異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第十九話 増える労働力と、麦茶の冷たさ

 朝飯の焼き魚をきれいに平らげたあと、ミリィの労働はすぐに始まった。

 

 いや、本当にすぐだった。

 

 ロエンが「じゃあ働け」と言い、ミリィが「うっ」と小さく呻き、それでも逃げずに外へ出たところまでは見ていた。

 

 その時点で、俺はちょっと感心していた。

 

 文句は言う。

 

 顔にも出る。

 

 でも、逃げない。

 

 昨日まで家の前で芋を掘るかどうか迷っていた腹ぺこ獣人少女としては、かなりの進歩である。

 

 ロエンの指示は、俺が思っていたよりもずっと的確だった。

 

 ただ「働け」と丸投げするのではなく、ミリィの体格と体力に合わせて作業を割り振っている。

 

「まず、あっちの水場から水を汲め」

「……どのくらい」

「桶の半分だ。満杯にするとお前はこぼす。こぼせば二度手間になる」

「こぼさない!」

「いいから半分だ」

「……わかった」

 

 ミリィはむっつりした顔で木桶を抱え、水場のほうへ走っていった。

 

 背中からぴんと立った尻尾が見える。

 

 不満そうだが、足取りは軽い。

 

 やっぱり獣人は基礎身体能力が高いんだろうな。

 

 俺はログハウスの窓辺に寄りかかり、インスタントコーヒーをすすりながら、その様子を眺めていた。

 

「なんか……」

「何だ」

 

 畑の土を鍬で整えていたロエンが、手を止めずに聞いてくる。

 

「俺、現場監督みたいになってない?」

「監督は指示を出す。お前はコーヒーを飲んでいるだけだ」

「正論すぎて刺さるな」

 

 否定できない。

 

 俺の本来の目的は「誰にも邪魔されない引きこもり生活」だったはずだ。

 

 それがどうして、朝から獣人二人が俺の家の前で農作業や水汲みをしている光景を、コーヒー片手に見守ることになっているのか。

 

 方向性が迷子すぎる。

 

 だが、不思議と居心地は悪くなかった。

 

 しばらくすると、ミリィが桶に水を入れて戻ってきた。

 

 ロエンの言う通り、欲張って半分より少し多めに入れたらしく、歩くたびにぱしゃぱしゃと水が跳ねている。

 

「おもい……」

「だから半分だと言った」

「いけると、おもった」

「思っただけだな」

「……む」

 

 ロエンは無表情のまま桶を受け取り、畑の脇に置いた水瓶へ移す。

 

 ミリィは少し息を切らしながら、自分の手を見下ろした。

 

 木桶の取っ手は少しざらついていて、小さな手には負担が大きいらしい。

 

 手のひらが少し赤くなっている。

 

 俺は小さく息を吐き、家の中へ戻って収納箱を開けた。

 

 通販ウィンドウを立ち上げるまでもない。

 

 以前、ログハウスを建てた時にまとめ買いしておいたアレがある。

 

「おい、ミリィ」

 

 外に出て声をかけると、ミリィがびくっと耳を立てて振り返った。

 

「な、なに。さぼってない」

「分かってるよ。ほら、これ使え」

 

 俺が投げて渡したのは、小さめサイズの軍手だ。

 

 ミリィは反射的にそれを受け取ったが、きょとんとした顔で白い布の塊を見つめている。

 

「……なにこれ」

「軍手。手袋だ。手にはめて使う」

「てぶくろ?」

「木のトゲとか、石の角から手を守る道具。そのまま素手で石拾いしたら、お前のその手、すぐ痛くなるぞ」

 

 ミリィは軍手と俺を交互に見て、恐る恐る手を通した。

 

 サイズは一番小さいものを選んだが、それでもミリィの手には少し余る。

 

 だが、指を曲げ伸ばししてみると、その厚みと安心感に気づいたらしい。

 

「……いたくない」

「だろ。文明の利器だ」

「ぶんめい?」

「気にするな。石拾い、怪我しないようにやれよ」

 

 すると、ミリィは少しだけ目を丸くしたあと、ふいっと顔を逸らした。

 

「……べつに、これなくても、へいきだったけど」

「そうかよ。じゃあ返すか?」

「かえさない!」

 

 軍手をはめた両手を、ぎゅっと胸に抱え込む。

 

 意地っ張りなのに素直だ。

 

 このあたりの反応、本当に分かりやすくて面白い。

 

