異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第二十二話 太陽を喰らう板と、季節外れの絶対零度

 引きこもり生活十六日目。

 

 俺が異世界に来てから、もう半月以上が過ぎた。

 

 森の中でログハウスを建て、畑を作り、エルフに漫画を貸し、狼獣人に農作業を任せ、猫系獣人の少女を見張り係にし、Aランク冒険者を焼きそばとゲームで釣り上げた。

 

 改めて並べると、情報量が多すぎる。

 

 最初の俺に言っても、たぶん信じない。

 

 いや、今の俺でもちょっと信じたくない。

 

 季節は、まだ春のはずだった。

 

 少なくとも、シルフィやロエンの話ではそうだ。

 

 なのに、その日の迷いの森は妙に暑かった。

 

 真夏というほどではない。

 

 だが、風がぬるい。

 

 空気が少し重い。

 

 木々の葉のあいだから差し込む日差しも、いつもよりじりじりと肌に残る。

 

 迷いの森は魔力が濃く、場所によって気候が少し乱れることがあるらしい。

 

 春なのに、急に初夏みたいな日になる。

 

 そう説明された時、俺は「ああ、異世界にも変な気候の日ってあるんだな」と、妙に現実的な感想を抱いた。

 

 異世界、もっとファンタジーらしいところで攻めてきてほしい。

 

 いや、気候が狂うのも十分ファンタジーか。

 

 その日の昼前、俺はログハウスの床に座り込み、ポータブル電源の表示をじっと見つめていた。

 

 残量、二十三パーセント。

 

 昨日の夜の時点では、もう少しあったはずだ。

 

 だが、モニター。

 

 ゲーム機。

 

 ライト。

 

 スマホの充電。

 

 ついでに小型扇風機。

 

 快適生活を名乗るなら当然の設備を使っていた結果、現代文明の血液とも言うべき電力が、だいぶ寂しいことになっていた。

 

「……まずいな」

 

 思わず呟く。

 

 水は近くの水場でなんとかなる。

 

 食べ物は《快適生活お取り寄せ》で出せる。

 

 家もある。

 

 寝床もある。

 

 なのに電気が足りないだけで、急に文明の土台がぐらつく。

 

 現代日本人、電力への依存度が高すぎる。

 

 いや、俺だけかもしれないけど。

 

「コウタ」

 

 外からロエンの声がした。

 

「何をしている」

「文明の寿命を数えてる」

「意味が分からん」

「俺も言っててちょっと分からない」

 

 扉を開けると、ロエンが畑の脇に立っていた。

 

 相変わらず朝から土を触っていたらしく、腕にはうっすら汗が浮かんでいる。

 

 その後ろでは、ミリィが小さな桶を抱え、畑の端をちょこちょこ歩いていた。

 

 耳が暑そうに少し倒れている。

 

「……あつい」

 

 ミリィがぼそっと言った。

 

「今日は風がぬるいな」

「ぬるい。いや」

「いやなのか」

「つめたいの、のみたい」

 

 完全に麦茶で覚えた顔だ。

 

 覚えてしまったのだ。

 

 氷入り麦茶の罪は重い。

 

「分かる。俺も冷たいの飲みたい」

 

 俺はポータブル電源の残量表示を見る。

 

 冷たい飲み物。

 

 冷えた食べ物。

 

 扇風機。

 

 ゲーム。

 

 ライト。

 

 全部、電気があればもっと楽になる。

 

 なら、必要なのはひとつだ。

 

 発電である。

 

「……ついに来たか」

 

 俺は椅子に座り直し、《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを開いた。

 

 検索欄に指を滑らせる。

 

『ソーラーパネル 折りたたみ式』

 

『ポータブル電源 大容量』

 

『延長ケーブル』

 

『屋外設置用スタンド』

 

『小型ポータブル冷蔵庫』

 

『卓上扇風機』

 

『ロックアイス』

 

『アイスキャンディー 詰め合わせ』

 

 並んだ商品名を見て、俺は少しだけ悩んだ。

 

 MP消費は重い。

 

 正直、かなり重い。

 

