無題   作:MONO_

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 タイトルは付いているが、続きが無いのでこちらに繋げる。


テセウスの船

 いつか見たことがあるような気がする景色が、目の前にある。

 自分が座っているのはパイプで組まれた、必要最低限椅子としての機能を果たすだけの丸イスで、天板すらスチールで出来たこれまた必要最低限の機能を持った長机を前にしている。

 その机の上、自分の目の前には最早原型を留めないほどぐずぐずになった食材のペーストが何色か少しずつ盛られたランチプレートがあって、私はそのペーストを適当に一色選んで最初から手に持っていたスプーンで掬って口に運ぶ。

 口に含んだスプーンは私の唇にあたってカツンと硬質な音を立て、その内側にある歯の替わりと言うには些か力不足な軟質素材が変形してスプーンの曲線に沿う。

 それで表面のペーストをこそぎ取るようにして口内に収めたあと、舌を動かして少し味を楽しんでから嚥下した。殆どわからなかったが微かに甘かったような気がする、色からしてイモか何かかもしれない。

 私の対面には同じように食事をしている人がもうひとり座っている。彼の口は私よりも簡素化されているのでチアパックの口を顔の下方、口というより顎に差し込んでいる。口内を陰圧にする機能は当然無いので、恐らく私の食事と殆ど同じようなものだろうペーストを、手でチアパックを握りつぶしながら流し込んでいた。

対面の彼は自分の身を包む軍服が覆っていない地肌、と言ってその殆どが硬質そうな素材できているがとにかく地肌の何箇所かに布製のパッチを当てていて、左腕に至っては外から見てもわかるぐらいひしゃげた物をアームスリングに収めている。

普通に食事をしながら、意識の冷静な部分がこれを夢だと判断する。

 ピントがボケた周囲の景色や、あまりにも静かすぎる環境がそう判断するだけの材料をくれたし、何より私と彼がこんな風に同じテーブルで向かい合って食事をすることは最後まで無かったはずだ。

「この腕、結局元に戻すんじゃなくて新しいのと取っ替える事になりそうだ。」

 対面の彼が、チアパックを手で握りつぶしながらそう声を出す。口はもう声を出すための器官ではないので、物を口に含んだまま会話ができるのは、この体が持つ数多い利点の一つだ。

「へぇ、良く完品が残ってたもんだ。」

 私も、食事の手を止めずに答える。私が喋っていると言うよりは、録音した私の声が自分の喉から出ているような感覚があった。頭の中の冷静な部分は、この会話を何時したか思い出そうとのんびり思考を回す。

「いや、後方の倉庫にあったちょっと前のバージョンをポン付けするらしい。ジョイントの規格はどうせ同じだし、デバイスドライバだけダウングレードすりゃとりあえず問題は無いんだと。」

 その”ちょっと前”が一体どれぐらい前なのか正直検討がつかない。この軍の物資不足はここしばらく問題になっていて、その残り物は後方にある統合兵器開発システムによって頻繁に行われるアップデートの何バージョン前の物になるのだろう。そんなことを考えながら気のない声で相槌を打った。

「で、序にトルソーの中身も幾つかチェンジだ。残り少ない生身の臓器が、また一個減っちまう。」

 彼が何故そんな怪我をしたのかよく知らないし正直そこまで興味があるわけでもなかったが、生身の部位が減るという言葉が私の興味を引いた。

「あんたの義体化率、それで何割になる?」

「正直もう9割近いからな、誤差だ誤差。」

 その誤差を惜しむのが私達なのだが、彼は特に気にした風もなくそう言ってのけた。

「しかしまぁここまで来ると、自分が怪我したのか、壊れたのかよくわかんなくなってくるな。」

 続けた言葉は、私達がかかる特有の精神病の兆候を示していた。医学がここまで進歩して、人体を構成する器官の殆どを代替可能になった現在でさえ、脳と精神を代替する技術にはまだ一定の課題があった。正確には最早倫理の問題に差し掛かりつつあったが。

