異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第三話 理想の立地と害獣撃退器

 森の中は、思った以上に歩きにくかった。

 

 地面は柔らかいし、根っこは飛び出してるし、枝は邪魔だし、虫はいるし、何より方向がわからない。

 

 シルフィはすいすい進む。

 

 俺はその後ろを、段ボールを抱えたままよろよろついていく。

 

「待っ、ちょっと待て……! 早い!」

「早くない。コウタが遅すぎる」

「インドア高校生に森の機動力を求めるなよ……!」

 

 息が上がる。足がもつれる。太ももがすでに笑っている。

 

 なんで異世界転移一日目から、こんな本格的な山歩きみたいなことをしなきゃならないんだ。俺が求めていたのは部屋だ。散策イベントじゃない。

 

 シルフィは振り返って、露骨に呆れた顔をした。

 

「お前、本当に弱いな」

「うるさい……。文明の利器がない環境が悪い」

「文明の利器とは、あの赤い甘い毒水のことか」

「コーラを毒扱いするのやめろ」

 

 でも否定しきれないところがあるのが腹立つ。

 

 俺は木の幹に手をついて肩で息をした。シルフィはそんな俺をしばらく見ていたが、やがて小さく息をついて腰の水筒を外した。

 

「飲むか」

「えっ、いいのか?」

「その代わり、後でさっきの芋をもう一枚だ」

「現金ならぬ現ポテだな、お前」

 

 受け取った水筒の水は冷たくてうまかった。湧き水だろうか。口の中に残っていたコーラの甘さがさっぱり流れていく。

 

「……生き返る」

「さっきも同じことを言っていたな」

「飲み物って偉大なんだよ」

 

 少し回復したところで、俺たちはまた歩き出した。

 

 その間にも、シルフィはぽつぽつと森のことを教えてくれた。

 

 迷いの森には、狼みたいな魔物、巨大な猪、木に擬態する蔓植物、夜にだけ飛ぶ光る虫型の魔獣なんかがいるらしい。聞いているだけで住みたくない。いや、住むけど。

 

「それで、その中でも比較的マシな場所が今から行くところだ」

「比較的、っていう不安な枕詞やめてくれない?」

「迷いの森で安全を求めるな」

「ごもっともです……」

 

 十分ほど歩いたあたりで、視界が少し開けた。

 

 木々の密度が薄くなり、細い川がさらさらと流れている。その近くに、なだらかな草地が広がっていた。周囲は木に囲まれているが、完全に閉じてはいない。日も差しているし、地面も比較的平らだ。

 

「……おお」

 

 思わず声が出た。

 

 シルフィは少し顎を上げる。

 

「ここなら湧き水が近い。見通しも悪くない。あちら側の崖が風を少し防ぐ。魔物の通り道からも、まだ外れているほうだ」

「まだ、って何」

「完全には外れていない」

「だろうな!」

 

 でも、いい。

 

 かなりいい。

 

 というか、異世界基準で考えれば破格だ。少なくとも、さっきの開けっぴろげな草地よりずっといい。川があって、水が取れる。ある程度平ら。木材もある。日当たりも悪くない。

 

 そして何より――人が来なさそうだ。

 

「ここ、かなり当たりでは?」

「だからさっきから、お前だけ評価基準が変なんだ」

「静かって大事だろ」

「……まあ、それは否定しない」

 

 シルフィが少しだけ目を逸らしてそう言ったので、俺は意外に思った。

 

「お前も人混み苦手なのか?」

「苦手というか、面倒だ。騒がしいし」

「わかる」

「わかるのか」

「ものすごく」

 

 そこで初めて、シルフィが少しだけ俺を見る目を和らげた気がした。

 

 ポテチとコーラだけじゃなく、価値観の一部も通じるのかもしれない。

 

 ……いや、主にポテチとコーラの力な気もするけど。

 

「それで、ここで何をするつもりだ」

「決まってる」

 

 俺は胸を張った。

 

「引きこもる」

「本当に何を言っているんだお前は」

 

 シルフィの反応は毎回正しい。

 

 だが、俺の中ではもうほぼ決定していた。ここを拠点にする。まだ仮だが、たぶんこの先もしばらくはここが本拠地になる。

 

 まずは荷物を置く場所を作って、寝る場所を確保して、防犯……いや、防魔物対策を考える。そして最終的には、快適な住居を建てる。

 

 つまり、ここからが本番だ。

 

 俺は半透明の通販ウィンドウを開いた。

 

 横で見ていたシルフィが、ぴくりと耳を動かす。

 

「またそれか」

「そう。またそれだ」

 

 検索窓に意識を向ける。

 

『軍手』

『折りたたみナイフ』

『ロープ』

『ブルーシート』

『アウトドアチェア』

『テント 一人用』

『人感センサーライト』

『超音波害獣撃退器』

 

 ずらずらと商品一覧が出てくる。

 

 やっぱり何でもあるな、このスキル。

 

