異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第十四話 狼獣人と、味の濃い夕飯

 正直に言おう。

 

 俺は少しだけ緊張していた。

 

 そりゃそうだ。

 

 昨日会ったばかりの狼獣人を、今から自分のログハウスに入れて、しかも夕飯まで食わせようとしているのだ。

 

 前の世界の俺に言っても、たぶん「なにその異世界交流会」としか返ってこない。

 

 だが、流れとしてはもうそうなっていた。

 

 畑を作った。

 

 働いてもらった。

 

 腹が減った。

 

 じゃあ飯を出す。

 

 理屈としては自然である。

 

 俺の精神が追いついていないだけで。

 

「そこ、座っていいぞ」

 

 俺が言うと、ロエンは扉のところで少しだけ足を止めた。

 

 家の中を見ている。

 

 木の壁。

 

 窓際のベッド。

 

 小さな本棚。

 

 折りたたみテーブル。

 

 棚に置いた食器や鍋。

 

 ログハウスとしてはまだ生活感が薄いが、それでも最初に比べればだいぶ“人の部屋”になっている。

 

 ロエンは慎重に床を踏み、それから低い声で言った。

 

「……外より静かだな」

「壁があるからな」

「また壁か」

「大事なんだよ、壁は」

「お前、本当に壁が好きなんだな」

「好きになるだろ、こんなの」

 

 ロエンは変なものを見る顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

 

 代わりに、尻尾が少しだけ落ち着いた位置まで下がる。

 

 緊張が解けた時のやつだな、たぶん。

 

 俺は鍋を火にかけながら、今日の夕飯をどうするか考える。

 

 畑仕事のあとの飯。

 

 腹にたまるもの。

 

 それでいて、せっかくだからもう少し“現代の食い物”を見せたい。

 

 しかも、ロエンは昼に言っていた。

 

 終わったあとは、濃い味がほしい、と。

 

「……よし、カレーにするか」

「かれー?」

「うまいやつ」

「雑だな」

 

 うるさい。

 

 だが、カレーというのは説明より先に食わせたほうが早い食べ物だ。

 

 香りが強い。

 

 味も強い。

 

 米とも相性がいい。

 

 何より、いっぱい作れば二人分どころか三人分でもいける。

 

 こういう時のカレーは強い。

 

 俺は手早く鍋を用意し、水を入れ、野菜と肉を切り始めた。

 

 ロエンが、その様子をじっと見ている。

 

「何だ」

「手つきが遅い」

「知ってる」

「危なっかしい」

「料理上手いやつの感想だな、それ」

「……少しはやる」

「お前、料理もするのか?」

「火を使う程度は」

 

 意外だ。

 

 いや、畑をやるやつなら料理も多少はするか。

 

 というか、むしろ俺より生活力が高いのでは?

 

 その可能性に気づいてしまい、少しだけ悔しい。

 

「貸せ」

 

 突然ロエンが言った。

 

「何を」

「包丁」

「え」

「見ていると落ち着かない」

 

 失礼だな。

 

 だが、俺も自分の包丁さばきに自信があるわけではない。

 

 そもそも、前の世界でも料理は“生きるために最低限やる”くらいだった。

 

 得意料理を聞かれても困るタイプである。

 

 なので、少し迷った末に包丁を渡した。

 

「指切るなよ」

「お前は私を何だと思っている」

「カップ麺に釣られた腹ぺこの狼」

「半分は合っている」

 

 否定しないのか。

 

 ロエンは淡々と野菜を切り始めた。

 

 速い。

 

 しかも無駄がない。

 

 じゃがいも、にんじん、玉ねぎが、てきぱきと一定の大きさで揃っていく。

 

 なんなんだこいつ。

 

 畑だけじゃなく包丁まで普通に使えるのか。

 

「……お前、生活力高くない?」

「生きるのに必要だ」

「インドア派には厳しい言葉だな」

「お前も少しは覚えろ」

「今めちゃくちゃ覚えてる途中だよ」

 

 でも、こうして二人で台所に立つのは不思議な感じだった。

 

 俺が火を見て、ロエンが材料を切る。

 

