異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~ 作:とけそうだら
ズズーン、という地響きで俺は目を覚ました。
地震か。
それとも、ついに迷いの森の巨大魔物がログハウスを襲撃してきたのか。
嫌な予感しかしないまま跳ね起き、窓の外を見る。
まだ日は昇りきっていない。
森には薄い朝霧が立ち込め、木々のあいだを白い靄がゆっくり流れている。
幻想的な風景だった。
ただし、その幻想的な風景のど真ん中に、幻想で済ませてはいけないサイズの“肉の塊”が転がっていなければ、である。
「だっははは! おはよう坊や! 約束通り来てやったよ!」
その肉の塊――どう見ても体長四メートルはある巨大な猪のような魔物――の上に片足を乗せ、朝日に負けない勢いで笑っている女がいた。
昨日、迷いの森を魔物を蹴散らしながら突破し、俺の焼きそばと格ゲーによって完全に“こっち側”へ落ちたAランク冒険者。
ガランである。
……来るの早ぇよ。
昨日の「また来る」が、まさか翌朝を意味しているとは思わなかった。
いや、ちょっと思っていた。
思っていたけど、信じたくなかった。
俺は寝癖のついた頭をかきむしりながら、半分夢の中みたいな足取りで外へ出た。
「おはよう。いや、今度来るって言って翌朝に来るの、行動力が猛獣なんだよ。あと、その足元の規格外の物体は何」
「手土産さ!」
ガランは胸を張った。
「昨日、帰りにこのあたりの魔物を見ておくって言っただろう? そしたら、夜明け前にこいつが突っ込んできやがってね。ちょうどいいから斧でかち割って、持ってきた」
「“ちょうどいい”の規模じゃないんだよなあ」
ガランが背中の巨大な戦斧をぽん、と叩く。
どうやらこの人にとっては、迷いの森で巨大魔物を仕留めることが、散歩のついでくらいの感覚らしい。
Aランク冒険者の日常、知れば知るほど怖い。
騒ぎを聞きつけて、ロエンとミリィも顔を出した。
ミリィは巨大猪を見た瞬間に「ひっ」と俺の背中に隠れたが、すぐに鼻をひくひくと動かし始める。
「……お肉のにおいがする」
「いい肉だ」
ロエンは即座に警戒より実務に入った。
巨大猪の毛並み、牙、腹回り、脚の太さを見る。
血抜きの状態を確認し、傷の入り方を見て、最後に短く頷いた。
「血抜きも済んでいる。無駄に傷をつけていない」
「できなきゃ冒険者で食っていけないからね」
「ガランと言ったな。お前、戦うだけではないんだな」
「当たり前さ。倒すだけ倒して腐らせるようなやつは、三流以下だよ」
おお。
急に冒険者としてまともなことを言った。
昨日、格ゲーで負けて「もう一回だ」と言い続けていた人と同一人物とは思えない。
いや、たぶんどっちも本質なんだろう。
強い。
豪快。
そして、ハマったら一直線。
厄介なタイプである。
ガランは巨大猪から足を下ろすと、すぐにこっちへ向き直った。
「で、どうだい坊や。これで昨日の“かくげー”とやらを、今日も存分にやらせてもらえるかい?」
目が完全にゲーセンの開店待ちをしているキッズのそれだった。
大の大人が。
しかもAランクの豪傑が。
ゲームをやるために巨大猪を手土産として持参してくる。
俺の家、いつの間に異世界娯楽施設になったんだ。
「……分かったよ。分かったから、その圧で朝から迫るな」
俺はため息をつき、ロエンのほうを見た。
「ロエン、その肉の解体と保存、頼めるか?」
「任せろ」
「ミリィは手伝えるか?」
「できる! ちいさいお肉、はこぶ!」
「頼もしいけど、まずは指を切るなよ」
「きらない!」
よし。
労働力があるうちに肉は処理してもらおう。
その間に、俺はもっと大事な問題――つまり、今日のゲーム会に向いた朝飯を考える。
*
ログハウスの中。
テーブルの上には、俺が《快適生活お取り寄せ》で用意した“休日をダメにするための布陣”が並んでいた。
『デリバリー風 特大ミックスピザ』
『フライドチキンのバーレル』
『大容量コーラ 1.5リットル』