「大丈夫か?最後にメンタルヘルス受けたの一体何時だ?」

 心配した私の声を聞きながら、頭の中の冷静な部分が漸くこの会話をどこでしたかを思い出した。

 転戦の為に一度後方へ送られる事になった時、輸送用のトラックで一緒になった際のものだ。それは戦友という言葉が権力を持つにはあまりにシステマティック過ぎ、また命が安すぎたあの戦場で会った友人と呼ぶには少し縁遠く、知り合いと言うには少し親しかった彼と最後にした会話だ。

「さぁ、2,3日前じゃなかったか?異常が見つかったって碌な薬はねぇんだ、医者も匙を投げるさ。」

 本来なら戦場で最優先されるだろう医薬品と食料は、私達のような兵士が戦場に蔓延るにつれてゆっくりとその需要を落としている。

「だいたいあんただって同じようなことを思ってるだろう?」

 恐らくその質問に自身を持って首を、その構造上可能なら横に振ることが出来る兵士は1人も居ないだろう。

「俺達は本当に生きているのか?俺は何時まで死ねる?」

 そう言いながら俯いた彼は、かなり重度の症状を見せていて、私は今度このことをきちんと医者に告げ口してやろうと決める。患者が主治医に自分の症状を、特に精神的なそれを十全に報告することは難しい。

 そして私は彼のその言葉を肯定することも否定することも危険な気がして、声を出すことが出来なかった。気まずい沈黙が場を埋めて、私達の会話はそこで途切れる。

 少しの間を開けて彼が再び顔を上げた時、残念ながら表情がない彼の顔からはそれが何かを言おうとしたのか、或いは席を立つための予備動作だったのかがわからないまま、私の意識はなにかによって覚醒される。

 夢の景色は急速に目の前から失せて、闇が目の前を覆った。

 一体何が自分の意識を覚ましたのかを確認しようと首を回す。尤も物理的な首は随分前になくしてしまったので、今実際に回っているのは砲塔上部にあるキューポラ内部のカメラの筈、だ。

 そうすると、視界の中に人の足が映る。どうやら私の身体に乗っかっているらしい。

 攻撃を受けた際にその方向を判別する為付けられた装甲の感圧センサーが、私の身体のあちこちに何かを突き立てようとしている事を告げてくる。上に立っている人は何もしていないから、どうやら複数人で私の身体を弄り回そうとしているようだ。

 慌てて自己診断プログラムを走らせて、自分の体が殆ど問題ないことを確認し精神の安定を回復した。

 シーリング部品が少々経年劣化でくたびれて来ているだろうことをシステムは警告するが、それ以外の部分は何の問題もないらしい。15世代軍用義体の堅牢さに呆れる。

 流石に砲塔上部のカメラでは私の身体の側面をその画角に収めることは出来ないので、足元の確認などに使用するサブカメラの映像に意識を回す。感覚としては首を自分の足元に向けた。

 全身のあちこちに付けられたカメラの映像は、こちらの感覚に入力される前に人間が持つ視界の情報として正しくなるよう統合されている。存在しない感覚器を生来のものの様に使いこなす技術は、義体の形状が人体から離れるにつれて発展したものだ。

 数人の丈夫そうな衣服に身を包んだ生身の人間が、DIYに使用するようなドリルでもって私の身体に穴を開けようとしていた。尤もその刃は全く立っておらず、うるさい音を立てながら無意味な回転をしている。

 勿論切削加工が出来ない金属を装甲に利用するのは無理があるので、この装甲板だってそういう工具で傷をつけることが不可能だとは言わないが、少なくとも軍用の30mm徹甲弾さえ弾くようなこの装甲板に傷をつける工具が、携帯可能な電動ドリルに付けられる刃で傷つくことは無いだろう。

 一応彼らも全く考えなしという事はないようで、装甲板の継ぎ目や、関節といった直感的に脆そうな部位を狙ってはいるので、シーリングの類は幾らか削れているようだった。それが私の肉体に与える影響は殆ど無いと言い切ってよかったが。