 狭いログハウスの中で、鍋の湯気が上がり、切った野菜の匂いが混ざる。

 

 ついこの前まで、ここは本当に何もない空間だったのに。

 

 今はエルフが漫画を借りに来て、狼獣人が夕飯の手伝いをしている。

 

 どうしてこうなった。

 

 だが、悪くはない。

 

「で、その“かれー”は何だ」

 

 ロエンが聞く。

 

「煮込み料理、みたいなもんだな」

「匂いが強いのか」

「すごく強い」

「なら期待していいのか」

「かなりいい」

 

 そうして具材を炒め、水を入れ、しばらく煮込み、最後にルウを入れる。

 

 途端に、部屋の空気が変わった。

 

 香辛料の匂い。

 

 肉と野菜の甘い匂い。

 

 濃くて、温かくて、腹に直接訴えてくるような匂い。

 

 ロエンの耳がぴくりと立つ。

 

 尻尾も揺れた。

 

 なんだろうな、もう本当に分かりやすい。

 

「……強いな」

「だろ?」

「昨日の麺とは違う」

「方向性が違うからな」

「匂いだけで腹が減る」

「料理ってそういうもんだよ」

 

 その時だった。

 

 こんこん、と扉が鳴った。

 

 俺とロエンの動きが止まる。

 

 この時間。

 

 このノック。

 

 だいたい予想はつく。

 

「……シルフィか?」

「私だ」

 

 扉の向こうから、聞き慣れた冷静な声が返ってきた。

 

 俺は鍋の火を少し弱めてから、扉を開ける。

 

 そこには、いつものように弓を背負ったシルフィが立っていた。

 

 片手には、返却用らしい漫画が数冊。

 

 だが、彼女は俺の顔ではなく、まず家の中を見た。

 

 そして、ロエンを見た。

 

 次に、鍋を見た。

 

 最後に、もう一度俺を見た。

 

「……何をしている」

「夕飯」

「それは見れば分かる」

「じゃあ聞くなよ」

「なぜ狼獣人が中にいる」

「畑仕事の報酬です」

「説明が雑すぎる」

 

 シルフィは小さく息を吐いた。

 

 一方のロエンは、少しだけ眉を寄せる。

 

「シルフィか」

「ロエン。お前、本当に来たのか」

「借りを返しに来た」

「それで家に上がって飯を待っているのか」

「働いた」

「……筋は通っているな」

「通ってるのかよ」

 

 俺だけが納得しきれずに突っ込む。

 

 だがシルフィは、ロエンの土で汚れた服と、窓の外に見える作りかけの畑を確認すると、それ以上は何も言わなかった。

 

 代わりに、すん、と小さく鼻を動かす。

 

「……濃い匂いだな」

「カレーだ」

「かれー?」

「うまいやつ」

「お前たちは説明を省くな」

 

 さっきロエンにも同じことを言われた気がする。

 

 だが、カレーは説明しづらい。

 

 カレーはカレーなのだ。

 

「食うか?」

 

 俺が聞くと、シルフィは一瞬だけ黙った。

 

 そして、漫画を胸に抱えたまま視線を逸らす。

 

「私は返却に来ただけだ」

「この匂いの中で?」

「……少しなら食べる」

「素直でよろしい」

「調子に乗るな」

 

 こうして、夕飯は三人分になった。

 

 つい昨日まで、一人で食う飯の量を考えていたはずなのに。

 

 気づけば、エルフと狼獣人の分までよそうことになっている。

 

 俺の引きこもり生活、どういう方向に進んでいるんだろうな。

 

 ご飯をよそい、カレーをかける。

 

 俺の分。

 

 ロエンの分。

 

 シルフィの分。

 

 テーブルは狭いので、ロエンには床に座ってもらい、シルフィにはいつものクッションを渡した。

 

 なんだこの空間。

 

 ログハウスの中で、狼獣人とエルフと俺がカレーを食おうとしている。

 

 前の世界の俺が見たら、疲れて変な夢を見ていると思うだろう。

 

「食っていいぞ」

「……いただく」

 

 ロエンは最初の一口を、思ったより慎重に口へ運んだ。

 

 そして、止まった。

 