 だが、これは浪費ではない。

 

 インフラ投資だ。

 

 生活基盤の強化だ。

 

 文明の根っこに関わる問題である。

 

 俺は自分にそう言い聞かせ、確定ボタンを押した。

 

 青白い魔法陣がログハウスの前に浮かび上がり、次々と段ボール箱が現れる。

 

 ミリィが目を丸くした。

 

「また、つうはん」

「そうだ。今日はかなり大物だぞ」

「食べもの?」

「一部は食べ物」

「じゃあ、いいもの」

 

 判断基準が分かりやすすぎる。

 

 ロエンは箱のひとつを見下ろし、眉をひそめた。

 

「これは何だ」

「太陽を喰らう板だ」

「……何?」

「いや、正確には太陽の光を電気に変える板」

「もっと意味が分からん」

 

 俺も細かい仕組みを説明できるほど詳しくはない。

 

 だが、使い方なら分かる。

 

 つまり、広げる。

 

 太陽に向ける。

 

 ケーブルをつなぐ。

 

 発電する。

 

 以上。

 

「太陽の光を食べて、俺の道具を動かす力に変えるんだよ」

「魔道具か」

「魔道具……ではないけど、まあ似たようなもん」

「また雑な説明だな」

「俺が一番そう思ってる」

 

 箱を開けると、黒く平たい板が何枚も折りたたまれた状態で出てきた。

 

 ソーラーパネル。

 

 現代文明が森に持ち込まれた瞬間である。

 

 俺は説明書を確認しながら、ログハウス前の日当たりのいい場所にパネルを広げていく。

 

 ロエンが無言で手伝ってくれた。

 

 こういう時、こいつの作業理解力は本当に頼りになる。

 

「この板は、どっちを上にする」

「黒い面を太陽へ」

「角度は」

「たぶん、このくらい」

「たぶん?」

「説明書にはそう書いてある」

「なら、そうしろ」

 

 ロエンは地面の傾きまで見ながら、パネルのスタンドを安定させていく。

 

 畑の畝を作る時と同じ顔だった。

 

 もしかしてこいつ、ソーラーパネル設置にも向いてるのか?

 

 ミリィは少し離れたところで、黒い板をじっと見ていた。

 

「……これ、あったかい」

「太陽に当ててるからな」

「たべるの?」

「食べない」

「太陽をたべるって言った」

「言い方の問題だ」

「うそつき」

「説明って難しいな……」

 

 ケーブルをポータブル電源につなぐ。

 

 少し待つ。

 

 画面に充電中のマークが表示された。

 

「よし」

 

 俺は思わず拳を握った。

 

「文明、復活」

「何が変わった」

「電気が増える」

「だから、それは何だ」

「見れば分かる」

 

 俺は卓上扇風機を取り出し、ポータブル電源につないだ。

 

 スイッチを入れる。

 

 ぶうん、と小さな音を立てて羽根が回り、涼しい風が流れ始めた。

 

 ミリィの耳がぴんと立つ。

 

「かぜ!」

「扇風機だ」

「せんぷうき」

「風を出す道具」

「すごい! この箱、風を出す!」

 

 ミリィは扇風機の前に座り込み、風を顔で受けた。

 

 髪がふわふわと揺れ、耳もぴこぴこ動く。

 

「……きもちいい」

「だろ」

 

 ロエンも少し離れた位置で風を受け、目を細めた。

 

「火を使わず、風を出すのか」

「そう」

「便利だな」

「便利だろ」

「だが、畑には使えない」

「すぐ農業基準に戻るな」

 

 そんなことをしていると、木の枝からトンッと軽い音がした。

 

 シルフィだった。

 

 相変わらず現れるのが静かすぎる。

 

 今日は漫画を抱えている。

 

 完全に返却と貸出の常連客である。

 

「何をしている」

「文明の拡張」

「また意味の分からないことを」

「太陽を喰らう板を設置してる」

「ついにお前は太陽まで食うのか」

「俺じゃない。板がだ」

 

 シルフィはソーラーパネルを見て、しばらく無言になった。

 

