異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第十七話 腹ぺこミリィと、働いたぶんの朝ごはん

 ミリィ、と名乗った小さな獣人の女の子は、そのあともしばらく俺たちの前でじっとしていた。

 

 逃げるでもなく、近づくでもなく、空になった皿と、畑と、俺たちの顔を順番に見ている。

 

 夕暮れはもうだいぶ深くなっていて、森のあいだから吹く風も少し冷たくなっていた。

 

 こんな時間に、こんな小さいやつを外へ放り出すのも、なんだか気が引ける。

 

 だが、だからといって即座に「どうぞ家へ」なんて言えるほど、俺の引きこもり城の防衛線は低くない。

 

 低くない、はずだ。

 

「……で」

 

 俺は腕を組みながら、ミリィを見た。

 

「名前は分かった。で、お前、家は?」

 

 ミリィはぴくりと耳を動かしたが、すぐには答えない。

 

 代わりに、尻尾が少しだけしょんぼりと下がった。

 

 あ。

 

 なんか、聞いちゃいけないところだったかもしれない。

 

 俺が微妙に言葉に詰まっていると、ロエンが低い声で口を開いた。

 

「ないのか」

 

 直球だった。

 

 ミリィはきっと睨むようにロエンを見返したが、その勢いは長く続かない。

 

「……いまは、ない」

 

 小さな声だった。

 

 夕方の空気より、その言葉のほうが少し冷たく感じた。

 

 俺は思わず頭をかいた。

 

 困った。

 

 ものすごく困る。

 

 こういうの、どうするのが正解なんだ。

 

 前世でも今世でも、道端で腹ぺこの獣人少女を拾った経験なんて当然ない。

 

 あったらそれはそれで人生どうなってるんだという話だが。

 

「森で寝るのか?」

 

 俺が聞くと、ミリィはこくりと頷いた。

 

「できる」

「できるのと、していいのは別じゃない?」

「へいき」

 

 強がりだな、と思った。

 

 声が小さいわりに、妙なところで意地を張る。

 

 食い物にはあんなに正直なのに、こういうところでだけ変に強がるのは、なんだか年相応というか何というか。

 

 いや、年相応かどうかもまだよく分からないんだけど。

 

「お前」

 

 俺はしゃがみ込んで、ミリィと目線を合わせた。

 

「ひとまず今日は、芋を掘り返さないって約束できるか?」

 

 ミリィはむっとした顔になった。

 

「……もう、やらない」

「ほんとに?」

「たぶん」

「たぶんはダメだろ」

 

 するとミリィは少し考えてから、渋々といった顔で言い直した。

 

「……やらない」

「よし」

 

 俺が頷くと、ミリィの耳がぴくりと動いた。

 

 たぶん、少しだけほっとしたのだろう。

 

 だが次の瞬間には、またすぐに警戒した顔へ戻る。

 

 忙しいやつである。

 

「今日はもう暗い」

 

 俺は空を見上げて言った。

 

「森で寝るのがほんとに平気でも、腹いっぱい食った直後にうろつくのはどうなんだ」

「うろつかない」

「じゃあ、どうするつもりだったんだよ」

「……そのへん」

「雑だな!?」

 

 そのへん、では生きていけないだろ。

 

 いや、この世界の獣人の生活力を甘く見てはいけないのかもしれないが、それでもその答えはだいぶ不安になる。

 

 ロエンが腕を組んだまま、短く言った。

 

「屋根の下で寝たことは」

「……ある」

「最近は」

 

 ミリィはそこで口を閉じた。

 

 尻尾の先が、ぴたりと止まる。

 

 ああ、今のは“ない”んだな、と分かった。

 

 ロエンもそれ以上は聞かなかった。

 

 無愛想だけど、踏み込みすぎないあたりは、こいつなりに気を使っているらしい。

 

 俺はもう一度、頭をかいた。

 

 正直、家に泊めるのはまだ抵抗がある。

 

 シルフィでさえ普通に出入りするようになるまで少し時間がかかったのに、ミリィは今日会ったばかりだ。

 

 しかも、最初は芋を掘る気で来ている。

 

 いや、今はもうやらないって言ったけど。

 

 言ったけどさあ。

 

「……外に簡単な寝床なら作れるか」

 

 ぽろっと口をついて出たのは、そのくらいだった。

 

 自分で言ってから、あれ、と思う。

 

 何その受け入れ方向の発想。

 

 俺の防衛線、思ったより脆くない?

