ボーイとカルディアが離れ離れになります。
二人がどれくらいお互いを思っているのか、表現出来ていればいいな。
カルディアとボーイが話していると、ドアがノックされてタロウとゾフィーが入って来た。
『わぁ凄い!ゾフィー隊長だ!カッコイイ!』
「落ち着けボーイ……で、結果は?」
「君達の分離。そしてカルディアを私預かりにする事を条件に、ブラッド族である君の光の国での滞在を許可しよう」
ゾフィーの言葉に、カルディアは溜息をついてボーイから分離した。
慌ててボーイが両手を皿の様にすると、その上にヒューマンタイプの少女が降り立った。
その腰には灰と紅色の配色をしたドライバーが巻かれている。
彼女はそれを自身のプランクプレーン内に納めると、ゾフィーを見上げた。
「これでいいか?」
「あぁ、カルディアは私に付いてきてくれ。ボーイ君は帰っていいぞ」
カルディアが連れていかれてしまうのに、ボーイは何も出来ない。
ただ見送る事しか出来なかった、それが悔しくてたまらなかった。
「……僕」
ボーイの声が震える。
「何も出来なかった……」
その時だった。
ぽん、と肩に手が置かれる。
振り返ると、そこにはタロウがいた。
「タロウ教官……」
タロウは優しく笑った。
「そうかな」
「え?」
「君は彼女を助けたんだろう?」
ボーイは目を見開く。
「カルディアが今ここにいるのは、君が手を差し伸べたからだ」
「……」
「君がいなければ、彼女はもっと違う道を歩いていたかもしれない」
タロウはボーイの頭を優しく撫でた。
「だから今は自分を責めなくていい」
「でも……」
「信じるんだ、君が信じたカルディアを」
ボーイは拳を握りしめて唇を噛んだ。
悔しかった、寂しかった、不安だった。
それでも。
「……はい」
そう答えるしかなかった。
ボーイと離れたカルディアは、ウルトラ兄弟達が危惧する様な行動はしなかった。
カルディアが普段過ごすのは、ゾフィーの執務室内だ。特に窓辺のテーブル上を気に入っている。
そこを歩き回ったり、暇潰し用に貰ったルービックキューブを弄ったりしている。
しかし、手を動かしていても集中している訳ではない。
(そろそろボーイの下校時間か……)
ふと窓の外へ目を向けると、授業を終えた子供達が、友達と笑いながら帰っていく姿が見えた。
無意識のうちにその姿を目で追ってしまう。
放課後になれば、ボーイもあの中に混ざって帰ってきていた。
今日学校で何があったのか。
先生に褒められたこと。
友達と遊んだこと。
一体化していた頃は知ることができたというのに、何度も聞かされていた他愛もない話を、今は聞くことができない。
「くだらん……」
誰に言うでもなく小さく呟く。
手にしたルービックキューブは、とっくに完成していた。
それでも崩しては揃え、崩しては揃えることを繰り返す。
余計なことを考えないようにするかのように
カルディアがボーイを思い出している頃。
放課後になり、友達と別れたボーイは、ふと宇宙警備隊本部の方角を見上げる。
(今頃、カルディアは何してるのかな)
そう考えてしまう。
会えないと分かっている、それでも毎日見てしまう。
「カルディア……」
返事が返ってくることはない。
ボーイは少しだけ俯くと、いつもより足早に家へと向かった。
彼女はゾフィーに興味が無い……というか警戒しているので彼女から話し掛けはしないが、彼は一応観察と彼女の懐柔も兼ねて、会話を試みる事が多々ある。
「カルディア、何か要望はあるか?」
「特に」
「食事は……」
「要らん」
「何か欲しいものは……」
「ない」
こんな会話でも良い方で、悪い時は無視される。
それなりに経験を積んでいるゾフィーだが、かなり堪えた。
正直に言うと、心が折れかけていた。
「タロウ、少し時間はあるか」
ゾフィーの執務室を訪れたタロウは、珍しそうに目を瞬いた。
カルディアは別の部屋に待機してもらっている。
「はい、構いませんが……どうかしましたか?」
ゾフィーは机の上に書類を置いたが、指先は無意識に書類の端をなぞっていた。
しばらく沈黙が続くが、ゾフィーが口を開く。
「カルディアの事だ」
口にした瞬間、胸の奥に重いものが沈む。
監視という名目で彼女をここに置いているのは自分だ。
その判断に間違いはなかったと、今でも思う。
だが、その結果として彼女から笑顔も言葉も奪ってしまったのではないかという疑念が、最近になって離れなくなっていた。
タロウは思わず苦笑した。
「やっぱりですか」
「やっぱりとは何だ」
「いえ……何となく」
ゾフィーは腕を組む。
「彼女は問題を起こさない」
「はい」
「命令にも従う」
「そうでしょうね」
「逃亡の兆候もない」
「良い事じゃないですか」
「だが」
ゾフィーは慎重に言葉を選んだ。
