穏やかな昼下がり。
窓から差し込む陽光の中、タイタスは机に一冊の本を広げていた。
「今日は惑星ごとの文化について学ぼう」
「うん」
カルディアも隣に座り、真剣な顔で本を覗き込む。
ここ最近、カルディアはすっかり勉強が好きになっていた。
文字を覚え、計算を覚え、U-40の歴史を学び、様々な惑星の文化について知る。
知らないことを見つける度に、
「どうして?」
「これは何?」
「なんで星によって違うの?」
と、次々に質問を投げかけてくる。
タイタスにとって、その姿を見ることは楽しみの一つになっていた。
「この惑星では、花を贈ることが大切な意味を持つそうだ」
「お花?」
「ああ。親しい相手へ感謝を伝える時や、大切な人へ想いを伝える時に贈るらしい」
「じゃあ、またアミアにもあげたら喜ぶかな」
「きっと喜ぶだろう」
「タイタスにも?」
「私にも?」
カルディアはこくりと頷く。
「いつも教えてくれるから」
タイタスは一瞬だけ目を丸くした。
やがて、穏やかに笑う。
「それは嬉しいな」
カルディアも小さく笑った……その時だった。
――轟音。
突然、家の外で大きな音が響いた。
地面が僅かに揺れ、窓ガラスが震える。
タイタスの表情が変わった。
「……!」
椅子から立ち上がり、窓の外を見る。
遠くで土煙が上がっている。
「カルディア、ここで待っていなさい」
「うん」
タイタスはすぐに家を飛び出し、彼は目を見開いた。
家の前に、一人のブラッド族が立っていた。
白い機械鎧を身に纏い、以前とは比べものにならないほどの威圧感を放っている。
「エボルト……」
「よお、タイタス」
エボルトは軽く手を上げた。
その姿を見て、タイタスはすぐに気付いた。
以前、カルディアを連れてきた時とはまるで違う。
あの時は全身傷だらけで、衣服も焼け焦げ、焦燥に満ちた表情をしていた。
だが今は違う。
身体に目立った傷はなく、その瞳には揺るぎない意志が宿っている。そして何より……
「……決着がついたのか」
「ああ」
エボルトは口元を吊り上げる。
「キルバスは次元の彼方にぶっ飛ばしてやった」
「……そうか」
「今は俺がブラッド星の王だ」
その言葉に、タイタスは静かに頷いた。
あの日から、もう随分と時間が経っている。
カルディアを守るため、この男は妹をU-40へ託した。
そして自らは故郷へ戻り、兄と戦った。
その戦いに決着がついたのだ。
その時、家の扉が勢いよく開いた。
「おにいちゃん!」
カルディアが駆けてくる。
「カルディア!」
エボルトは膝を曲げると、走ってきた妹を受け止めた。
そして、その小さな頭を乱暴に撫でる。
「待たせたな」
「うん!」
「約束どおり、迎えに来たぜ」
カルディアの顔に、満面の笑みが浮かんだ。
タイタスはその様子を少し離れた場所から見つめる。
カルディアにとって、この男は紛れもなく兄なのだ。
どれだけ離れていても、長い時間が経っても。
エボルトが帰ってくることを、カルディアはずっと信じていた。
そこへ、エボルトの襲来を感じ取ったジョーニアスとアミアも駆けつけてくる。
「エボルト」
ジョーニアスは警戒を滲ませながら呼びかけた。
エボルトは両手を軽く広げる。
「今日は喧嘩しに来たんじゃねぇ」
そしてカルディアの肩へ手を置く。
「カルディアを迎えに来ただけだ」
その言葉に、辺りが静まり返った。
カルディアも笑顔を消す。
ゆっくりと、タイタスを見上げた。
タイタスはその視線を受け止めると、静かにしゃがみ込んだ。
「カルディア」
「……うん」
「君はどうしたい?」
カルディアが目を瞬かせる。
「……?」
「ブラッド星へ帰るのも、このままU-40で暮らすのも、君が決めていい」
「わたしが……?」
「ああ」
タイタスは優しく頷く。
「私は、君が自分で考えて選んだ答えを尊重する」
