウザまでラノベみたいなことを言い出したらしい。

 

 しかも会社名も商品名もない。

 キャンペーン期間もない。

 今なら石三千個プレゼント、みたいな胡散臭い煽りすらない。

 

 広告として、逆に不親切すぎる。

 

「せめてアプリ名くらい書けよ……」

 

 俺は半目でそのバナーを眺めた。

 

 すると――扉が、ぎい、と開いた。

 

「……は?」

 

 思わず声が出た。

 

 ただのアニメーションじゃない。

 

 画面の中の扉が、こっちへ向かって開いたのだ。

 

 扉の奥には、深い森が見えた。

 木漏れ日が揺れて、風が葉を鳴らしている。

 

 妙にリアルだった。

 

 映像というより、本物の景色にしか見えない。

 

「え、なにこれ。怖……」

 

 ぞわっと背中が粟立つ。

 

 俺は椅子を少し引いた。

 

 その時だった。

 

 机の端に置いてあったポテトチップスの空き袋が、ふわりと持ち上がった。

 

 風だ。

 

 モニターの向こうから、風が吹いてきた。

 

 空き袋はそのまま、すうっと画面へ吸い込まれて消えた。

 

「うそだろ」

 

 慌てて立ち上がる。

 

 モニターの縁を触る。

 硬い。普通だ。

 

 だが、中央の扉の部分だけが、水面みたいに揺れている。

 

 手を伸ばそうとして、やめる。

 

 いや無理だろ。

 

 こんなの、触ったらいけないやつだ。

 

 ホラー映画なら、ここで不用意に触ったやつが真っ先に死ぬ。

 ファンタジーなら、ここで触ったやつが勇者になる。

 どっちにしても、引きこもりには向いていない。

 

「行かない。普通は行かないからな?」

 

 自分に言い聞かせる。

 

 当然、返事はない。

 

 扉の向こうでは、鳥の鳴き声がした。

 木漏れ日が揺れた。

 

 なんか空気がうまそうだった。

 

 悔しいが、映像としてのクオリティが高すぎる。

 

「……一回、確認するだけ」

 

 そう言った時点で負けている気もしたが、俺は椅子から身を乗り出し、そっと指先を画面へ伸ばした。

 

 触れた瞬間、冷たい水に指を入れたみたいな感触がした。

 

「うわっ」

 

 反射的に引っ込める。

 

 でも、濡れてはいない。

 

 意味がわからない。

 

「夢かな……?」

 

 寝落ちした覚えはない。

 徹夜もしていない。

 変な薬もやっていない。

 

 昨日食ったカップ焼きそばが悪かった可能性も一瞬考えたが、焼きそばに異世界ゲートを開く効能があるとは思えない。

 

 俺が本気で迷っているうちに、画面の向こうから急に強い風が吹きつけた。

 

「ちょっ――」

 

 次の瞬間、視界がぐるんと反転した。

 

 身体が前に引っ張られる。

 

 机。

 キーボード。

 椅子。

 部屋の壁。

 

 全部が一気に遠ざかって、俺は変な悲鳴を上げながらモニターの中へ突っ込んでいた。

 

「うわあああああああっ!?」

 

 落ちる。

 

 落ちる、と思った。

 

 でも、実際に叩きつけられたのは、固い床ではなく、ふかふかした草の上だった。

 

「いっ……た……」

 

 痛い。

 

 普通に痛い。

 

 鼻先をくすぐるのは土と草の匂い。

 耳に入るのは風に揺れる葉擦れの音。

 頬に当たる空気は少しひんやりしていて、太陽の熱だけがじわりと背中を温めている。

 

 恐る恐る顔を上げた。

 

 森だった。

 

 どこを見ても木。

 木。

 木。

 木。

 

 遠くまで深い緑が続いていて、電柱も道路も民家も自販機も見えない。

 

「……終わった」

 

 俺の第一声はそれだった。

 

 もっとこう、「ここが異世界か」とか、「信じられない」とか、感動的なリアクションがあるだろうに、現実の俺は違う。

 

 終わった。

 

 何が終わったって、俺の人生が終わった。

 文明が終わった。

 ネット回線が終わった。

 冷えたコーラがいつでも飲める生活が終わった。

 コンビニも、電子レンジも、ベッドも、全部まとめて終わった。

 

 俺は四つん這いのまま、その場でしばらく固まっていた。

 

 いや、違う。

 