 俺は金額……じゃなくてMP表示をざっと確認する。小物なら安い。テントも想像よりずっと安い。問題は住居だが、それはあとで考えるとして、まずは今日の生存を優先したほうがいい。

 

「よし」

 

 購入、購入、購入。

 

 目の前に次々と魔法陣が浮かび、段ボールが落ちてくる。どすん、どすん、と草地に箱が積まれていく光景は、だいぶ異様だった。

 

 シルフィは完全に無言になっていた。

 

「……」

「どうした」

「それを見ていると、森の精霊とか神秘とか、そういうものが全部どうでもよくなる」

「そんなことある?」

「ある」

 

 箱を開けていく。

 

 軍手。ロープ。折りたたみナイフ。ブルーシート。小さなLEDランタン。折りたたみ椅子。そして一人用テント。さらに、俺がかなり期待している防衛設備、人感センサーライトと超音波害獣撃退器だ。

 

 特に最後の二つは、異世界迷いの森ライフにおいて命綱である。

 

「お前、それは何だ」

 シルフィが細長い機械を指さした。

「害獣撃退器」

「害獣?」

「まあ……獣を追い払う道具だ」

「そんな小さなもので?」

「たぶん」

「たぶん?」

 

 言い切れないのは仕方ないだろ。俺だって異世界の魔物に現代日本の害獣対策グッズがどこまで通じるか知らないんだから。

 

 でも、このスキルには“異世界適応”だの“魔力波”だの、やたら都合のいい説明がついていた。なら、害獣撃退器もたぶん少しくらい魔改造されているはずだ。たぶん。きっと。そうであってくれ。

 

「まずは設営だな……」

 

 俺はテントの箱を開け、中身を見て五秒で後悔した。

 

「うわ、説明書ある……」

「説明書?」

「組み立て方が書いてある紙」

「読めばいいだろう」

「読むのが面倒なんだよ」

「信じられない怠惰だな」

 

 正論の暴力である。

 

 仕方なく説明書を読む。ポールを通す、固定する、広げる。頭ではわかる。手が追いつかない。慣れていない作業というのは、人をこんなにもイライラさせるものなのか。

 

「なんで布の家ひとつ建てるのに、こんな知恵の輪みたいな工程が必要なんだ……!」

「お前が家を作るのに向いていないのはよくわかった」

 

 シルフィが半ば呆れ、半ば見かねたように近づいてきた。

 

「貸せ」

「え?」

「そこ、逆だ。棒を先に通す」

「お前、テントわかるのか?」

「わからん。だが構造を見ればなんとなく」

 

 すごいなエルフ。

 

 数分後、主にシルフィの手によってテントはそれっぽい形になっていた。俺も一応手伝った。ほんとに一応だけど。

 

 ブルーシートを下に敷き、テントを張る。中に寝袋代わりの毛布をいくつか購入して放り込み、ランタンを置く。

 

「……おお」

 

 テントの入口から中を見て、俺はちょっと感動した。

 

 まだ仮設だ。六畳半どころか、一人用の小さな空間だ。だけど、布一枚隔てるだけで、そこは“俺の場所”になっていた。

 

 見知らぬ森のど真ん中に、ようやく自分の内側を守る殻ができた気がする。

 

「……悪くない」

「さっきからお前、すぐ感動するな」

「引きこもりにとってパーソナルスペースは命だからな」

 

 シルフィは意味がわからないという顔をしたが、俺は本気だった。

 

 続いて、人感センサーライトを木に取りつける。これは簡単だった。付属のベルトで固定して、向きを調整するだけ。試しに前を横切ると、ぱっと強い白光が点いた。

 

「うおっ、まぶし!」

「なんだこれは!?」

 

 シルフィが本気で弓に手をかけた。

 

「落ち着け落ち着け! 灯りだ!」

「急に光るな! 心臓に悪い!」

「わかるけど便利なんだよ、これ!」

 

 夜の防犯、防獣、防魔物にどこまで効くかは知らないが、少なくとも接近を察知はできる。これはでかい。

 

 次に、超音波害獣撃退器を数カ所に設置する。杭みたいに地面に刺すタイプだ。スイッチを入れると、小さく振動している気がする。でも人間にはほとんど聞こえない。

 

「本当に効くのか?」

「さあ」

「さあで済ませるな」

 

 その時だった。

 

 川向こうの茂みから、がさりと大きな音がした。

 

 俺とシルフィが同時にそちらを見る。

 

 次の瞬間、黒っぽい毛並みの大きな獣がぬっと姿を現した。猪に似ているが、サイズがおかしい。肩までの高さが俺の胸くらいある。牙も太い。目が赤い。

 

「うわっ!」

「マッドボアだ! 下がれ!」

 

 シルフィの声が鋭く変わる。

 

 弓を構える。俺は反射的に後ずさった。でかい。無理。あんなのに突っ込まれたら終わる。異世界初日で轢き肉みたいな終わり方は嫌だ。

 

 マッドボアが鼻を鳴らし、一歩、こちらへ踏み出した。

 

 その瞬間。

 

