左目とリンクしたガンカメラのズームされた映像を見ながら、200メートル程先に設置されたターゲットの中心へ銃の照準を合わせる。引き金を引く事をイメージ。
左の掌に設けられた銃口から、フルオートで鉛弾が吐き出される。肘の少し手首側から空薬莢が勢い良く廃棄されていく。
反動によって小刻みに揺れるガンカメラを見ながら有る程度照準の補正をしてやりつつ、マガジン1つ分を一息に撃ち切った。大体的には当たったようだ。そもそもアサルトライフルというのはこんなに連射するものでは無いので、これで良い。
肩を回し、肘を曲げ、左手を2,3度握ったり開いたりして腕の機能に異常がない事を確かめる。
「相変わらずだな。」
いつの間にか後ろに立っていた男、乾が私にそう声を掛けた。
「なにがだ。」
振り向きつつ返事をする。右手で左手の二の腕を開いて、空になったマガジンを外す。
「そんなに自主訓練を積まなくても、射撃の腕は鈍らんだろう。ソフトウェア制御なんだし。」
ここまでに撃っていた幾つかの空マガジンを回収して、射撃場の管理者へ返却しにいこうとする私の背中に、乾はそう声を掛けた。
「それでも、脳を慣れさせ続ける必要はある。」
訓練の必要がないのは良く解っているが、そうしないと落ち着かないのだ。
「そんなもんかねぇ?」
射撃場を後にする私の後に乾が付いて来る。
「何か用か?」
「いや、この後どうせメシだろ?奢ってやるから一緒に食おうぜ、1人じゃ寂しくてよぅ・・」
乾はそう言いながらわざとらしく眉をへの字にした。正直うざったいが、食事代が浮くのは助かる。
事ある毎に私と一緒に行動しようとするこの男のうざったさと、食事代を天秤にかける。
「ステーキ定食。500グラムだ。」
普通のメニューの3倍強の値段を要求される、食道のスペシャルメニューの名前を口にする。
「お前の辞書に遠慮って言葉は無ぇのかよ・・・まぁ良いけどよ。」
天秤の片方に乗った500グラムの肉が、天秤をそちら側に傾けた。
「じゃぁご相伴にあずかろう。」
私のその言葉を聞いて、乾はあからさまに嬉しそうな顔をした。
そんな乾を横目に見つつ。
「ただその前に、着替えてくる。」
射撃場の近くに設けられた女性用ロッカールームの扉に手を掛けながら、乾に告げた。
スペシャルメニュー。と題されるだけあって、ステーキ定食は気合の入り方が違う。正直何故『定食』という文字を付け加えたのかが疑問だ。『ステーキセット』とかの方がまだ洒落っ気があったろうに。いや、食堂なのだからこれで十分か。
注文通りレアに焼かれた500グラムの1枚肉が皿に鎮座し、その周囲を固めるようにパン、コンソメスープ、ミニサラダが控える。ここに導入されているシェフボットの内臓ソフトウェアは中々に性能が良いらしく、正直この駐屯地の付近にある全てのレストランや、食事所よりもここの飯の方が美味い。
「相変わらず圧巻だな・・・」
私の前に置かれたステーキ定食をみて、乾がそう漏らす。
「つうか食えんのか?」
その上で、そんな心配をしてきた。心外だ。
「余裕だ。既にデザートのことを考えているぞ、お前の奢りのな?」
私の答えを聞いて、乾は絶句した。が、それに意義を唱えはしなかった。どうやら懐には余裕があるらしい。
「その腹の何処に入るんだよ・・・」
テーブルから覗き込むように私の腹部を見ながら、乾が呟く。流石に軍人である私の腹は、よく言えば引き締まっている、悪く言えば色気が無いが。
「なんだ、セクハラか。慰謝料として晩酌も奢らせてやろうか?」
軽くおどけてみせる。
「お前は腹ん中に何を飼ってんだよ。」
それをあしらいながら、乾は自分が頼んだボロネーゼをフォークで巻きに掛かる。
「まぁ一緒に晩酌してくれるってなら考えんでもないがな。」
「何を言う、酒保で一通り買わせるだけに決まってるだろう。流石にお前の前で酔う気にはなれんよ。」
私の答えに対して驚いた風もなく「ケッ」と呟いて乾は食事に戻った。
