その日、彼はツイていなかった。
小学校ではガキ大将に目をつけられて一方的な
門限はとっくに過ぎており、母親に叱られるのが嫌で帰宅への足取りが重い。そうなれば自然と視線は下へと落ちる。
前を見ないと危ないのは知っているけれど……そうだ、暗い時は足元を見ないといけないんだから仕方ない。
そんな意味のない言い訳を自分にしつつ歩いていると、不意に人影が自分へと向かってきた。咄嗟に避ける気力もなく、そのまま自分と影が重なろうとする。
思わず身が硬くなり、謝罪の声が出た。
「ご、ごめんなさ……あれ?」
おかしい。ぶつかった感覚がない。
相手が上手く避けてくれたのだろうか?
でも今、確かに影が目の前に来ていて――
「あなた、私が見えるんですか!?」
振り返ると、オバケがいた。
身体が半分透けた、真っ白な服に身を包んだ少女がこちらを見ている。よほど驚いているのか、その目はまん丸になっていた。
「ねぇ。見えてるんですよね?ね?」
「う、うわあぁぁーーーっ!!!」
三十六計逃げるに如かず。
最近覚えたばかりのカッコいい言葉と自らの恐怖心に従い、なりふり構わず駆け出した。
「ちょっと! 待ってくださいよーっ!」
その場に残されたのは幽霊少女とランドセル、そして小さなデッキケース。落とした衝撃でデッキケースの蓋が開き、中身が散らばっていた。
少年の逃げ足の速さに追いかけることを諦めた少女は、足元のカードへと目をやる。
「全くもう、カードをこんなに雑に扱って……あれ? このカード、もしかして」
一枚のカードへと手を伸ばし、自分が触れることができることを確かめた。
そのカードには小さな竜のイラストが描かれており、他のカードと違って微かに光を放っている。
「やっぱり。
「まあ、理由なんてなんでもいいんです。ようやく見つけた魔力持ち……逃しませんよ」
半透明の少女が、電灯に照らされた路上にひとり佇む。
その姿も、その声も、誰にも届くことはなかった。
◆◇◆
無事に家へ着くや否や母親に拳骨を落とされた、次の日。
「おっはよ〜う!」
「おはよー! ……って、
少年――
昨日の落とし物を拾うという寄り道をするため、親に叩き起こされたのだ。
幸いランドセルは中身も無事で、誰かに踏まれているといったことはなった。
落とし物の中には
「ちょっと用事があって……っと、それよりも昨日はありがとな! 助かった!」
昨日、ガキ大将にカードを投げられた後、藪の中を探していた時のこと。目の前の少女が手伝ってくれたのだ。
「ううん全然。……ほんとは
「なんだよ、やる前から俺が負けると思ってたのか?」
「いつも負けてるじゃん。そーいうのは一度でも勝ってから言ってよね」
「次は勝つから見てろよな!」
感謝の気持ちはどこへやら。
売り言葉に買い言葉でネッパは声を上げる。
「――よォ、朝から元気じゃねぇか」
そこへ冷や水を浴びせる声が教室に響いた。
そこにいたのはネッパよりも数段ガタイのいい少年。
「あっ
「ジュラク君おはよう」
その少年、
「なーんか幻聴が聞こえてなァ……誰が、誰に勝つって? え?」
ネッパの元へとずんずん歩いて行くジュラク。
同じ歳とは思えないほどの巨体に見下ろされたネッパだが、それでも怯むことなく言い返した。
「俺が! お前に!! 次は負けねぇ!」
「雑魚のくせにぴーぴー騒ぐじゃねぇか。……まだ朝礼まで時間あるな。ちょうどいい、『今』やってやるよ」
時計を見れば7時半。確かにあと1時間近くあり、1戦くらいはできるだろう。
「望む所だ!」
ポケットから取り出したケースからデッキを引き抜き、構える。
見ればジュラクも腰のホルダーからデッキを取り出していた。
距離を取って向かい合い、同時に口を開く。
「「
そこから初期手札として6枚のカードが排出され――
