異世界引きこもり生活 ~引きこもりが異世界転移したらおもしろスキルが手に入ったので異世界でも引きこもり生活楽しみます~ 作:とけそうだら
届いた。
ついに届いてしまった。
夢のマイホーム、その第一歩が。
ただし、次の問題はこれをどう組み立てるかだった。
「……なあ、シルフィ」
「なんだ」
「これ、想像してたよりだいぶ“家”だ」
「見れば分かる」
巨大な木箱は、もはや荷物ではなかった。
建材の集合体である。
いや、そりゃログハウスキットなんだから建材なのは当然だ。
当然なのだが、俺としてはもう少しこう……異世界スキルらしい都合のいい何かを期待していた。
魔法陣が光る。
木材が勝手に組み上がる。
煙が晴れたらログハウス完成。
そういう、見ているだけで終わるタイプのやつを。
違った。
現実は甘くない。
いや、異世界なのに現実をぶつけてくるな。
巨大な箱の側面には、やたら爽やかなイラストつきでこう書いてある。
【家族で楽しくDIY!】
【初心者でも安心!】
【週末で作れる自分だけのログハウス!】
「週末ってなんだよ……」
「どうした」
「いや、日本の圧を感じて……」
週末で家を建てようとするな。
休日の密度がおかしい。
俺は震える手で梱包をほどいた。
中から出てきたのは、大量の木材、壁パネル、床板、窓枠、扉、金具、工具、そして分厚い説明書だった。
嫌な予感しかしない。
説明書の厚みが、すでに俺への敵意を隠していない。
「……読まないとだめか」
「それ以外にどうするつもりだった」
「雰囲気でなんとか」
「お前の人生、よくそれで生きてこられたな」
俺だって好きでそうなったわけじゃない。
でも、面倒なことを直感で切り抜けたい気持ちは誰にでもあるだろう。
少なくとも俺にはある。
かなりある。
仕方なく説明書を開く。
一ページ目。
完成図。
いい家だ。
すごくいい。
木のぬくもりを感じる、コンパクトで落ち着いたログハウス。
これが建ったら、たぶん泣く。
二ページ目。
必要人数。
【推奨作業人数:二〜四名】
【本製品は《快適生活お取り寄せ》適応補正により、部材重量が軽減されています】
【ただし、達成感を損なわない範囲で重量は残ります】
【無理のない作業とこまめな休憩を推奨します】
「……なんか変なこと書いてある」
「何がだ」
「達成感を損なわない範囲で重量は残る、だって」
「親切なのか不親切なのか分からないな」
「だよな」
俺は近くの壁材らしき木材を一本持ってみた。
「おっ……?」
持てる。
想像していたより、ずっと軽い。
普通の丸太みたいな重さではない。
見た目はしっかりした建材なのに、内部が少しだけ軽くなっているような、不思議な感覚だった。
だが、軽いと言っても羽のようではない。
両手で持てる。
運べる。
でも、何本も運べば普通に疲れる。
まさに説明書の通りだった。
達成感を損なわない範囲で、ちゃんと重い。
「……このスキル、妙なところで体育会系じゃないか?」
「どういう意味だ」
「楽はさせるけど、苦労をゼロにはしない」
「良いことではないのか」
「俺は苦労ゼロがよかった」
シルフィが試しに壁材を持ち上げる。
「確かに、見た目より軽いな」
「だろ?」
「これなら、お前でも運べる」
「その言い方、ちょっと傷つく」
「事実だ」
「事実ってやつは、時々刃物みたいだな」
とはいえ、これは助かる。
普通のログハウス用建材なら、俺の腕力では一枚動かすだけで終わっていた可能性が高い。
補正のおかげで、少なくとも作業には参加できる。
見学担当ではない。
労働者である。
最悪だ。
だが、マイホームのためなら仕方ない。
シルフィが説明書を覗き込み、眉をひそめる。
「二〜四名? 私とお前で二名ではないのか」
「そうなんだけど、この手の“推奨”って、だいたい元気な大人二名以上を想定してるんだよ」
「お前は元気ではないな」
「朝から心を刺すなよ」
でも、その通りだった。
俺はインドア高校生。
腕力なし。
体力なし。
DIY経験ほぼなし。
シルフィは森で生きるエルフだから身体能力は高そうだが、ログハウス建築の経験があるわけではない。
つまり、わりと詰んでいる。
……と、一瞬思ったが。
「いや、待てよ」
俺は《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを開いた。
