異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~   作:とけそうだら

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第四十話 スマート防衛線と、街を駆け巡る噂

 麓の街の領主、アラリック子爵が率いる武装騎士団を、ドローンとPAスピーカーとレーザーライトによる“光と音の魔法”――正確にはただのハッタリ演出――で完膚なきまでに敗走させてから、数日が経過した。

 

 あれだけ派手にやらかしたにもかかわらず、俺の村――ログハウス周辺は今日も平和だった。

 

 夏の強烈な日差しは相変わらず容赦がない。

 

 木々は青々と茂り、セミみたいな謎の虫が朝から全力で鳴いている。

 

 タープの下では、ミリィとポテトが並んで腹を出して寝転がり、シルフィは木陰のハンモックで漫画を読み、ガランはプレハブ小屋から「今のは当たってないだろうが!」とゲーム相手に抗議していた。

 

 ロエンだけは、いつも通り畑にいた。

 

 暑さに負けず、麦わら帽子をかぶって、土の具合を確かめている。

 

 真面目すぎる。

 

 この村で唯一、朝から生産性という概念を背負っている男である。

 

「……平和だな」

 

 俺はログハウスのリビングで、冷たい麦茶を飲みながら呟いた。

 

 平和って素晴らしい。

 

 誰も攻めてこない。

 

 誰も叫ばない。

 

 空からレーザーを撃つ必要もない。

 

 つまり、最高である。

 

 俺はエアコンの冷気がほんのり漂う室内で、だらしなく椅子に沈みながら、日課となった《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを呼び出した。

 

 最近は、エルフの集落との貸本屋兼銭湯ルート、トムじいとの物々交換ルート、そして森で手に入る素材類のおかげで、MP――マーケット・ポイントの収支もかなり安定してきている。

 

 とはいえ、俺は基本的に浪費家だ。

 

 快適のためなら、わりと躊躇なく使う。

 

 だから今日も残高確認くらいのつもりでステータスを開いたのだが――。

 

【拠点防衛実績が一定値に達しました】

 

【撃退成功:大型魔物】

 

【撃退成功:武装集団】

 

【拠点防衛カテゴリの利用実績を確認】

 

【進化ポイント +1】

 

「……お」

 

 思わず身を起こした。

 

 また来た。

 

 例のレベルアップ通知である。

 

 スキル画面には、現在の状態が表示されていた。

 

【固有スキル:《快適生活お取り寄せ》Lv.4】

 

【所持MP:1650/9999】

 

【サブカテゴリ】

 

【生活通販 Lv.2】

 

【拠点通販 Lv.2】

 

【交流通販 Lv.1】

 

【進化ポイント:1】

 

【進化先を選択してください】

 

 どうやら、マッドブル戦とアラリック子爵の騎士団撃退で、拠点防衛関連の実績が一気に溜まったらしい。

 

 あれだけ命懸けでドローンを飛ばし、あれだけ全力でレーザーとスピーカーを使って貴族を泣かせたのだ。

 

 ポイントが入らなければ、むしろおかしい。

 

「よし、今回は迷わない」

 

 食生活はすでにかなり充実している。

 

 交流も、望んだわけではないのに勝手に広がりつつある。

 

 エルフたちは漫画と風呂に釣られてくるし、トムじいは勝手に物流ルートを強化してくるし、領主まで勝手に攻めてきた。

 

 交流ってなんだっけ。

 

 俺が欲しいのは、もっと静かな生活である。

 

 となれば、伸ばすべきものは一つしかない。

 

「拠点だ。また拠点を上げる。引きこもりはまず巣を強くする」

 

 自分で言っていて、妙に説得力があった。

 

 俺は空中に浮かぶ【拠点通販 Lv.3】の項目を、指先でぽちっと押した。

 

 ピロンッ、という軽快な電子音。

 

 続いて、半透明のウィンドウに新しい文字列が展開される。

 

【拠点通販 Lv.2 → Lv.3 にレベルアップしました】

 

【自動化設備の一部が解禁されました】

 

【スマートホーム連携機能を解禁しました】

 

【拠点内での監視・防衛・撃退アイテムの連携精度が向上しました】

 

【簡易対象識別機能を解禁しました】

 

「おおっ……!」

 

 俺は思わず、椅子の上でガッツポーズを決めた。

 

 自動化設備。

 

 スマートホーム連携。

 

