ゾフィーは、先程まで極秘に行われていた大隊長との会議を終えて、宇宙警備隊の隊長室に戻ってきた。
椅子に座り、窓の外に広がる光の国の景色を眺めながら、彼は深い溜息をついた。
カルディアとボーイ。二人の関係については、既に一つの結論を出している。
監視付きではあるものの、二人が共にいることを認める。
それが、宇宙警備隊としての判断だった。
……だが、
「……まさか、ここに来て新しい問題が出てくるとはな」
机の上に置かれた書類へ視線を落とした。
カルディアがブラッド族であること。
それだけでも、光の国にとっては非常に慎重な扱いを必要とする問題だった。
しかし先ほど、思いもよらぬ情報が飛び込んできた。
それを持ってきた人物は……
「失礼するよ、ゾフィー隊長!」
「……ウルトラマンナイス」
勢いよく隊長室の扉が開き、軽い足取りでナイスが入ってくる。
その表情はいつも通り明るい。
だが、ゾフィーはそれに嫌な予感を覚えた。
「何か用かな?」
「いやぁ、ちょっと君に教えてあげたいことがあってね」
「……教えてあげたいこと?」
「そうそう」
ナイスは楽しそうに笑い、何でもないことのように口にした。
「カルディアちゃんってさ……」
「ん?」
「ブラッド族の王族なんだって」
「…………」
ゾフィーの表情から、僅かに余裕が消えた。
「……カルディアが?」
「うん」
「ブラッド族の……王族?」
「そうそう」
ナイスはまるで、珍しい土産話でもするような口調だった。
しかしゾフィーにとって、その一言は決して軽いものではない。
ブラッド族……かつて幾度となく他種族との衝突を引き起こし、星々を滅ぼしてきた。
光の国だけでなく、他の星からも危険視されている種族。
その一員であるカルディアを、光の国は監視付きとはいえ受け入れた。
それだけでも慎重な判断が必要だった。
だが……彼女が王族となれば、話は変わってくる。
「……待て」
ゾフィーはゆっくりとナイスを見る。
「君は、それを知っていて今まで黙っていたのか?」
「いやいや、私だって知ったのはついさっきだよ」
「そうか……」
ゾフィーは腕を組み、深く考え込む。
「カルディアが王族……」
その言葉を、もう一度口の中で反芻する。
もし彼女がブラッド族の王族ならば、彼女の存在そのものがブラッド族内部の政治にも関わってくる可能性がある。
単なる一個人として扱えば済む問題ではない。
光の国が彼女を保護している。
そういう事実が、他星からどう見られるのか。
そして……
「……カルディア本人は、自分が王族だという事をどの程度自覚している?」
「かなり自覚してると思うよ」
「……そうか」
「でも、王族だから偉い、みたいな態度は全然なかったけどね」
「…………」
ゾフィーは少しだけ目を伏せる。
それは、ある意味で救いだった。
少なくとも今のカルディアは、王族として何かを要求しているわけではない。
彼女が求めているのは、ボーイと一緒にいること。それだけなのだろう。
「……ならば、なおさら慎重に扱わなければならないな」
「そうだね」
ナイスは頷いた。
「あ、それともう一つ」
「……まだあるのか?」
「あるよ」
「…………」
ゾフィーの嫌な予感が再び膨れ上がる。
「カルディアちゃんの三番目のお兄ちゃんね」
「……兄?」
「U-40出身らしいよ」
「…………」
数秒の沈黙。
「……今、なんと言った?」
「U-40出身」
「…………」
ゾフィーはゆっくりと天井を見上げた。
「……そうか」
「うん」
「……王族か」
「うん」
「……U-40出身の兄がいるのか」
「うん」
「…………」
ゾフィーは再び深い溜息をついた。
「……今日は、随分と新情報が多い日だな」
「そうだねぇ」
ナイスは楽しそうに笑っていた。
その顔を見て、ゾフィーはようやく気付く。