『電動ドライバー』
『脚立』
『ゴムハンマー』
『水平器』
『作業台』
『軍手 追加』
『作業用ベルト』
『インパクトドライバー 初心者向け』
『DIY 初心者 失敗しない』
出る。
当たり前のように出る。
ついでに検索候補に『ログハウスキット 組み立てでありがちな失敗』まで出てきた。
煽ってるのか、このスキル。
「……助かる」
「また妙な道具を増やすのか」
「文明は人手不足を道具で殴るんだよ」
「雑な思想だな……」
「でもだいたい合ってる」
必要そうなものを一通り購入する。
箱がまた増えた。
シルフィはさすがに若干引いていた。
「お前の力、森を静かに侵略している感じがする」
「言い方」
「だが便利だ」
「否定しないんだな」
「便利なものを便利だと認めないのは愚かだ」
「急に正論で来るな」
そこから、俺たちの家づくりが始まった。
まずは場所の整地。
これが地味にきつい。
見た目には平らに見えた場所も、実際は小石や根っこが多くて、そのままでは床が安定しないらしい。
説明書に書いてある。
まったく、家というのは建てる前から要求が多い。
「ぜぇ……はぁ……」
「コウタ、もう休むのか」
「整地ってこんな重労働なの!?」
「地面を相手にして楽だと思っていたのか」
「家ってまず土地に勝たなきゃいけないんだな……」
シルフィが根を切り、俺が小石をどける。
たまに俺が役に立たなくなり、シルフィが黙って二人分働く。
たまに俺が「もう無理」と座り込み、そのたびにシルフィが「休むなら赤い毒水を寄越せ」と要求してくる。
なんだこの関係。
だが、妙にうまく回っていた。
昼前には、なんとか基礎を置けるくらいの平地ができた。
そこで俺は折りたたみ椅子にへたり込み、スポーツドリンクを飲んだ。
異世界の森でスポーツドリンクを飲む背徳感がすごい。
「生き返る……」
「お前は何度死にかけるんだ」
「運動するたびに半分くらい死んでる」
「弱すぎるだろ」
「否定できない」
だが、進んでいる。
説明書を見ながら基礎材を並べる。
水平を取る。
ここで『水平器』を追加購入した自分を褒めたい。
俺えらい。
文明えらい。
「なあ、シルフィ」
「なんだ」
「これ、まっすぐか?」
「少し傾いている」
「どっちに?」
「その質問が出る時点で向いていない」
「やめろ、分かってるから」
シルフィは意外にも、細かい作業がかなり得意だった。
目がいい。
手先も器用だ。
何より空間把握能力が高いのか、俺が説明書とにらめっこしている間に「次はこれだろう」と正解っぽい部材を持ってくる。
「お前、実は建築向いてない?」
「森で狩りをしていれば、罠や足場くらいは作る」
「なるほど……サバイバル技能がそのまま流用されてるのか」
「たぶん、お前よりは何にでも流用できる」
「そうだろうね!」
昼を過ぎた頃には、床組みができた。
床だ。
家の床。
ただの板の集合なのに、地面から一段上がった平面ができただけで、急に“住まい感”が出る。
俺は靴を脱いで、そっとその上に乗った。
「……おお」
思わず声が漏れた。
木の感触。
わずかな軋み。
まだ壁もない、屋根もない、ただの台のはずなのに、それでもこれは確かに“床”だった。
地べたじゃない。
草の上じゃない。
俺の足元だけが、ちゃんと人間の生活圏になっている。
「いい……」
「まだ床だぞ」
「床は偉大なんだよ」
「お前の感動の基準、毎回低くないか?」
「低いんじゃない。生活の根幹なんだ」
引きこもりにとって床は大事だ。
床があるから椅子が置ける。
机が置ける。
ベッドが置ける。
つまり、すべての快適は床から始まる。
たぶん今の俺は、異世界転移後いちばん目が輝いていたと思う。
その後、壁パネルの取り付けに入ったところで、また現実が襲ってきた。
重い。
いや、普通の建材よりは軽い。
明らかに軽量補正は効いている。
効いているのだが、それでも壁は壁だった。
「お、重っ……!」
「持ち上げろ、コウタ!」
「持ち上げてる! 気持ちは!」
「気持ちでは壁は立たない!」
「名言っぽく言うなよ!」
シルフィと二人で壁を持ち上げ、ぐらぐらしながら基礎に合わせる。
説明書にはさらっと「二人で持ち上げ、固定してください」と書いてある。
その“さらっと”の裏にある苦労を、作者はもっと強調してほしい。
こっちは今にも指を挟みそうなんだぞ。
「そこ、押さえていろ!」
