異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~ 作:とけそうだら
静かな夜だった。
名もなき村の住人たちは、それぞれ自分に与えられた城――正確には離れ――で、思い思いの夜を過ごしている。
ロエンのガーデンハウスは、もう灯りが落ちていた。
ミリィのベルテントからは、時々寝返りを打つような小さな物音がする。
シルフィのハンモックは、蚊帳の中でわずかに揺れている。たぶん漫画を読みながら寝落ちしたのだろう。
ガランのプレハブ小屋からは、微かなゲームの電子音が漏れ聞こえる気がする。
あいつ、本当に自分の小屋を“寝られる闘技場”として使い倒しているらしい。
だが、俺のログハウスは防音と断熱に守られ、久しぶりに圧倒的な静けさを保っていた。
「……いいな」
ふかふかのベッドに寝転がりながら、俺は手元のスマートフォンをぼんやりと眺める。
もちろん電波のマークは圏外のままだ。
だが、ソーラーパネルとポータブル電源のおかげで、バッテリー残量だけは常に百パーセントを維持している。
圏外なのにフル充電。
役に立っているようで、立っていないようで、でも手放す気にはなれない。
そんな現代日本の遺物である。
ふと、画面の隅に表示されている日付と時刻に目が止まった。
「……やっぱり、そうだよな」
異世界に転移してから、体感としてはすでに二十数日が経過している。
家を建てた。
畑を作った。
仲間というか、住人というか、とにかく人が増えた。
村までできた。
しかし、スマホの時計は、俺が自分の部屋で毛布にくるまりながら「学校行きたくねえ」と嘆いていた転移当日の朝から、一秒たりとも進んでいなかった。
最初は、ただ圏外だから時計が狂っているだけだと思っていた。
だが、決定的な証拠がある。
俺はベッドから起き上がり、壁に掛けた鏡の前に立った。
そこに映っているのは、転移した日と一寸違わぬ、ひょろっとした男子高校生の姿だった。
これだけ日数が経ち、荷物を運び、畑仕事を手伝い、建築もどきまでやっているのに、髪はまったく伸びていない。
爪を切った記憶もない。
身長も変わらず百六十センチほど。
高校生という成長期にもかかわらず、伸びる気配すらなかった。
俺は異世界で、飲み食いをしている。
疲れる。
寝る。
起きる。
腹も減る。
汗もかく。
なのに、肉体の成長や老化――つまり生物としての時間の進行だけが、きれいに止まっている。
そして極めつけは、俺の持つこのチートスキルだ。
俺が空中に向かって指を滑らせると、ブラウザによく似た半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がった。
いつもの《快適生活お取り寄せ》の画面。
その隅にある『システム情報』という小さなタブを開くと、無機質な文字列が表示される。
『接続元世界の観測ステータス:時間経過 停止中』
『マスターの生体時間:接続元世界と同期 固定化』
「……俺の体だけじゃなく、元の世界の時間自体が進んでいない、か」
鏡の中の自分と、空中のシステム画面を交互に見比べる。
正直に言えば、心のどこかで、ほんの少しだけ罪悪感はあった。
俺が突然いなくなって、元の世界の親父とお袋は大騒ぎしているんじゃないか。
学校の担任は「また神崎が無断欠席か」と呆れながらも、最終的には家庭訪問だの、警察沙汰だの、留年だの、面倒な手続きに追われているんじゃないか。
そういう、社会的な責任みたいなものが、この快適な引きこもり生活の端っこに、薄暗い影を落としていた。
だが、元の世界の時間が止まっているなら話は別だ。
あっちの俺は、たぶんあの朝のまま、何も失っていない。
親が悲しむこともない。
学校の単位が足りなくなることもない。
俺が異世界でどれだけ時間を浪費しようと、元の世界には一秒も影響しない。
「つまり俺は、終わらないモラトリアムを手に入れたってことだ」
口に出してみると、とんでもない響きだった。
大人になって社会の責任を背負う必要もなく。
時間に追われることもなく。