 固まっていたんじゃない。

 現実逃避していた。

 

 だって無理だろ。

 

 どう見ても森だ。

 しかもかなり本格的なやつだ。

 

 近所の雑木林とか、キャンプ場の裏山とか、そういう生ぬるいレベルではない。

 木がでかい。

 草が深い。

 空気がうまい。

 

 うまいのが逆に腹立つ。

 

 俺は別に空気のうまさを求めて生きてきたわけじゃない。

 

「……帰りたい」

 

 心の底からそう呟いた瞬間、目の前に半透明のウィンドウがぴこん、と現れた。

 

「うわっ!?」

 

 びくっと肩を跳ねさせて尻もちをつく。

 

 空中に、ブラウザみたいな画面が浮かんでいた。

 

 いや、ブラウザだ。

 どう見てもブラウザだった。

 

 検索窓があって、カテゴリが並んでいて、カートのマークまである。

 見た目だけなら普段俺が使っている通販サイトにそっくりだ。

 

 違うのは、画面の右上にでかでかと表示された文字だけ。

 

【異世界生活サポート通販 ようこそ、神崎浩太さま】

【初回ログイン特典:固有スキル《快適生活お取り寄せ》が付与されました】

【初期MP:9999/9999】

 

「……は?」

 

 思わず画面を凝視する。

 

 さらに下へ、つらつらと説明文が並んでいた。

 

【本サービスでは、元の世界に存在した物品をMPと交換で即時購入できます】

【購入物資は現在地周辺へ安全に配送されます】

【召喚品には異世界環境への適応処理が自動で付与されます】

【MPは登録拠点での休息により回復します】

 

「待て待て待て待て」

 

 情報量が多い。

 

 異世界だのMPだの適応処理だの、もうツッコミたいところが多すぎる。

 

 だが、その中でもひとつだけ、引きこもり高校生の脳に雷みたいに刺さる単語があった。

 

 元の世界に存在した物品を、即時購入。

 

「……通販?」

 

 俺はそっと聞き返した。

 

 画面は無言だったが、たぶん肯定していた。

 

「お取り寄せって、あの、お取り寄せ?」

 

 答えはない。

 

 でも、そういうことなのだろう。

 

 俺は恐る恐る検索窓に意識を向けた。

 

 すると、キーボードもないのに文字が浮かぶ。

 

『ミネラルウォーター 500ml』

 

「うおっ」

 

 検索結果が一瞬で並んだ。

 

 見慣れたラベルのペットボトル。

 水の箱買いセット。

 業務用サイズ。

 

 商品の横には、値段の代わりみたいに「消費MP」と書いてある。

 

【ミネラルウォーター 500ml 消費MP:1】

 

「え、安くない?」

 

 思わず口に出た。

 

 異世界の相場は知らないけど、命に関わる状況で飲み水一本がその程度なら、かなり良心的に見える。

 

 まあ、そもそもMPって何だよという問題はあるが。

 

 画面の隅に自分のステータスっぽい表示があった。

 

【神崎浩太】

【MP:9999/9999】

 

「多っ」

 

 俺、そんなに魔力あるの?

 

 生まれてこの方、自分のMPを意識したことなんて一度もない。

 体育の持久走で毎回死にかけていた俺に、なぜファンタジー資源だけ山ほど積んでいるのか。

 

 意味がわからないまま、とりあえず俺は念じた。

 

 カートに入れる。

 購入。

 

 次の瞬間、目の前に魔法陣みたいな光の輪がぱっと広がり、その上から段ボール箱がどすんと落ちてきた。

 

「うわっ! 来た!」

 

 マジで来た。

 

 しかもちゃんと梱包されている。

 異世界だろうが何だろうが、配送スタイルは妙に現代的だった。

 

 段ボールを慌てて開ける。

 

 中には見慣れたペットボトルが一本、きっちり入っていた。

 日本語ラベルつき。

 ガチのミネラルウォーターだ。

 

 俺は震える手でキャップをひねり、水をひと口飲んだ。

 

「……っ、うま……!」

 

 いや、ただの水だ。

 

 ただの水なんだけど、この状況で飲む安心感は異常だった。

 さっきまで自分が立っていた世界と、ちゃんと繋がっている気がしたのだ。

 

 泣きそうになった。

 

「神……」

 

 思わず呟いてから、いや違うなと首を振る。

 

「通販、神……!」

 