 カメラに使用されているレンズや、砲口などの開口部に対して作業をしていないところから見て、彼らの目的は私の破壊ではなく鹵獲だろうと当たりをつける。

 今直ぐに対処しなければ危険というわけではない事に安堵しつつ、現状に考えを巡らせてみることにした。

 私の記憶が確かなら、私は所属していた国家の基地にある格納庫で休んでいたはずだ。

 終戦と同時に行われた義体兵士の復体処理と、段階的除隊プログラムへの参加を断り軍用兵器兼職業軍人として居残ることを決めた私の肉体は基本的にその場所にある。

 格納庫を出ることなど年に数回あれば多い方で、終戦から約半世紀分ある私の記憶の中で格納庫を出るのは毎年行われる国民向けのデモンストレーションの時のみというのが平均だった。

 長期間のスリープに入った記憶もないし、そういうものに入ると通告された覚えもない。一応眠っている間に通告があったかもしれないことを考慮してローカルに保存されているログを漁ってみる。

 驚くべきことにログ領域は全て基地の制御AIから送られてくる定期連絡で埋まっている。

 近代のパーソナルコンピュータに比べればローカルのログ領域に割り当てられた容量など猫の額のようなものだが、それでもほんの数行で収まるテキストデータで埋め尽くすのには膨大な回数が必要になる。

 嫌な予感、というか不安が鎌首を擡げ最新のメッセージに刻まれた日付を確認して意識が遠のくような錯覚をした。自分が最後に眠った日時はよく覚えていなくても、年と月ぐらいは記憶している、その記憶に致命的な間違いが無い限り、どうやら私は5世紀近く眠っていたらしい。15世代軍用義体の堅牢さに呆れ直した。

 自分の周辺状況に改めて目を向ける。さっきは自分を解体しようとする人間のせいで全く目に入ってこなかったが、よく見れば周辺はほぼ森と言って差し支えない。私はそこにあるとわかっているので微かな人工物の残滓を見て取ることができるが、知らない人間はそこにあるものが自然の岩なのかハンガーの柱を支える基部なのか判別などつかないだろう。

 記憶の中にある基地の見取り図と照らし合わせるように周辺を見遣る。殆どの建物は年月によって解体されていて、周辺には植物に侵食されたかつての同僚たちの姿も見えた。アレは多分もう動かないだろう。

 幾つかの設備、特に砲台やレーダーの類は爆発物や銃弾によって破壊された痕跡がある。一体何がどうなってこの状況が作り出されたのか全く理解できないが、少なくとも現実にそうなっている。

 と同時に、同僚が自然に還っているのを見て、なぜ自分がそうならなかったのかという疑問が生まれる。整備状況のログはメッセージとは異なる領域にログがあったはずなのでそちらを開いた。

一体何故私が未だに意識を保っているのかを調べてみると、要は偶然だった。

 物資補給が途絶した後にこの基地のメンテナンスシステムが行った同型機による共食い整備で最後に残った1機が私だったと言うだけだ。呆れたことに中枢神経ユニットさえオーバーライドされた形跡がある。

 最終の整備ログは40年少々前の物だ。ということはこの体はほぼ半世紀野ざらしにされていたらしい。その条件で劣化するパーツがシーリングのみというのは、やはり呆れるほかない。一体何できているのか不思議だし、開発者はこの体がどこに置かれる事を想定して素材を選定したのだろう。戦闘用の肉体は経年劣化より戦闘で破損することのほうが当然多い。あるいは物理的、科学的攻撃に対する抵抗を上げていった結果副次的に獲得した耐久性なのだろうか。

 つけないのがわかっていてもため息を付きたくなるような現実になんとも遣る瀬無い気持ちを感じながら、先ずは直近の課題を処理することに決める。

 私の体に対して手持ちの物理的なアプローチでは一切効果が見込めないことを確認したらしい彼らは、これだけ好き放題しても敵対的な反応を示さないのを良いことに私をそのまま持ち帰る事に決めたらしい。携帯型、というには少々大きなジャッキをつかって私の足を持ち上げて車輪付きのウマを履かせようとしている。レッカー移動するようだ。

 いつの間にか始動させたらしい彼らの乗り物は、装軌式のAPCと言って差し支えない物だったが、ずいぶん古い。

 5世紀も前の軍事兵器が未だに生き残っているのかと一瞬想像して、直ぐに思い直す。ヴィンテージとして保管されている車両というよりは、むしろ形を真似て作り直したと行ったほうがしっくり来るくたびれ具合だ。

 国籍不明の軍事車両を見て撃墜してやろうかという職業意識が芽生えるが、それを操る彼らは軍人に見えない。

 盛んにお互い指示を出しながら作業を遂行する彼らの声にはティーンの張りがある上、来ている衣服も作業着として適当であるという条件を満たしていること以外共通項が見られず、ついでに言えば視認性に対する思慮が足らない。パステルカラーの作業着を否定するつもりは無いが、ここが軍事基地だという意識は彼らにあるのだろうか?

