異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第二話 エルフはポテチに屈する

 そんな嫌な予感を抱きながら、俺は半分になったポテチの袋を見下ろした。

 

 見下ろした先で、エルフの少女も同じようにポテチを見ていた。

 

 なんだこの状況。

 

 異世界転移一日目。森の中。見知らぬエルフと遭遇。普通なら剣を向けられるとか、警戒されるとか、そういう展開じゃないのか。

 

 なのにこいつ、完全にポテチの続きを待っている。

 

「……もう一枚」

「いや、早いな」

 

 俺が言うと、少女ははっとしたように姿勢を正した。

 

「すまない。取り乱した」

「いや、だいぶ取り乱してたけど」

「森の民として、食欲に支配されるのは不覚だ。だがあれは仕方ない」

「ポテチに免責事項みたいなのつけるな」

 

 少女は真顔だった。

 

 たぶん本気で言っている。

 

 俺はため息をついて、袋を少し持ち上げた。

 

「……名前は?」

「シルフィ」

 

 即答だった。

 

「お前は?」

「コウタ。神崎浩太」

「カンザキコータ」

「コウタでいい」

「ではコウタ。その、芋をもう一枚」

「話進める前に要求するなよ」

 

 シルフィはぐっと口をつぐんだ。

 

 でも目だけはポテチに釘付けだった。視線がすごい。獲物を狙う猛禽類みたいな目でうすしお味を見ている。エルフのイメージがどんどん崩れていく。

 

 まあ、俺も異世界で初めて会ったエルフにポテチを献上するとは思ってなかったけど。

 

「……交換条件にしよう」

「交換条件?」

 

 その言葉に、シルフィの目が少しだけ鋭くなる。

 

 ようやくエルフっぽい顔になった。

 

 俺はそこで少し安心した。よかった。ちゃんと知性がある。ポテチに魂を抜かれた生き物じゃなかった。

 

「ここ、どこなんだ」

「森だ」

「見ればわかる」

「では、質問が雑すぎる」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 

 俺は気を取り直す。

 

「じゃあ、ここはどんな森なんだ。人は来るのか。危ないのか。近くに街はあるのか。そのへんを教えてくれたら、もう少しだけやる」

「もう少しだけ……」

 

 シルフィは神託でも受けたみたいな顔でその言葉を繰り返した。

 

 そんなに大事か、ポテチ。

 

 ……まあ大事だな。俺でもわかる。

 

「いいだろう。話す」

 

 シルフィはこほんと咳払いをし、狩人みたいな顔に戻った。

 

「ここは迷いの森の外れだ」

「迷いの森」

「強い魔力が渦巻いていて、方向感覚を狂わせる。人間はめったに近寄らない。腕の立つ冒険者でも、深く入れば帰れなくなることがある」

「……それ、だいぶ危険な場所では?」

「危険だ。魔物も多い」

 

 はい終わった。立地としては最悪――かと思ったが、次の瞬間、俺の中の引きこもり本能がぴくりと反応した。

 

 人が来ない。

 

 それは、引きこもりにとっては欠点じゃない。

 

 長所だ。

 

「……最高では?」

 

 思わず本音が漏れた。

 

「は?」

「いや、なんでもない」

 

 シルフィが怪訝そうに眉をひそめる。

 

 でも俺の頭の中では、もう別の計算が始まっていた。

 

 人が来ない。方向感覚が狂う。危険だから近寄られない。つまり、静か。人目がない。干渉されない。……それって、異世界における理想の物件では?

 

 たしかに魔物が多いのは困る。命に関わるからな。

 

 でも、そこだけ何とかできるなら話は別だ。

 

 俺はすぐさま通販ウィンドウを開いた。

 

『防犯グッズ』

『熊よけ』

『害獣対策』

『屋外 人感センサーライト』

 

 検索結果がずらっと並ぶ。

 

 出るのかよ。

 

 人感センサーライト。防犯ブザー。催涙スプレー。熊よけ鈴。超音波害獣撃退器。フェンス。防鳥ネット。なんでもありだな、このスキル。

 

「……いけるかもしれん」

 

「何がだ」

「俺の快適生活が」

「ますます意味がわからない」

 

 シルフィは本気で困惑していたが、そんなことはどうでもいい。重要なのは、ここが“危険だから誰も来ない”という一点だった。

 

 世の中、人気のない場所はだいたい不便だ。

 

 でも俺には通販がある。

 