 目が少し見開かれる。

 

 耳が立つ。

 

 尻尾が一気に大きく揺れる。

 

 完全にうまいやつだ。

 

 一方、シルフィも慎重に一口食べて、無言になった。

 

 表情はあまり変わらない。

 

 ただ、耳がわずかに動いた。

 

 あ、こっちも落ちたな。

 

「どうだ」

「……濃い」

 

 ロエンが言う。

 

「熱い」

「うん」

「辛い」

「うん」

「だが、うまい」

 

 でしょうね。

 

 続いてシルフィが、ぽつりと言った。

 

「味が多い」

「味が多い?」

「甘い。辛い。香りが強い。肉と野菜の味もする。なのに、ひとつにまとまっている」

「おお、感想が知的」

「誰かと違ってな」

 

 シルフィの視線がロエンへ向く。

 

 ロエンはカレーを食いながら、低く言った。

 

「うまければいい」

「雑だな」

「食い物に過剰な言葉は要らん」

「お前らしい」

 

 なんだろう。

 

 この二人、知り合いというほど親しくはないが、互いの距離感は分かっている感じがする。

 

 シルフィはシルフィで冷静。

 

 ロエンはロエンで無愛想。

 

 そして俺は、その間でカレーを食っている。

 

 謎の安定感があった。

 

 ロエンはそこから一気に食べる速度を上げた。

 

 見た目がでかいだけあって、食いっぷりもいい。

 

 だが、不思議とがっついているようには見えない。

 

 ただ純粋に、気に入ったものを真面目に食っている感じだ。

 

 それが妙に、見ていて気持ちいい。

 

「米に合う」

「そう、それ大事」

「これは最初からそういう食い物か」

「そうだな。かなり完成されてる」

「ずるい」

「何が」

「お前の家の食い物は、匂いで腹を奪って味で止める」

「言い方が完全に罠なんだよなあ」

 

 でも、だいたい合っていた。

 

 カップ麺もカレーも、空腹に対してだいぶ暴力的なのだ。

 

 シルフィも黙々と食べている。

 

 辛さが少し気になるのか、時々お茶を飲むが、スプーンは止まらない。

 

「シルフィ、辛くないか?」

「少し辛い」

「無理するなよ」

「無理はしていない」

「ならいいけど」

「……水を」

「はいはい」

 

 無理してない顔ではなかった。

 

 だが、皿を下げようとすると睨まれそうなので、黙って水を出す。

 

 結局、二人ともきれいに平らげた。

 

 皿の上にほとんど何も残っていない。

 

「おかわり」

「言うと思った」

 

 ロエンが迷いなく言った。

 

 俺が鍋を見ると、まだ残っている。

 

「シルフィは?」

「……少し」

「少しな」

「本当に少しだ」

「はいはい」

 

 その言い方は、だいたい“少しでは終わらない”やつである。

 

 俺は二人分のおかわりをよそいながら、少しだけ苦笑した。

 

「なあロエン」

「何だ」

「お前、今日どこで寝るつもりなんだ?」

「森だが」

「森なんだ」

「それ以外にどこがある」

「いや、その、まあ、そうか」

 

 当然のように返されると、逆にこっちが変なことを聞いた気分になる。

 

 だが、夕飯を食わせたあとでそれを思い出すと、少しだけ複雑だ。

 

 畑を作ると言っているし、また明日も来る気なのだろう。

 

「なら、毎朝ここまで来るのか?」

 

 俺が何気なく聞くと、ロエンは二杯目のカレーを口に運ぶ手を止めずに答えた。

 

「来る」

「即答だな」

「畑が途中だ」

「いや、まあ、そうなんだけど」

 

 そうなんだけど、あまりにも迷いがなさすぎる。

 

 ロエンは森で寝ると言った。

 

 つまり、夜は森に帰るが、朝になったらまたここへ来るつもりらしい。

 

 それは半分住み着いているのではないか、と言いたくなったが、まだ言わないでおいた。

 

 言ったら、たぶんこいつは真顔で「違う」と返す。

 

 そして翌朝も来る。

 

 そこまで見える。

 

