異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第二十八話 台風一過の青空と、至高の露天風呂建設

 引きこもり生活三十日目。

 

 異世界に来て、ちょうど一か月が経った。

 

 そして、その朝。

 

 迷いの森は、嘘みたいな青空に包まれていた。

 

 昨日の大暴風雨――灰色の牙が、森を根こそぎ噛み砕こうとしていたのが嘘のようだ。

 

 窓の外には、雨に洗われた木々がきらきらと光っている。

 

 葉の一枚一枚に水滴が残り、朝日を受けて小さな宝石みたいに輝いていた。

 

 空気は澄んでいる。

 

 風は涼しい。

 

 昨日までの生ぬるい圧迫感が、まるごとどこかへ吹き飛ばされたようだった。

 

「……台風一過だな」

 

 俺はログハウスの扉を開け、外へ出た。

 

 濡れた土の匂い。

 

 折れた枝の匂い。

 

 雨上がりの森の、湿っているのに妙に爽やかな空気。

 

 現代日本でも、台風の翌朝だけは少しだけ世界が違って見えた。

 

 洗濯物は干せないし、交通機関は乱れるし、ニュースでは被害状況が流れる。

 

 それでも、あの妙に澄んだ空だけは嫌いじゃなかった。

 

 異世界でも、それは同じらしい。

 

 ただし、ここは迷いの森である。

 

 情緒に浸る前に、やるべきことがある。

 

「被害確認だな」

 

 俺は小型モニターで各所のカメラ映像を確認してから、外へ出た。

 

 まずは畑。

 

 ロエンはすでにそこにいた。

 

 というか、たぶん俺よりずっと早く起きていた。

 

 畑の防風ネットを外し、土の状態を確認している。

 

「ロエン、どうだ」

「生きている」

 

 短い。

 

 だが、めちゃくちゃ重みのある三文字だった。

 

 畝の一部は雨で削られていたが、土のうとネットのおかげで致命的な流出は防げている。

 

 豆の苗も、第二陣の種芋も、多少倒れてはいるが根は残っていた。

 

「かなり耐えたな」

「ああ。昨日の準備がなければ、半分は流されていた」

「そりゃよかった」

「助かった」

「……お前が素直に礼を言うと、ちょっとびっくりするな」

「事実だ」

「それはそう」

 

 ロエンは土を手でほぐしながら、珍しく穏やかな顔をしていた。

 

 畑が無事だった。

 

 それだけで、こいつにとっては今日の空が青い理由になるのだろう。

 

 次に、ガランのプレハブ小屋。

 

 多少泥は跳ねていたが、ワイヤーロープで固定したおかげで無事だった。

 

 窓の板も外れていない。

 

 ガラン本人は、扉を開けた瞬間、寝癖だらけの頭をかきながら大あくびをした。

 

「だっははは! アタシの闘技場、無事だったねぇ! いやぁ、昨日の風にはさすがのアタシも少し焦ったよ!」

「少しで済むのかよ」

「斧で斬れない相手は厄介だ」

「自然災害を斬ろうとする発想を捨てろ」

 

 ミリィのベルテントは、昨日のうちに畳んでログハウスへ避難させていたので無事。

 

 今は広場で、濡れたラグマットを干している。

 

「おうち、かわいたら、またたてる?」

「立てる。今日は晴れてるからすぐ乾くよ」

「よかった……」

「怖かったか?」

「ちょっと」

「ちょっと?」

「いっぱい」

「正直でよろしい」

 

 ミリィは少しだけ恥ずかしそうに耳を伏せたあと、足元のポテトをぎゅっと抱きしめた。

 

 ポテトは昨日の嵐でびびったのか、今日はやけに大人しい。

 

 白い毛並みに寝癖みたいなうねりがついていて、ところどころ湿っている。

 

「ガウ……」

 

「お前も怖かったのか」

「ガウ」

「まあ、火竜でも嵐は怖いか」

「ガウ」

 

 たぶん分かってないけど、返事だけはいい。

 

 シルフィは木陰のハンモックを確認していた。

 

 ハンモック本体は昨日のうちに畳んであったので、こちらも無事だ。

 

 ただ、周囲の枝が何本も折れていて、もしそのまま吊っていたら確実に直撃していた。

 

「……片付けて正解だったな」

 

 シルフィがぽつりと言う。

 