 

「ねどこ?」

 

 ミリィの耳が立つ。

 

「家の中じゃないぞ」

 

 俺は先に釘を刺した。

 

「家の横。軒先に近いところ。屋根の下ってほどじゃないけど、雨風しのげるくらいのやつ」

「……ほんとに、いいの」

「今日だけな」

 

 そう言うと、ロエンがちらりとこっちを見た。

 

 その目がちょっとだけ「それで済むか?」と言っている気がして、俺は見なかったことにした。

 

 済む。

 

 済むったら済む。

 

 たぶん。

 

     *

 

 結果から言うと、俺の“簡単な寝床”は、わりとそれっぽくなった。

 

 ログハウスの軒先に近い場所へ、余っていた木板と布と干し草を使って、小さな小屋まではいかないが、寝転がれるスペースを作ったのだ。

 

 前世でのDIY知識が役立っているのか、ただ《快適生活お取り寄せ》が便利すぎるのか、そのへんはもうよく分からない。

 

 ロエンも黙って手を貸してくれたのが大きい。

 

 俺一人だったら、たぶん途中で「まあ布だけでいっか」となっていた。

 

「……できた」

 

 俺が腰を伸ばすと、ミリィは少し離れたところからじっとそれを見ていた。

 

 近づいてはこない。

 

 でも気になってはいる。

 

 分かりやすい。

 

「使うかどうかはお前次第」

 

 俺が言うと、ミリィはゆっくり近づいてきた。

 

 足音が軽い。

 

 警戒を解いたわけではないが、逃げる準備をしながら寄ってきている感じだ。

 

 寝床の前で立ち止まり、布をちょん、と指でつつく。

 

 次に干し草を少し掴み、匂いを嗅ぐ。

 

 最後に、俺を見た。

 

「……へん」

「感想それ!?」

 

 ロエンが小さく鼻を鳴らす。

 

「お前の家らしい」

「それフォローになってる?」

 

 だが、ミリィはそのあとで小さな声を付け足した。

 

「でも、あったかそう」

 

 その一言で、ちょっと報われた気がした。

 

 単純だな、俺。

 

 その後、ロエンは「朝来る」とだけ言い残して森へ戻っていった。

 

 ミリィはその背中を最後まで警戒していたが、完全に見えなくなるころには肩の力が少し抜けていた。

 

 やっぱり苦手なんだな、あいつのこと。

 

 狼系統とか、そういう問題なんだろうか。

 

 聞いてみたい気もしたが、今日のところはやめておく。

 

 詰め込みすぎると逃げられそうだしな。

 

「じゃあ、俺は中にいるから」

 

 扉の前で振り返って言う。

 

「何かあったら……いや、お前たぶん呼ばないよな」

 

 ミリィはこくりとも頷かず、寝床と俺を見比べている。

 

 なので俺は肩をすくめた。

 

「とにかく、芋は掘るなよ」

 

 するとミリィは、今度こそむっとした顔ではっきり言った。

 

「もう、ほらない」

「ならいい」

 

 その返事に満足して、俺は扉を閉めた。

 

 家の中へ戻ると、急に静かになる。

 

 鍋にはまだ少しシチューが残っていて、部屋にはやわらかい匂いが漂っていた。

 

 いつの間にか、自分一人のためだけじゃない匂いになっている気がして、少し不思議だった。

 

 シルフィが来て、ロエンが来て、今度はミリィだ。

 

 俺の引きこもり生活、だいぶ騒がしくなってきてないか?