 さっきまで終わったと思っていた人生が、急に持ち直した気がした。

 

 そうだ。

 よく考えろ。

 

 異世界なのは最悪だ。

 森のど真ん中なのも最悪だ。

 スマホの電波が入らないのも最悪だ。

 

 だけど、このスキルが本物なら話は別だ。

 

 水が出せる。

 つまり食い物も出せる。

 日用品もいけるかもしれない。

 

 いや、説明文には「元の世界に存在した物品」と書いてあった。

 だったら、範囲はかなり広い。

 

「試すか……」

 

 俺は検索窓に次の単語を入れた。

 

『ポテトチップス うすしお』

『コーラ 500ml』

『レジャーシート』

 

 検索結果が並ぶ。

 

 ポテチ、消費MP2。

 コーラ、消費MP2。

 レジャーシート、消費MP3。

 

「安っ!」

 

 思わず声が裏返った。

 

 購入。

 購入。

 購入。

 

 ぽん、ぽん、ぽん、と三つの箱が現れる。

 

 開ける。

 

 見慣れた赤いラベルの炭酸。

 銀色の袋。

 青いレジャーシート。

 

「……勝ったな」

 

 何に勝ったのかは知らない。

 

 でも勝った気がした。

 

 俺はその場の草を少し踏みならしてシートを敷き、ポテチを開け、コーラの蓋をひねった。

 

 ぷしゅっ、と小気味いい音が森に響く。

 

 ありえない。

 

 ついさっきまで「終わった」とか言っていた人間の行動ではない。

 

 でも、引きこもりの適応力をなめてもらっては困る。

 

 俺たちは外界には弱いが、自分の快適圏を作ることには本気だ。

 条件さえ揃えば、どこだって部屋にできる。

 

 ごくごく、とコーラを飲む。

 

 炭酸が喉を刺す。

 ポテチをかじる。

 塩気と油が舌に広がる。

 

「……生き返る」

 

 異世界の森の真ん中で言う台詞じゃないが、本当にそう思った。

 

 そこでようやく、少しだけ落ち着いて周囲を見る余裕ができた。

 

 木々は高く、空は青い。

 鳥の声が聞こえる。

 たまに遠くで、聞いたことのない獣みたいな鳴き声もした。

 

 正直、のどかさと危険が同居していて落ち着かない。

 

「いや、だめだな。こんな開けた場所」

 

 レジャーシートの上でポテチを食いながら言うことではないけど、これは大事な問題だった。

 

 俺の理想は安全第一だ。

 

 異世界に来たからって、勇者になるつもりはない。

 

 魔王討伐?

 知らん。

 

 冒険?

 興味ない。

 

 剣?

 振ったことないし、たぶん今後も振りたくない。

 

 欲しいのはひとつだけだ。

 

 誰にも邪魔されず、快適に、だらだら生きられる場所。

 

「つまり、拠点か……」

 

 口にした瞬間、なんだか急に現実味が出た。

 

 拠点。

 

 いい響きだ。

 

 部屋より少し強い。

 要塞ほど物騒ではない。

 でも引きこもるにはちょうどいい。

 

 異世界における俺のパーソナルスペース。

 誰にも侵されない聖域。

 

 最高では?

 

 俺はすぐさま通販画面を開き直した。

 

『テント』

『寝袋』

『簡易トイレ』

『ランタン』

『虫除けスプレー』

『モバイルバッテリー』

 

 出る。

 出る。

 全部出る。

 

 購入候補を眺めていた俺のテンションは、たぶん人生で一番上がっていた。

 

「いや、待て。もっと上があるだろ」

 

 俺は検索窓を見つめる。

 

 そして、ふと思いついてしまった。

 

『プレハブ小屋』

 

 結果が出た。

 

 俺は息を呑む。

 

 あった。

 

 普通にあった。

 

 シンプルな物置みたいなやつから、事務所っぽいやつ、断熱仕様っぽいやつまで、いろいろある。

 

 ただし、消費MPはでかい。

 

【簡易プレハブ小屋 消費MP:3200】

【断熱仕様ユニットハウス 消費MP:5800】

 

「高っ……いや、でも払えなくはないのか」

 

 俺の現在MPはまだほとんど残っている。

 

 コーラとポテチではびくともしない。

 つまり、でかい買い物も視野に入る。

 

 だが、ここで俺の中の引きこもり本能が冷静にブレーキをかけた。

 