ただひたすらに、異世界で好きなだけ引きこもれる。
時間が止まった肉体。
元の世界の時間停止という完璧な免罪符。
そして、物資を引き出せる《快適生活お取り寄せ》。
神様か誰かは知らないが、俺をこの世界に放り込んだやつは、引きこもりのニーズを妙な方向で完璧に理解している。
「よし。これで心置きなく、異世界でダラダラできるぞ」
俺は小さく笑い、ベッドへ倒れ込んだ。
罪悪感という重しが、少しだけ軽くなった気がした。
終わらない夏休み。
いや、今の季節は春だけど。
感覚としては、完全にそれだった。
俺は圧倒的な安心感に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。
*
引きこもり生活二十七日目。
気持ちのいい朝の日差しで目を覚ました俺は、コーヒーを片手に外へ出た。
昨日は、ロエンの畑で超高速栽培されたジャガイモとサツマイモの第一回収穫祭だった。
大量のフライドポテト。
焼き芋バター。
ポテチとコーラに慣れきっていたシルフィですら、揚げたてポテトの前では理屈を失いかけていた。
ミリィは甘い芋で溶けた。
ガランは酒を要求した。
ロエンは「土が報われた」と、農夫にしか出せない渋すぎる感想を漏らした。
楽しかった。
うまかった。
だが、後片付けは別である。
「さて、片付けでもするか……」
空き地の中央には、昨日使ったフライヤーやボウルを載せたテーブル。
その横には、プレハブ小屋やテントや収納棚なんかが入っていた巨大な空段ボールが積み上がっている。
紙だし、そのうち燃やして薪の足しにでもするつもりだったが、さすがにもう邪魔だ。
一番上。
ミリィのベルテントが入っていた巨大な箱に手をかけた、その時だった。
ガサッ。
「……ん?」
箱の中で、何かが動いた。
風じゃない。
外から枝が擦れた音でもない。
明らかに、箱の内側からだ。
「おいおい、冗談だろ」
俺は思わず一歩下がった。
ここは迷いの森だ。
魔物の宝庫である。
夜のうちに毒蜘蛛だの、変なスライムだの、見たこともない節足動物だのが“ちょうどいい寝床”と判断して入り込んでいても、全然おかしくない。
防犯カメラもセンサーライトも、さすがに段ボールの中身までは見てくれない。
文明にも限界はある。
「ロエン! ガラン! ちょっと来てくれ!」
俺が声を張ると、畑にいたロエンと、プレハブ小屋から寝癖まみれのガランがすぐに飛んできた。
ミリィもテントから目をこすりながら顔を出す。
ハンモックで優雅に朝の読書を始めようとしていたシルフィも、本を閉じてこちらへ歩いてきた。
「なんだい坊や、朝から大声なんて珍しいね。今度は何が湧いた?」
「たぶん、その“湧いた”で合ってる。この箱の中に何かいる」
「箱に?」
ロエンが眉をひそめ、箱に顔を近づける。
そして、鼻をひくひくと動かした。
「……獣の匂いだ。だが、それだけじゃない。微かに焦げたような……火の匂いもする」
「火?」
「魔物か?」
「だっははは! 箱に隠れるなんて、ずいぶん控えめな魔物だねぇ! 開けてやるよ!」
ガランが豪快に笑い、丸太みたいな腕で段ボールの蓋をガバッと開け放った。
俺たちは一斉に中を覗き込む。
「……えっ?」
そこにいたのは、恐ろしい魔物でも、毒々しい何かでもなかった。
もふもふの白い毛玉。
いや、毛玉というより――白い仔犬だった。
雪みたいに真っ白な毛並み。
ふわふわとした首周り。
小さな三角の耳。
黒くつやつやした鼻。
つぶらな丸い目。
見た目だけなら、日本スピッツの仔犬を少し大きくしたような姿だ。
ただし、普通の犬ではない。
頭には、数センチほどの小さな角が二本、ちょこんと生えている。
さらに背中には、飾りみたいに小さな羽根があった。
飛べるほど立派なものではない。
むしろ、白い毛の間からぴょこんと出ているせいで、余計にぬいぐるみ感が増している。
尻尾も犬のようにふさふさしていて、先のほうだけ少し熱を帯びているのか、ふわりと陽炎みたいなものが揺れていた。
「きゅるる……?」
そいつは首をこてんと傾げ、仔犬みたいな顔で俺たちを見上げた。
