異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第四話 初めての夜と、届く家

 日が落ちるのは、思ったより早かった。

 

 森の中だからだろうか。空そのものはまだ青みを残しているのに、木々の隙間から差し込む光はもう弱く、地面の色がどんどん沈んでいく。ついさっきまで「理想の立地では?」とか言って浮かれていた俺も、さすがに少しだけ現実に引き戻されていた。

 

 夜。

 

 それは引きこもりにとって本来、安心できる時間のはずだ。外が静かになって、誰も訪ねてこなくて、カーテンの向こうを気にしなくて済む、味方みたいな時間帯。

 

 でも、異世界の森の夜は違う。

 

 普通に怖い。

 

「……なあ、シルフィ」

「なんだ」

「夜って、やっぱり、昼より危ないのか?」

「当たり前だろう」

 

 即答だった。

 

 少しは濁してくれてもいいのに。

 

「昼に動く魔物もいるが、夜にしか出ないものも多い。音に寄ってくるもの、匂いに寄ってくるもの、灯りに反応するものもいる」

「灯りだめなの!?」

「種類による」

「その“種類による”がいちばん怖いんだよ……!」

 

 俺はランタンを見て、点けるかどうか三秒悩んだ末、やっぱり点けた。

 

 暗いのも怖いからな。

 

 文明人の精神は、完全な闇にそこまで強くない。いや、引きこもりだから闇属性っぽく見えるかもしれないけど、あくまで薄暗い部屋が好きなだけで、森の闇は別物だ。あれはもう“何かいる”前提の暗さなんだよ。

 

 LEDランタンが白く柔らかい光を広げる。

 

 テントの周りだけ、ぽっかりと人間の領域ができたみたいだった。

 

「……ちょっと安心するな」

「お前、本当に妙な道具ばかり持っている」

「持ってるんじゃない。買ってる」

「その違いは私にはまだよくわからない」

 

 シルフィはそう言いながら、川の近くの石に腰を下ろした。

 

 帰らないのか、と思って少し首を傾げる。

 

「お前、村とか家とかないのか?」

「ある」

「あるのか」

「森の奥に集落がある。だが今日は戻らない」

「えっ」

「お前を一人で置いて帰ると、明日の朝には食われていそうだからな」

「そんなに信用ない?」

「ない」

 

 即答その二だった。

 

 でも否定できない。今の俺が一人でこの森に放置されたら、たぶん高確率で死ぬ。少なくとも快眠は無理だ。

 

「……助かる」

「その代わり、赤い毒水をもう一本寄越せ」

「毒水扱いのくせに要求してくるの、だいぶ図々しいな」

「美味い毒は危険だ。だから管理が必要だ」

「お前の中でどういう理屈になってるんだ」

 

 とはいえ、護衛代と思えば安い。

 

 俺はコーラを一本追加で取り寄せ、ついでに夕食も検索することにした。

 

『カップラーメン』

『レトルトカレー』

『パックご飯』

『紙皿』

『割り箸』

『ポット』

 

 検索結果を見た瞬間、思わず顔がにやけた。

 

 勝ったな、と思った。

 

「どうした。気味が悪い顔をしているぞ」

「勝利の献立を見つけた」

「意味がわからない」

 

 最終的に俺が選んだのは、カップ麺とレトルトカレーとパックご飯、それから電気ケトルっぽいもの……を探したんだが、当然ながら電源問題にぶつかった。モバイルバッテリーはあるけど、さすがに湯は沸かせない。

 

「くっ……文明には相互依存があるのか……!」

「今さら何を言っている」

「いや、日本ってすごかったんだなって……」

 

 結局、今すぐ食べられるものを優先して、菓子パンとおにぎり、サラダチキン、ペットボトルのお茶、そして常温でいける総菜をいくつか取り寄せた。

 

 森の中の夕食としては、だいぶおかしいラインナップである。

 

 でも、異世界転移一日目だぞ。むしろ上出来だろ。

 

 段ボールを開けた瞬間、ふわっと広がるコンビニ飯の匂いに、ちょっと泣きそうになった。

 

「神……」

「またか」

「違う。今日はコンビニに感謝してる」

 

 おにぎりの包装を剥く。パリッという小さな音がやたら染みた。

 

 一口食べる。

 

「うっま……」

 

 塩むすびって、こんなに完成された食べ物だったんだな。

 

 シンプルなのに強い。米がうまい。塩がうまい。安心感がすごい。森で食うとさらにうまい。いや、シチュエーション補正が強すぎるだけかもしれないけど、それでもうまいものはうまい。

 

 シルフィがじっとこちらを見ていた。

 

「……欲しいのか?」

「いらない」

「その間は何だよ」

「森の民としての誇りが抵抗している」

「でも食欲は?」

「かなりある」

 