 簡易対象識別。

 

 言葉の響きだけで、もう勝ちである。

 

 これまでは、防犯カメラやセンサーライト、ドローン、スピーカーといった、ひとつひとつを個別に使う道具が中心だった。

 

 だが、Lv.3になったことで、それらを連携させられるようになったらしい。

 

 見張る。

 

 気づく。

 

 知らせる。

 

 追い払う。

 

 それらを、ある程度自動でやってくれる。

 

「ついに来たか……俺が何もしなくていい世界への第一歩が……」

 

 感動で、少し声が震えた。

 

 引きこもりにとって、最高の労働とは何か。

 

 それは、自分が働かないための仕組み作りである。

 

 俺はさっそく新機能を試すべく、意気揚々と立ち上がった。

 

 顔を洗い、最低限の身だしなみを整え、ログハウスのドアを開ける。

 

 そして、その直後。

 

「……あっつ」

 

 ドアの向こうから押し寄せてきた熱波に、一歩目で心が折れそうになった。

 

 いや、熱波というか、もう空気そのものが熱い。

 

 息を吸うだけで体力が減るタイプの暑さだ。

 

 ゲームなら、確実に“灼熱地帯”と表示されているやつである。

 

 空き地を見渡すと、獣人たちはすでに朝から絶望的な顔をしていた。

 

「あつい……」

 

 ミリィはタープの影で、完全に平たい猫みたいになっている。

 

「ガウゥ……」

 

 その隣で、ポテトも舌を出して腹を見せていた。

 

 火竜のくせに暑さで溶けている。

 

 火を扱う種族だからといって、夏の湿気に強いとは限らないらしい。

 

 そして、畑ではロエンが川と畑を何度も往復していた。

 

 両手に木桶。

 

 麦わら帽子。

 

 汗で張りついた毛皮。

 

 どう見ても限界が近い。

 

「ロエン、大丈夫か?」

「……問題ない」

 

 問題なさそうな声ではなかった。

 

「土が水を求めている。俺が倒れるのが先か、野菜が干からびるのが先かの勝負だ」

「勝負するな。お前が倒れたら村の食料供給が止まるんだよ」

「だが、水は撒かねばならん」

「だから、命を賭けるなって」

 

 俺はロエンの肩をぽんと叩いた。

 

「休め。今日はちょうどいい新機能がある」

「……コウタ?」

 

 ロエンが怪訝そうに目を細める。

 

「言い方が不穏だぞ」

「大丈夫だ。実験台はお前じゃない」

「なら何だ」

「畑だ」

「それもどうなんだ」

「まあ見てろ。文明は農家の味方だ」

 

 俺はロエンをガーデンハウスの椅子に強引に座らせ、冷えた麦茶を持たせた。

 

 そして、畑の真ん中へ立ち、《快適生活お取り寄せ》の新しく解禁されたカテゴリを開く。

 

【拠点通販 Lv.3:自動化設備】

 

 リストには、なかなか心躍るアイテムが並んでいた。

 

【ソーラー式・自動水やりタイマー】

 

【多岐散水ホースセット】

 

【センサー式アニマル撃退スプリンクラー】

 

【スマート屋外カメラ連携ユニット】

 

【簡易侵入通知システム】

 

「いいじゃないか……!」

 

 俺は思わず頷いた。

 

 派手さはない。

 

 だが、こういう地味な設備こそ生活を根本から変える。

 

 俺は必要なものをまとめて購入した。

 

 青白い魔法陣から、ホームセンター感あふれる段ボール箱がどさどさと現れる。

 

 この安心感。

 

 異世界で見る段ボールは、もはや文明の結晶である。

 

「なんだ、その箱は」

 

 ロエンが警戒半分、期待半分の目で見る。

 

「未来だ」

「雑な説明だな」

「暑いから説明を簡略化してる」

 

 俺は川に設置してある電動ポンプからホースを延長し、自動水やりタイマーを経由して、畑全体に網の目みたいに細い散水チューブを這わせていった。

 

 さらに、畑の周囲を囲むように、赤外線センサー付きの撃退スプリンクラーを四等間隔で地面へ突き刺す。

 

 見た目は地味だ。

 

 だが、地味な設備ほど、本気を出した時の頼もしさは異常である。

 

「よし、設定完了。スイッチ、オン」

 

 俺がタイマーのボタンを押した瞬間。

 

 プシュシュシュシュッ!

