異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

13 / 26
第十三話 畑を耕す狼と、おにぎりの力

 朝飯を二人分に増やす。

 

 そう決めた瞬間、俺はとても大事な問題に気づいた。

 

「……あ」

「どうした」

 

 外からロエンの声がする。

 

 相変わらず家の横の空き地にしゃがみ込み、土を指で崩しているらしい。見た目だけなら今すぐ獲物を狩りに行きそうな狼獣人なのに、やっていることは完全に畑の下見である。

 

 ギャップがすごい。

 

「いや、ちょっと文明の在庫確認を」

「意味がわからん」

 

 だろうな。

 

 カップ麺なら、《快適生活お取り寄せ》で追加注文できる。できるのだが、昨日も食ったばかりだ。しかも相手は、あの匂いに完全敗北した狼獣人である。ここでまた出したら、「この家では毎朝あれが出る」と勘違いされかねない。

 

 それはまずい。

 

 精神安定剤としてのカップ麺は、切り札であるべきだ。毎日出すものではない。

 

 何より、今は収納箱にパックご飯がある。前に「これがあれば米に困らないな」と思って、少し多めに買っておいたやつだ。買ったからには使わなければならない。通販で何でも出せるからといって、手元の食料を放置するのはよくない。

 

 異世界生活において、在庫管理は地味に大事である。

 

 たぶん。

 

 俺は収納箱をがさごそ漁った。

 

 パンでもいい。

 

 スープでもいい。

 

 前にこの世界へ来たばかりの頃、《快適生活お取り寄せ》でコンビニおにぎりを買ったこともある。包装を剥がせばすぐ食えるし、具も入っているし、海苔もぱりっとしている。文明の完成度としてはかなり高い。

 

 だが、今は少し事情が違う。

 

 畑仕事の前だ。しかも朝の森で土を触っていたやつに出すなら、冷たいコンビニおにぎりより、炊きたて――とまではいかなくても、せめて温かい飯のほうがいい気がする。

 

「……これにするか」

 

 俺が取り出したのは、パックご飯と海苔、それから鮭フレークだった。

 

 おにぎりである。

 

 文明の手抜きと伝統の知恵が合体した、偉大なる携行食。作るのも簡単。食うのも簡単。しかもそこそこ腹にたまる。畑作業の前に出す飯としては、わりと理にかなっている。

 

 問題は、パックご飯の温め方だった。

 

 前の世界なら電子レンジで二分。

 

 以上。

 

 だが、今のログハウスに電気はない。つまりレンジは使えない。

 

 文明はある。

 

 しかし電源がない。

 

 この微妙な不自由さが、異世界生活の現実である。

 

「まあ、湯煎だな」

 

 俺は簡易ガスコンロを出し、小鍋に水を張った。

 

 火をつけると、青い炎が鍋底を舐める。

 

 ガスコンロ、偉い。

 

 電気がなくても湯が沸く。温かいものが食える。こういう道具こそ、引きこもり異世界生活の生命線である。

 

 沸いた湯にパックご飯を沈め、しばらく温める。その間に海苔と鮭フレーク、塩を用意した。

 

 ログハウスの狭い台所で、朝から真面目におにぎりを握る自分の姿がちょっと面白い。

 

 異世界で畑を始める朝に、おにぎり。

 

 方向性がだいぶ定まってきたな、この生活。

 

 少しして、ふわりと米の匂いが立ちのぼる。

 

 それを察したのか、外からロエンの声がした。

 

「また変な匂いがする」

「変なって言うな。いい匂いだろ」

「判断はまだだ」

「慎重だな」

「食い物に慎重で悪いか」

「昨日、五分で落ちてたやつの台詞とは思えないな」

 

 外から小さく鼻を鳴らす音がした。

 

 図星らしい。

 

 温まったパックご飯を取り出し、蓋を剥がす。湯気がふわっと上がった。炊きたてとは違う。違うが、十分に温かい。

 

 俺は手を軽く濡らし、塩をつけて、少し熱いのを我慢しながら飯を握った。

 

「熱っ……でも、これくらいのほうがうまいんだよな」

 

 鮭入りと塩むすびをいくつか作り、ついでに簡単な味噌汁も用意する。

 