 正直でよろしい。

 

 俺は鮭おにぎりをひとつ渡した。シルフィはしばらくそれを観察していたが、意を決したようにかじりつく。

 

 数秒後、耳がぴんと立った。

 

「……米だ」

「米だな」

「塩気がある」

「あるな」

「中に魚がいる」

「いる」

「しかも手を汚さず食べられる」

「そこに気づくとは分かってるな」

「便利すぎないか?」

「だろ?」

 

 なんだか勝手に誇らしくなった。

 

 俺が作ったわけじゃない。

 米を炊いたわけでもない。

 鮭を焼いたわけでもない。

 海苔を巻いたわけでもない。

 

 ただ買っただけだ。

 

 だが、日本のコンビニフードが異世界で高評価を得ると、妙に嬉しい。

 完全に文明の威を借る引きこもりである。

 

 夕食を終えた頃には、空は完全に暗くなっていた。

 

 ランタンの光がなければ、数歩先も見えない。川の音はさっきより大きく感じるし、風が木の葉を揺らすたび、何かが近づいてきたような気がしてしまう。

 

 怖い。

 

 めちゃくちゃ怖い。

 

 でも、テントの存在はやっぱり偉大だった。狭くても、壁があるだけで全然違う。人は囲われると落ち着く生き物なんだなと、しみじみ実感する。

 

「……なあ、シルフィ」

「なんだ」

「テントって偉いな」

「お前は時々、本当に何を言っているのかわからなくなる」

 

 俺はテントの入口から顔だけ出して、外にいるシルフィを見る。彼女は焚き火代わりに小さく灯した火のそばで、弓を膝に置いて座っていた。ああ、そうか。火も使えるのか。普通に便利だな。俺は文明側だけど、サバイバル能力は完全に向こうが上だ。

 

「見張り、交代しなくていいのか?」

「お前は何をするつもりだ」

「いや、頑張って起きてるくらいは……」

「三十分で寝るだろ」

「否定できない」

「なら寝ていろ」

 

 ひどい言われようだが、実際その通りだ。

 

 俺は素直にテントの中へ引っ込んだ。寝袋代わりに取り寄せた毛布にくるまり、スマホ――はないが、なんとなく手持ち無沙汰で落ち着かない。ゲームもない。動画もない。SNSもない。

 

 やることがない夜というのは、想像以上に長い。

 

「……寝るしかないのか」

 

 呟いてから、ふと通販ウィンドウを開いた。

 

 残りMPはそこまで多くない。だが、画面の隅に小さく見慣れない表記が増えていた。

 

【現在MP:762/9999】

【自然回復:睡眠時・安静時に上昇】

【環境適応ボーナス:安全圏確保により回復量上昇】

【初回特典につき一ヶ月間回復量加算ボーナス】

 

 

「……は?」

 

 俺は目を見開いた。

 

「なんだこれ」

 

 昨日は気づかなかった。

 

 いや、表示されていなかったのかもしれない。

 あるいは、単に俺が混乱しすぎて見落としていただけかもしれない。

 

 とにかく、ひとつだけ分かった。

 

 MPは回復する。

 

 しかも、ただ時間が経てば戻るという単純な仕様ではないらしい。

 

「睡眠時、安静時に上昇……安全圏確保で回復量上昇……初回特典で一ヶ月間ボーナス……」

 

 俺は表示された文字を、ひとつずつ声に出して確認した。

 

 安全圏。

 

 つまり、ちゃんと安全な場所を作れば作るほど、俺の《快適生活お取り寄せ》は回しやすくなるということか。

 

 テントを張る。

 灯りを置く。

 撃退器を設置する。

 誰かに見張ってもらう。

 安心して眠れる環境を整える。

 

 それが全部、MP回復に繋がる。

 

「……システムが引きこもりに優しすぎる」

 

 この異世界、俺を外へ放り出してきたくせに、なぜか部屋作りだけは全力で支援してくる。

 

 運営の思想がぶれていないか?