「だろ?」

「悔しいが、お前の防災という考え方は有効だった」

「もっと褒めてもいいぞ」

「調子に乗るな」

「でも褒めてはいるんだな」

「少しだけだ」

「少しか」

「少しだ」

 

 その耳は、ほんのわずかに動いていた。

 

 たぶん、素直に認めるのが悔しいのだろう。

 

 まあ、それでいい。

 

 全体として、村の被害は軽微だった。

 

 折れた枝。

 

 泥はね。

 

 倒れた小物。

 

 濡れたラグ。

 

 それくらいだ。

 

 大物は飛ばされず、畑も残り、ログハウスの中は無傷。

 

 現代防災、異世界でも通用する。

 

 俺は胸を張っていい。

 

「よし」

 

 俺は満足げにうなずいた。

 

「朝飯の前に、もうひと仕事だな」

 

 その時だった。

 

 空中に、ぽん、と《快適生活お取り寄せ》の通知が浮かび上がった。

 

『初回転移者支援ボーナス:MP回復増加期間』

 

『本日最終日』

 

「……あ」

 

 俺は固まった。

 

 そうだった。

 

 今日でちょうど一か月。

 

 MP回復サービスの最終日だ。

 

 ここまでの一か月、俺はこのボーナスにかなり助けられてきた。

 

 ログハウス。

 

 家電。

 

 ソーラーパネル。

 

 防犯設備。

 

 プレハブ。

 

 ガーデンハウス。

 

 ベルテント。

 

 ペットベッド。

 

 食料。

 

 娯楽。

 

 思い返せば、ずいぶん派手に使っている。

 

 だが、逆に言えば、ボーナス期間だからこそここまで整えられた。

 

 明日からMP回復速度が落ちるなら、大型設備を買うなら今日が最後のチャンスかもしれない。

 

 いや、最後というのは大げさだ。

 

 ただ、しばらくは節約モードに入るべきだろう。

 

 だとすると。

 

 ここで何を買うべきか。

 

 食料は畑がある。

 

 電気はソーラーパネルがある。

 

 防衛はカメラとライトとロエンとガランとシルフィとポテトがいる。

 

 住居は一応整った。

 

 娯楽もある。

 

 足りないもの。

 

 最後に大きく生活の質を跳ね上げるもの。

 

 俺は雨上がりの空を見上げた。

 

 濡れた髪。

 

 泥のついた靴。

 

 昨日の台風準備で汗だくになった体。

 

 収穫祭の油の匂いも、まだ少し服に残っている気がする。

 

 そうだ。

 

 決まっている。

 

「……風呂だ」

 

 俺は静かに呟いた。

 

「風呂?」

 シルフィが首を傾げる。

 

「湯に入る場所だ」

「湯浴みか」

「そう。ただの湯浴みじゃない」

 

 俺は空中のウィンドウを開き、検索欄に指を走らせた。

 

『屋外用 露天風呂セット』

 

『薪兼電気対応 循環式風呂釜』

 

『大型浴槽 木目調』

 

『目隠しフェンス』

 

『防滑すのこ』

 

『排水ホース』

 

『温度計』

 

『バスタオル 大判』

 

『シャンプー ボディソープ 詰め合わせ』

 

 表示される商品一覧。

 

 合計MP。

 

 かなり重い。

 

 かなり、というか、普通に重い。

 

 今日がボーナス最終日じゃなければ、絶対に踏みとどまっていた。

 

 だが、今日は違う。

 

 これは浪費ではない。

 

 衛生設備だ。

 

 防災後の疲労回復施設だ。

 

 村の生活水準を根本から引き上げる大型インフラだ。

 

 そして何より。

 

 雨上がりの青空の下で露天風呂に入るとか、どう考えても最高に決まっている。

 

「よし」

 

 俺は決済ボタンに指をかけた。

 

「MP回復ボーナス最終日だ。最後にドーンといく」

「また嫌な予感がするな」

 

 シルフィが眉をひそめた。

 

「坊や、その顔は大物を買う顔だねぇ!」

 

 ガランがにやりと笑う。

 

「必要なものか?」

 

 ロエンが聞く。

 

「めちゃくちゃ必要だ」

「食べもの?」

 ミリィが目を輝かせる。

 

「食べ物じゃない」

「じゃあ、なに?」

「体をあっためて、疲れを取って、心を溶かす施設だ」

「こころ、とける?」

「だいたい溶ける」

 

 俺は深呼吸し、確定した。

 

 次の瞬間。

 

 ズズズズンッ!!

