筋肉だけじゃないんですよ、彼は。
カルディアとタイタスが一緒に暮らし始めてから、数日。
U-40での生活は、彼女にとってすべてが初めてだった。
空気も、建物も、何もかもが違う。
そして何より、誰も戦いを前提に生きていなかった。
カルディアはタイタスの家の窓辺に立ち、外を眺めていた。
青い空を流れていく雲、風に吹かれて揺れる木々、小鳥の囀り、蝶が舞っている様。
その光景を、彼女は黙って見つめている。
ブラッド星では、強さを示すことがすべてだった。はら
幼い頃から戦いを教え込まれ、力ある者だけが認められる世界。
カルディアにとって、それが常識だった。
だがU-40は違う。
戦士たちは戦うだけではない。
知識を教え、街を整え、傷ついた者を助け、食料を分け合う。
その在り方が、カルディアには不思議でならなかった。
「……変なの」
「何がだ?」
背後から声がして振り返ると、タイタスが食事の準備をしていた。
「みんな、戦わないの?」
「戦うときは戦うさ、私は戦士だからな」
「でも、ずっと戦ってない」
「戦うことだけが生き方じゃない」
タイタスは穏やかに笑う。
「力も大事だが、知識はそれ以上に大事だ」
「ちしき?」
「ああ」
首を傾げるカルディアに、タイタスは窓の外を指した。
「あれは何か分かるか?」
「……木」
「正解、では木の名前は分かるか?」
「……分かんない」
「あれはビムガイという名前の木だ、葉を煎じると腹痛に効き、実は甘く美味しいぞ」
「ふ〜ん」
「ふふ、色々な知識があれば、その分誰かを救える。知識を蓄えるという事は、戦う事とも言えるな」
タイタスの言葉に、カルディアは目を輝かせた。
「……戦わなくても、戦える?」
「あぁ、面白いだろう?」
カルディアは少し考えたあと、言った。
「じゃあ……勉強する」
「おや?」
「知識、必要なんでしょ?」
「ああ、とてもな」
「教えて」
あまりに迷いのない返事に、タイタスは思わず笑ってカルディアを抱き上げた。
「よし。まずはUー40の文字からだ」
「もじ?」
「ああ」
机に座ったカルディアは、目の前の紙を見つめる。
タイタスはゆっくりと一文字を書いた。
「これは『あ』だ」
「……あ」
カルディアはタイタスの書いた文字を数度繰り返して書くと、彼を見上げた。
「次は?」
「『い』だ」
「簡単」
「なら、少しずつ増やしていこう」
タイタスは次々と文字を書いていく。
カルディアはそれを驚くほどの速さで覚えていった。
最初はたどたどしかったが、数十分もすれば最初の文字はすべて記憶していた。
「これは?」
「あ」
「これは?」
「き」
「ではこれは?」
「……さ」
「正解だ」
タイタスは内心で驚いていた。
ブラッド族の学習能力が高いとは聞いていたが、想像以上だった。
「すごいな、カルディア」
「……そう?」
「ああ、本当に」
カルディアは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
それから勉強は日課になった。
文字、計算、歴史、植物、U-40の文化。
カルディアは教えれば教えるだけ、吸い込むように知識を覚えていく。
「どうして?」
「これは?」
「じゃあこれは?」
「カルディア、少し休め」
「まだ」
「……そうか」
タイタスは苦笑する。
一度興味を持つと、彼女は止まらなかった。
疑問が疑問を呼び、答えがさらに次の問いを生む。
まるで乾いた大地が水を吸うようだった。
ある日、タイタスは本棚の異変に気づいた。
「……ん?」
一冊足りない。部屋を見回すと、カルディアが窓辺で本を読んでいた。彼女が持っていたのは、分厚い歴史書だ。
「カルディア、それは少し難しいぞ」
「おもしろい」
即答だった。
「理解できるのか?」
「わからないところもある」
「ならなぜ読む?」
「わからないから」
タイタスは一瞬言葉を失い、そして笑った。
「なるほど。だから知りたいのか」
「うん」
「なら一緒に読もう」
「うん」
タイタスは彼女を抱き上げ、ソファに座った。
続きを促すカルディアの頭を撫で、タイタスはページを開く。
「これはU-40の昔の歴史だ」
「れきし……」
「過去を知ることで、未来を考えられる」
「未来?」
「ああ」
ページをめくる。