 

 いや、ありがたい。

 すごくありがたい。

 

 初回特典が一ヶ月あるなら、その間に生活基盤を作れということなのだろう。

 

 チュートリアル期間。

 初心者応援キャンペーン。

 異世界生活スタートダッシュログインボーナス。

 

 言い方はどうあれ、今の俺には喉から手が出るほど必要なものだった。

 

「寝れば回復するなら、ログハウスも射程圏内か……?」

 

 昨日見た小型ログハウスキット。

 

 消費MPは、7800。

 

 今はまだ全然足りない。

 

 けれど、睡眠回復と安全圏ボーナスと初回特典が乗るなら、明日には届くかもしれない。

 

 テントじゃない、本物の家。

 

 壁がある。

 床がある。

 雨風を防げる。

 たぶん鍵もついている。

 

 異世界における、俺の最初の引きこもり拠点。

 

 そう思った途端、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。

 

 急に眠気が押し寄せてくる。

 

 無理もない。

 

 今日は情報量が多すぎた。

 

 異世界に落ちた。

 通販スキルが生えた。

 エルフに会った。

 ポテチを分けた。

 拠点候補を見つけた。

 テントを張った。

 そして今、MPが寝れば回復することまで判明した。

 

 普通なら、人生で一週間くらいかけて消化する内容だ。

 

「……無理だ、寝る」

 

 そう呟いて毛布に潜り込んだ、その時だった。

 

 外で、ぴっ、と小さな電子音が鳴った。

 

 人感センサーライト。

 

 次の瞬間、ばっと白い光が外を照らす。

 

「っ!?」

「コウタ、出るな!」

 

 シルフィの鋭い声が飛ぶ。

 

 俺の心臓が一気に跳ね上がった。

 

 テントの布越しに、複数の足音が聞こえる。小さい。軽い。だが一匹じゃない。

 

 がさがさ、という草を擦る音。低い唸り声。鼻を鳴らすような音。

 

 俺は息を殺したまま、テントの入口をほんの少しだけ開けた。

 

 外では、人感センサーライトに照らされて、犬と狼の中間みたいな獣が三匹ほど、こちらの周囲をうろついていた。毛並みは灰色で、目だけが異様に光っている。でかくはない。でかくはないが、十分怖い。

 

「な、なんだあれ……」

「フォレストハウンドだ。群れる。厄介だが、まだマシな相手だ」

「マシでこれ!?」

 

 シルフィはすでに弓を構えていた。

 

 だが彼女は射る前に、俺が設置した撃退器のほうをちらりと見る。

 

「……どうする」

「え?」

「それ、効くんだろう」

 

 そうだ。

 

 さっきマッドボアを追い払った。なら、こいつらにも効く可能性がある。

 

 俺は慌ててテントから這い出し、震える手で撃退器の出力らしきスイッチをいじった。弱・中・強みたいな表示が出る。最初からそれ見ろよという話だが、余裕がなかったんだよ。

 

「た、たぶん強で……!」

「早くしろ!」

 

 スイッチを上げた瞬間、機械がびぃん、と低く震えた。

 

 次の瞬間、ハウンドたちの耳がぴくりと立つ。

 

 一匹が低く唸り、もう一匹が苛立ったように地面を掻いた。だが、前には出てこない。むしろ少しずつ、にじるように後退していく。

 

「いけ……いけ……!」

 

 祈るような気持ちで見守る。

 

 数秒後、一番前にいた個体がきゃん、と嫌そうな声を上げた。

 

 そして、堰を切ったように三匹まとめて林の奥へ駆け戻っていった。

 

「…………」

「…………」

 

 静寂。

 

 川の音だけが戻ってくる。

 

 俺はその場にへたりこんだ。

 

「た、助かった……」

「本当に追い払ったな……」

 

 シルフィが呆然と呟く。

 

 その横顔には、もう呆れだけじゃないものがあった。驚きと、警戒と、ほんの少しの見直し。たぶんそんな感じだ。

 

「お前、戦えないくせに妙なところで頼りになるな」

「俺もそう思ってる……」

「褒めている」

「なら素直に受け取っとく」

 

 膝が笑っている。手も震えている。正直、戦闘なんて呼べるものじゃなかった。俺がやったのは機械のスイッチを入れただけだ。

 

 でも、それでもいい。

 

 向いてないことを無理にやる必要はない。

 

 剣が振れないなら、振らなくていい。弓が使えないなら、使えるやつに任せればいい。その代わり、自分にできることで生き残ればいい。

 

 それを、この異世界はちゃんと許してくれている気がした。

 

「……よし」

「なんだ」

「明日、家を買う」

「買う、なのか……」

 

 建てるじゃなく、買う。

 

 俺のスキル的にはそっちのほうが正しい。

 

 シルフィはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。

 

「好きにしろ。ここまで来たら、少し見てみたい」

「何を?」

「お前の言う“快適生活”とやらを」

 

 その言葉は、思っていたよりずっと嬉しかった。

 

 異世界に放り出されて、初めてできた協力者だ。いや、ポテチとコーラで雇っているだけかもしれないけど、それでも一人じゃないのは大きい。

 

「任せろ」

「何を根拠に」

「通販力に」

 

 我ながらひどい根拠だ。

 

 でも、今はそれで十分だった。

 