 

 気持ちのいい音と共に、畑に這わせたチューブの無数の穴から、細かな霧状の水が一斉に噴き出した。

 

 朝日を受けた水滴が空中できらきらと輝き、畑の上に小さな虹までかかる。

 

「な……っ!?」

 

 椅子で休んでいたロエンが、弾かれたように立ち上がった。

 

「なんだこれは……! 俺が何十往復もして撒いていた水が、一瞬にして、しかも土を傷つけないほど柔らかな霧となって畑全体を潤している……!」

「これが自動水やりシステムだ」

 

 俺は得意げに腕を組む。

 

「タイマーをセットしておけば、朝と夕方の涼しい時間に勝手に水を撒いてくれる。もうお前が汗だくになって川を往復する必要はないぞ」

「……勝手に、撒いてくれる?」

「そう。勝手に」

「人の手を使わず?」

「使わず」

「毎日?」

「設定次第で毎日」

「……」

 

 ロエンが、完全に言葉を失った。

 

 彼は震える手で、空から降ってくる霧みたいな水滴を受け止める。

 

 そして、そのままじっと濡れた掌を見つめた。

 

「……信じられん」

 

 低い声が、少しだけ掠れていた。

 

「水運びは農家の宿命だと思っていた。それが、この黒い筒を置くだけで……コウタ、お前はやはり、土の神の使いか何かなのか」

「ただの引きこもりだって」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「土の神が、エアコンの効いた部屋から出てこないわけないだろ」

「……それもそうか」

「納得するんだな」

「だが、ありがたい」

 

 ロエンは真顔で深く頭を下げた。

 

「これがあれば、夏でも畑を増やせる」

「おお、前向きだな」

「労力が減った分、耕作面積は増やせる」

「待て待て待て。楽になったら休めよ。なんで仕事量を増やす方向に行くんだ」

「土地が呼んでいる」

「怖いよ、お前の農業愛」

 

 ロエンが本気で感動していると、森の奥からドスドスと重い足音が聞こえてきた。

 

「だっははは! 見なよコウタ! 朝早くから狩りに出て、デカい大角鹿を仕留めてきたよ!」

 

 ガランだった。

 

 彼女の肩には、立派な角を持つ巨大な鹿の魔物が担がれている。

 

 いつものタンクトップ姿で汗を光らせながら、完全に“朝飯前に山一つ狩ってきました”みたいな顔をしていて、生命力がすごい。

 

「おお、すげえなガラン! でか……あ」

 

 俺が称賛の声を上げた、次の瞬間。

 

 ピピッ。

 

 畑の端に設置したセンサー式スプリンクラーの赤いランプが点滅した。

 

 センサーが、ガランの担いでいる巨大な鹿を“畑を荒らす大型害獣”と認識したのだ。

 

 拠点通販Lv.3で連携精度と対象識別が上がった。

 

 上がったはずだった。

 

 だが、精度が上がることと、空気を読めることは別問題らしい。

 

 カチッ。

 

 シュババババババッ!!

 

 凄まじい水圧を伴った一直線の高圧水流が、機関銃みたいな勢いでガランの顔面めがけて放たれた。

 

「ぶあっ!? 痛っ!? なんだい!?」

 

 不意打ちの水撃をまともに食らい、ガランが鹿を放り出して大斧を構える。

 

 さっきまで勝者みたいな顔をしていた女戦士が、一瞬でずぶ濡れの被害者になった。

 

「敵襲かい!? 姿の見えない水魔法の使い手……上等じゃないか! どこから撃ってきて……ぶぼぁっ!」

 

 スプリンクラーは容赦なく首を振り、再びガランの顔面にクリーンヒットした。

 

「ちょっ、待っ、目に入る! 目に入るってこれ! 痛い痛い痛い!」

「ガラン、右! 右から来てる!」

「どの右だい!? 全部から来てるよ!」

「ごめん、俺も今初見なんだ!」

 

 ずぶ濡れになりながら見えない敵と戦うガランの姿は、申し訳ないがかなり面白かった。

 

 大斧を振り回すたびに水しぶきが飛び、本人だけ妙に派手である。

 

「おいおい、何をやっているのだ、あの馬鹿は」

 

 いつものように木上のハンモックから降りてきたシルフィが、冷めた目でその光景を見下ろした。

 

「あのような単調な水魔法、エルフの私にかかれば――」

「待てシルフィ、近づくな。まだ原因が――」

 

 ピピッ。

 

 シルフィが畑の境界線、つまりスプリンクラーの射程範囲へ足を踏み入れた瞬間、別のセンサーが彼女の素早い動きを“侵入小動物”として捉えた。

 

 シュバッ!