 

 ログハウスの裏手、木々に囲まれた少し開けた場所に、巨大な青白い魔法陣が浮かび上がる。

 

 段ボール。

 

 木枠。

 

 浴槽。

 

 パイプ。

 

 フェンス。

 

 見たことのない部品の山が、どさどさと出現した。

 

「だっははは! また村が育ったねぇ!」

「言い方」

「でも事実だろう?」

「否定できないのが悔しい」

 

 ロエンはすでに部品の形を見て、設置場所を確認し始めている。

 

「ここに置くのか」

「そう。風が抜けすぎず、でも空が見える場所がいい」

「排水は」

「こっちに流す。畑に直接は流さない」

「なら、この傾斜でいい」

「早いな」

「風呂は知らんが、水の流れは分かる」

 

 ガランは浴槽を軽々と持ち上げた。

 

「おいおい、これをここに置くのかい?」

「そう。慎重にな」

「任せな!」

「慎重って言った直後に片手で持つな!」

 

 ミリィは大判バスタオルの箱を見つけて、ふかふか具合を確かめている。

 

「これ、ふかふか」

「体を拭くやつだ」

「ねてもいい?」

「寝具じゃない」

「でも、ふかふか」

「気持ちは分かる」

 

 シルフィは目隠しフェンスの説明書を見ていた。

 

「湯浴み場に壁を立てるのか」

「当然だろ」

「森で湯を浴びるなら、周囲から見えない方がいいということか」

「そう。プライバシーは文明の基本だ」

「お前が言うと妙に重いな」

「俺にとっては重要事項だからな」

 

 そこからの作業は、例によって異常に早かった。

 

 ガランが重い部材を運ぶ。

 

 ロエンが水平と排水を確認する。

 

 シルフィが周辺の枝を払い、視線が通りすぎる場所を指摘する。

 

 ミリィがタオルや小物を運ぶ。

 

 ポテトは邪魔にならないように見える位置で、なぜか薪の山に前足を乗せていた。

 

「ポテト、それ燃やすなよ」

「ガウ」

「まだだぞ」

「ガウ」

 

 理解しているのかしていないのか分からない。

 

 ただ、火起こし要員としての自覚だけはあるらしい。

 

 数時間後。

 

 ログハウスの裏手に、異世界の森には明らかに似合わない施設が完成した。

 

 木目調の大きな浴槽。

 

 周囲を囲む目隠しフェンス。

 

 足元にはすのこ。

 

 そばには脱衣用の簡易テント。

 

 湯を沸かす風呂釜と、循環用のポンプ。

 

 そして空を見上げれば、台風一過の抜けるような青。

 

「……できた」

 

 俺は思わず息を吐いた。

 

「露天風呂だ」

 

 言葉にした瞬間、胸にじわっと達成感が広がる。

 

 ログハウス。

 

 畑。

 

 電気。

 

 冷蔵庫。

 

 防衛設備。

 

 離れ。

 

 ペット。

 

 そして風呂。

 

 ここまで来たら、もうただの引きこもり拠点ではない。

 

 生活圏だ。

 

 しかも、かなり快適な生活圏である。

 

「で、どうするんだい?」

 

 ガランが浴槽を覗き込む。

 

「ここに湯を張る」

「湯を?」

「ああ。たっぷりな」

 

 俺は水を入れ、風呂釜の準備をした。

 

 薪を組み、ポテトを呼ぶ。

 

「ポテト」

「ガウ!」

「出番だ。火、ちょっとだけな」

「ガウッ!」

 

 ポテトは胸を張った。

 

 小さな鼻をひくひくさせ、薪に向かって口を開く。

 

「ぷしゅっ!」

 

 ぽんっ、と小さな火の玉が飛び、薪に火がついた。

 

 見事な着火だった。

 

「おお」

「だっははは! やっぱり便利だねぇ、ポテトは!」

「最強種を便利扱いするな……と言いたいところだが、便利だな」

 

 シルフィが複雑そうに呟いた。

 

 風呂釜が湯を温め始める。

 

 しばらくすると、浴槽から白い湯気が立ち上り始めた。

 

 雨上がりの森の冷たい空気に、温かい湯の匂いが混ざる。

 

 木々の間を抜ける風。

 

 青空。

 

 湯気。

 

 これはもう、勝ちだ。

 

「よし」

 

 俺は温度計を確認した。

 

「入れる」

 