『ポテトチップス 各種』
MPの消費は少し痛い。
だが、これは投資だ。
平和維持費であり、来客制御費であり、俺の精神安定剤でもある。
あと、正直に言うと、俺も食べたかった。
「なんだいこの丸くて平べったいパンは! 肉も野菜も乗ってるし、チーズが糸を引いてる! 欲張りにもほどがあるだろ!」
「ぴざ……すごい。手がとまらない」
「チキンも悪くない。だが、この“ぴざ”は危険だ。切ってあるせいで、いつの間にか次に手が伸びる」
「そうなんだよ。ピザは気づいたら消える」
「食い物に気配を消されるの、初めて見たよ……」
ガラン、ロエン、ミリィの三人は、ものの数分でジャンクフードの虜になっていた。
異世界住人へのピザの破壊力、かなり高い。
昨日の焼きそばが“舌を殴る暴力”なら、ピザは“気づいたら手を伸ばしている罠”である。
どっちにしろ危険物だな。
シルフィだけは少し離れた場所で、昨日貸した漫画の六巻を読んでいるふりをしながら、コーラをちびちび飲んでいた。
視線は漫画。
でも耳は、ちらちらとモニターのほうへ向いている。
「……おい、シルフィ」
「なんだ」
「今、三ページくらい同じところ開いてたぞ」
「気のせいだ」
「画面が気になってるんだろ」
「気になっていない」
「じゃあ、その赤くなってる耳は何だ」
「暑いだけだ」
「森の朝だぞ。涼しいだろ」
「うるさい」
分かりやすいエルフで助かる。
俺はピザの箱を横へ寄せ、モニターの前にコントローラーを並べた。
「よし。飯も食ったし、今日は格ゲーじゃない。みんなで遊べるやつをやる」
「なんだい、坊やとの決着はつけさせてもらえないのかい?」
「それはまた今度だ。今日は全員参加だよ。ミリィもやりたそうだったしな」
「やる! アタシ、はやいやつがいい!」
「私は見ているだけでいい」
「さっきから画面チラチラ見てたやつが何か言ってるな」
「見ていない」
「じゃあ、このコントローラーもいらないな?」
「……貸せ」
ほら来た。
素直じゃないくせに、興味には勝てないタイプである。
ロエンだけは腕を組んだまま、壁にもたれていた。
「俺は見ている。食ったあとすぐに座って遊ぶのは、どうも落ち着かない」
「農作業脳だな」
「何か言ったか」
「褒めたんだよ」
モニターに映し出したのは、最大四人で遊べる対戦型カートレースゲームだった。
画面が四つに分割され、それぞれの視点が映る。
ガランが目を丸くした。
「なんだい、画面が割れたよ」
「割れてない。四人分を同時に映してるんだ」
「四人同時に戦うのかい?」
「戦うというか、走る」
「走るだけ?」
「走るだけじゃない」
俺はコントローラーを握り直した。
「友情が試される」
「物騒だねえ。気に入ったよ」
各自がキャラクターを選ぶ。
ガランは当然のように、一番図体のでかい重量級の悪役キャラ。
ミリィは小さくて素早いキノコのキャラ。
シルフィは身軽そうな姫キャラ。
俺はいつものスタンダード枠だ。
「いいか、ルールは簡単だ。この車に乗ってコースを三周して、一番早くゴールしたやつの勝ち。道に落ちてる箱を拾うと、アイテムっていう嫌がらせ――じゃなかった、お助け道具が使える」
「今、嫌がらせって言ったな?」
「気のせいだ」
スタートのカウントが始まる。
スリー。
ツー。
ワン。
ゴー。
俺はロケットスタートを決めて、一気に前へ出た。
「よしっ」
「なっ、待ちな坊や! アタシの馬力が負けるわけ――って、おい、曲がらない! 曲がらないよこれ!」
「ガラン、それ重量級だから曲がりにくいんだよ! ブレーキ踏め!」
「どれがブレーキだい!?」
「遅え!」
俺の忠告も虚しく、ガランのカートはそのまま派手にコースアウトし、谷底へ真っ逆さまに落ちていった。
「うおおおっ!? アタシが落ちた! いや、戦士たるものこれしき――って、なんだいこの雲の亀! 勝手に釣り上げるな! 屈辱だよ!!」
Aランク冒険者、開幕十秒で雲の亀に吊られる。
威厳はもう死んだ。