「いぬ……?」
ミリィがぽかんと呟く。
「犬……にしては、角と羽根があるな」
「でも、いぬっぽい」
「それは、ものすごく分かる」
「なんだいこりゃ」
ガランが目を丸くする。
「見たことない獣だねぇ。でも、ずいぶん愛嬌あるじゃないか」
そう言って手を伸ばしかけた瞬間――
「待て! 触るな!」
シルフィが、これまでにない鋭い声を上げた。
その顔には、驚愕と緊張がはっきり浮かんでいた。
彼女は目を見開いたまま、低く言う。
「その角……その羽……それに、硫黄の混じった火の匂い。伝承でしか聞いたことはないが、間違いない」
「え」
「まさか」
「……あれは火竜の幼生だ」
空気が、一瞬で変わった。
「火竜?」
「ど、ドラゴン!?」
俺とガランの声がきれいに重なる。
シルフィはごくりと喉を鳴らし、一歩だけ後ずさった。
「成長すれば山を焼き、国すら滅ぼすと言われる最強種だ。なぜそんなものが、よりによってお前の段ボールの中に……!」
ロエンの目つきが鋭くなる。
ミリィはすぐさま俺の背中に隠れた。
シルフィは弓に手をかけ、ガランでさえ少しだけ真顔になる。
最強種の幼生。
たとえ子供でも、怒らせた瞬間にログハウスごと消し炭。
そんな未来が頭をよぎる。
だが。
「くあぁ〜……」
当の火竜は、のんきに大きなあくびを一つすると、箱の底を前足でカリカリと引っかいた。
その足元には、昨日の収穫祭でこぼれ落ちたフライドポテトの切れ端がいくつか転がっている。
塩と油がしっかり染みた、しなびた残骸だ。
白い仔犬型ドラゴンは、その一本をぺろりと舐めて――もぐもぐと食べた。
次の瞬間。
「ガウッ!」
ぱああっ、と目が輝いた。
さっきまで眠そうだったくせに、急にふさふさの尻尾をぶんぶん振り回し、箱の縁に前足をかけて俺を見上げる。
そして「もっとくれ」と言わんばかりに、きゅんきゅん鳴き始めた。
「……」
「……」
張り詰めていた空気が、一気にしぼんだ。
「あのさ、シルフィ」
「な、なんだ」
「こいつ、昨日のポテトの匂いに釣られて来て、段ボールが暖かかったからそのまま寝てただけの、アホかわいい犬にしか見えないんだけど」
「火竜だと言っているだろう! 見た目に騙されるな! その気になれば、この村どころか周辺一帯を焼き払うかもしれんのだぞ!」
「今のところ、芋にしか興味なさそうだけど」
「それが怖いんだ!」
俺はテーブルに残っていた、昨日の冷めたポテトを一本つまんで、その鼻先に差し出した。
「ほれ」
パクリ。
火竜の幼生は、俺の指ごと食いちぎることもなく、ポテトだけを器用にくわえ、はふはふと嬉しそうに咀嚼した。
そして次の瞬間、俺の手に頬をすり寄せ、そのままごろんと仰向けになる。
白い腹毛が、ふわっと広がった。
腹を撫でろ、のポーズだった。
ガランが腹を抱えて爆笑した。
「だっははははは!! 嬢ちゃん! これのどこが国を滅ぼす最強種なんだい! ただの食いしん坊の仔犬じゃないか!」
「ば、馬鹿な……高貴なる竜族が、油まみれの芋の切れ端で目を輝かせ、人間に腹を見せるなど……伝承と違いすぎる……」
「伝承って、だいたい盛るからなあ」
「そういう問題ではない!」
「コウタ! わたしも! わたしも芋あげる!」
ミリィが恐る恐る近づいて、ポテトを一本差し出す。
仔竜はそれも嬉しそうに食べた。
ついでにミリィの指先をぺろっと舐め、頭を撫でられると気持ちよさそうに目を細める。
「かわいい……いぬじゃないけど、いぬ!」
「雑な分類だな」
ロエンもようやく肩の力を抜き、仔竜を見下ろして小さく息をついた。
「……敵意はないな。本当に腹が減っていただけらしい」
「だよな」
「だが、火竜である以上、火は出すかもしれん」
「そこは気をつける」
「あと、食う」
「そこ重要だな」
「かなりな」
すると仔竜が、今度はロエンのほうを見上げて「きゅるる」と鳴いた。
「……なんだ」
ロエンがしゃがみ込む。
仔竜は、じっとロエンを見たあと、ぽすんと前足を差し出した。
まるで「お前も芋をよこせ」とでも言いたげな仕草だった。
「だっははは! こいつ、分かってるじゃないか!」