責任者として見れば理想的な状態だ、監視の手間もなく、危険も少ない。
それなのに、なぜか安心できない。
「全く心を開かない」
タロウが吹き出した。
「ぷっ」
「何がおかしい」
「すみません」
タロウは慌てて咳払いをしたが、肩は震えていた。
「笑い事ではない」
「いや……その……」
タロウは少し迷った後で言った。
「ゾフィー兄さんがそんな相談をする日が来るとは思わなくて」
ゾフィーは眉間を押さえながら、絞り出すように言った。
「私も思わなかった」
自分は、本来なら感情ではなく安全を優先すべき立場だ。
だがカルディアを見るたびに、ただ管理しているだけで本当に良いのかという思いが募っていく。
タロウはとうとう笑ってしまった。
「そんなにですか」
「話しかければ一言、酷い時は無視」
「はい」
「先日は勤務終了まで同じ部屋にいたが、一言も言葉を発しなかった」
あの静かな時間を思い出す。
彼女は窓の外を見つめ、自分は書類に目を落としていた。
同じ空間にいるはずなのに、どこまでも遠かった。
「それは……」
「流石に堪える」
タロウは顔を背けた、どう見ても笑いを堪えている。
ゾフィーは少しだけ後悔した、相談相手を間違えたかもしれない。
しかしタロウはやがて真面目な顔に戻る。
「兄さん」
「何だ」
「カルディアはまだ怒っているんだと思います」
ゾフィーは頷いた。
「だろうな」
怒りを向けられている方が、まだ良かったかもしれない。
少なくとも感情を向けられている証拠だからだ。
今の彼女は、何もかもを胸の内に閉じ込めているように見えた。
「それと」
タロウは少し考えて言葉を発した。
「寂しいんだと思います」
ゾフィーが目を細めた。
「寂しい?」
「ボーイと離されましたから」
沈黙。その可能性は考えていた。
だがカルディアは一度も口にしていない。
「……彼女は何も言ってこない」
「言わないでしょうね」
タロウは苦笑した。
「カルディアですから」
私も彼も、カルディアと関わった時間は少ない筈なのに、その言葉に妙に納得してしまった。
だからこそ難しい。彼女が助けを求めない以上、どこまで踏み込むべきなのか分からない。
だが放置することもまた、自分の責任放棄のように思えた。
「ではどうすればいい」
タロウは途端に嬉しそうな顔をした。
普段頼られる側の長男が、自分に意見を求めている。それが少し誇らしかった。
「一度、ボーイと会わせてみてはどうでしょう」
ゾフィーは眉を上げた。
「面会か」
「はい」
「危険ではないか?」
責任者として最初に浮かぶのはその懸念だった。
感情よりも皆の安全を優先する、それが自分の役目だ。
だが同時に、このまま彼女を閉じ込め続けることへの後ろめたさも消えない。
「危険、ですか?」
タロウは首を傾げる。
「兄さん」
「何だ」
「今のカルディアより危険な状態ってあります?」
ゾフィーは口を閉じた、確かにそうだ。
彼女は大人しく従順だ、問題も起こさない、何より生気がない。
タロウからテレパシーで送られた尋問の際には、感情を現していたのに、今ではそれもない。
自分は彼女を守っているのか、それとも追い詰めているのかと自問自答を繰り返す。
答えはまだ出ていない。
「……なるほど」
ゾフィーは小さく呟いた。
「それに」
「?」
「ボーイもそろそろ限界だと思います」
タロウは彼にここ数日毎日届いていた面会申請、その差出人がボーイであったと伝えた。
「毎日来ていたのか」
「はい」
「断っていたのか」
「はい」
「……」
「……」
しばらく沈黙が流れ、やがてゾフィーは深くため息を吐く。
「私が悪者みたいじゃないか」
「今さらでは?」
「タロウ」
「冗談です」
タロウは慌てて姿勢を正したが、笑みは消えていなかった。
ゾフィーはもう一度ため息を吐く。
「面会を許可しよう」
そう決断した。その判断が正しいかは分からない。
それでも、何もしないままでいるよりは良いはずだと信じた。
ゾフィーの立ち会いを条件に、二人の面会が許可された。
会議室内の椅子に腰掛けながら、ゾフィーは机の上に立つカルディアを見た。
彼女は腕を組んだまま無言で入口を見つめている。一見普段と変わらないように見えるが、どこか落ち着かないようにも感じられた。
コンコン、と控えめなノックが響く。
「入れ」
ゾフィーが許可を出すと、ゆっくりと扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたボーイはどこか緊張しているようだった。
彼はこの数日間、毎日面会を申請していた。
断られても、翌日にはまた申請した。
だからこそ、視線が部屋の中を彷徨い……カルディアを見つけた。その瞬間だった。
「カルディア!」
表情が一気に明るくなる。
ボーイは駆け寄り、カルディアをそっと掌に乗せた。