「……遠くないのか?」

「慣れている」

「森で寝るの」

「木の上でも、地面でも、場所を見れば問題ない」

「ワイルドだな……」

 

 俺には絶対に無理だ。

 

 屋根と壁とベッドのありがたみを知ってしまった今、地面で寝るとか罰ゲームに近い。

 

 ロエンはそんな俺の顔を見て、小さく鼻を鳴らした。

 

「お前は無理だろうな」

「ひどくない?」

「事実だ」

「否定できないのがつらい」

 

 ロエンはそこで、ようやく少しだけ口元を緩めた。

 

 笑った、というほどではない。

 

 だが、最初に会った時のあの警戒心むき出しの顔を思えば、かなり大きな変化だった。

 

 カレーの力、恐るべしである。

 

「それに」

「ん?」

「ここは匂いが落ち着く」

「匂い?」

「木と、土と、火と、食い物の匂いだ」

 

 ロエンはぶっきらぼうにそう言って、スプーンを皿の端へ置いた。

 

「森の匂いとも違う」

「悪い意味で?」

「違う」

 

 短い否定だったが、それで十分だった。

 

 どうやらロエンは、この家の匂いを嫌ってはいないらしい。

 

 むしろ、気に入っている。

 

 それが少し意外で、少しだけ嬉しかった。

 

 シルフィが、横から静かに言う。

 

「この家は妙だが、落ち着くのは分かる」

「お前まで?」

「外と内の境目がはっきりしている。森にいるのに、森の中ではない」

「……ああ」

 

 それは、俺がずっと求めていたものだった。

 

 森の中にいる。

 

 でも、森の理不尽に直接殴られない。

 

 外を感じながら、内側にいられる。

 

 このログハウスは、そういう場所なのだ。

 

 俺にとって、ようやく手に入れた引きこもりの城。

 

 閉じた空間で、静かで、自分だけの場所だったはずなのに、最近は少しずつ誰かが出入りするようになっている。

 

 漫画を借りに来るシルフィ。

 

 畑を作りに来るロエン。

 

 どちらも最初は想定外だった。

 

 だが、完全に嫌かと言われると、そうでもない。

 

 むしろ家が“ただ閉じるだけの箱”じゃなくなってきた感じがして、それはそれで悪くなかった。

 

「何を見ている」

 

 ロエンの声で我に返る。

 

「いや、お前、ちゃんと食うなあって」

「失礼だな」

「褒めてるんだよ」

「そうは聞こえない」

 

 言いながらも、皿はもうほとんど空だった。

 

 見事な食べっぷりである。

 

 シルフィも、自分の皿を静かに置いた。

 

「……悪くない」

「その言い方、だいぶ気に入ってるよな」

「事実だ」

「もっと素直にうまいって言えばいいのに」

「悪くない」

「はいはい」

 

 それだけきれいに食われると、作った側としても気分がいい。

 

「ごちそうさま」

 

 ロエンが言った。

 

「ごちそうさま」

 

 続いて、シルフィも言った。

 

「おう」

 

 なんか、急に家っぽい。

 

 いや、家なんだけど。

 

 人が飯を食って、ごちそうさまと言って、皿を片づける。

 

 それだけで、部屋の空気が少し変わる。

 

 俺は皿を片づけながら、小さく息をついた。

 

 狭い流しで三人分の皿を洗う。

 

 後ろではロエンが静かに座っていて、たまに木の壁や本棚へ視線を向けていた。

 

 漫画の背表紙を見ているあたり、たぶん気になってはいるんだろう。

 

 だがシルフィと違って、今すぐ「貸せ」とは言わない。

 

 あくまで、自分から踏み込みすぎない距離を測っている感じだ。

 

 そのへんは、こいつなりに遠慮しているのかもしれない。

 

 一方、シルフィは普通に本棚の前に立っていた。

 

「……シルフィ」

「何だ」

「自然に選ぶな」

「返却に来た。次を借りるのは自然だ」

「図書館利用者みたいな顔するな」

「貸本屋ではないのか」

「俺はまだ認めてない」

 

 シルフィは聞いていない顔で、一冊を選んだ。

 

 もう慣れすぎだろ。

 

「なあ」

 