 いや、もう違うのか。私しか動ける兵器がいないここを軍事基地と呼ぶのは間違いだろう。「元」という言葉がついて然るべきだ。

 弾薬やエネルギーセルの類も集積されていたはずなので決して安全地帯と呼べる場所ではないが、見られる事によって危険度が増すことはあまりなさそうだ。

 乗っている車両に搭載されている武装も見慣れた20mm機関砲だ。アレがまだ現役であることには驚きを禁じえない。というか、火薬を用いた射撃用兵装が主武装なのか。もしかして走行は圧延装甲だろうか。

 仮にこの想像が正しければ彼らはトイガンで武装して本職の軍人に喧嘩を売っていることになる。まぁ寝ている軍人を脅すならそれでも十分だったのかもしれないが、私が狸寝入りをしていることに彼らが気づけなかったのが敗因だろう。

 軍の所有物に対して鹵獲の意図を見せている以上撃ち殺されても文句を言う資格は無いが、状況がイレギュラーすぎて無警告での発砲を躊躇う。

 先ずは紳士的に、警告を行うところから始めてみよう。対話によって情報が集められるなら良し、無理そうならば撃破してしまえばいい。

 状況への対処を勝手に頭の中で決定して、行動を始める。上官と呼べる存在が一切ない状態での軍事行動は慣れないが、命令が存在しない今、自分が行動不能にならなければいいだけなのでハードルは低い。

「当機は合衆国の所有物だ、貴君らの行動は窃盗に当たり、返答いかんによっては撃墜する。官姓名を述べよ。」

 見るからに公務員ではない彼らに『官姓名』を問うたのは失敗だったかもしれない。

 まさかこちらからアクションがあるとは夢にも思わなかったのだろう、いっそ笑えるぐらいの慌てぶりを見せた彼らは、悲鳴を上げながら車両に雪崩込んでいく。子供のときに飼っていたハムスターを思い出した。隠れ家を持ち上げたら、愛らしさと間抜けさが同居した顔を見せてくれるだろうか。

 彼らが車両に乗り込みながら付いた悪態に『頭付き』というワードがあったのを確認する。自律兵器を指すスラングだった筈だ。

 一応ある程度訓練をしているようで、素人よりは幾分早く車両に乗り込むと、急速発進しながら車体上部につけられた機関銃をこちらに指向する。どうやらやる気らしい。

 一応想定はしていたので、車体前部にある機関砲を指切りの要領で放ち機関銃と片側のキャタピラを撃ち抜く。いきなり砲塔を撃たなかったのは過貫通を気にしたのと、殺しても得るものがないからだ。

ものの数秒で無力化されてしまうことに憐れみを感じながらも、久々にエンジンに火を入れる。

先程行った自己診断の結果を疑うわけではないが、心持ちゆったりと立ち上がり数世紀ぶりに大地を踏みしめる。それに軽口を叩いてくれる同僚はもういない。

 車体から生える六本の足を動かしてかく座したAPCに近づく。中にいる筈の彼らは何の動きも見せない。スピードを出して走っていたならば兎も角、発進中にキャタピラを撃ち抜いたのでさしたる衝撃は無かっただろうから、中で全員失神しているということも無いだろうに。

 手が届くというとちょっと語弊があるが十分距離を詰めてから右の前足を振り上げる。車体自体を大きく持ち上げれば、結構な高さまで足をかけることができるようになっているので、障害物を乗り越えるような感覚で右前足を使ってAPCを踏む。