「ボーイ、久しぶりだな」
「うん、久しぶり!」
カルディアの声も普段より柔らかい。
ゾフィーは僅かに目を見開いた。
執務室で見せる態度とは明らかに違う、自分が話しかけても無視か一言が返されるのみだ。
それなのにボーイの前では自然に言葉が続いている。まるで別人だった。
「ちゃんと元気だった?」
「それは私の台詞だ」
カルディアが小さく笑う。
ゾフィーは思わず目を瞬いた。
(初めて見た表情だ)
彼女の笑顔は、執務室では一度も見ることが出来なかった。
ゾフィーが内心驚いていると、二人はそのまま話し始める。
学校のこと、近所のこと、最近あった些細な出来事。
どれも大した話ではないが、カルディアは真剣に耳を傾けていた。
相槌を打ち、質問を返し、時折笑う。
その様子を見ていると、とても危険種族には見えない。むしろ、仲の良い親友同士のようだった。
あるいは年の離れた姉弟、そんな関係にも見える。
「私の事は良い。それよりボーイ、お前ちゃんと宿題はやっているのか?」
「やったよ、一応持ってきたから見てみて!」
ボーイはカルディアを机の上へ降ろし、端末を起動した。
学校から出された宿題が表示され、カルディアは覗き込むと小さく頷いた。
「なるほど。もうそこまで進んだか」
「えっ、知ってるの?」
「一体化していた時、お前と視覚や聴覚は共有している」
カルディアは当然のように答える。
「私も暇だったからな。自然と内容は覚えた」
「あ、そうだったんだ!」
「それに、光の国の授業なんて
そう言うとカルディアは問題文を見渡した。
「……この問題は?」
「そこが少し難しくて……」
「前に習ったこの公式を当てはめてみろ」
「あっ!」
カルディアのアドバイスで、無事に宿題を終わらせたボーイ。
彼女は授業の進捗を確かめると、軽い予習として端末に入っていた教科書を用いて授業を行った。
ゾフィーは2人のやり取りをじっと観察していた。小学生向けの学習内容とはいえ、カルディアは異星人だ、文化も教育体系も異なる。
それにも関わらず、内容を完全に理解している。恐ろしい学習能力だ……
ブラッド族の危険性評価について思考が動く。
だが次の瞬間。
「ふふん!」
ボーイが胸を張った。
「カルディア教えるの上手だから、僕成績良くなったって、先生にも褒められたんだよ!」
誇らしそうな声だった。
それを聞いたカルディアは鼻を鳴らす。
「それはお前が努力したからだ」
「え?」
「私は少し教えただけだ」
「でも……」
「努力したのはお前だろう」
当然のように言うカルディアに、ボーイは照れ臭そうに笑った。
ゾフィーはそのやり取りを見つめる。
少なくとも、カルディアはボーイを利用しているようには見えなかった。利用するだけなら、こんな言葉は出てこない。
やがて面会終了の時間が訪れる。
「二人とも、今日の面会はこれで終了だ」
ボーイの表情が曇った。
「えっ、もう……ですか?」
「もうそんな時間か」
カルディアはゾフィーとボーイを交互に見て、
「ボーイ、予習復習をしっかりするんだぞ」
ボーイに向き直って言った。
「うん……またね、カルディア」
「あぁ。今度来る時は暇潰し用の本を持ってきてくれ」
「本?」
「歴史系が良いな」
ボーイは少しだけ笑う。
「……わかった。用意するね」
カルディアは頷くと、ボーイを促した。
「ゾフィー隊長、今日は面会を設けてくれて、ありがとうございました」
ボーイが姿勢を正すと、深々と頭を下げた。
上げた顔にはまだ寂しさが残っていた。
それでも無理を言うことなく、ボーイは退出していった。
扉が閉まると、会議室に静寂が戻った。
「カルディア」
「何だ」
「面会はどうだった?」
カルディアは少しだけ考えた。
「アイツは私がいないと勉強をサボるから心配していたが……不要だったみたいだな」
ゾフィーは思わず小さく笑った。
「ふふ、まるで姉のようだな」
「まぁ、年齢的にいえばそうだな」
二人は会議室を出て廊下を歩く。
そしてゾフィーは気付く。
カルディアは彼の隣を浮きながら移動しているが、顔付きが若干だが柔らかくなっている。
「面白いな」
「何がだ」
「ボーイの話をしている時だけ、君はよく喋る」
カルディアが止まった。
「……そうか?」
「そうだ」
即答する。
カルディアは少し考え込むような顔をしたが、結局答えは出なかったらしい。
「よく分からんな」
そう言って再び動き出した。
ゾフィーはその背中を見つめながら、タロウの言葉を思い出す。
――彼女はボーイを大切に思っています。
彼が言ったその意味を、ゾフィーはようやく理解し始めていた。
「……馬鹿だな」
「え?」
「私が約束を破ると思ったのか」
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