 それから扇風機の前で気持ちよさそうにしているミリィを見て、さらに無言になった。

 

「……理解するのを諦めた」

「早いな」

「お前の道具は、理解するより使えるかどうかで判断したほうがいい」

「だんだん正しい対応になってきたな」

 

 シルフィは漫画を返し、新しい巻を当然のように要求した。

 

 俺は本棚から続きの巻を出しながら、ふと思い出す。

 

「そうだ。今日はもうひとつある」

「また何か出すのか」

「暑い日に必要なものだ」

「まだ春だぞ」

「俺もそう思ってた」

 

 俺は外のぬるい風を指さした。

 

「でも今日は暑い。なら、暑い日扱いでいい」

「雑な季節感だな」

「迷いの森の気候が悪い」

 

 俺はポータブル冷蔵庫を開けた。

 

 中には、通販で一緒に取り寄せたロックアイスと、アイスキャンディーの詰め合わせが入っている。

 

 冷気が白く漏れた。

 

 ミリィがびくっとした。

 

「……なに、それ」

「冷蔵庫」

「れいぞうこ?」

「中を冷たくして、食べ物を冷やしておく箱」

「箱なのに、つめたい?」

「そう」

 

 シルフィが眉をひそめる。

 

「氷の箱か?」

「まあ、そんな感じ」

「魔力は感じない」

「電気で冷やしてる」

「でんき」

「火じゃない力の仲間」

「……またそれか」

 

 シルフィは諦めたように息を吐いた。

 

 俺はアイスキャンディーを四本取り出した。

 

 色はそれぞれ違う。

 

 ソーダ。

 

 オレンジ。

 

 ぶどう。

 

 ミルク。

 

 袋を開けると、冷気で指先が少し痛くなる。

 

「これが今日の本命だ」

 

 ミリィの目が輝いた。

 

「たべもの?」

「食べ物」

「つめたい?」

「かなり冷たい」

「ほしい!」

 

 反応が早い。

 

 俺はまず、ミリィにソーダ味を渡した。

 

「ゆっくり食えよ。噛みつくと頭が痛くなることがある」

「なんで?」

「冷たすぎるから」

「つめたいのに、いたい?」

「そういう食べ物なんだよ」

 

 ミリィは疑わしそうにアイスを見つめたあと、ぺろっと舐めた。

 

 次の瞬間、目を見開く。

 

「つめたっ!」

 

 耳が立つ。

 

 尻尾が膨らむ。

 

 そして、もう一度舐める。

 

「つめたい! あまい! つめたい!」

「冷たいが二回出たな」

「つめたいから!」

 

 ミリィは大事そうに両手でアイスを持ち、ちびちび舐め始めた。

 

 その顔は完全に、季節外れの暑さで初めて氷菓を知った子どもである。

 

 いや、実際そうなんだけど。

 

 ロエンにはミルク味を渡した。

 

 ロエンは匂いを嗅ぎ、一口だけ慎重に舐める。

 

 眉が少し動いた。

 

「……甘い」

「嫌いか?」

「いや」

「なら?」

「冷たすぎる」

「アイスだからな」

「だが、悪くない」

 

 そう言いつつ、二口目にいく速度が早い。

 

 分かりやすくなってきたな、こいつも。

 

 シルフィにはぶどう味を渡す。

 

 シルフィはしばらくそれを見ていた。

 

「これは、氷菓か」

「まあ、そんな感じ」

「果実の香りがする」

「ぶどう味だ」

「ぶどう」

「たぶん、本物のぶどうとはちょっと違うけどな」

 

 シルフィは一口舐めた。

 

 そして、固まった。

 

 エルフの耳が、すっと上がる。

 

「……冷たい」

「そりゃそうだ」

「甘い」

「うん」

「香りが強い」

「まあ、そうだな」

「それなのに、溶ける」

「アイスだからな」

「……危険だな」

 

 何が危険なのかは分からないが、気に入ったらしい。

 

 俺は残ったオレンジ味を自分で食べる。

 

 口に入れた瞬間、舌に冷たさが広がった。

 

 ああ。

 