 ロエンがそのやり取りを横目で見て、小さく鼻を鳴らした。

 

「甘やかしているな」

「効率化と言ってくれ。怪我されて動けなくなるほうが面倒だろ」

「一理ある」

「お前はほんと、実務的な説得には弱いな……」

 

     *

 

 それから一時間ほど経ったころ。

 

 俺たちの“拠点”に、いつもの来訪者が現れた。

 

 トンッ、と音もなく、近くの木の枝から軽い身のこなしで降り立ったのはシルフィだ。

 

 相変わらずの隠密スキルである。

 

 だが、その着地の瞬間。

 

 石を集めていたミリィの全身の毛が、ぶわっと逆立った。

 

「ふーっ!!」

 

 完全に猫が威嚇する時の声だった。

 

 ミリィは俺の足元まで素早く後ずさり、ロエンの時と同じように、いや、それ以上に鋭い目でシルフィを睨みつける。

 

 シルフィはミリィを一瞥し、それから俺を見た。

 

「……増えたな」

「言うと思ったよ、それ」

「本当に増えているのだから仕方がない。今度は野良の獣人か」

「のらじゃない!」

 

 俺の背後から、ミリィが抗議の声を上げる。

 

「ちゃんと、はたらいてる! さかなもさばいた!」

「魚をさばいた?」

 

 シルフィが眉をひそめる。

 

「朝飯の時にな。手際よかったぞ」

 

 俺が補足すると、シルフィは納得いかない顔でミリィを上から下まで観察した。

 

「お前の家、そろそろ森の炊き出し所に見えてきたぞ」

「人聞きの悪いこと言うな。俺は静かに引きこもりたいだけなんだよ」

「その台詞、もう誰も信じないと思うが」

 

 正論の暴力だった。

 

 シルフィは俺に、脇に抱えていたものを差し出した。

 

「返す」

「おお、もう四巻読み終わったのか」

「あの終わり方はひどい」

「またそれか。いい加減慣れろよ」

「主人公がようやく決意したところで終わるなど、読者への嫌がらせだ」

「完全に読者の顔になってるな、お前……」

 

 俺が五巻を渡そうとすると、ミリィが俺の服の裾をくいくいと引っ張った。

 

「……コウタ」

「ん?」

「このエルフ、だれ。なに、それ」

「俺の知り合いで、漫画の常連客。これは漫画っていって、まあ、絵がいっぱいある本みたいなもんだ」

「えほん?」

 

 ミリィはシルフィが受け取った五巻の表紙を、興味深そうに、けれど警戒を解かないまま見つめている。

 

「コウタ」

 

 今度はシルフィが、低い声で俺を呼んだ。

 

「この小柄な獣人、森の奥の匂いがする」

「森の奥?」

「ああ。浅い森で暮らしている者の匂いではない。何か理由があって、ここまで流れてきた匂いだ」

 

 シルフィの言葉に、ミリィの耳がぺたんと伏せられた。

 

 図星を突かれた時の顔だ。

 

 俺は少しだけ迷ってから、ミリィの頭にぽんと手を置いた。

 

 ミリィはビクッとしたが、逃げはしなかった。

 

「まあ、事情はいろいろあるんだろ。でも今は、うちの畑の水汲み係兼、見張り係だ」

「見張り?」

 

 シルフィの目が少し鋭くなる。

 

「わたしはできる」

 

 ミリィが、俺の背中から少しだけ顔を出して言い返した。

 

「はなのにおいも、みみも、おまえよりきく」

「ほう?」

 

 シルフィの口角がわずかに上がった。

 

 完全に、生意気な子どもを見る大人の顔だ。

 

「言うな。なら、昨日の夕方、あそこの茂みからお前たちを見ていたものの正体は分かるか?」

 

 ミリィは少し言葉に詰まった。

 

「……それは、わからない。でも、あぶないやつじゃない、きがした」

「気がした、では見張りは務まらない」

「うっ……」

 

 ミリィが悔しそうに唸る。

 

 俺はそこで、ようやく二人の会話の引っかかりに気づいた。

 

「……ちょっと待て」

 

 思わず声が出る。

 

「昨日の夕方、茂みから見てたやつって、ミリィのことじゃなかったのか?」

 

 俺がそう言うと、シルフィは淡々と首を振った。

 

「違う」

「違うのかよ」

「ミリィの気配とは別だ」

「別……」

 

 俺は思わず、森のほうを見た。

 