「完全に餌くれる順に懐くタイプだな」
「賢いとも言う」
「食欲に忠実なだけでは?」
「それを賢いと言うんだ」
シルフィだけが、まだ納得していない顔で仔竜を見つめていた。
「……信じられん。これが火竜……」
「まあ、でも」
俺は仰向けのまま腹を見せてくる白いもふもふを撫でながら言った。
「こんなに必死な顔でポテトねだる最強種なら、ちょっとだけ仲良くやれそうじゃないか?」
「ちょっとだけ、で済めばいいがな……」
シルフィが遠い目で呟く。
その時、仔竜が満足そうに喉を鳴らし――次の瞬間、小さく「ぷしゅっ」とくしゃみをした。
ぽんっ、と目の前に小さな火の玉が出た。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「だっはははは! 出たじゃないか!」
「だから言っただろうが!!」
火の玉はすぐに消えたが、空き地の空気は一瞬だけぴりっと張った。
そして当の本人――いや、本竜は、何事もなかったみたいにもう一度「きゅるる」と鳴いて、次のポテトを要求してきた。
「……なるほど」
俺はその鼻先にもう一本ポテトを差し出しながら、深く頷いた。
「危険生物ではある。だが同時に、かなり飼いやすそうだ」
「その結論でいいのか?」
「よくはないかもしれないけど、もう手遅れな気がする」
火竜の幼生は嬉しそうに尻尾を振り、俺の足元にぴたりとくっついた。
こうして我が村に、新たな住人が増えた。
最強種族の幼生。
ただし現時点では、フライドポテトに魂を売った、白くてもふもふの食いしん坊として。
*
結局、その仔犬――暫定ドラゴンは、驚くほどあっさりと俺たちの村に居座ることになった。
親ドラゴンが探しに来るのでは、という懸念も一応あった。
だが、シルフィ曰く「竜は卵を産み落としたら、あとは地脈や火山の魔力に任せて放置する習性がある」らしい。
さすが最強種。
育児方針まで豪快すぎる。
「で、こいつの名前はどうするんだい?」
ガランがプレハブ小屋の前にどっかり座り込み、仔竜の顎の下をわしゃわしゃ撫でながら言った。
「強そうな名前がいいね! ブラッドファングとか、クリムゾンメテオとか!」
「厨二病を隠す気ゼロか」
「いいじゃないか! どう考えても強そうだろう!」
「強そうだけど、こいつ今のところ芋で釣れる犬だからな……」
「わたしは、ふわふわがいい!」
ミリィが背中の小さな羽をつんつんしながら言う。
「見た目だけで決めるな」
「でも、ふわふわ!」
「まあ、気持ちは分かるけど」
「あと、あったかい!」
「情報が増えたな」
「……土喰い」
ロエンが真顔で言った。
「いや、なんでだよ」
「強そうだ」
「響きは強いけど、こいつ土は食ってないだろ」
「これから食うかもしれん」
「お前、命名に畑要素を混ぜるな」
全員のネーミングセンスがひどい。
ひどいを通り越して、それぞれの興味に偏りすぎている。
俺は腕を組み、仔竜の顔をじっと見る。
白い毛並み。
つぶらな目。
ちょこんと生えた角。
飛べもしないくせに、ぴこぴこ動く小さな羽。
どう見ても、国を滅ぼす最強種の幼生には見えない。
そしてこいつは、昨日のフライドポテトの匂いに釣られてやってきた。
今も、ミリィの手からポテトの欠片をもらって、尻尾をぶんぶん振っている。
「……ポテトでいいだろ」
「「「ポテト」」」
三人分の復唱が重なる。
「……響きは間が抜けているが」
シルフィが複雑そうな顔で仔竜を見た。
「今のところ、一番しっくり来るな」
「だろ?」
俺は仔竜の鼻先を軽くつついた。
「よし、お前の名前は今日からポテトだ」
「ガウ!」
元気のいい返事が返ってきた。
そしてポテトは、すり寄る相手を選ぶでもなく、当然みたいな顔で俺の足元にぴたりとくっついた。
その時だった。
「……はっ、はくっ……!」
ポテトが急に鼻先をひくひくさせ始めた。
「ん? くしゃみか?」
「下がれ、コウタ!」
シルフィがとっさに声を張る。
だが、一歩遅かった。
「ぶぇっくしょい!!」
次の瞬間。
ポテトの口から、ぼわっ、と握り拳ほどの真っ赤な火球が飛び出した。