 全員の視線がこちらに集まった。

 

「入る?」

 ミリィが首を傾げる。

 

「湯の中に?」

 シルフィが眉をひそめる。

 

「煮られるのかい?」

 ガランが笑う。

 

「違う。温まるんだよ」

 

 俺は説明する。

 

 服を脱いで、体を洗ってから入る。

 

 湯は飲み物ではない。

 

 泳ぐ場所でもない。

 

 暴れる場所でもない。

 

 静かに肩まで浸かり、全身の疲れを湯に溶かす場所だ。

 

「……食べものじゃないのか」

 ミリィが少しだけしょんぼりした。

 

「食べ物じゃない。でも気持ちいいぞ」

「ほんと?」

「本当」

「じゃあ、やる」

 

 ミリィは切り替えが早い。

 

「男女別だ」

 

 俺は即座に言った。

 

「まず俺が入る。そのあと、ミリィとシルフィ。最後にガランとロエンでいいだろ」

「なぜアタシが最後なんだい?」

「暴れそうだから」

「だっははは! 信用がないねぇ!」

「ある意味では信用してる」

 

 俺は簡易テントで服を脱ぎ、体を洗い、そろそろと浴槽に足を入れた。

 

「あっ……」

 

 声が漏れた。

 

 熱すぎない。

 

 ぬるすぎない。

 

 肌を包む、ちょうどいい湯。

 

 ゆっくりと腰を沈め、肩まで浸かる。

 

「……あああああ……」

 

 変な声が出た。

 

 全身の筋肉が、湯にほどけていく。

 

 昨日の台風準備。

 

 収穫祭の後片付け。

 

 建築ラッシュ。

 

 ここ一か月の疲れみたいなものが、背骨の奥からじわじわ溶け出していく。

 

 空を見上げると、台風一過の青空が広がっていた。

 

 森の葉から落ちる雫の音。

 

 遠くで鳴く鳥の声。

 

 湯の揺れる音。

 

 最高だった。

 

「……これだよ」

 

 俺は浴槽の縁に腕を乗せ、深く息を吐いた。

 

「これが文明の到達点だ」

 

「大げさだな」

 フェンスの向こうからシルフィの声がした。

 

「入れば分かる」

「そこまでか」

「そこまでだ」

 

 十分ほどで上がるつもりだった。

 

 だが、気づけば二十分以上浸かっていた。

 

 危ない。

 

 露天風呂には時間を溶かす魔力がある。

 

 俺が上がると、次はミリィとシルフィの番になった。

 

 もちろん俺はログハウスの中へ退避した。

 

 プライバシーは文明の基本である。

 

 しばらくして、露天風呂のほうからミリィの声が響いた。

 

「ふあああああ……!」

 

 完全に溶けている声だった。

 

「あったかい……からだ、ふわふわする……」

「暴れるな。滑る」

「シルフィも、とけてる」

「私は溶けていない」

「みみ、とけてる」

「耳は溶けない」

「でも、へにゃってしてる」

「うるさい」

 

 どうやらシルフィも落ちたらしい。

 

 次にガランとロエンが入った。

 

 ガランは最初こそ「湯に浸かるだけで何が楽しいんだい」と笑っていたが、入って十秒で黙った。

 

 そして。

 

「……だっはぁぁぁぁ……」

 

 聞いたことのない、気の抜けた声がした。

 

「お前、誰だよ」

 俺はログハウスの中から突っ込んだ。

 

「坊や……これは、戦のあとにあったら人を駄目にするやつだねぇ……」

「戦のあとじゃなくても駄目になるぞ」

「肩の奥まで湯が入ってくるみたいだよ……」

「それは入ってない。感覚の問題だ」

 

 ロエンは静かだった。

 

 静かすぎて心配になった頃、低い声がした。

 

「……土を触ったあとの手が、戻る」

「どういう感想?」

「体が緩む。悪くない」

「悪くないって言いながら、めちゃくちゃ気に入ってるだろ」

「……悪くない」

 

 語彙は増えなかった。

 

 だが、気に入ったのは分かった。

 

 最後にポテトを洗うかどうかで少し揉めた。

 

 火竜を風呂に入れていいのか。

 

 そもそも水が苦手ではないのか。

 

 温度は大丈夫なのか。

 

 いろいろ不安はあったが、本人――本竜は湯気に興味津々だった。

 

「ガウ?」

 

「ちょっとだけな」

 