 これだ。

 

 暑い日に食べる、安っぽいアイスの味。

 

 まだ春のはずなのに、森の気候が一時的に狂ったおかげで、妙に体へ染みる。

 

 異世界の森の中で、まさかこんなものを食べられるとは思わなかった。

 

 俺がちょっと感動していると、ミリィが急に顔をしかめた。

 

「いたい!」

「言っただろ、頭が痛くなるって」

「あたまのなか、つめたい!」

「それが季節外れの絶対零度だ」

「ぜったいれいど?」

「すごく冷たいって意味」

「こわい。でも、おいしい」

「よく分かってる」

 

 ミリィは警戒するように一度アイスを離し、それからまた舐めた。

 

 危険だと分かってもやめられない。

 

 完全にアイスに負けている。

 

 その時、遠くから豪快な声が聞こえた。

 

「だっはははっ! 今日も来たよ、坊や!」

 

 森の奥から、ガランが姿を現した。

 

 昨日より少し遅い時間だ。

 

 俺の「せめて昼にしろ」という忠告が、ぎりぎり守られたらしい。

 

 手には、また何かの肉がぶら下がっている。

 

 いや、毎回来るたびに肉を持ってくるな。

 

 うちは肉屋じゃない。

 

「お、なんだい。みんなで棒を舐めてるのかい?」

「言い方」

「それも食い物か?」

「アイスだ」

「あいす?」

「冷たくて甘い」

「よし、食べる」

 

 判断が早い。

 

 俺は追加で一本、ソーダ味を取り出してガランに渡した。

 

「噛むなよ。冷たいから」

「だっははは! このアタシが冷たさごときに――」

 

 ガランは豪快にかじった。

 

 ばきん、と音がした。

 

 次の瞬間。

 

「――ッッ!!?」

 

 ガランが膝をついた。

 

 Aランク冒険者が。

 

 魔物を斧でかち割る女戦士が。

 

 アイスキャンディーひとかじりで、片膝をついた。

 

「お、おい、大丈夫か?」

「……頭に、氷の斧が入った」

「だから噛むなって言っただろ!」

「なんだいこれは……敵か……?」

「食べ物だよ」

「食べ物が頭を攻撃してくるのかい……?」

 

 ミリィが真剣な顔で頷いた。

 

「ぜったいれいど」

「なんだって?」

「きせつはずれの、ぜったいれいど」

「坊や、アンタまたとんでもないもん出したねえ……!」

 

 いや、アイスにそこまでの評価をされるとは思わなかった。

 

 でも、全員がアイスを手に、真剣な顔で舐めている光景はなかなか面白い。

 

 まだ春なのに、迷いの森の気候のせいで妙に暑い。

 

 そんな日に、ソーラーパネルが太陽を受け、ポータブル電源に少しずつ力を溜めていく。

 

 その電気で冷蔵庫が動き、冷蔵庫の中でアイスが冷えている。

 

 太陽を喰らう板が、季節外れの絶対零度を生み出している。

 

 言葉にするとだいぶおかしいが、だいたい合っている。

 

「……すごいな」

 

 俺はぽつりと呟いた。

 

「何がだ」

 

 ロエンが聞く。

 

「俺、異世界の春の森でアイス食ってる」

「それはすごいのか」

「俺にとっては、だいぶすごい」

「そうか」

「そうなんだよ」

 

 引きこもり生活十六日目。

 

 電気が増えた。

 

 冷たいものが増えた。

 

 そして、またひとつ、ログハウスの快適度が上がった。

 

 代わりに、集まる人数も増えた気がする。

 

 快適さは人を呼ぶ。

 

 それは、もう認めるしかないらしい。

 

 俺は残り少なくなったアイスを舐めながら、太陽に向けて並んだ黒い板を見た。

 

「……次は、冷蔵庫の中身を隠す方法も考えないとな」

 

 ミリィとガランが同時にこちらを見た。

 

「なんで?」

「なんでだい?」

 

 守るべきものが、また増えた。

 

 俺の引きこもり生活は、今日も順調に守備範囲を広げている。

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