 力を入れつつゆっくりと体重をかけていくと、金属のきしむ耳障りな音を立てながら車体が変形していくのが見える。反動をつけなくても踏み潰すことはできそうだ。

「投降して車体から降りろ。でなければこのまま踏み潰す。」

 その言葉と同時に大きく車体を軋ませる。

 脅しとしての効果は十分にあったようで、車内から先程まで私を解体しようとしていた者達が両手を頭の後ろで組んだ状態で降りてくる。投降の作法は習っているようだ。

 降りてきた人の顔を改めて見てみると、一番年上でさえようやく成人したかどうかの年齢に見える。格好が軍装というよりアウトドア用の私服なので、休日を使ってサバイバルゲームにでも興じていると言われたほうがまだ納得できる見た目だ。

 使っている兵器の見た目が旧式なことも相まって、競技中に珍しいものを見つけた学生に向かって実弾を発砲したのではないかという不安がよぎったが、どのみち犯罪であることに変わりはないと頭を切り替える。

 APCから降車してこちらをみる彼らの表情は恐怖を浮かべてはいるが、それは国家権力に犯罪の現場を見られた事によるものよりどちらかといえば常識外の怪物に襲われた事に起因するように見えた。

 状況の不可解さに無い首をかしげたくなりつつ、一応車体前部の機銃を照準しながら先程した問を繰り返すことにする。

「私は合衆国軍義体機甲歩兵師団所属の兵士だ、周辺の状況からして私が稼働状態にあるとは考えていなかったのだろうが、だとしても情状酌量の余地はない。速やかに身分を証明できるものを提示しろ。」

 若いとは言え十代後半だ、免許証の一つぐらいは持っているだろうと思ってそう質問したが、彼らからの反応は芳しくない。

 気まずい沈黙が十数秒流れた後、彼らの中では年重に見える青年が口を開く。

「あんたが口にしてる『合衆国』が俺の知ってるそれと同じかはわかんないけど、もしそうならそれはもう随分前に滅んだよ。今この大陸に国家と呼べるものなんて存在してない。」

 そしてその口から語られた言葉は、この十数分で今までの人生分驚いた私を更に驚かせるに足るものだった。

「それは…いつの話だ?」

 随分前、という表現の中に一体どれだけの時間が含まれるのか、薄々勘付いて居ながらも問わずにはいられない。

「さぁ、少なくとも俺のじいちゃんがそのまたじいちゃんから聞いた話の中ではもう滅んでた。」

 だとすると少なくとも200年ぐらいは経っていると見るべきか。

 勿論、ちょっと考えれば日常的なスリープに入ったはずの私が500年ものタイムスリップをキメてしまった以上滅んでから5世紀近い時間が経っていなければおかしい。

 私が居たこの基地は、都市部からかなり離れたスタンドアローンの防衛基地だ。あの頃には既に軍事物資の生産施設も大半はオートメーションになっていたから、滅亡の仕方によっては補給路だけ生き残る可能性はある。

 私が定時の休眠処理に入った後目が覚める前に何かが起こり、覚醒処理が無期限延期になった後で再びそれを命じる存在が丸ごと消し飛んだりすればこんな状況にもなり得るだろう。荒唐無稽としか言いようがないが、実際にそうでもなければ説明の付かない現象に自分自身が見舞われているので適当な所で納得するしか無い。

 そしてその事実を認知したことによっていよいよ私の行動方針が消し飛ぶ。

 彼らの証言と、周辺の状況を統合すればまず間違いなく私は体感では一時に所属するコミュニティ、組織、そして国家の全てを喪失したことになる。

 有機的な肉体を持っていた者たちであれば言うに及ばず、無機的な肉体を持っていた者たちでさえ既に死に絶えているだろう。

「先程、貴様らは『頭付き』と当機のことを称した。それは自立兵器を示すスラングだった筈だ。間違っているか?」

 これからどうすべきかという少し大きな問題は一時的に棚上げすることとして、気になったことを聞き終えてしまうことにする。

 私の問いかけに、代表として口を開いた青年は首を横にふることで私の問いかけを否定する。意味は変わっていないらしい。

「合衆国が滅び、そのような粗末な武装を使っている君たちがなぜ、自立兵器を知っている?」

 明らかに技術のレベルに開きがある。

 自立兵器の存在を、架空のものとしてではなく実際に対面しうる驚異として知っているならば、それに対処する武装として彼らのものはあまりに心もとない。

「国は滅んださ、でもヤツらは滅んでない。まだ作られ続けているし、IDの無い俺たちを攻撃してくる。」

 それから彼は説明を始めた。ここまでのやり取りから何を推察したのかはわからないが、私のことを長い間家に閉じこもっていた世間知らずの人間だと感じたかのように、状況を語ってくれた。