 こういう朝飯、なんか妙に落ち着く。

 

 前の世界にいた頃は、逆にこういうのを面倒くさがっていた気がする。コンビニで買うか、適当に済ませるか。自分で握るなんて、よほど気が向いた時くらいだった。

 

 けれど、異世界の森の中で米の匂いを嗅いでいると、それだけで少し安心する。

 

 文明はカップ麺だけではない。

 

 米もまた、立派な文明である。

 

 たぶん。

 

 盆の代わりに木の板へ乗せて外へ出ると、ロエンがゆっくり立ち上がった。

 

「それは?」

「朝飯」

「丸いな」

「三角だ」

「だいたい丸い」

「細かいなお前」

 

 ロエンは差し出したおにぎりをじっと見た。

 

 警戒している。

 

 というより、観察している。

 

 カップ麺の時も思ったが、こいつは食い意地が張っているくせに、口に入れる前の見極めはわりと慎重だ。獣人だからなのか、それとも単に性格なのかは分からない。

 

「これはどう食う」

「そのまま」

「焼かないのか」

「焼かない」

「煮ないのか」

「煮ない」

「……変な食い物だな」

「まだ変って言うか」

 

 だが、ロエンは結局おにぎりを受け取った。

 

 手がでかいせいで、おにぎりが妙に小さく見える。

 

 見た目の圧に対して、食べ物が可愛い。

 

「熱いぞ」

「またか」

「まただ」

「お前、昨日から学ばないな」

「匂いが悪い」

 

 その言い方、ほんと便利だな。

 

 ロエンは少しだけ息を吹きかけてから、一口かじった。

 

 もぐもぐと噛む。

 

 止まる。

 

 耳が立つ。

 

 尻尾が揺れる。

 

 ……あ、これもう答え出てるな。

 

「どうだ?」

「……薄い」

「おにぎりに何を期待してた」

「昨日の麺ほど暴力的じゃない」

「カップ麺を暴力って言うな」

「だが、悪くない」

 

 そこから、もう一口。

 

 次は鮭の部分に当たったらしく、ロエンの目が少しだけ見開かれた。

 

「中に何かいる」

「言い方」

「魚か?」

「そう」

「隠す必要があるのか」

「味が均一だと飽きるだろ」

「……なるほど」

 

 妙に納得していた。

 

 料理に対する価値観がまっすぐすぎるな、こいつ。

 

 結局ロエンは、塩むすびと鮭おにぎりをひとつずつ食い、味噌汁まできれいに飲んだ。

 

「どうだ」

「腹に優しい」

「おお、珍しくまともな感想」

「だが、昨日の麺も必要だ」

「欲望に素直すぎるだろ」

 

 するとロエンは、ほんの少しだけ目を逸らした。

 

「力仕事の前は、こういうほうが向いてる」

「お」

「終わったあとは、濃い味がほしい」

「食の計画性あるじゃん」

「当然だ」

 

 なんかもう、住み着く気満々では?

 

 俺は一抹の不安を覚えつつ、だがそれ以上に「畑担当として優秀そうだな」という期待のほうが勝っている自分に気づいた。

 

 だめだな。

 

 俺、生活の質が上がる提案に弱すぎる。

 

「じゃあ、やるか」

 

 俺が言うと、ロエンは無言で立ち上がった。

 

 さっきまで朝飯を食っていた時とは空気が違う。耳は前を向き、尻尾の揺れも落ち着いている。戦う時がどんな顔なのかは知らないが、少なくとも“土を触る時の本気の顔”はこういうものらしい。

 

「まず、石をどける」

「おう」

「次に根を抜く」

「うん」

「そのあと土を返す」

「うん?」

「裏返して空気を入れる」

「おお……」

 

 なんか急に先生っぽくなったな。

 

 ロエンは空き地の端を踏みしめ、どこからどこまでを畑にするか大まかに線を引いた。棒切れで地面に印をつけるだけなのに、妙に手慣れている。見ているこっちまで「もう畑になるんだな」という気にさせられた。

 

 対して俺は、鍬を持った時点で不安しかなかった。

 

「これ、腰に来るやつでは?」

「来る」

「先に言って!?」

「見ればわかる」

「見ても希望を持ちたかったんだよ」

 