 

「……なっ!?」

 

 シルフィは咄嗟に身をよじって回避しようとした。

 

 だがスプリンクラーは彼女の回避軌道を予測したかのように首を振り、その銀色の髪と美しい顔面を正確に撃ち抜いた。

 

「きゃうっ!?」

 

 シルフィが、エルフらしからぬ妙にかわいらしい悲鳴を上げ、その場に尻餅をつく。

 

 水を被った銀髪がぺたりと頬に張り付き、普段の高貴さが一瞬で蒸発した。

 

「な、なんだこの異常な精度の狙撃は……! 森の精霊の怒りか!?」

「だっははは! シルフィ、アンタも食らってるじゃないか!」

 

 ガランが顔面から水を垂らしながら爆笑した。

 

「笑うな! この野蛮人!」

「野蛮人でも狙われるし、エルフでも狙われるみたいだねぇ!」

「面白がるなっ!」

 

「ストップ! ストップお前ら!」

 

 俺は慌てて畑の脇へ駆け寄り、スプリンクラーの元電源をオフにした。

 

 シュン……という音と共に、水流がぴたりと止まる。

 

 一瞬の静寂。

 

 その静寂が、逆に怖い。

 

「……はぁ、はぁ。なんだ、今の水は。お前の仕業か、コウタ」

 

 シルフィが髪から水を滴らせながら、かなり本気の殺気を帯びた目で俺を睨みつけてきた。

 

 ガランも濡れたタンクトップを絞りながら、大斧を肩に担ぎ直している。

 

「坊や」

「はい」

「説明しな」

「はい」

 

 俺は背筋を伸ばし、即座に平謝りした。

 

「悪い! 畑を魔物や動物から守るための自動防衛装置なんだ! まさか、ガランの獲物やシルフィの素早い動きまで害獣判定するとは思わなくて……!」

「獲物を担いでいただけで顔面を撃ち抜かれるのは納得いかないねぇ!」

「私に至っては近づいただけだぞ!」

「本当に申し訳ない!」

 

 スキルの精度が上がったせいで、機械が異世界住人たちをオーバースペックな敵性対象として認識してしまったらしい。

 

 発想としては分かる。

 

 素早い。

 

 強い。

 

 巨大な獲物を担いでいる。

 

 たしかに畑目線だと、だいぶ危険人物だ。

 

「……つまり、畑から見た私は害獣以下ということか」

 

 シルフィが静かに言う。

 

「いや、そうは言ってない」

「私は侵入小動物認定だが?」

「機械の誤判定だよ! 機械の!」

「アタシは大型かい?」

 

 ガランがにやにやしながら聞いてくる。

 

「そっちは獲物の方が原因だ!」

「でも面白いから、あとでミリィに言いふらしてやろう」

「やめろ!」

 

 俺は急いでスマート防衛アプリを開き、顔認識機能でガラン、シルフィ、ロエン、ミリィ、そしてポテトまで“身内登録”にぶち込んだ。

 

 ポテトの顔認識だけ妙に手間取った。

 

 白い毛玉が動くたびに、アプリが“犬”“小型魔物”“未分類”を行ったり来たりする。

 

「ポテト、じっとしてろ」

「ガウ?」

「動くな」

「ガウッ」

「だから動くなって!」

 

 結局、ミリィに抱っこしてもらって、ようやく登録できた。

 

「よし。これで次からは、少なくとも俺たちには水をぶっかけてこないはずだ」

「“はず”?」

 

 シルフィがじとっと睨む。

 

「大丈夫だって。たぶん」

「たぶん」

「九割九分」

「残り一分が不穏すぎる」

「でも便利だろ?」

「……便利なのは認める」

 

 シルフィは濡れた髪を払ってため息をついた。

 

「認めるが、次に私へ水をかけたら弓で壊す」

「怖い怖い怖い」

「アタシは気に入ったよ!」

 

 ガランは豪快に笑う。

 

「敵だけを狙うなら、これほど頼もしい仕掛けもない! まあ今のはアタシを敵と認識したけどねぇ!」

「そこが一番問題なんだよ!」

 