カルディアは黙り込み、小さな手をぎゅっと握る。
頭の中に、様々な光景が浮かんだ。
文字を教えてくれたタイタス、難しい本を一緒に読んだ時間。知らないことを質問する度、嫌な顔一つせず答えてくれたこと。
アミアと花畑で遊んで花冠を作ったこと。
小鳥を見つけて、アミアが慌てたこと。
ジョーニアスから本を貰ったこと。
最初は怖かった相手とも、少しずつ話せるようになったこと。
そして何より、毎日が楽しかった。
ここにいると、知らないことを知ることができた。
知らないものを見ることができた、自分を大切にしてくれる人達がいた。
「……」
カルディアは俯く。
本当なら、このままここにいたいと、そう思った。けれど……
視線を上げると、そこにはずっと自分を迎えに来るために戦っていた兄がいる。
「……おにいちゃん」
エボルトは黙ってカルディアを見る。
急かさず、何も言わない。
ただ、じっと妹の答えを待っていた。
カルディアはもう一度、U-40の人々を見る。
タイタス、アミア、ジョーニアス。
そして、ここで過ごした日々。
胸の奥が締め付けられる。
「……かえる」
小さな声だった。
けれど、はっきりとした意思が込められていた。
タイタスは数秒だけ目を閉じ、穏やかに微笑んだ。
「……そうか」
カルディアが不安そうに見上げる。
「怒らないの?」
「なぜ怒る必要がある?」
タイタスは首を横に振る。
「君が自分で考えて決めたことだ。私は、その決断を誇りに思うよ」
カルディアの瞳が僅かに潤んだ。
「……うん」
それからカルディアは、自分の荷物をまとめ始めた。
ジョーニアスから貰った本。
タイタスが勉強用に作ってくれたノート。
アミアと一緒に作った花冠。
どれも大切な宝物だった。
小さな鞄へ、一つずつ丁寧にしまっていく。
それを見たアミアは、少し寂しそうに微笑んだ。
「カルディア」
「?」
アミアはしゃがみ込み、カルディアを優しく抱き締める。
「また遊びに来てね」
「うん」
カルディアも小さな腕を回す。
「また花冠を作りましょう」
「うん!」
その返事を聞いて、アミアは笑った。
次にジョーニアスが歩み寄る。
「カルディア」
「ジョーニアス」
「いつでもここへ帰ってくるといい」
カルディアはこくりと頷く。
「……ありがとう」
ジョーニアスは静かに彼女の頭へ手を置いた。
「こちらこそ」
そして最後に、タイタスが歩み寄った。
「カルディア」
「うん」
「学ぶことを忘れないように」
タイタスは優しく語りかける。
「知識は、君の未来を照らしてくれる。そして、どんな時も自分で考え、自分の意志で道を選ぶんだ」
「……うん」
「それが、私が君に教えたことだ」
カルディアは目に涙を浮かべながら頷く。
「……わかった」
タイタスは満足そうに微笑み、カルディアの頭をそっと撫でた。
「君なら大丈夫だ」
カルディアは目を閉じる。
その手の温かさを、覚えておこうと思った。
エボルトが少し離れた場所から声を掛ける。
「行くぞ、カルディア」
「……うん」
カルディアはエボルトの元へ歩き始める。
だが、数歩進んだところで振り返った。
タイタスがいる、アミアがいる、ジョーニアスがいる。
三人とも、笑顔で手を振っている。
カルディアも手を振り返した。
やがて、三人の姿が遠ざかって行くと、カルディアは立ち止まりそうになる。
そんな彼女を抱き上げ、エボルトが静かに尋ねた。
「……帰りたくなかったか?」
カルディアは黙ったまま、俯いた。
そして、小さく頷く。
「……うん」
エボルトは苦笑した。
「そんなに居心地よかったのかよ」
「うん」
「そうか」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
「みんな、すきだもん」
カルディアが呟く。
エボルトは何も言わずに、カルディアを抱いたまま浮上していく。