火球は空き地の端に積んであった枯れ枝の山へ吸い込まれ――
一瞬で、見事な焚き火になった。
「……おお」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「見たか。こいつ、着火係としてめちゃくちゃ優秀じゃないか」
「今のは間違いなく竜の息吹! ドラゴンブレスだぞ! 伝説級の破壊の炎だ!」
「でも、今やったことは焚き火の着火だぞ」
「規模の話ではない!」
「いや、生活目線だとかなり大事だろ」
「視点が終わっている!」
「だっはははは!」
ガランが腹を抱えて笑う。
「違いねぇ! こいつぁ最高の焚き火係だ! 朝の火起こしが一瞬じゃないか!」
「最強種を火起こし担当にするな!」
「でも便利だ」
「うっ……否定しきれんのが腹立つ……!」
さらに、ポテトの有能さはそれだけではなかった。
朝飯の支度で出た野菜の切れ端。
昨日の収穫祭で少しだけ余って傷みかけていた肉。
そういう、捨てるには惜しいが食卓には出したくないものをボウルにまとめて置いてみたところ――
ポテトは、目を輝かせて全部食った。
バクバクと。
迷いなく。
なんならご褒美をもらった犬みたいな顔で。
「すげえ……」
俺は素直に感動した。
「完璧な残飯処理係じゃないか。火もつけるし、残り物も処理するし、こいつ生活インフラ寄りのドラゴンだぞ」
「最強種をそんな分類にする人間、歴史上お前だけだと思うが……」
シルフィが頭を抱えてしゃがみ込む。
「竜の誇りとは何なんだ……」
「ポテトに聞いてくれ」
「本人が芋を食ってる時点で、もう答えは出ている気がする……」
引きこもりにとって、ペットというのは癒やしであると同時に、手間のかかる存在でもある。
だが、ポテトは違った。
寝床は勝手に段ボールを見つける。
飯は残り物で大喜びする。
しかも、火起こしまでできる。
ここまで来ると、もはやペットというより、快適な村生活を補助する高性能サポートユニットである。
「よし、ポテト」
俺はうなずいた。
「お前をうちの正式な村犬……いや、村ドラとして迎えてやる」
「ガウ!」
返事だけはやたらいい。
俺はさっそく《快適生活お取り寄せ》を開き、ポテトのための初期投資を行った。
『大型犬用 極厚低反発ペットベッド 丸洗い可』
『ステンレス製 滑り止め付きフードボウル&ウォーターボウル』
『無添加 鹿肉ジャーキー 犬用おやつ』
ぽつん、と空き地に現れる快適グッズ一式。
ポテトは新しいベッドの匂いを嗅いだ。
くんくん嗅いで、前足で一回だけふみっと踏んで――
次の瞬間には、その上で丸くなっていた。
早い。
判断が早い。
そして正しい。
「きゅるる……」
幸せそうな寝息が、すぐに聞こえてきた。
「……また、お前の無駄な買い物が一つ増えたな」
シルフィが呆れたように言う。
だが、その視線はベッドの上ですやすや眠るポテトに釘付けだった。
「無駄じゃないさ」
俺は冷たいコーラを一口飲んだ。
「癒やしは生活の質を劇的に上げるからな」
「理屈としては分かる」
「お、珍しく素直だな」
「……そのもふもふは反則だ」
「本音が漏れてるぞ」
ログハウスがある。
三つの離れがある。
畑がある。
冷蔵庫がある。
ソーラーパネルがある。
そして、新しく加わった極厚ペットベッドの上では、国を滅ぼすかもしれない火竜の幼生が、腹いっぱいで昼寝している。
雪のように白い、日本スピッツみたいな仔犬。
それか、白い毛に覆われたキタキツネとかそんな感じの見た目。
そして、頭には数センチの小さな角。
背中には、飛べもしない小さな羽根。
最強種というには、あまりにも愛嬌がありすぎる新入りだった。
俺の“誰にも邪魔されない孤独なスローライフ”は、もはや見る影もなく崩壊している。
けれど、元の世界の時間が止まっているという安心感を胸に抱いた今の俺には、この騒がしくて面倒で、それでもやたら快適な終わらないモラトリアムが、少しずつ愛おしいものになりつつあった。
「さて、今日の昼飯は何にするかな」
足元で眠るポテトの頭を軽く撫でながら、俺は次の怠惰な計画を練り始めた。