     *

 

 ガランとシルフィがシャワー――露天風呂に備え付けたやつだ――を浴びて着替え終わった頃。

 

 村の境界線に設置した防犯カメラが、一台のロバの荷車を捉えた。

 

「お、トムじいが来たな」

 

 俺が空き地に出ると、麓の街の商人であるトムじいが、いつにも増して大汗をかきながら、転がるようにして荷車を引いてきた。

 

 帽子は曲がり、肩は上下し、顔色は妙に悪い。

 

 どう見ても“ちょっと商談に来ました”というテンションではない。

 

「コ、コウタ殿ぉぉぉぉっ!!」

 

 トムじいは俺の顔を見るなり、地面へ膝をついて拝むみたいな姿勢を取った。

 

「どうしたんだよ。そんなに慌てて」

「う、噂をお聞きになっていないのですか!? 麓の街は今、とんでもない大騒ぎになっておりますぞ!」

「いや、最近ほぼ森から出てないし」

「でしょうな!!」

「なんでそこで全力同意なんだよ」

「コウタ殿が街へ出る図が想像できませんので!」

「まあ、できないけど」

 

 トムじいは息を切らしながら、早口で事情をまくし立てた。

 

 昨日の夕方。

 

 アラリック子爵の騎士団が、ボロボロになって街へ逃げ帰ってきたらしい。

 

 しかも彼らは口々に、目を血走らせながらこんなことを叫んでいたという。

 

『森の奥には、神の怒りを操る化け物がいる!』

 

『空中に無数の魔法陣を展開し、目玉を焼くほどの光と、耳を切り裂く轟音で我らを殲滅しようとしたのだ!』

 

『あそこは不可侵の聖域だ! 近づけば魂ごと消し飛ばされるぞ!』

 

『銀髪の森の精霊が、我が主の扇子だけを射抜いた!』

 

『岩を投げる赤髪の巨人がいる!』

 

『狼の咆哮だけで膝が砕けた!』

 

『しかも竜がいた! 小さいのに火を吐いた! 大きくなったら王都が終わる!』

 

「最後のやつは、ポテトが聞いたら調子に乗るな……」

 

 俺はぼそっと呟いた。

 

 足元のポテトは「ガウ?」と首を傾げている。

 

 何も分かっていない顔だ。

 

「さらに今朝、新たな噂が追加されましてな」

 

 トムじいは深刻そうな顔で続ける。

 

「森の賢者の畑には、見えざる水の精霊が宿っており、近づく者を水槍で撃ち抜く、と」

「広まるの早いな!?」

「街の噂は風より速いのです!」

 

 今朝のスプリンクラー誤射が、なぜもう街の噂になっているのか。

 

 いや、トムじいが来る途中で何か見たのかもしれない。

 

 あるいは、逃げ帰った騎士たちが“森全体が攻撃してくる”みたいな話に盛っているのかもしれない。

 

 どちらにせよ、俺の村は順調に人外魔境扱いされつつあった。

 

「……なるほど。だいぶ盛られて伝わってるな」

 

 レーザーライトと重低音スピーカーのハッタリは、想像以上に彼らの精神を破壊したらしい。

 

 知らない文明は、だいたい神罰か悪魔の業に見える。

 

 まあ、気持ちは分かる。

 

「コウタ殿! まさかとは存じますが、あの騎士団を追い払ったのは……」

「まあ、ちょっと光と音で脅かしてやっただけだよ」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「何人も押しかけられて騒がれると、俺の引きこもり生活に支障が出るからな」

 

 さらりと言うと、トムじいは「ひっ」と短い悲鳴を上げて青ざめた。

 

「こ、光と音で脅かしただけで、王国精鋭の騎士団を恐怖のどん底に陥れたと……。やはりコウタ殿は、人間の姿をした神か悪魔の類……」

「ただの引きこもりだって」

「引きこもりが国の騎士団を追い返しますかな!?」

「知らん。結果的にそうなっただけだ」

「その“だけ”が重すぎますぞ!」

 

 トムじいは額の汗をぬぐいながら、完全に腰の引けた目で俺を見ていた。

 

 敬意。

 

 恐怖。

 

 商人としての打算。

 

 その三つが、ちょうどいい具合に煮詰まっている顔である。

 

 嫌いじゃない。

 