「いや、いきなりプレハブは早い。まず立地だ」

 

 そう、立地は大事だ。

 

 人が来ない。

 魔物も来ない。

 見つかりにくい。

 できれば水場が近い。

 日当たりもそこそこ。

 騒音なし。

 治安よし。

 ネット環境……は、このスキルが何とかしてくれそうだけど、まああるに越したことはない。

 

 完全に不動産を見る目線だった。

 

 異世界転移一日目にして、俺はもう冒険より住環境のほうを真剣に考えている。

 

 でも、それでいい。

 

 俺はそういう人間だ。

 

 剣の才能も、勇気も、使命感もいらない。

 

 その代わり、快適な椅子と、安定した電源と、冷えた飲み物があればだいたい幸せになれる。

 たぶんこの世界でも、それは変わらない。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 がさっ、と近くの茂みが揺れた。

 

「……え」

 

 俺の動きが止まる。

 

 がさがさ。

 がさっ。

 

 何かいる。

 

 しかも近い。

 

「ちょ、待っ……」

 

 心臓が一気に早鐘を打ち始めた。

 

 ポテチの袋を握ったまま後ずさる。

 

 武器なんてない。

 あるのはコーラとスナック菓子と水だけだ。

 

 あまりにも戦えない。

 

 通販画面を慌てて開く。

 

『護身用』

『熊よけ』

『防犯ブザー』

 

 検索結果が出るより早く、茂みの向こうから影が飛び出した。

 

「ひっ!?」

 

 反射的に目をつぶる。

 

 だが、襲ってきたのは牙でも爪でもなかった。

 

 ふわり、と風が舞って、草の上に軽い足音が落ちる。

 

 恐る恐る目を開けると、そこにいたのは――長い耳を持った、緑髪の少女だった。

 

 年は、たぶん俺と同じくらいか少し下。

 

 森の葉に溶けるみたいな鮮やかな髪。

 警戒心の強そうな金緑色の瞳。

 軽装の革鎧に短弓。

 

 どう見ても人間ではない。

 

 というか、どう見てもエルフだ。

 

 そのエルフ少女は、俺を見ていなかった。

 

 俺の手元を見ていた。

 

 正確には――開いたばかりのポテトチップスを見ていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が落ちる。

 

 少女の鼻が、ぴく、と動いた。

 

 それから、信じられないくらい真剣な顔で一歩前に出る。

 

「その……黄金色の薄い芋は……なんだ」

 

「はい?」

 

 第一声、それかよ。

 

 俺が呆然としていると、エルフ少女はさらに一歩近づいた。

 

 さっきまでの狩人っぽい鋭さはそのままなのに、視線だけが完全にポテチへ固定されている。

 

「さっきから、森に満ちていた。塩と油と、背徳の香りがする」

「背徳の香りって何」

「分からない。だが、本能が告げている。たぶん、すごくよくない食べ物だ」

「正解だな……」

 

 エルフ少女は、ごくりと喉を鳴らした。

 

 その様子があまりにも真剣すぎて、俺は逆に少し落ち着いてしまった。

 

 少なくとも、いきなり殺される感じではなさそうだ。

 食われるとしたら俺ではなく、ポテチのほうである。

 

「ひとつ、もらえないか」

 

 少女は弓を背負い直し、なぜかすごく厳粛な態度で言った。

 

「代価なら払う。木の実でも、獣肉でも、薬草でも」

「いや、そんな大げさな……」

 

 言いながら、俺は一枚つまんで差し出した。

 

 少女はそれを受け取る手つきまで神聖だった。

 

 ぱり、と小さな音が鳴る。

 

 次の瞬間。

 

 エルフ少女の目が、見開かれた。

 

「……っ!!」

 

 衝撃を受けたみたいに固まる。

 

 それから、頬を赤くして、口元を押さえて、空を仰いだ。

 

「なんだこれは……」

「ポテトチップスだけど」

「芋が……芋が、こんなにも軽やかに、そして暴力的に……!」

「食レポが強いな」

 

 少女はふるふると震えながら、もう一枚を見た。

 

 完全に落ちた顔だった。

 

 俺はその様子を見て、ひとつ確信した。

 

 ……ああ、これ。

 

 もしかして俺の異世界引きこもり生活、全然静かに始まってくれないのでは?

 

 そんな嫌な予感を抱きながら、俺は半分になったポテチの袋を見下ろした。

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