「あ、あれ?」
ネッパの手元へカードは来ず、代わりに現れたのはエラーメッセージが記された光の板。
そこには『error_003: デッキ枚数が不足しています』と表示されていた。
「おいどうした、やっぱなしです〜ってか?」
ジュラクのいる場所からは文字が読めないらしく、煽り文句が飛んでくる。
「んなわけあるか! ちょ、ちょっと待ってろ!」
慌ててデッキの中身を確認すれば、確かに1枚足りない。
それは昨日必死になって探した大切なカードで――
「お探しのものはこちらですか?」
真横から声が聞こえ驚きつつも顔を向けると、そこに立っていたのは昨日のオバケ少女だった。
少女とは言っても小学生のネッパよりは背が高く、中学か高校生くらいに見える。彼にとってはどちらにしても「大きなお姉さん」であり、正確な年齢は掴めない。
そうしてよく観察していると気づいた。
手に1枚のカードを持っているではないか。
「おっ、おまっ……!」
「おっとお静かに。あなた以外からは私が見えてませんから、大声を出すと変な人になっちゃいますよ?」
指を口の前で一本立てて静かにするようジェスチャーで示したその少女は、やはり体が透けている。どうやら昨日のアレは見間違えじゃなかったらしい。
「さてこのカード。道に落ちてたのを拾ったんですけど……欲しいですか? 欲しいですよね?」
「俺のカード! 返せよ!」
小声で要求するも、カードを差し出す気配はない。
「では取り引きをしましょう! このカードはあげますから、後で私の人探しを手伝ってください」
「人探しぃ?」
馬鹿とよく言われるネッパにも分かる。
それはあまりにも怪しい提案だった。
「今ならなんと特別サービス! こちらのカードもつけちゃいます!」
そう言って突き出された彼女の手には、ネッパのものとは違う3枚のカードがあった。
どれも初めて見るカードで……いや、あの《火球》ってのは社会の授業で見たことある気がする。なんだっけ、めちゃくちゃレアなやつ……
「分かりませんか? 全部
「れ、
なんてったってそれ1枚で家が買えるなんて話を聞いたことがあるのだ。
それが、3枚も!
「ほらほら、時間がないんでしょう? 早く決めてください」
「……人探しって、なんかケーサツに捕まるようなことしないよな?」
「もちろんですよ。ただ人を見つけて、話をするだけです」
怪しい。めちゃくちゃ怪しいが、ネッパに選択肢は1つしかなかった。
3枚の
彼の目に写るのは1枚の大切なカードだけだった。
「分かった。するよ。するからそのカード早く返してくれ」
「はい、契約成立ですね! こちらをどうぞ! あなたのカードと相性いいのを見繕っておきましたから」
手渡された4枚のカード。その内容を確認することもせずにデッキへ突っ込み、軽くシャッフルする。
少なくとも色は一致していたから、最悪でもコストにすれば良いだろう、と。
再度デッキを宙へ放れば、今度はエラーもなくゲーム開始処理が行われた。
6枚のカードを手に取って向き直ると、ジュラクは退屈そうに欠伸をしている。
「待たせたな!」
「ずいぶんとかかったじゃねぇか。……時間がねェ、とっととボコしてやる」
先攻を示す光がジュラクへと灯るのを合図として、二人は声を上げた。
「「――ファイト!!」」
⬛︎⬛︎⬛︎ちゃんプレゼンツ、今日の1枚のコーナー!
今日のカードは……って、あれ?
まだ始まってないんですかあ!?
しょーがないですね……それではこちら!
《
6コス……おっと。詳しい情報はとっぷしーくれっと、です!
かつて世界を滅ぼした五大災厄のひとつであり、数ある
なぜか
『終末戦争』のことを研究する学者達の間では、今日も議論が白熱しています。
それでは、またね〜!