「アタシ、はやい! びゅーんってまがる! びゅーんって!」
ミリィは直感だけで走っていた。
操作は雑なのに、危ないところでだけ妙に反応がいい。
たぶん、こういうのは天性なんだろう。
たまに壁に刺さるけど。
そして、問題はシルフィだった。
「……なるほど」
その声色が変わった瞬間、嫌な予感がした。
「相手の進路を読み、曲がり角の膨らみを抑え、こちらの死角へ障害物を置く。単純だな」
「いや、単純では――」
「ふっ」
ブォンッ、とシルフィの姫キャラが鮮やかなドリフトを決め、俺の横を抜き去る。
その直後、彼女が後方へ置いたバナナの皮をミリィが踏み抜いた。
「あーっ! すべった! エルフずるい!」
「ずるくない。戦術だ」
「バナナ置くのが!?」
「置けるなら置くだろう」
「狩人の倫理観でレースやるな!」
シルフィ、お前ゲームの飲み込み早すぎるだろ。
エルフ特有の空間把握能力と罠好きな性格が、最悪の形で噛み合っている。
「だっははは! なんだいこの青いトゲトゲは! 投げればいいんだね!」
「待てガラン、それは――」
「いっけえええええ!!」
青い甲羅が発射された。
嫌な音を立てて飛んでいったそれは、トップを走っていたシルフィの頭上に突き刺さり、大爆発を起こす。
「なっ!?」
「うわ、きれいに当たった」
「ふははは! 当たった! アタシの勝ちだね!」
「お前まだ四位だぞ」
「細かいことはいいんだよ!」
その隙に俺が先頭へ戻り、一位でゴール。
二位がミリィ。
三位シルフィ。
そして四位でありながら、一番満足そうなのがガランだった。
「……もう一回だ」
シルフィが低い声で言う。
「今のは知らない攻撃だった。対処法を覚えれば次はない」
「覚える気満々だな」
「負けっぱなしは性に合わん」
「だっははは! いい顔するじゃないか、エルフの嬢ちゃん!」
二戦目、三戦目、四戦目。
気づけば全員、完全に熱くなっていた。
ミリィはキノコ系アイテムを拾うたびに奇声を上げながら突っ込み、たまにそのまま崖へ飛ぶ。
シルフィはショートカットの位置を覚え、アイテムの置き方に悪意が宿り始める。
ガランはもはや順位を捨て、後方から甲羅と爆弾だけをばら撒く“歩く災害”になっていた。
「ああっ! また後ろから飛んできた!」
「坊や、戦場じゃ前だけ見てちゃ死ぬよ!」
「レースで戦場の教訓を使うな!」
その騒ぎを見ていたロエンが、ついに深いため息をついた。
「……お前たち、本当に何をしているんだ」
「見て分からないか。友情を破壊してる」
「それは遊びと言うのか?」
「だいたい合ってる。やるか?」
「断る。俺は土をいじっているほうが――」
「ロエン、にげるの?」
「逃げてない」
「じゃあ、できないの?」
「……できないとは言っていない」
ミリィの煽りが強い。
ロエンの眉がぴくっと動いた。
「一回だけだ」
「おっ」
「負けても騒ぐな」
「やる前から負ける前提なの珍しいな」
ロエンが受け取ったコントローラーを、まるで鍬か包丁でも持つみたいに妙に真面目な手つきで構える。
選んだキャラは、地味な中量級。
派手さゼロ。
らしいといえば、らしい。
そして始まったレースで、俺たちは三人そろって言葉を失った。
「……は?」
「なにあれ」
「おい、なんであいつだけ急にきれいなんだ」
ロエンの走りは、ひたすら綺麗だった。
無駄にぶつからない。
変なアイテムに浮かれない。
最短のラインを黙々となぞる。
まるで畝を真っ直ぐ引くみたいな正確さで、淡々とコースを刻んでいく。
「……曲がり角の手前で減速し、出口で加速すればいいだけだ」
「言うのは簡単なんだよ!」
「畝を作る時と似ている」
「カートと畑に共通点ある!?」
シルフィが罠を置く。
ミリィが突っ込む。
ガランが爆発を起こす。
その全部を、ロエンは最小限の動きで避けていく。
そして最後の直線。
俺がキノコで追い上げ、シルフィが横から被せ、ガランの甲羅が後方で誰かを吹き飛ばし、ミリィがなぜか逆走しかけた、その混沌の先で。