 

 でも、完全に嫌というわけでもない。

 

 むしろ、家の外に誰かいると思うと、変に気になってしまうくらいにはもう慣れ始めている。

 

 だめだな。

 

 俺、たぶん想像よりずっと“生活の気配”に弱い。

 

     *

 

 翌朝、目が覚めた時、最初にしたのは窓の外を見ることだった。

 

 自分でも驚くくらい自然な動きだった。

 

 軒先の簡易寝床は、ちゃんとそこにある。

 

 そして、その上には小さな塊が丸くなっていた。

 

「……いる」

 

 当たり前なんだけど、ちょっと驚いた。

 

 途中でいなくなるかもしれないと思っていたのだ。

 

 ミリィは布に半分くるまり、尻尾まで丸めて眠っていた。

 

 顔つきは起きている時よりずっと幼く見える。

 

 警戒していないぶん、年相応に小さく見えるのかもしれない。

 

 しばらく眺めていたら、ミリィの耳がぴくりと動いた。

 

 次の瞬間、ばっと目が開く。

 

 寝起きなのに反応が速い。

 

 さすが獣人。

 

 ミリィは勢いよく起き上がり、窓際の俺を見つけて一瞬だけ固まった。

 

 たぶん「見られてた」と思ったんだろう。

 

 耳がぺたんと寝る。

 

 寝癖みたいに跳ねた髪と相まって、ちょっと面白い。

 

 笑ったら怒りそうなので我慢したけど。

 

 俺は軽く手を上げてから、扉を開けた。

 

「おはよう」

「……おはよう」

 

 小さな声で返ってきた。

 

 挨拶はできるらしい。

 

 ただし、視線はすぐに俺から外れて、畑のほうへ向かった。

 

「芋は?」

「ほってない」

「聞く前に答えたな」

「ほってない」

 

 二回言った。

 

 大事なことらしい。

 

 俺は畑のほうを見る。

 

 昨日植えた畝は、ちゃんとそのままだった。

 

 掘り返された跡もない。

 

 ほっとした。

 

 正直ちょっと疑っていた。

 

「ちゃんと約束守ったんだな」

「……まもった」

「偉い」

「こどもあつかいするな」

 

 むっとした顔で言うわりに、耳は少しだけ立っている。

 

 たぶん、悪い気はしていない。

 

 ちょろい……いや、素直だな。

 

 その時、俺は軒先の横に小さな山ができていることに気づいた。

 

「ん?」

 

 近づいて見ると、小枝だった。

 

 さらに畑の端には、小石がいくつか寄せられている。

 

 昨日までは散らばっていたものだ。

 

「これ、お前がやったのか?」

 

 ミリィは一瞬だけ迷ったあと、こくりと頷いた。

 

「おきたから」

「起きたから?」

「……はたらいたら、たべられるって言った」

 

 言った。

 

 確かに言った。

 

 いや、俺は「ちゃんと手伝うなら飯くらいは出す」と言っただけで、朝起きてすぐ小枝と石を集めろとは言っていない。

 

 だが、ミリィの中ではもう、それが“働く”ということになっていたらしい。

 

 俺は少しだけ黙った。

 

 小さな手で集めたのだろう。

 

 小枝の山は不揃いで、石もまだ全部ではない。

 

 けれど、やったのは分かる。

 

 少なくとも、食べ物だけもらって逃げるつもりではないのだ。

 

「……そっか」

 

 俺はミリィを見る。

 

「じゃあ、朝飯だな」

「……いいの?」

「働いたぶんだろ」

「うん」

 

 その瞬間、ミリィの耳がぴんと立った。

 

 尻尾もふわっと揺れる。

 

 分かりやすすぎる。

 

「ただし、朝飯食ったら、もう少しだけ手伝えよ」

「なにを」

「水運びとか、石拾いとか。ロエンが来たら聞けばいい」

「……あいつ、くるの」

「来るって言ってたからな」

「う」

 

 露骨に嫌そうな顔をした。

 

 本当に苦手なんだな。

 

 けれど、逃げようとはしない。

 

 そこは少しだけ変わった気がする。

 

「大丈夫だよ。ロエン、顔は怖いけど悪いやつじゃない」

「顔、こわい」

「そこは否定しないんだ」

「こわい」

「まあ、分かる」

 

 俺が頷くと、ミリィは少しだけ安心したような顔をした。

 

 共通認識ができたらしい。

 

 ロエン、すまん。

 

 でも初見の圧は本当にあるから仕方ない。

 

 俺は家の中へ戻り、残っていたシチューを温め直すことにした。

 

 朝から重いかもしれないが、ミリィは昨日あれだけ食べていたし、たぶん問題ないだろう。

 

 パンも出す。

 

 ついでに自分の分も用意する。

 

 鍋を火にかけると、すぐにクリームのやさしい匂いが部屋に広がった。

 