 詳しいことを説明できるだけの情報は資料としてはおろか伝聞の形でさえ残らなかった為にその殆どは現状を語ったものだったが、足りない部分を保管する知識を私はいくらか有している。

その説明によれば、彼らは合衆国国民の生き残りではあるらしい。

 何らかの事情、例えば致命的なテロ行為や、他国家からの攻撃によって合衆国は未曾有の混乱状態に陥ったらしい。

 当時既に統治の何割かを機械に任せていた合衆国は、その混乱の最中で機械を統治する手段を喪失した。

 高度な軍事兵器や、ナノレベルでの加工を要するような機械製品は勿論のこと、そうでない消費財もまた機械たちの管理下にあり、それらは原料の調達、加工から最終消費者への流通に至るまでが自動化されており殆どの人間は労働の必要さえ無い世界であったがそれが災いしたらしい。

 その混乱から後、新しく生まれた合衆国国民は機械にそれを認識してもらえなかった。

 たったそれだけのことが、あまりにも致命的に国家の崩壊を招いた。

 何しろ技術と物資の殆どが合法的に提供されなく成るのだ。

 その結果が今彼らの持っている粗末な武器に帰結する。人間が、人間の手によって制作できる最も高い技術レベルを持った製品たち。

 勿論電子的な制御を行うために必須と成るICチップ等は厳密に言うと人間の手では生み出せないが、アレらは規格さえ踏襲しておけばかなりの汎用性を持つ。流通などを行っているドローンを撃墜したものから鹵獲して必要数を補っているらしい。

 そういった鹵獲を生業にするクロウラーと呼ばれる職業の者にとってこの場所のような半壊した軍事施設というのは宝の山に等しい。

 数十年の時間をかけて、生き残った人類は繰り返し攻勢をかけたそうだ。

 私のような軍籍を持った兵器というのが暴動の鎮圧に駆り出されることは軍規上ありえない。それが5世紀にも渡って、国家が滅亡していくその時を寝過ごす私という神を締め上げたくなるような珍事を生んだわけだがそれはともかく。

 漸く陥落したこの施設から物資をまきあげる中で発見された私の処理を任されたのが彼らだったというわけだ。

 もしこの話が本当だとしたら、私はこの世界においておそらくほぼ唯一の機械達から認識されるIDを持った法律上の人間ということになる。

 最も高々一兵卒のセキュリティクリアランスで出来ることなど高が知れているし、それによって今この国家が陥っている状況を打破できると思うのは楽観に過ぎる。

 むしろ彼らから見れば私は、自分たちを正当な人間として認識してくれる唯一の機械ということに成るだろう。

 この国で最後に残った軍人として判断を下すなら、私が取るべき行動は一つしか無い。

「当機は…貴様らに協力を申し出る。軍人として、国民の身命を守るのは義務だ。」

 青年の話を聞いて、判断の時間を乞うてからそれなりの時間が経過していた。

 流石にその間ずっと手を頭の後ろで組んだまま棒立ちしているわけにも行かなかったのだろう。逃げる勇気は無いもののそれなりにだらけていた彼らはその発言に少しの間呆けた後歓声を挙げた。

 どういう筋書きで上司に報告するかは知らないが、大手柄であることは間違いあるまい。

 最初の『協力』として、破壊してしまった彼らの足代わりをすることに承諾させつつ、私に対して代表の青年は口裏合わせのための打ち合わせを要求する。

 それを了承し、青年と話をしながら自身へとAPCを括り付けるべく奮闘する少年少女たちの世話を焼きつつ私はふと気づいた。

 私は恐らく、死ねない。

 

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