「押さえてる!」
「もっと強く!」
「俺にその“もっと”は存在しない!」
「情けないことを叫ぶな!」
なんとか一枚目を固定。
二枚目。
三枚目。
ここでようやく、家っぽい輪郭が見えてきた。
壁が立つと、すごい。
空間が生まれる。
外と内が分かれる。
たったそれだけで、安心感が段違いだった。
「……やばい」
「どうした」
「テンション上がってきた」
「現金なやつだな」
実際、目に見えて完成形が近づくと、人は急にやる気が出るものらしい。
俺は説明書をめくる速度を上げ、次の工程を読み上げる。
「えーと、ここで窓枠を……」
「こっちか?」
「そう、それ。って、読んでないのによく分かるな」
「形を見れば、だいたい」
「野生の理解力が高い……」
「森の民を何だと思っている」
「すごい人たち」
順調だった。
かなり順調だった。
だからこそ、油断したのかもしれない。
屋根材を運んでいた時、近くの茂みで大きく音がした。
がさり、ではない。
どしゃっ、と何かが踏み込んだような重い音だ。
俺とシルフィが同時に振り返る。
木々の向こう、少し開けた場所に、昨日見たマッドボアより一回り小さいが、それでも十分危険そうな獣が立っていた。
鹿に似ている。
だが、角が異様に捻じれていて、目がどす黒い。
首の周りの毛が逆立ち、前足が地面を掻いている。
「……なんだあれ」
「ツイストディアだ」
「名前の情報量が多いな」
「刺激すると突進してくる」
「すでに刺激されてる気がするんですが」
獣は鼻を鳴らしながら、建てかけのログハウスを見ていた。
いや、たぶん正確には俺たちを見ている。
だが、なんだか自分の縄張りに変なものが立ち始めたのを警戒しているようにも見えた。
「どうする……?」
「私が引きつける」
「危なくないか?」
「危ないが、お前よりはましだ」
「その通りだけど傷つくな……!」
シルフィが弓を構える。
だが、その瞬間、俺の頭に別の案が浮かんだ。
「待て」
「何だ」
「こういう時こそ、文明だろ」
俺は《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを開いた。
検索。
『工事現場 ラジオ』
『熊よけ 爆音』
『拡声器』
『電子ホイッスル』
『作業現場 注意喚起』
「お前、今この状況で何を……」
「作業現場ってたまにすごいうるさいだろ。たぶん、ああいうの嫌いな生き物、多い気がする」
「完全に勘だな」
「そうだよ!」
でも、他に俺ができることなんて少ない。
咄嗟に、拡声器と電子ホイッスルを購入する。
箱から出して、スイッチを入れる。
電子ホイッスルを最大音量で鳴らし、ついでに拡声器で叫んだ。
「うおおおおおおっ! 工事中でーす!! 近隣の皆様ご迷惑をおかけしまーす!!」
森に響き渡る、場違いすぎる大声。
我ながら何をやっているのか分からない。
だが、効果はあった。
ツイストディアの耳がびくっと動き、体が大きく跳ねる。
さらに電子ホイッスルの甲高い音が重なると、獣は露骨に嫌そうな仕草を見せた。
それから、くるりと踵を返して、森の奥へ逃げ去っていく。
「…………」
「…………」
またこの沈黙だ。
最近よくあるな。
この、「なんでそれで解決するんだ……?」みたいな空気。
俺としても、毎回分かってやっているわけじゃない。
半分くらいは勢いだ。
というか、今の拡声器と電子ホイッスルに関しては九割勘である。
でも効いた。
それがすべてだ。
「……コウタ」
「なんだ」
「お前、たまに森の理から外れたことをするな」
「文明ってだいたいそういうものだぞ」
「森と相性が悪すぎる……」
シルフィは本気で頭が痛そうな顔をしていた。
だが、俺はちょっと気分がよかった。
戦ってないのに追い払えた。
殴ってないのに勝てた。
これは俺にとってかなり大きい。
戦闘センス皆無の人間にとって、“自分でも対処できるかもしれない”という実感は、何より重要なのだ。
「よし、作業再開だ」
「切り替えが早いな」
「家がかかってるからな」
そう。
目の前には、建てかけのログハウスがあるのだ。
魔物にビビって作業を中断したい気持ちはもちろんある。
大いにある。
できれば安全な部屋の中で温かい飲み物を飲みながら、今日はもう終わりたい。
だが、その“安全な部屋”を作るには、今ここで頑張るしかない。
人生、ままならないな。