人類の皆さん、こんにちは!火星からやってきた先住生物による、笑顔と感動の「じょじチャンネル」がついに始動!

私たちは、地球の皆さんが誤解しているような「言葉の通じない怪物」ではありません。あなた方の素晴らしいインターネット文化や「動画配信」のノリを完璧に理解し、心からの親睦を深めたいと願う、とても知的でルールを守る文明人です。

記念すべき第1本目の企画は、地球の若者に大人気のエクストリームスポーツ『メントスコーラ』!頼れる仲間のドラゴンフライ型が、親愛の証としてコーラ40Lのスムーズな一気飲みを披露し、さらに超高圧の化学反応をその頑丈な肉体で受け止めるハートフルな検証をお届けします。

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第1話

乾いた砂浜に、生臭い潮風が吹きつけている。

画面に映ったのは、安っぽい原色を並べた、どこかで見たようなオープニング映像だった。ポップな書体で「火星からこんにちは!じょじチャンネル」という文字が跳ね、妙に明るい電子音が鳴る。その裏で、カサカサ、カサカサと、無数の這い回る虫の足音がずっと重なっていた。粘り気のある、嫌なノイズだった。

映像が切り替わる。

 

日本のどこかにある、人通りの途絶えた海辺だ。灰色の波が不規則に打ち寄せている。

 

そこに、二匹のテラフォーマーが突っ立っていた。

一匹は、見慣れた漆黒の通常型。筋肉の塊のような身体に、光を全く反射しない真ん丸な眼。もう一匹は、背中からカミソリのように薄い四枚の翅を生やしたドラゴンフライ型だ。こいつの複眼は異様に大きく、何千ものレンズがぎらぎらと夕日を跳ね返している。

二匹は、赤と白のボーダー柄のタンクトップを着ていた。パツパツの人間用サイズだ。胸筋や肩の骨格に繊維が食い込み、肉が不気味に盛り上がっている。なぜそれを着ているのか、説明は一切ない。ただ、二匹とも完全に無表情のまま、カメラのレンズをじっと見つめている。

 

画面の下に、やたらと整った日本語のテロップが出た。

 

『地球の皆さん、こんにちは。私たちは火星の先住生物です。あなた方との平和的な交流を望んでいます。今日は、地球で大人気の『動画配信』という文化を真似して、親睦を深めるためのゲームを行います。じょじ』

 

通常型が、ゆっくりと右手の親指を立てた。ガチ、ガチ、と関節が妙な角度で固定される。口からは「じょじ……じょじじ……」と、感情の失せた低い摩擦音だけが漏れていた。テロップの親しみやすい文章とは、受ける印象がまるで違う。

 

『私達の指導者は、地球人が私たちを「言葉の通じない怪物」と誤解していることを悲しんでいます。私たちはとても知的です。あなた方の「ノリ」も理解できます。今回は、地球の若者がよくやっている『メントスコーラ』を、私たちの身体を使って実践します。盛り上がっていきましょう』

 

ドラゴンフライ型が機械的に一歩前に出る。その足元には、日本の自販機や商店から奪ったらしい2リットルのコーラのペットボトルが, 几帳面に二十本、一列に並べられていた。

ドラゴンフライ型は大顎を大きく開いた。その眼は何も映していない。

 

『手順一。ドラゴンフライ型が、親愛の証としてコーラを一気飲みします。総量四十リットル。地球の動画では、ここで苦しそうな顔をしたり吐いたりして笑いを取るようですが、私たちは高度な生物なので、そういう無駄な反応はしません。スムーズな一気飲みを披露します。じょじじ』

 

次の瞬間、ドラゴンフライ型の腕がブレた。

一本目のボトルのキャップを顎で噛み砕き、褐色の液体をそのまま喉へ流し込む。ゴボッ、と太い排水管が水を吸い込むような音が一度だけして、2リットルが消えた。二本目、三本目、四本目。

カサカサ、ピキピキと、外骨格が擦れ合う音が響く。彼の腹部が不自然に、丸く膨らんでいく。だが、顔は全く動かない。十本、十五本。タンクトップの縫い目がブチブチと音を立てて引きちぎれ、細い糸が浜風に舞った。