「……君、楽しんでいるだろう?」
「何のことかな?」
「…………」
ナイスは笑顔のままだった。
「あっ、血の繋がった兄じゃないみたいだけどね。カルディアちゃんにとっては、本当のお兄ちゃんみたいなものらしいよ」
「…………」
ゾフィーの頭の中で、先ほどまでの情報が一気に繋がっていく。
光の国が現在、監視付きとはいえ在留を認めているブラッド族のカルディア。
実は彼女は王族。
さらに、U-40出身で血の繋がらない兄がいる。
しかも、幼い頃から家族同然に過ごしていたという。
「……U-40は、このことを把握しているのか?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「私もそこまでは聞いてないからね」
ナイスは肩をすくめる。
そして、そのまま机に手をついてゾフィーの顔を覗き込んだ。
「顔、怖くなってるよ。ゾフィー隊長」
「……君はよくそんなに楽しそうにしていられるな」
「だって私が悩んでも仕方ないじゃないか」
「……なるほど」
ゾフィーは目を細めた。
ナイスの笑顔の奥には……この情報を誰より先にゾフィーへ伝えれば、後の対応を任せられる。
そんな計算が、ほんの少しだけ見え隠れしていた。
……こいつ、私に面倒事を押し付ける気だな?
「……君」
「ん?」
「まさか、それを分かった上で私に報告しに来たのか?」
「さぁ、どうだろうね?」
ナイスは笑顔を崩さない。
その笑顔が、妙に腹立たしい。
「……まったく」
ゾフィーは深い溜息をした。
カルディアが王族である以上、これはもはや宇宙警備隊だけの問題ではない。
光の国が、危険視されているブラッド族の王族を受け入れている。
そう知られれば、他星から「なぜ光の国はブラッド族を保護しているのか」と問われる可能性がある。
ましてや、カルディアが王族だと知らずに受け入れていたとなれば、
……光の国は、ブラッド族との協力関係を隠しているのではないか。
そんな疑念を持たれる可能性すらある。
さらに、U-40との関係まで絡めば話はもっと複雑になる。
もし他星がこの情報を政治的に利用すれば、光の国と同盟関係にある星々との間に、余計な疑念を生むことにもなりかねない。
そして何より……
カルディアとボーイを引き離さなければならなくなる。
ボーイと離れることになれば、カルディアは全力で抵抗するだろう。
彼女の性格を考えれば、素直に従うとは到底思えない。
もし他星がカルディアを危険視し、彼女との関係を断つために、ボーイを保護するという名目で拘束しようとすれば……
カルディアは、黙ってそれを受け入れるだろうか?
答えは決まっている。
最悪の場合、カルディアが光の国や同盟国含めた複数の星々と敵対する事態になりかねない。
そして、何より恐ろしいのは……
ボーイまで、その争いに巻き込まれてしまう事だ。
「……まったく、問題が山積みだな」
「そうだねぇ」
ナイスは他人事のように頷いた。
「……君の星では、どう考える?」
「私達の所?」
「ああ。TOY一番星では、ブラッド族に関する情報をどう扱う?」
「うーん……」
ナイスは少し考えるような仕草を見せた。
「私達の所には、君達みたいな戦力はないからね」
軽い口調だった。
だが、その言葉の意味は重い。
「だから、特に動かないんじゃないかな」
「……そうか」
「それに、私が星に報告するかどうかは……」
ナイスは一度言葉を切り、再びゾフィーを覗き込んで、彼の目をじっと見詰る。
そして、にっこりと笑った。
「君に任せるよ」
「…………」
ゾフィーは楽しそう自身を眺める彼を、無言で見上げた。
「……君は本当に、いい性格をしているな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてはいない」