 俺は皿を拭きながら、ロエンへ声をかけた。

 

「何だ」

「明日も来るなら、朝飯は少し早めにしたほうがいいか?」

 

 自分で言ってから、あれ、と思った。

 

 何だその確認は。

 

 半分、受け入れる前提の言い方じゃないか。

 

 だが、ロエンはそこを気にした様子もなく、少しだけ考えてから答えた。

 

「任せる」

「ざっくりしてるな」

「お前の生活に合わせる」

「……おお」

 

 ちょっと驚いた。

 

 もっと自分の都合だけで動くやつかと思っていたからだ。

 

 だがロエンは、思っていたよりちゃんと“相手の場所”を見ているらしい。

 

 そのことに気づくと、最初の印象よりずっと付き合いやすい気がしてきた。

 

 まあ、空腹で匂いに負けるあたりから、わりと人間味はあったけど。

 

「じゃあ、明日はもう少し腹にたまるやつにするか」

「麺か」

「カップ麺に強く引っ張られるな」

「悪いか」

「悪くはない」

 

 俺は洗い終えた皿を拭きながら笑う。

 

 こういう会話が、当たり前みたいに部屋の中で交わされているのが不思議だった。

 

 つい最近まで、この家には俺しかいなかったのに。

 

 今はこうして、狼獣人と明日の朝飯の相談をしている。

 

 その横で、エルフが漫画を選んでいる。

 

 人生、何があるか分からない。

 

 異世界ならなおさらだ。

 

 やがて片づけも終わり、外はすっかり暗くなっていた。

 

 窓の外では森が夜の気配を深くしている。

 

 虫の声がし始め、木々のあいだを抜ける風もひんやりしていた。

 

 ロエンは立ち上がり、扉のほうへ向かう。

 

「もう行くのか」

「暗くなる前のほうが動きやすい」

「もうだいぶ暗いけど」

「お前よりは見える」

「便利だな、獣人」

「また雑だ」

 

 シルフィも本を一冊抱え、扉のそばへ向かう。

 

「シルフィも帰るのか」

「帰る。明日も来る」

「漫画のために?」

「見回りだ」

「便利な言い訳だな」

「半分は本当だ」

「残り半分」

 

 シルフィは答えなかった。

 

 まあ、だいたい分かっている。

 

 扉を開けると、夜の匂いが流れ込んできた。

 

 ロエンは外へ出て、それから一度だけ振り返る。

 

「明日、続きをやる」

「おう」

「種芋も見ておけ」

「了解」

「あと」

「ん?」

「……今日の飯、また食いたい」

 

 そこは最後に言うんだな。

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 

「気が向いたらな」

「向け」

「命令すんな」

 

 ロエンは小さく鼻を鳴らし、そのまま森の中へ消えていく。

 

 大きな背中はすぐに木々の影へ溶けて見えなくなった。

 

 シルフィはその背中を見送り、それから俺を見た。

 

「本当に、変なものばかり釣るな」

「釣ってない」

「では、引き寄せている」

「もっと嫌な言い方だな」

「だが、悪くはない」

 

 そう言って、シルフィも森の中へ消えていった。

 

 扉を閉めると、家の中はまた静かになった。

 

 だが、その静けさは前とは少し違った。

 

 一人きりの静けさじゃない。

 

 誰かがまた戻ってくることを知っている静けさだ。

 

 俺は窓際のベッドに腰を下ろし、家の横の畑のほうへ目を向けた。

 

 暗くてよく見えないが、今日作った畝の線だけはうっすらと形を残している気がする。

 

「……本当に、生活になってきたな」

 

 漫画を読むエルフがいて、畑を作る狼獣人がいて、自分はその真ん中で飯を作っている。

 

 引きこもりの理想像からはだいぶ外れている気もする。

 

 でも、そのずれ方は嫌いじゃなかった。

 

 たぶん俺は、閉じたまま壊れない暮らしを作りたかったんだろう。

 

 そのために必要なのが、たまに来る他人と、少しずつ増える生活の気配なのだとしたら――それも悪くない。

 

 そう思いながら、俺は明日の朝飯を何にするか考え始めた。

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