「昔の戦争で多くの命が失われた。だから同じことを繰り返さないように学ぶ」
カルディアは静かに聞いていた。
「……ブラッド星とは違う」
「そうだな」
「戦ったことが強さの証になる」
「なるほど」
「でも……」
言葉が途切れる。
「こっちは違うんだね」
「ああ」
「どっちが正しいの?」
タイタスはすぐには答えなかった。
そしてカルディアの頭に手を置く。
「それを決めるのは君だ」
「私?」
「私はU-40の考えを教えるだけだ。選ぶのは君自身だ」
カルディアは見上げる。
「……難しい」
「だから学ぶんだ」
「わかった」
その日から、彼女は特に歴史を好むようになった。
戦争、文明、星の興亡。
タイタスは急かさず、ただ問いに答え続けた。
答えられないときは共に調べた、それが日常になった、ある日の夕食でのこと。
「……これは何の料理?」
「これは……」
タイタスこ説明を聞き、カルディアは一口食べる。
「……おいしい」
「そうか」
「毎日食べられる?」
「ああ」
「じゃあ、ここにいてもいい」
あまりに自然な言葉に、タイタスは瞬きをした。
「そうか」
「うん」
「それは良かった」
タイタスは微笑んだ。
ブラッド星の戦争がどれ程長引くか分からない今、彼女がここで安心して暮らせれば良い。
タイタスとカルディアが共に暮らし始めてから数週間後、任務を終えたジョーニアスが帰還した。
彼は大賢者から凡その話は聞いていたが、あのエボルトの妹をタイタスが保護していると聞き、内心気が気ではなかった。
彼は足早に2人が暮らす家へ向かい、扉の前で足を止める。
「タイタス、私だ」
扉が開く。
「ジョーニアス!」
タイタスが笑顔で迎えた。
「任務お疲れ」
「ああ、ただいま」
握手を交わす。
「話は聞いた。エボルトの妹を保護したそうだな」
「ああ」
「元気か?」
「よく学び、よく食べている」
「そうか」
そのとき、奥から足音がした。
カルディアが本を抱えて現れる。
彼女はジョーニアスを見た瞬間、動きを止めた。
彼女が纏う空気が変わる。強い、本能がそう告げていた。
カルディアは一歩も動かない。
ジョーニアスもまた彼女を見つめる。
(……なるほど)
幼いが、確かにブラッド族の目だ。
観察している、己の味方かどうか、どう滅ぼせるか……
徐に右手へエネルギーを溜め始めた彼女に、タイタスが歩み寄る。
「カルディア」
彼女は視線を外さない。
「この人はジョーニアス。信頼できる戦士だ」
「……」
「初対面ではまず挨拶するんだぞ」
……沈黙、やがてカルディアは小さく頷いた。
一歩、また一歩、ゆっくりと近付き、頭を下げる。
「……こんにちは」
ジョーニアスは目を見開き、微笑んだ。
「こんにちは、カルディア」
少女は顔を上げる。
「お兄ちゃんがライバルだって言ってた」
「あぁ、エボルトはそう言うな……」
「ふぅん……」
カルディアもわずかに口元を緩め、緊張は少しずつほどけていく。
やがて彼女はタイタスの隣へ戻り、自然に寄り添った。
タイタスは何も言わず頭を撫でる。
その様子を見て、ジョーニアスは静かに息を吐いた。
(驚いたな)
幼いとはいえ、ブラッド族がここまで変わるとは……タイタスはこの子に良い影響を与えているらしい。
「タイタス」
「何だ?」
「君に任せて正解だった」
「そう言われると嬉しい」
カルディアが顔を上げる。
「ジョーニアス」
「ん?」
「お兄ちゃんはどれ位で戻ってくる?」
「……そうだな、暫くかかるだろうな」
「……そっか」
カルディアは顔を伏せたが、次の瞬間にはタイタスの背中に登り、首に抱き着いた。
「カルディア、いきなり登ると危ないぞ」
「お腹空いた」
「では昼食にしようか、ジョーニアスも食べて行ってくれ」
「あぁ、カルディアは危ないから、私と一緒に本でも読んでいようか」
ジョーニアスが手を伸ばすと、カルディアは少し考えて大人しく彼の腕に収まった。
だが、暫くすると両手で彼の胸を押し、降りてしまった。
「あっ……」
「……ジョーニアス、その、あの子も悪気があった訳じゃ……」
「……分かっている」
そう言うジョーニアスの背中は、とても悲しそうだった。と、後にタイタスは語る。
順調にUー40に順応しているカルディアですが、彼女もブラッド族です。