「知ってる知ってる」
ナイスは笑いながら、さらに続ける。
「まぁ、二人のことは私とゼアスくんがしっかり見ておくからさ」
「……君達二人が?」
「そう」
ナイスの声から、ほんの少しだけ軽さが消えた。
「ボーイくんがカルディアちゃんを信じてることも、カルディアちゃんがボーイくんを大切にしてることも、私はちゃんと見たからね」
ゾフィーは黙って聞いていた。
「だからさ」
ナイスは再び、いつもの笑顔に戻る。
「面倒臭い外交の諸々は、君に丸投げしちゃおっかな?」
「……君は、本当に……」
ゾフィーは呆れたように笑った。
「……まぁ、助かるよ」
「でしょ?」
「ああ」
ゾフィーは椅子に深く腰掛ける。
「我々は、あの二人を引き離したい訳ではない。それは分かってくれよ?」
「もちろん」
ナイスは即答した。
「私もゼアスくんも、二人を無理やり離すつもりなんてないよ」
「なら、いい」
「ただまぁ……」
ナイスは扉の方へ歩きながら、振り返る。
「これから大変だろうなぁ、とは思うけど」
「……そうだな」
「でも、なるようになるさ!」
そう言って、ナイスは手を振った。
「じゃあ、あとは頼んだよ、皆のお兄ちゃん!」
「……ああ」
扉が閉まる。
静寂が戻った隊長室で、ゾフィーはしばらく黙り込んだ。
ナイスとゼアスは、それぞれTOY一番星とピカリの国から出向してきた者達だ。
彼らもまた、平和を護るために戦っている。
もし彼らの母星が、光の国がブラッド族を受け入れていると知ったら……どのような反応を示すかは、まだ分からない。
幸いなことに、二人は元々ボーイと親交があったらしい。
少なくとも、カルディアとボーイを悪い方向へ導くつもりはないだろう。
だからこそ、ナイスは自分達ができることと、ゾフィーがやるべきことを切り分けたのだ。
ボーイとカルディアの友人である事、そして……外交の責任を負う事。
「……まったく」
ゾフィーは机の上の書類を手に取る。
「お兄ちゃん、か……」
先ほどのナイスの言葉を思い出し、思わず苦笑する。
やるべきことは多い。だが、それでも。
「……二人を引き離すつもりはない、か」
ゾフィーは小さく呟いた。
カルディアとボーイの友情を。
そして……光の国とブラッド族との、稀有な友情を。
それを壊さずに済む道があるのなら。
そのためなら……
「面倒な外交くらい、やってやるさ」
彼は書類を手に取ってウルトラの父へ報告するため、隊長室を後にした。
……そして、その頃。
宇宙警備隊本部から少し離れた場所では。
「……ねぇ、ゼアスくん」
「うん?」
「ゾフィー隊長、今頃大変だろうねぇ」
「ナイス……まさか最初から、そのつもりだったの?」
「何のことかな?」
「…………」
「私達は、あの子達を見守っていればいいんだよ」
「……それ、絶対ゾフィー隊長に全部押し付けただけだよね?」
「いやだなぁ、ゼアスくん」
ナイスは笑った。
「役割分担だよ、役割分担!」
「……本当に?」
「もちろん!」
ナイスは胸を張って断言した。
そして……これからゾフィー隊長が大量の書類と、関係各所への説明に追われる姿を想像する。
その光景を思い浮かべたナイスは、ほんの少しだけ楽しそうに笑った。
そんな彼をゼアスは呆れた様に眺めていた。
ナイスはウルトラ兄弟に比べれば戦闘力は劣りますが、その分交渉力や人脈が強い、筈です。彼もまた地球を守ったウルトラ戦士であり、星の代表として宇宙警備隊に出向しているからです。
ナイスはボーイの事を案じているので、まず母星へ知らせる前にゾフィー隊長に伝えました。お互いに余計な火種を作りたくないからです。
しかし、今後ゾフィーがカルディアに対して取る行動によっては、カルディアとボーイをTOY一番星に連れ去ってしまう可能性もあります。
ゾフィー隊長頑張れ。