 食料も、日用品も、たぶん住居も、全部取り寄せられる。だったら、最後に必要なのは「誰も来ない土地」だけだ。

 

 つまり、迷いの森は。

 

 俺にとって。

 

「掘り出し物件では……?」

 

「顔が怖いぞ、コウタ」

「未来を見据えてるだけだ」

 

 シルフィはじっと俺を見て、それからポテチの袋を見た。

 

「その未来の話、続きは芋をもらってからでもいいか」

「お前、ぶれないな……」

 

 俺は一枚渡した。

 

 ぱりっ、と音がして、シルフィの耳がぴくんと跳ねる。

 

 いちいち反応が面白いな、こいつ。

 

「で、街は?」

「森を出て半日ほど下れば、人間の街がある」

「半日……」

「歩けばな」

「遠いな……」

 

 でも、まあ完全に孤立してるわけじゃないのは助かる。いざとなったら下界との接点も持てる。基本は引きこもって、必要な時だけ最小限に降りる。うん、悪くない。

 

「水場は?」

「近くに湧き水がある」

「平らな土地は?」

「少し歩けばある」

「日当たりは?」

「場所による」

「魔物が比較的来にくい場所は?」

「ない」

「ないのかよ」

「ここは迷いの森だぞ」

 

 シルフィは呆れたように言った。

 

 その通りすぎて反論できない。

 

 だが、俺は負けない。引きこもりは住環境に妥協しない生き物なのだ。

 

「……じゃあ、条件を変える」

「条件?」

「平らで、水場が近くて、見通しが多少よくて、身を隠せる森も近い場所。そういうところに案内してくれ」

「嫌だ」

「即答だな」

「お前、さっき会ったばかりの相手に何を当然のように頼んでいる」

 

 正論その二である。

 

 俺は少し考えて、ポテチの袋を持ち上げた。

 

 シルフィの目が吸い寄せられる。

 

「案内してくれたら、これをもう少しやる」

「……もう少し」

「あとコーラもある」

「コーラ?」

 

 知らない単語に、彼女の耳がぴくりと動く。

 

 俺は赤いラベルのペットボトルを見せた。シルフィは警戒半分、興味半分みたいな目でそれを見つめる。

 

「薬か?」

「飲み物」

「その色で?」

「偏見が強いな」

 

 でもわかる。たしかに見た目は若干やばい。

 

 俺はキャップを開けてひと口飲み、それから差し出した。

 

「毒じゃない」

「……信じていいのか」

「信じなくてもいいけど、飲まないなら俺が全部飲む」

「待て」

 

 シルフィはすごい速さで反応した。

 

 なんだよその即応性。戦闘向きじゃなくてジャンクフード向きの反射神経だろ。

 

 彼女は恐る恐るボトルを受け取り、香りを嗅ぎ、眉をしかめる。

 

「変な匂いがする」

「だろうな」

「本当に飲み物か?」

「飲めばわかる」

 

 しばらく葛藤したあと、シルフィは意を決したようにごくりとひと口飲んだ。

 

 ――しゅわっ。

 

「ぶっ!?」

 

 見事にむせた。

 

「だ、大丈夫か!?」

「な、なんだこれは!? 舌が刺されたぞ!」

「炭酸だからな」

「飲み物が舌を刺すな!」

 

 涙目で抗議しながら、それでもシルフィはもう一度ボトルを見る。

 

 その視線に、俺は見覚えがあった。

 

 これは“落ちた”顔だ。

 

「……もう一口だけ試していいか」

「ほらな」

「違う。確認だ」

「何を」

「敵の性質を」

 

 言い訳しながら、シルフィは二口目を飲んだ。

 

 今度はむせなかった。その代わり、喉を鳴らしたあとで呆然と立ち尽くす。

 

「……甘い」

「うん」

「痛い」

「うん」

「だが、美味い」

「そうだろ」

 

 勝った。

 

 いや、だから何に勝ったのかはわからないけど、たぶん今の俺は異世界で初めてエルフを炭酸に屈服させた男になった。

 

 シルフィはしばらくボトルを見つめていたが、やがて諦めたように息をついた。

 

「……案内する」

「よし」

「ただし、変な真似をしたら射る」

「ポテチとコーラを出すやつに何の変な真似があるんだよ」

「そこがわからないから警戒している」

 

 たしかに。

 

 俺は荷物――といっても段ボールとレジャーシートくらいだが――をざっとまとめ、シルフィのあとについて歩き出した。

 

 

 

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