「それより、ちょうどいいところに来てくれた」

 

 俺はログハウスの奥から、昨日アラリック子爵が置き去りにしていった重い木箱を抱えてきて、トムじいの目の前へどんっと置いた。

 

「これ、子爵が落としていった金貨なんだけど、俺には使い道がないんだ。トムじい、これを元手にして街から必要な物資を定期的に運んでくれないか?」

 

 木箱の蓋を開ける。

 

 中には、眩いばかりに輝く王国の金貨が山みたいに詰まっていた。

 

「な……なななっ!?」

 

 トムじいの目が、今日一番どころか、人生でも上位に入りそうなくらい見開かれた。

 

「こ、これほどの莫大な富を……! いいえ、それ以上に、子爵の軍資金をそのまま掌中に収めたというのですか!?」

「奪ったんじゃない。勝手に置いて逃げたんだよ」

 

 俺は訂正する。

 

「俺は森から出ないから、この金貨を元手にして、異世界の香辛料とか、布とか、野菜の種とか、あとたまに面白そうな本なんかを安定供給してほしいんだ。お前の商会の利益もたっぷり乗せていいからさ」

「り、利益も……!?」

「ちゃんと儲けろよ。その方が長続きするだろ」

「コ、コウタ殿……!」

 

 トムじいはわなわなと震える手で金貨の箱へ触れ、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 商人の魂が、恐怖より利益への渇望を上回った瞬間だった。

 

 さっきまで“神か悪魔”みたいな目で俺を見ていたくせに、今は完全に“最高の取引先”を見る目に変わっている。

 

 わかりやすい。

 

 実に商人だ。

 

「……承知いたしました」

 

 トムじいは姿勢を正し、腹の底から声を絞り出した。

 

「このトム、命に代えてもコウタ殿の物流ラインを死守してご覧に入れます! 子爵が二度と手を出せぬほどの聖域ならば、もはやここは王国で最も安全な交易拠点と言っても過言ではありません!」

「安全っていうか、面倒なやつが近寄りたがらないだけだけどな」

「商売とは、時にそういうものです!」

 

「よし、商談成立だな。じゃあ、今日の取引のおまけだ」

 

 俺は生活通販を使い、現代日本の誇る調味料を二つ召喚した。

 

「一つ目はこれ、カレールー中辛。肉や野菜を炒めて水で煮込み、これを溶かすだけで、複雑なスパイスの煮込み料理ができる」

「す、スパイスが、この四角い固形物に……!?」

 

 トムじいがルーの箱を抱えて震える。

 

「錬金術の極みですね!」

「そこまでではないが、うまいぞ」

「“うまい”が何より強いですな!」

 

「二つ目はこれ、板チョコレート。前に食わせたやつだ。疲れた脳みそには最高の特効薬だぞ」

「おおおっ! あの神の甘露!」

 

 トムじいの顔が一気に輝いた。

 

「これさえあれば、徹夜の帳簿付けも百倍の速度で終わります!」

「それは盛りすぎだろ」

「商人は希望で働くものですので!」

「いい返事だな」

 

 トムじいは金貨の箱と現代アイテムを、ひとつひとつ宝物みたいに荷車へ積み込んでいった。

 

 その手つきは異様に丁寧で、もはや納品というより神棚への奉納に近い。

 

「五日後にまた必ず参ります!」

 

 彼は深々と頭を下げた。

 

「次は香辛料、布、種子、それから街で噂になっている珍品も見繕って参りましょう!」

「おう、頼んだ」

「それと……」

 

 トムじいが恐る恐る聞いてくる。

 

「できれば、あの神の怒りの光と、畑の水槍は、わしには向けぬようお願いいたします……」

「向けねえよ。客にレーザーと高圧水流は照射しない主義だ」

「よ、よかった……」

 

 トムじいは心底ほっとした顔をした。

 

 だが荷車の上の金貨とチョコを見るたびに、にやける口元を隠しきれていない。

 

 恐怖と利益が同居した、実に商人らしい顔のまま、彼はホクホクと森を後にしていった。

 

     *

 

 トムじいを見送った後。

 

 俺は冷たい麦茶を飲みながら、改めて村の周囲を見渡した。

 

 畑では新しい自動スプリンクラーが静かに作動し、土をきめ細かい霧で潤している。

 

 ロエンはその光景を、まだ少し夢でも見ているみたいな目で眺めていた。

 