わずか十数秒。四十リットルのコーラが、すべてその体内に収まった。ドラゴンフライ型の腹は通常の何倍にも膨れ、皮膚の隙間の柔らかい膜から、じわりと透明な体液が滲み出ている。それでも彼は、丸太のように硬直したまま立っていた。

 

『手順二。触媒であるミント菓子の投入。絆の証明として、通常型が投げた菓子を、ドラゴンフライ型が口で直接受け止め、体内で融合させます。じょじ』

 

通常型が、足元のコンテナから白い菓子の塊を掴んだ。指の力だけで表面が削れ、白い粉が砂に落ちる。

通常型は、地球の野球投手のフォームを真似て、右腕を大きく後ろへ引いた。加減という概念はない。ただ、最速で口の中へ叩き込むことだけを計算している。

ヒュッ――、と大気が裂けるような音がした。

音速を超えた白い塊が、ドラゴンフライ型の開いた大顎の奥へ直撃する。パシィン、と硬い肉が爆ぜるような音がマイクに拾われた。ドラゴンフライ型は衝撃で首を小さく揺らしたが、喉をゴクリと鳴らし、そのまま大顎を完全に噛み締めた。

 

画面の右上に、デジタル時計のタイマーが浮かび上がる。

「00:01」

「00:02」

 

ドラゴンフライ型の体内で、何かが始まった。四十リットルの炭酸液体が一瞬で気化し、膨大なガスに変わる。内側から肉を引き裂こうとする猛烈な圧力がかかっているはずだった。さらに、彼らの胃壁から分泌される高濃度のキチン質溶解酵素が、コーラに含まれる果糖ブドウ糖液糖と最悪の相性で化学反応を起こしていた。ミント菓子から溶け出したアラビアゴムが炭酸の表面張力を一気にゼロへと引き下げ、そこへ彼らの急速な代謝効率が乗る。海抜ゼロメートルの大気圧下、ガスは通常の二倍以上の速度で飽和状態に達していた。その硬質な腹のなかで、最新型ロケットの燃焼室に匹敵する圧力が暴れ回っている。

 

ドラゴンフライ型は両手で自分の口と鼻を強く塞いだ。大顎をギチギチと鳴らす。その眼に浮かんでいるのは、プロ根性でも、耐える苦しみでもない。ただ、「死なないから開けない」という、昆虫の硬質な生存本能だけだ。

 

『現在、彼の胃の中の圧力は、地球の機械を破壊できるレベルに達しています。しかし、私たちは頑丈なパートナーです。これくらいでは壊れません。安心してください』

 

キィィィィィィィィィン――。

突然、鼓膜を刺すような金属音が鳴り響いた。ドラゴンフライ型の背中から、四枚の翅が猛烈な速度でブレ始めたのだ。体内のガス圧が運動神経を暴走させ、羽ばたき筋肉を強制的に動かしている。

足元の砂が巻き上がり、一瞬でカメラの視界が茶色く染まった。目の前が見えない砂嵐の中で、通常型は一歩も引かず、ただ無言でカメラを固定し続けている。

 

「00:30」

ドラゴンフライ型の腹は、もう今にも破裂しそうなほど丸い。外骨格の隙間から、プシュー、プシューと白い泡混じりのガスが勢いよく吹き出している。

風圧が限界を超えたのか、ドラゴンフライ型の身体が、ふわリと地面を離れた。十メートル、二十メートル。彼は空中で不規則に回転しながら、なおも自分の口を両手で塞ぎ続けている。肉体が引き千切れそうな負荷のなか、顔だけは死人のように静止していた。

 

「00:55」

「00:58」

「01:00」

ピィーーーと、安っぽいホイッスルの音が動画に挿入された。

一分。

その瞬間、ドラゴンフライ型は口から手を離した。

「じょ、じばあああああああああああああああああッ!!」

放たれたのは、褐色高圧のレーザーだった。

ドゴォォォォンッ!!!