 木々の隙間はいつも通り暗く、風に揺れる葉の音だけが静かに聞こえている。

 

 なのに、さっきまでより少しだけ、その奥が深く見えた。

 

「つまり、ロエンとかミリィ以外にも、この家に近づいてる得体の知れないやつがいるってことか?」

 

「そうなるな」

 

「そうなるな、じゃないんだよ!」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 なんでだ。

 

 なんで俺の引きこもり生活は、こうも次から次へと来訪者を呼び寄せるんだ。

 

 エルフ。

 

 狼獣人。

 

 猫耳つきの腹ぺこ獣人少女。

 

 そのうえ、正体不明の何か。

 

 もうこれ、森の奥で「変な家あります。飯出ます。漫画あります」って看板でも立ってるんじゃないのか。

 

「俺は静かに暮らしたいだけなんだけどな……」

「そのわりに、食べ物の匂いをよく出す」

「事実で刺すな」

 

 シルフィは小さく肩をすくめた。

 

 ミリィは俺の背中から少しだけ顔を出し、不満そうにシルフィを睨んでいる。

 

「わたしは、みつける」

「まだ正体も分からない相手をか?」

「つぎは、わかる」

「意気込みだけでは見張りは務まらない」

「うっ……」

 

 またミリィが唸る。

 

 なんだこれ。

 

 急に、先輩風を吹かすエルフと、対抗意識を燃やす新人獣人の図ができあがっている。

 

「まあまあ、二人ともそのへんで」

 

 俺が間に入ると、ロエンが鍬を肩に担いで戻ってきた。

 

「休憩にする」

「お、珍しいな。お前から休憩言い出すなんて」

「土を乾かす時間だ。それに」

 

 ロエンは空を見上げた。

 

「暑い」

 

 確かに、日が昇るにつれて気温が上がってきていた。

 

 春先とはいえ、肉体労働をすれば汗をかく。

 

 ミリィの額にも汗が光っているし、俺だってただ見ているだけでも少し喉が渇いていた。

 

「よし、じゃあちょっと休むか」

 

 俺はパンッと手を叩いた。

 

「どうせなら、もう少し快適な休憩所にしよう」

 

     *

 

 俺が《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを開き、何やらブツブツと検索を始めると、シルフィは「またか」という顔をし、ロエンは少し期待するような目でこちらを見た。

 

 ミリィだけが「何してるの?」と首を傾げている。

 

 俺が今必要としているのは、文明的な“水分補給”と“休息”のシステムだ。

 

 地べたに座って休むのも野趣があっていい。

 

 だが、俺はインドア派だ。

 

 ちゃんとした椅子に座りたいし、冷たいものが飲みたい。

 

『折りたたみテーブル アウトドア用 大型』

『キャンプチェア 四脚』

『ウォータージャグ 蛇口付き 10L』

『ペットボトル麦茶 2L』

『クーラーボックス 小型』

『ロックアイス』

 

 MPの消費はそれなりにあるが、生活インフラへの投資だと思えば安いものだ。

 

 確定ボタンを念じると、ログハウスの前に青白い魔法陣が浮かび上がり、次々と段ボール箱が現れた。

 

「ひゃっ!?」

 

 ミリィが短い悲鳴を上げて、俺の背中に完全に隠れた。

 

「ま、まほう!? コウタ、まほうつかいなの!?」

「魔法じゃない。通販だ。物流の勝利だ」

「ぶつりゅう……?」

「気にしなくていい」

 

 俺は素早く箱を開け、アウトドア用の大きな折りたたみテーブルを広げた。

 

 その周りに、座り心地の良さそうなキャンプチェアを四つ並べる。

 

 これだけで、家の前が一気に“休憩所”っぽくなった。

 

「相変わらず、意味の分からない道具を出すな……」

 

 シルフィが呆れたように言いながらも、ためらいなくキャンプチェアの一つに腰を下ろす。

 

「……悪くない」

「だろ。深く座れるから腰が楽なんだよ」

 

 俺は続けて、ウォータージャグをテーブルの端に設置した。

 

 中にペットボトルの麦茶を注ぎ、通販で買ったロックアイスを惜しげもなく投入する。

 

 カラン、カラン、と冷たい氷の音が鳴った。

 

 紙コップを四つ並べ、蛇口をひねって冷たい麦茶を注ぐ。

 

 コップの表面に、あっという間に水滴がつく。

 