 外から、ミリィの耳が反応する気配がする。

 

 見なくても分かる。

 

 もう食い物への反応だけで、だいたい居場所が分かるようになってきた。

 

 よくない慣れだな。

 

 温まったシチューを木の器によそい、パンと一緒に外へ持っていく。

 

 さすがにまだ家の中へ入れるのは早い。

 

 今日のところは軒先だ。

 

「ほら。働いたぶんの朝ごはん」

「……ほんとに、くれるんだ」

「約束したからな」

「へんなやつ」

「その感想、多くない?」

 

 ミリィは器を両手で受け取り、湯気をじっと見つめた。

 

 昨日よりは少し警戒が薄い。

 

 それでも一口目は慎重だった。

 

 舌先で熱を確かめるようにして、少しだけ口に入れる。

 

 そして、止まる。

 

 耳が立つ。

 

 尻尾が揺れる。

 

 はい、昨日と同じ。

 

「うまい?」

「……あったかい」

「味の感想は?」

「うまい」

 

 小さな声だったが、はっきり言った。

 

 俺は思わず少し笑った。

 

「そりゃよかった」

 

 ミリィはそこから、夢中で食べ始めた。

 

 がつがつ、というほど荒くはない。

 

 でも、止まらない。

 

 パンを小さくちぎってシチューにつけ、少しずつ口へ運ぶ。

 

 途中で熱さにふうふう息を吹きかけながら、それでも器から目を離さない。

 

 昨日の夜もそうだったが、食べている時のミリィはとても静かだ。

 

 喋らない。

 

 警戒もしない。

 

 ただ、目の前の食べ物に集中している。

 

 それが少しだけ胸にくる。

 

 ちゃんと食えてよかったな、と思ってしまう。

 

 俺は保護者になるつもりなんてない。

 

 ないのだが。

 

 こういう姿を見せられると、どうにも弱い。

 

「……ごちそうさま」

 

 器が空になると、ミリィはぽつりと言った。

 

「おう」

 

 昨日より自然に出た感じがした。

 

 それだけで、少しだけ距離が縮まった気がする。

 

 ミリィは空の器をしばらく見つめ、それから俺を見た。

 

「……これも、しごと?」

「何が」

「うつわ、もっていく」

「ああ、置いとけばいいぞ」

「いいの?」

「洗うのは俺がやる。お前は外の仕事な」

「……わかった」

 

 ミリィは器をそっと木箱の上に置いた。

 

 その動きが妙に丁寧で、また少しだけ感心する。

 

 食べ物と器を雑に扱わない。

 

 それだけで、なんとなく信用できる気がした。

 

 いや、芋を掘ろうとしていたやつに対して言うことかは微妙だけど。

 

 その時だった。

 

 こん、こん、こん。

 

 聞き覚えのありすぎるノックが響いた。

 

 いや、今日は扉の外に俺がいるのだから、正確には扉を叩く音だけが家の反対側から聞こえた、というべきか。

 

「……早いな」

 

 俺が呟くと、ミリィの耳がぴんと立った。

 

 そして、次の瞬間には完全に警戒姿勢である。

 

 ああ、これはまた面倒なことになりそうだ。

 

 ロエンとミリィ、相性最悪では?

 

 俺は大きくため息をついて、扉のほうへ向かった。

 

 今日の朝は、もう十分働いた気がする。

 

 精神的に。

 

 だが、扉を開けた先でロエンが持っていたものを見た瞬間、ミリィの目の色は昨日とは別の意味で変わることになる。

 

「……魚?」

 

 ロエンの左手には、紐でまとめられた川魚が三匹ぶら下がっていた。

 

 銀色の鱗が朝の光を受けて、ぴかりと光る。

 

 右手には、細い葉のついた山菜らしきものまで抱えている。

 

 どう見ても早朝の来訪者というより、朝市帰りの人である。

 

「川にいた」

「雑な説明だな」

 

 その瞬間、俺の後ろで、ミリィの気配がぴんと張った。

 

 警戒ではない。

 

 完全に、食い物を見つけた時のやつだ。

 

 俺はその反応を見て、小さく呟いた。

 

「……朝飯、第二部が始まりそうだな」

 

 引きこもり生活八日目。

 

 俺のログハウスの朝は、どうやら今日も静かには終わらないらしい。

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