「タイタスはいっぱい教えてくれた」
「へえ」
「文字も、計算も、宇宙のことも」
「そうか」
「アミアとはお花で遊んだ」
「へえ」
「ジョーニアスは本をくれた」
「……そうか」
エボルトは少しだけ目を細める。
「いい奴らだったか?」
「うん」
迷いのない返事だった。
エボルトは前を向いたまま、僅かに笑う。
「そいつはよかったな」
「お兄ちゃんは?」
「ん?」
「お兄ちゃんは、ひとりだったの?」
「……俺は俺で、色々あったんだよ」
「たいへんだった?」
「まあな」
エボルトはこれまでの事を、静かに思い出していた。
キルバスとの戦い、血で染まった故郷、王権を巡る争い。
そして、妹を守るためにU-40へ託した日。
それら全てを、今は胸の奥へしまっている。
「でも、もう終わった」
カルディアはエボルトの手を握る。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「……また、タイタスたちに会える?」
エボルトは一瞬だけ黙った。
そして、いつものように不敵な笑みを浮かべる。
「ああ」
「ほんと?」
「ああ。お前が会いたいって言うならな」
カルディアの顔が明るくなる。
「ほんとに?」
「王様が約束を破るわけにはいかねぇだろ」
「……うん!」
カルディアは嬉しそうに笑った。
その笑顔を横目で見ながら、エボルトも誰にも気付かれないほど小さく笑う。
暫く宇宙を進んでいると、二人の前に紅い星が見えてきた。
ブラッド星だ。遠くから見ても、星には戦争の爪痕が残っていた。
荒れ果てた大地に崩れた都市。
そして、まだ癒えていない傷を持つ民達。
「……おにいちゃん」
「なんだ?」
「あの星……なおせるかな?」
エボルトは妹を見る。
カルディアの瞳には、不安と決意が入り混じっていた。
「俺達で直すんだよ」
「……わたしも?」
「ああ」
エボルトは笑った。
「俺達の星だからな」
「……うん」
カルディアは小さな拳を握る。
「わたしもがんばる」
「ああ。期待してるぜ」
カルディアの胸には、U-40で過ごしたかけがえのない日々が残っていた。
タイタスに教えてもらったこと。
アミアと笑ったこと、ジョーニアスと過ごした時間。
それらは決して失われることのない、大切な思い出だった。
ふと、カルディアは隣にいるエボルトを見上げた。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「わたし、タイタスのことも……お兄ちゃんって呼んでいい?」
エボルトは一瞬、目を丸くした。
「……あいつを?」
「うん」
カルディアは小さく頷く。
「タイタスも、お兄ちゃんみたいだったから」
エボルトはしばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑う。
「好きにしろよ」
「……いいの?」
「ああ」
エボルトは妹の頭を軽く撫でる。
「お前がそう呼びたいなら、それでいい」
カルディアは嬉しそうに笑った。
そして、ゆっくりと振り返った。
遠ざかっていくU-40。その星へ向かって、胸の中で小さく呟く。
『……お兄ちゃん、またね』
それが、カルディアがタイタスへ初めて贈った、もう一つの「お兄ちゃん」だった。
やがて紅い星が、視界いっぱいに広がっていく。
こうしてカルディアは、新たな王となった兄と共に、再びブラッド星へ帰還した。
温かな第二の家を胸に刻みながら。
そして……これから始まる、新しいブラッド族としての日々へ向かって。
カルディアがブラッド星に帰還して落ち着いた頃、彼女は旅をするんですが、その旅中で何度も裏切られたり殺されそうになったりします。
それで星を滅ぼしたりして、ボーイとの出会いに繋がります。
また書くとしたら、ウルトラギャラクシーファイトかな。