「ほら、飲んでみろ」

 

 俺は三人に紙コップを差し出した。

 

 ミリィは恐る恐るコップを受け取り、中の茶色い液体を匂った。

 

「……くさのにおいがする」

「麦だからな。いいから飲んでみろ。冷たいぞ」

 

 ミリィが一口、ちびりと飲む。

 

 瞬間、目を大きく見開いた。

 

「つ、つめたい!!」

「だろ」

「なんだこれ、つめたい! ちょっとにがいけど、すっきりする!」

 

 ミリィはコップを両手で持ち、ごくごくと一気に飲み干した。

 

「ぷはーっ!」

 

 親父みたいな声を出している。

 

 六、七歳くらいの猫耳少女から聞きたい声ではない。

 

 でも、ちょっと面白い。

 

 ロエンも無言でコップを受け取り、一口飲んだ。

 

 耳がぴんと立ち、尻尾がゆっくりと揺れる。

 

「……冷たい。汗が引く」

「肉体労働のあとの麦茶は最高だからな」

「うまい。もう一杯だ」

「お前はほんと、遠慮ってものを知らないな」

 

 俺は苦笑しながら、蛇口をひねってロエンのコップにおかわりを注ぐ。

 

 シルフィは、自分のコップの表面についた水滴を不思議そうに指でなぞっていた。

 

「氷を入れたのか。魔法使いでもないのに、こんな日に氷を出すとは……お前の“つうはん”とやらは、本当に森の理から外れているな」

「だから文明の力だって」

 

 シルフィも一口飲み、小さく息を吐いた。

 

「エルフの茶のような繊細さはない。ただの雑草を焦がしたような味だ」

「言い方厳しいな」

「だが……悪くない。喉の渇きを癒すという目的において、これほど機能的な飲み物は少ないだろう」

「素直に美味しいって言えばいいのに」

「うるさい」

 

 四人でキャンプチェアに座り、冷たい麦茶を飲む。

 

 空には高い雲が浮かんでいて、木陰を抜ける風が心地いい。

 

 ミリィが、ふう、と息をついて椅子に深く寄りかかった。

 

 小さな足が宙ぶらりんになって揺れている。

 

「……ここ、いいところだね」

 

 ミリィが、ぽつりと言った。

 

「そうか?」

「うん。ごはんはおいしいし、つめたいみずもあるし、イスはふかふか」

 

 ミリィはそう言って、コップの底に残った氷をカラカラと鳴らした。

 

「わたし、ちゃんとみはりする」

「お、急にやる気だな」

「たべるだけじゃない。ちゃんと、役に立つ」

 

 ミリィはテーブルの上の麦茶をぐっと飲み干すと、キャンプチェアから飛び降りた。

 

 そして、ログハウスのすぐ横にある、ひときわ高い木の幹に手をかけると、スルスルと猿のように登っていった。

 

「おい、危ないぞ!」

「へいき!」

 

 ミリィはあっという間に太い枝の上にたどり着き、そこから森の入り口のほうを見下ろした。

 

「ここからなら、森のそとまで見える! だれかきたら、すぐおしえる!」

 

 その得意げな顔を見て、俺は思わず笑ってしまった。

 

 シルフィが呆れたように言う。

 

「見晴らしはいいが、あんなところにいては敵の的だぞ」

「まあ、本人がやる気出してるんだし、いいじゃないか」

「甘いな」

「よく言われ始めてる」

 

 俺は残った麦茶を飲み干した。

 

 前衛で畑を耕す、筋肉と生活力の塊――ロエン。

 

 外周を警戒し、情報を持ってくる森のスナイパー――シルフィ。

 

 そして、木の上から全体を見渡す小さなレーダー役――ミリィ。

 

 俺の“引きこもり城”を守る布陣が、なぜか妙に整いつつある。

 

 本来は一人で静かに暮らすためのログハウスだったはずが、いつの間にか異世界の住人たちが集うベースキャンプのようになっていた。

 

「……まあ、これも悪くないか」

 

 冷たい麦茶の氷を口の中で転がしながら、俺は深くキャンプチェアに背中を預けた。

 

 労働はそこそこ疲れる。

 

 人が増えるのは、正直ちょっと面倒くさい。

 

 でも、こうして誰かと休憩する時間は、前世の孤独な部屋では味わえなかったものだ。

 

 理想の引きこもり生活は、少しずつ形を変えながら、今日も賑やかに続いていく。

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