 その後、シルフィが周囲をもう一度見回って安全を確認し、俺はようやく本当にテントへ戻った。今度こそ毛布に潜り込む。外にはまだ怖い森がある。だけど、さっきより少しだけ、この場所は“俺の陣地”になっていた。

 

 目を閉じる。

 

 意識が沈む寸前、俺は半分夢うつつのまま、もう一度だけ通販ウィンドウを開いた。

 

 残りMP表示が、じわりと増えている。

 

【現在MP:1811/9999】

 

「……回復、早くない?」

 

 呟く声も、もうほとんど眠りに飲まれていた。

 

 安全圏ボーナス。

 睡眠時回復。

 初回特典。

 仮拠点の成立。

 

 たぶん、全部が噛み合っている。

 

 なら、朝には届くかもしれない。

 

 テントじゃない、本物の家。

 

 壁があって、床があって、雨風を防げて、鍵がついていて、布団を置ける場所。

 

 最高の引きこもり拠点。

 

 その未来を思い浮かべたら、異世界で初めて、少しだけ楽しみな気持ちのまま眠りにつけた。

 

 

 そして翌朝。

 

 鳥の声で目を覚ました俺は、寝ぼけ眼のまま通販ウィンドウを開き――固まった。

 

【現在MP:8243/9999】

 

「……は?」

 

 跳ね起きる。

 

 なんでだ。

 

 回復しすぎだろ。

 

 寝ただけで何が起きた。

 安全圏ボーナスってレベルじゃない。

 初回特典、仕事しすぎだろ。

 

 いや、待て。

 

 昨日の夜、俺はテントを張った。

 ランタンを置いた。

 センサーライトを設置した。

 撃退器で魔物を追い払った。

 シルフィが見張ってくれた。

 

 つまり、あの場所はシステム的に“仮安全圏”として認められた。

 

 加えて、俺はちゃんと眠った。

 

 そのうえ、今は異世界生活開始直後の初回特典期間。

 

 全部が重なった結果、回復量が跳ねたのだろう。

 

「……マジで宿屋システムじゃねぇか」

 

 しかも、ただの宿屋ではない。

 

 快適さと安全性で回復量が変わる、引きこもり特化型の宿屋システムだ。

 

 このスキル、どこまでも俺向けである。

 

「どうした、騒がしいぞ」

 

 外からシルフィの声がする。

 

 俺はテントから飛び出した。

 

「シルフィ!」

「なんだ」

「家、買える!」

「朝一番の台詞がそれなのか、お前は」

 

 そうだ。

 

 そうなのだ。

 

 俺は震える指で検索履歴を開き、昨夜見たログハウスキットのページを呼び出した。

 

【小型ログハウスキット】

【分類:拠点用品/初期登録商品】

【本来推奨レベル:拠点お取り寄せ Lv.3】

【住環境確保のため初期購入可能】

【消費MP:7800】

 

 買える。

 

 ついに届く。

 

 俺だけの、引きこもりの城が。

 

「……本来推奨レベル、だいぶ高いな」

「どういう意味だ」

「たぶん、普通ならまだ早いって意味」

「なら、やめるのか?」

「やめるわけないだろ」

 

 住の問題は最優先だ。

 

 食事も大事。

 水も大事。

 護身も大事。

 

 だが、引きこもりにとって一番大事なのは、帰る場所である。

 

 部屋。

 家。

 壁。

 鍵。

 布団。

 

 それがあるだけで、世界への耐性が段違いに上がる。

 

 深呼吸をひとつ。

 

 購入ボタンに意識を向ける。

 

 その瞬間、俺の目の前に、昨日までよりずっと大きな魔法陣が展開した。

 

 光の輪が幾重にも重なり、地面がびりびりと震える。

 

 風が巻き、川面が揺れた。

 

 シルフィが思わず一歩下がる。

 

「おい、コウタ。これはさすがに――」

 

 言い終わるより先に。

 

 空から、巨大な木箱が降ってきた。

 

 どすん、どころではない。

 

 ずううん、と地面を揺らして現れたそれは、もはや“荷物”の範疇を超えていた。

 

 巨大な梱包箱。

 

 側面には、見慣れたような、でもこの異世界には絶対に似合わない整った文字でこう書かれている。

 

【小型ログハウスキット一式】

【組み立て簡単】

【大人二名以上での作業を推奨】

【必要工具:同梱】

【基礎工事:簡易対応】

 

「…………」

「…………」

 

 俺とシルフィは、しばらく無言でその箱を見上げた。

 

 そして、同じタイミングで口を開く。

 

「でか……」

「でかいな……」

 

 届いた。

 

 ついに届いてしまった。

 

 夢のマイホーム。

 

 異世界における、俺の最初の城。

 

 ただし次の問題は、これをどう組み立てるかだった。

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