直撃を受けた波打ち際の水面が爆ぜ、大量の海水が水柱となって上がった。その凄まじい逆噴射の勢いで、ドラゴンフライ型自身の巨体は、ロケットのように遥か上空へと吹き飛んでいき、雲の彼方に消えた。

 

画面は、白く泡立つ海と、濁った空を、通常型がただ見上げている映像を映し続ける。

しばらくして、遠くの砂浜でズシン、と重い塊が落ちる音がした。カメラがそちらを向くと、砂に頭から突っ込んでいるドラゴンフライ型が映った。右側の翅が二枚とも根元から捥げ、生臭い無色の体液が混じる。彼は動かない。ただ、生きている証拠に、片方の触角をピクリと一度だけ動かした。

 

通常型がカメラを戻し、テロップが更新される。

 

『検証結果一。メントスコーラの圧力では、私たちの身体は破壊できません。私たちはあなた方の科学を理解しました。なお、飛行制御に失敗した彼には、指導者の指示に基づき、罰ゲームとして「これより二十四時間、暴力を禁止し、地球人の宇宙船の残骸を無言で掃除する作業」を科します。私たちはルールを守る文明人です』

 

通常型は、動けない相方を置き去りにして、カメラの前に歩み出た。その背後には、近くの港から引きずってきたと思われる、五百リットルの巨大な鋼鉄製給水タンクが置かれている。

 

『手順三。リーダー格による、さらなる規模の拡大テスト。タンク内に炭酸液体五百リットルと、大量の触媒を封入。最大圧力に達した段階で、地球の健康的な文化である「スクワット」を行います。私たちの健康的な肉体美をご覧ください。じょじ』

 

通常型はタンクの鉄蓋を開け、工業用バケツ数杯分の白い菓子をドバドバと流し込んだ。そして、強靭な指でボルトを瞬時に締め上げる。

ゴボゴボゴボゴボゴボッ!!!!

厚い鉄板が、内側からの圧力でベコベコと歪み始める。通常型はその重質量を両肩で担ぎ、静かに腰を落とした。

 

一回。

太腿の筋肉が異常な密度で膨れ上がり、太い血管が浮き出る。タンクの隙間から、針のような細さのコーラが吹き出し、彼の漆黒の皮膚を切り裂く。だが、真ん丸な眼は一度も揺れない。

二回、三回。

通常型が踏み込むたびに、濡れた砂浜にバリバリと深く足跡が刻まれ、周囲の泥が跳ねる。彼にはきついという感情も、筋肉の喜びもない。ただ、肉体が耐えられる限界の数値を、淡々と引き出しているだけだった。

 

四回目をやろうとした、その瞬間。

鉄製のタンクが、先に限界を迎えた。

ズドォォォォォォォォンッ!!!!!!

画面が真っ白になり、激しい爆風の音がマイクを壊した。茶色い液体と、ちぎれた鉄の破片が雨のように降り注ぐ。

……波の音だけが続く。

霧が薄くなり、爆心地が見えてきた。

そこには、タンクトップを完全に吹き飛ばされ、全身から白い煙を上げながら、微動だにせず直立している通常型がいた。外骨格のあちこちが裂け、体液が滴っている。だが、その顔は、爆発前と全く同じ虚無のままだった。

通常型はゆっくりと屈み、足元に転がっていた、奇跡的に無傷だった最後の一本のコーラを拾い上げた。それをカメラのレンズに突き付ける。彼の口が「じょじ」と小さく動いた。

 

『最終検証結果。地球の化学反応は、私たちの肉体を停止させることはできません。この玩具を作った地球人の戦闘力は、私たちの脅威ではありません。

地球の皆さん、私たちはあなた方の文化を愛しています。私たちは怪物ではありません。この星に住む地球人の皆さんを、心から歓迎します。武器を捨てて、丸腰で、私たちの待つ大地へ降り立ってください。今日のように、温かくお迎えします。

チャンネル登録を実行せよ。実行しない個体は、害虫として処理します。じょじ』

 

通常型の巨大な手が、カメラのレンズを正面から覆った。

メキ、キチ、とプラスチックが割れる音がして、映像は唐突に切れた。

 

プツン……。


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