 ぴぴぴ、と足元で小さな電子音が鳴った。

 

 俺がさっき設置した撃退器のひとつだ。

 

 次の瞬間、マッドボアの動きが止まった。

 

「……え?」

 

 獣はぶるっと身を震わせ、苛立ったように牙を鳴らす。さらにもう一歩近づこうとして、今度は露骨に顔をしかめた――ように見えた。

 

 そして、ぐおっと低く唸ったあと、突然くるりと向きを変え、茂みの奥へ走り去っていった。

 

「…………」

「…………」

 

 しばし沈黙。

 

 俺はゆっくりと撃退器を見る。

 

「……効いた?」

「効いたな」

「効いたのか……」

「効いた……」

 

 シルフィが信じられないものを見る目で俺を見た。

 

「なんだお前」

「いや、俺も今そう思ってる」

 

 現代日本の対害獣グッズ、異世界の魔獣に通用した。

 

 もちろん相手がたまたま相性の悪い音だった可能性もある。スキル補正で異世界仕様に変換されてる可能性もある。でも、とにかく追い払えたのは事実だ。

 

「これ、すごくないか?」

「すごい。悔しいがすごい」

「悔しいのかよ」

「弓も魔法もなく、変な道具で魔物を退けるのは何か納得いかない」

 

 エルフとしての矜持があるのかもしれない。

 

 でも、俺としては大歓迎だ。剣も弓も使えない俺が、こういう“文明の横殴り”で生き延びられるなら、それに越したことはない。

 

「……いける」

「何がだ」

「この森での引きこもり生活が」

「またそれか」

 

 だが、今度の俺の声には、さっきまでよりはっきりした実感があった。

 

 水場がある。

 

 仮の寝床ができた。

 

 灯りもある。

 

 防衛手段も、最低限だがある。

 

 そして何より、このスキルは俺が思っていた以上にとんでもない。

 

 だったら、次にやることは決まっている。

 

 仮住まいじゃなく、本拠地を作る。

 

 もっと頑丈で、もっと快適で、もっと誰にも邪魔されない、俺専用の部屋を。

 

 いや――部屋じゃないな。

 

 家だ。

 

「シルフィ」

「なんだ」

「このあたりで、一番地面が安定してる場所ってどこだ」

「……家を建てる気か?」

「そのつもりだ」

 

 シルフィはしばらく何も言わなかった。

 

 やがて、呆れたように、でも少しだけ面白がるように笑う。

 

「異世界に来たばかりのやつが、最初にやることが森の奥で引きこもる準備とはな」

「理想の生活ってのは、待ってても降ってこないからな」

「いや、お前の場合はさっきから空から箱が降ってきているだろ」

「言うな。ちょっと面白いけど」

 

 俺は通販ウィンドウを開く。

 

 そして、少しだけ躊躇してから検索窓に意識を向けた。

 

『ログハウス キット』

『プレハブ住宅』

『断熱材』

『簡易ソーラーパネル』

 

 検索結果が、ずらりと並んだ。

 

 その中の一番上に出てきた数字を見て、俺は思わず息を呑む。

 

【小型ログハウスキット 消費MP:7800】

 

「高っ……!」

 

 さすがにすぐは無理だ。いまの残りMPじゃ足りない。さっきいろいろ買いすぎた。いや、必要経費だけど。

 

 だけど、不可能ではない。

 

 MPが回復すれば、届く。

 

「……見えた」

「何が」

「勝ち筋」

「森の中で家を建てる計画に、そんな言葉を使うやつは初めて見た」

 

 俺はテントの前に置いた折りたたみ椅子に座り、暮れ始めた森を見た。

 

 木々の隙間から差す夕方の光。川のせせらぎ。たまに鳴く鳥。遠くで唸る、たぶん魔物の声。

 

 怖いっちゃ怖い。

 

 でも、悪くない。

 

 いや、むしろ――かなりいい。

 

 まだテントひとつの仮拠点にすぎない。だけど、ここから始められる。誰にも邪魔されない、自分だけの生活を。

 

 シルフィはそんな俺の横顔を見て、小さく肩をすくめた。

 

「変なやつだな、お前は」

「よく言われる」

「褒めてない」

「知ってる」

 

 そう答えながら、俺はコーラをもう一本取り寄せた。

 

 ぽん、と現れたペットボトルを見て、シルフィの耳がまたぴくりと動く。

 

「……それも、もらえるのか」

「今度は何と交換だ?」

「家を建てるのに向いた場所を、もっと詳しく案内する」

「成立だな」

 

 俺は笑って、コーラを差し出した。

 

 シルフィは真剣な顔で受け取り、今度はむせないよう慎重にひと口飲む。

 

 その様子を見ながら、俺は心の中で静かに決意した。

 

 この森の奥に、絶対に最高の引きこもり拠点を作ってやる。

 

 剣も魔法もなくていい。

 

 俺には通販がある。

 

 そして、たぶん明日には――ログハウスが必要になる。




※初日一挙3話投稿しました!続きは毎日21時20分過ぎに更新します。
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