ロエンが一位でゴールした。
しん、と部屋が静まる。
「……勝ったな」
ロエンが淡々と言った。
「いや、お前が一番ハマるタイプじゃん!」
「違う。ただ、雑なのが気になっただけだ」
「その顔で言っても説得力ないぞ。尻尾がふりふりしてるからな」
「気のせいだ」
「今日一番うれしそうだったぞ。尻尾の振り幅が倍だ」
「気のせいだ」
「二回言った時点でバレてるぞ」
そこから先はもう、収拾がつかなかった。
シルフィは「次はロエンを落とす」と静かに燃え始める。
ミリィは「アタシもまっすぐはしる!」と言いながら、五秒後に壁へ刺さる。
ガランは「よし! ならアタシは一位のやつだけを狙う!」と、さらに性質の悪い荒らしへ進化した。
昼を過ぎ、夕方になり、いつの間にかコーラは空になり、ピザの箱はぺしゃんこになり、床にはポテチのかけらが散っていた。
俺のログハウスは、もはや森の中の隠れ家ではない。
完全に放課後のたまり場である。
*
日が沈み、窓から赤い光が細く差し込む頃、俺たちは全員、ソファや床や壁際にぐったりと転がっていた。
「……疲れた」
「指が死んだ」
「でも、もう一回ならいける」
「いけるな」
「いかない。今日は終わりだ」
俺が即答すると、ガランが豪快に笑った。
「だっははは! いやぁ、面白かった! 剣も魔法も使わねえのに、こんなに熱くなるとはね! 坊や、アンタの家は本当に最高だ!」
「うれしくねえ評価だな、それ」
ガランは立ち上がると、大斧を背負った。
そして、ついでみたいに巨大猪の肉の一部を担ぎ直す。
残りはロエンが処理してくれた。
保存できる分は保存し、今日使う分は分け、余りはガランが持ち帰るらしい。
肉の処理が完全に日常の作業になっているの、冷静に考えると怖い。
「よし、今日は帰る! だが明日も――」
「来るなとは言わないけど、せめて昼にしろ」
「善処する!」
「善処って言った時点で朝来るやつだろ」
「ばれたかい」
シルフィも漫画の七巻と八巻を抱えながら立ち上がる。
「私は帰る。続きを読まねばならん」
「お前もすっかり用事の優先順位がおかしいな」
「うるさい。次はあの青い甲羅の対策も考えてくる」
「ゲームの研究と漫画の続きが同列なんだな……」
ミリィは最後まで「もういっかい!」と騒いでいたが、ロエンに首根っこを掴まれて外へ連行されていった。
そのロエンも、去り際に一度だけモニターを振り返ったのを、俺は見逃さなかった。
やがて静寂が戻る。
テーブルの上には空箱。
床にはクッション。
モニターにはレース結果。
そして部屋の中には、ついさっきまでの笑い声の残響みたいなものだけが、まだ少し残っていた。
俺は部屋の真ん中に大の字で寝転がり、木の天井を見上げる。
「……引きこもり、とは」
思わず呟いてしまう。
誰にも邪魔されず、一人で静かに暮らすために建てた理想の城。
それが今や、Aランク冒険者が肉を担いで遊びに来て、エルフが漫画を読みながらゲーム研究し、獣人たちがピザを食いながら叫ぶ、完全な溜まり場になってしまっている。
「防衛線、ガバガバすぎるだろ……」
ため息をつく。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
一人で静かに過ごす夜は、確かに好きだ。
でも、こうしてバカみたいに騒いだあとの静けさも、思っていたよりずっと悪くない。
しばらくして、俺はのそりと起き上がった。
空になったコーラのボトルを片付けながら、小さく呟く。
「……ま、明日はポテチの量、増やすか」
異世界の森の奥深く。
俺の理想の引きこもり生活は、たぶんもう取り返しがつかないくらい方向を間違えている。
それでもまあ――。
笑い声の残る家ってのも、案外、悪くないのかもしれなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。続きが気になりましたら、お気に入りや評価をいただけると励みになります。