 言い返したものの、現実は厳しかった。

 

 鍬を振り下ろす。

 

 土に刺さる。

 

 持ち上げる。

 

 重い。

 

 思ったより、ずっと重い。

 

 薪割りとはまた違うタイプのきつさだった。薪割りは一撃の重さが腕に来るが、畑仕事はじわじわ腰と背中に来る。しかも地味だ。とても地味なのに、確実に体力を削ってくる。

 

 これが土か。

 

 土、強いな。

 

 俺がぎこちなく土を掘り返している横で、ロエンは俺の三倍くらいの速さで地面を整えていった。

 

 向こうは明らかに体幹が強いし、動きに無駄がない。力任せではなく、土の固い場所と柔らかい場所を見分けて、根の流れに沿って鍬を入れている。

 

「……お前、ほんとに慣れてるんだな」

「土は素直だ」

「人間関係より?」

「比べるまでもない」

 

 即答だった。

 

 ちょっと親近感が増した。

 

 しばらく無心で作業を続けるうちに、空き地は少しずつ“ただの空き地”ではなくなっていった。

 

 石が脇に積まれる。

 

 細い根が取り除かれる。

 

 雑草が消えていく。

 

 最初は乾いて固そうに見えた土も、掘り返すと下から少し湿った、濃い色をのぞかせる。

 

 匂いも変わった。

 

 森の葉や木の匂いの中に、掘り起こされたばかりの土の匂いが混ざる。これは、外でしか分からない匂いだ。そして、たぶん、何かを育てる匂いでもある。

 

「なんか……それっぽくなってきたな」

「それっぽくでは困る」

「厳しいな!?」

「畑になるなら、ちゃんと畑になる」

 

 その言葉に、俺は思わず少し笑った。

 

 変なやつだ。

 

 森を一人で歩いて、カップ麺の匂いに負けて、今は真顔で畑を作っている。見た目は怖いのに、やっていることが妙に地に足ついている。

 

 ロエンはしばらく黙々と作業を続けていたが、やがて俺の手元を見て眉をひそめた。

 

「そこ、浅い」

「え」

「根が残る」

「お、おう」

「鍬を寝かせるな。立てろ」

「こう?」

「違う」

「厳しいな、先生」

「畑は甘くない」

「名言っぽく言うな」

 

 だが、ロエンの指示は的確だった。

 

 言われた通りにすると、さっきより土が返しやすい。変なところに力を入れずに済む。俺は内心ちょっと感心した。

 

 こいつ、本当に畑が分かっている。

 

 昼前には、俺はすでにへろへろだった。

 

「……休憩」

「早い」

「インドア派を舐めるな」

「威張るな」

 

 木陰に座り込み、水を飲む。

 

 汗がじわじわ引いていく感じが気持ちいい。体はきついが、外でこういうふうに疲れるのは、前の世界ではあまりなかった。

 

 意味のある疲れ、ってやつかもしれない。

 

 いや、疲れるものは疲れるけど。

 

 ロエンはそんな俺を見下ろし、少し考えるように黙ってから言った。

 

「悪くない」

「何が」

「お前」

「急にどうした」

「逃げない」

 

 その言い方は、褒めているのかそうじゃないのか微妙だった。

 

 だが、ロエンなりに評価しているのは伝わってきた。

 

「まあ……家の横に畑ができるのは普通に嬉しいしな」

「食い物は裏切らない」

「人間関係で何があったんだよ」

 

 ロエンは答えず、代わりに空き地のほうを見る。

 

「ここに芋を植える」

「うん」

「こっちは豆でもいい」

「おお」

「向こうは、あとで考える」

「急に夢が広がるな……」

 

 畑の話をしている時だけ、ロエンの言葉は少し増える。

 

 好きなんだろうな、本当に。

 

 それが分かるから、こっちも聞いていて悪い気がしない。

 

「前にも、こういうことをしてたのか?」

 

 俺が聞くと、ロエンの耳が少しだけ伏せた。

 

「……少しな」

「そうか」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 踏み込まれたくない話というのは、誰にでもある。俺だって、前の世界で何をしていたのか、なぜ一人でいるほうが楽なのか、根掘り葉掘り聞かれたら嫌だ。

 