 プレハブ小屋からは、ガランのゲームの電子音と、「うおっ、今の避けた!」「いや当たってるだろこれ!」という騒がしい声が聞こえてくる。

 

 ハンモックからはシルフィの漫画をめくる音と、「だから言えと言っているだろう……」というため息混じりの独り言が漏れていた。

 

 拠点通販のレベルが上がり、自動化設備のおかげで生活はさらに便利になった。

 

 貴族の調査隊も撃退した。

 

 トムじいという確固たる物流ルートも、金貨の力でますます盤石になった。

 

 正直、かなり順調だ。

 

 俺の引きこもり生活は、間違いなく完成に近づいている。

 

「でも……」

 

 俺は、森の境界線を見つめて小さく呟いた。

 

 今回はハッタリと光のショーで追い返せた。

 

 だが、今後も同じ手が毎回通用するとは限らない。

 

 噂が広まれば、もっと大規模で、もっと慎重で、ハッタリの通用しない本物の討伐隊や、強力な魔導士を伴った調査団が来る可能性だってあるのだ。

 

「やっぱり、防犯カメラやスプリンクラーだけじゃ限界があるな」

 

 麦茶を一口飲んで、俺はぼそりとこぼす。

 

「物理的にこの村を外から見えなくするような、本物の結界みたいなものが必要だ」

 

 防衛設備が機械である以上、魔法の存在するこの世界では、いつか致命的な弱点を突かれる日が来るかもしれない。

 

 音や光や水圧だけで対処できない相手が出てきたら、その時はかなりまずい。

 

 できれば、そもそも見つからないのが一番いい。

 

「欲しいなあ……結界」

 

 俺は空を見上げる。

 

「村全体を覆って、外からは見えなくて、侵入者は迷って、味方だけ普通に出入りできて、維持費が安くて、自動運転で、ついでに涼しくて虫も減るやつ」

「注文が多いな」

 

 いつの間にか近くまで来ていたシルフィが、呆れた声を出した。

 

「それだけできれば、もはや結界ではなく奇跡だぞ」

「いいじゃないか。夢を見るくらい」

「引きこもりの夢は、だいたい怠惰と快適性に全振りだな」

「そこが大事なんだよ」

「否定はできんな」

 

 ロエンが遠くからぽつりと混ざる。

 

「畑も守れそうだ」

「お前は畑が絡むとすぐ乗るな」

「当然だ」

 

 そんな都合の良い、村全体を覆い隠してくれるような結界の使い手でも、空から降ってきてくれないものだろうか。

 

 俺がそんな、どう考えても都合が良すぎる妄想を抱きながら空を見上げた、その時だった。

 

 村から北へ少し離れた森の奥深くで。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 空気が陽炎みたいに、ぐにゃりと歪んだ。

 

 次いで、その中心で青白い光が瞬いたように見えた。

 

「……ん?」

 

 俺は目を細めた。

 

 今のは、気のせいか?

 

 熱で視界が歪んだだけかとも思ったが、それにしては妙に輪郭のある違和感だった。

 

 俺は手元のタブレットを操作し、近くに飛ばしていたドローンの映像を切り替える。

 

 だが、カメラには特に異常は映っていない。

 

 木々の揺れ。

 

 夏の陽光。

 

 その程度だ。

 

「……気のせいか?」

「どうした」

 

 シルフィが聞く。

 

「いや、今ちょっと北の森で光が見えた気がして」

「魔力の反応は……特に感じんな」

 

 彼女も耳を澄ませるように目を閉じたが、すぐ首を振った。

 

「暑さで目が疲れているのではないか?」

「かもしれん」

 

 ロエンも頷く。

 

「今日は日差しが強すぎる」

「だよなあ」

 

 俺は肩を回した。

 

「まあいいか。今日はもう、エアコンの効いた部屋で昼寝だ」

 

 深追いはしない。

 

 それが長生きのコツである。

 

 怪しい光?

 

 見なかったことにする。

 

 森の異変?

 

 明日に回す。

 

 今の俺に必要なのは、考察ではなく冷房だ。

 

 俺は大きく背伸びをして、涼しいログハウスの中へ戻っていった。

 

 俺の望む平和な引きこもり生活を守るための、最後のピース。

 

 それが文字通り空から降ってくるのは――もう、ほんの少しだけ先の話である。

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