 俺はぬるめの湯を桶に入れ、ポテトの足元にかけてみた。

 

 ポテトは一瞬びくっとしたあと、すぐに目を細めた。

 

「きゅるる……」

 

「いけるな」

「いけるのか」

 シルフィが複雑そうに言う。

 

「火竜とは……?」

「温泉好きな火竜もいるんだろ」

「聞いたことがない」

「今日から一匹いる」

 

 ポテトは最終的に、浅く張った湯の中で腹を出して寝かけた。

 

 最強種の威厳は、湯気と一緒にどこかへ消えた。

 

     *

 

 夕方。

 

 全員が風呂上がりで、妙にほかほかした顔をしていた。

 

 ミリィは大判バスタオルにくるまり、ベルテントの前で眠そうに揺れている。

 

 シルフィはハンモックに戻ったが、漫画を開いたまま全然ページが進んでいない。

 

 ガランはプレハブ小屋の前で、髪を乾かしながら満足げに笑っている。

 

 ロエンは畑の横に立っていたが、いつもより肩の力が抜けていた。

 

 ポテトは極厚ペットベッドの上で、完全に溶けた白い毛玉になっている。

 

 俺はログハウス前のキャンプチェアに座り、冷たいコーラを飲みながら、空に浮かぶ夕焼け雲を見上げた。

 

 MP回復ボーナスは、今日で終わる。

 

 明日からは、これまでみたいに大物を気軽に買うわけにはいかないだろう。

 

 けれど。

 

 ログハウスがある。

 

 電気がある。

 

 畑がある。

 

 離れがある。

 

 防衛設備がある。

 

 冷蔵庫がある。

 

 ゲームも漫画もある。

 

 ポテトもいる。

 

 そして今日、露天風呂までできた。

 

「……一か月で、ずいぶん遠くまで来たな」

 

 俺はぽつりと呟いた。

 

 最初は、ただ引きこもりたかっただけだった。

 

 誰にも会わず、誰にも邪魔されず、自分だけの快適空間で、ひたすらだらだら暮らす。

 

 そのはずだった。

 

 だが今、俺の周りには村がある。

 

 小さいけれど、騒がしくて、やたら食いしん坊で、ゲームに弱くて、漫画に弱くて、ポテトに甘い住人たちがいる。

 

 予定とは、かなり違う。

 

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

「コウタ」

 

 ハンモックからシルフィの声がした。

 

「なんだ」

「明日も、あの湯は使えるのか」

「使えるよ」

「そうか」

「気に入ったな?」

「……悪くない」

「今日は全員そればっかりだな」

 

 ガランが笑う。

 

「坊や! 今度は風呂上がりに冷たい飲み物と揚げ物だねぇ!」

「人をさらに駄目にする気か」

「もうだいぶ駄目だろう?」

「否定できない」

 

 ミリィが眠そうに手を上げた。

 

「コウタ、あしたも、おふろ」

「はいはい」

「ぽてとも」

「ポテトもな」

「ガウ……」

 

 ポテトが寝ぼけた声で返事をした。

 

 ロエンは畑を見たまま、ぽつりと言う。

 

「湯のあとは、土がよく見える」

「それはたぶん気のせいだ」

「気のせいか」

「でもまあ、いいことではある」

「ああ」

 

 俺はコーラを飲み干し、空のボトルをテーブルに置いた。

 

 MP回復サービス最終日。

 

 最後に買ったのは、武器でも、防具でも、魔法の道具でもない。

 

 露天風呂だった。

 

 世界を救う気はない。

 

 国を作る気もない。

 

 英雄になるつもりもない。

 

 ただ、雨上がりの青空の下で、湯に浸かって、疲れを溶かして、明日もだらだら暮らす。

 

 それだけのための施設だ。

 

 でも、今の俺には、それが一番正しい選択だった気がする。

 

「さて」

 

 俺は立ち上がり、ログハウスへ向かう。

 

「風呂上がりの晩飯、何にするかな」

 

 途端に、四方から視線が集まった。

 

「肉!」

「いも」

「冷たい甘いやつ!」

「ポテチとコーラ」

「ガウ!」

 

「要求が一斉に飛んでくるの、村っぽすぎるんだよなあ……」

 

 俺は苦笑しながら、《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを開いた。

 

 MP回復ボーナスは、今日で終わる。

 

 けれど、この名もなき村の快適生活は、まだまだ終わりそうになかった。

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