 だから、今はそれでいい。

 

 ロエンは少ししてから、ぽつりと言った。

 

「土を触っていると、静かだ」

「静か?」

「余計なことを考えなくていい」

「……ああ」

 

 なんとなく分かる気がした。

 

 俺にとっての漫画やゲームが、ロエンにとっては土なのかもしれない。

 

 集中している間だけ、余計なものから離れられる。人付き合いとか、過去とか、面倒なあれこれとか。

 

 そう考えると、ロエンが畑に向かう時だけ少し柔らかくなる理由も、少しだけ分かる気がした。

 

 昼は簡単にパンとスープで済ませ、その後もう少し作業を続けた。

 

 俺の体力はとっくに限界だったが、ロエンはまだ動けそうだった。

 

 というか、楽しそうですらある。

 

「……お前、今日ずっと働いてるけど、腹減らないのか」

「減る」

「即答だな」

「だが、先に形にしたい」

「職人気質すぎる……」

 

 結局、その日の夕方までに、空き地の半分くらいはちゃんと畑らしい見た目になっていた。

 

 きれいに起こされた土。

 

 端に積まれた石。

 

 抜かれた雑草の山。

 

 朝までただの空きスペースだった場所が、今はもう次の作業を待っている。

 

「……すごいな。ほんとに畑になった」

 

 ロエンは土で汚れた手を見下ろし、それから小さく頷く。

 

「まだ途中だ」

「それでもすごいよ」

「……そうか」

 

 ぶっきらぼうな返事だったが、尻尾がわずかに揺れた。

 

 わかりやすい。

 

 夕方の風が吹く。

 

 畑になりかけた土の匂いと、森の匂いが混ざって、家の前の空気が朝とは少し変わっていた。

 

 生活が、また一歩進んだ感じがする。

 

「今日はここまでだな」

 

 俺が言うと、ロエンは空を見て、それから家を見た。

 

「……水、使っていいか」

「え?」

「手と足を洗いたい」

「ああ、もちろん」

「あと」

「あと?」

「腹が減った」

 

 そこで言うのか。

 

 俺は思わず吹き出した。

 

「だろうと思ったよ」

「笑うな」

「だってその流れ、完全にそうじゃん」

「働いた」

「うん」

「腹が減る」

「うん」

「だから食う」

「理屈は正しいな」

 

 ロエンは真顔のままだったが、尻尾だけが少し落ち着かなく揺れていた。

 

 たぶん、自分から飯をねだるのは少しだけ気まずいんだろう。

 

 だが、そこを妙に取り繕わないのは嫌いじゃない。

 

 俺は立ち上がり、ログハウスの扉を開けた。

 

「まあ入れよ。今日は働いたし、その分は出す」

「……いいのか」

「その代わり、明日も続き手伝え」

「手伝う」

「即答か」

「途中で終えるのは気持ち悪い」

「畑に対してだけ妙に几帳面だな、お前」

 

 ロエンは一瞬だけ家の中を見た。

 

 木の壁。

 

 小さな棚。

 

 本が並んだ本棚。

 

 窓際のベッド。

 

 まだ生活感はあるが、狭いなりに整い始めた空間。

 

 その光景を前に、ロエンはぼそっと呟いた。

 

「……やっぱり妙な家だ」

「褒めてる?」

「半分くらいは」

 

 その言い回し、いつの間にか広まってないか?

 

 俺は苦笑しながら鍋を取り出した。

 

 外では、今日作ったばかりの畑が夕暮れの中に静かに横たわっている。

 

 ログハウスの中には、腹を空かせた狼獣人が一人。

 

 引きこもりの家のはずなんだけどなあ、と心の中でぼやきながら、俺は二人分の夕飯の支度を始めた。

 

 土の匂いが、まだ服に残っている。

 

 それは少しだけ疲れる匂いで、少しだけ頼もしい匂いだった。

 

 たぶん明日も、俺は腰を痛めながら畑を耕すことになる。

 

 そしてロエンは、当然のような顔で続きをやりに来るのだろう。

 

 ……まあ。

 

 芋が採れるなら、悪くないか。

 

 引きこもり生活七日目。

 

 俺のログハウスには、畑担当の狼獣人が増えつつあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。