ナイフで盛られた肉を切り分けていく。私はこの手のものを食べるとき、先に切り分けてしまう派だ。
さいの目、とまでは行かないものの自分が一口で納められるサイズに肉を切り分けてから、食事を始める。
肉は生に近い方が好きだ。この方が、肉を食っている気がする。
「相変わらず良い食いっぷりだよな。」
肉、肉、パン、肉、スープ・・・
「流石に肉500グラムのセットメニューを食おうって気には俺でもならないぜ。大体義体化されてる分消費カロリーは減るはずだろ。これだけ食ってるそのカロリーは何処に消えるんだよ。」
肉、スープ、パン、肉、パン・・・
「まぁデスクワークの俺と違って実戦担当は・・・って聞いてるか?」
「乾五月蝿い。」
全く、食事に忙しい私の邪魔をするとは。
「おまえなぁ、一応奢ってもらってるんだから会話に付き合えよ。結局寂しいじゃねぇか。」
ふむ、確かこいつの寂しさを解消する対価としてこの定食を奢って貰ったのだったか。
「成程、一理あるな。」
「だろう。」
だが従う義理は無い。と思いつつも、流石に不憫になってきた。
「乾の推測どおり、私達は常日頃から体を動かし続けているからな。私のように義体化した部位が少ない兵士ほど日々の訓練メニューはきつい。必然的に摂取カロリーも増える。」
尤もらしい解説をしながら合間合間にぱくつく。
「そういえば、お前達技研の連中は甘い物好きが多い気がするが、気の所為か?」
序でに、会話もつなげてやろう。
「ああ、確かに甘党多いかもな。ただ、頭を使うから甘いものが好き、ってのは偏見だぜ。実際俺は甘いものが左程得意ってわけじゃない。大体脳の栄養源はグルコースだろ。炭水化物で良いんだよ。」
「グルコース?」
耳慣れない言葉だ。
「あー、ブドウ糖。このぐらい生物の授業で習わないか?」
「体育以外は睡眠学習に当てていたんだ。」
成程、ブドウ糖か。あれは疲労回復の特効薬だな。たまに世話になる。
「よく卒業できたな、お前。」
「落第はしてないぞ、睡眠学習の賜物だ。」
私の答えに乾は絶句した。
「陸軍の入隊試験はどうしたんだよ、袖の下でも渡したか?」
「私は特別入隊組だよ。」
あの戦場で、失った体と家族の変わりに私は兵器と戦友を得た。
「そうか、なら頭空っぽでも大丈夫だな。」
他の奴と違い、乾は謝らなかった。
「お陰で入隊してから大変だったのは知ってるだろう。まさか兵士に学がいるとは。」
「最低限な。俺達よりはマシなはずだぜ?」
乾は意地の悪い笑みを浮かべた。馬鹿な、あれが地獄ではないのか。
「最も、俺達は初めから頭を買われて入隊してるからな、内容は酷くても別に平気だ。」
ちっ。
「しかしやっと納得がいったぜ。なんで付きっ切りで面倒見てやらにゃならなかったのか。特別入隊じゃ放り出す訳にもいかないしな。」
「お陰で乾のスパルタ教育を受ける羽目になったんだ。同情してくれ。」
「生憎、初対面の『先生』を呼び捨てにする女にかける情は無ぇよ。」
いろんな人間から腫れ物扱いされていた私は、あの頃荒れていた。
「だからと言って、初対面の女を張り倒す奴があるか。」
つまり、どっちもどっちという話。ただ、その扱われ方が少し嬉しかったのは内緒だ。
『俺を呼び捨てにしたきゃ正規隊員になれ糞アマ!!』
吹っ飛んだ私に乾が言い放った言葉思い出したら可笑しくて、思わず声が出た。
それを見て、乾も少し笑う。なんだか『良い』雰囲気だな、腹が立つ。
「やろう。ご馳走様。」
丁度食べ終わった事をキッカケに、意図的に残していたミニサラダを乾に押し付けて席を立つ。
「相変わらず早食いだな。あれ、デザートは良いのか?」
「免除してやる。」
本気にしていたのか。律儀なやつめ。
「そうだ、今度出かけないか?一緒に。」
食堂を後にしようとする私を乾は呼び止めた。デートの誘い、だろう。
「そうだな。終戦したら、な。」
その手の話は、命の危険が無くなってからしたい。
乾は何も言わず、ひらひらと手を振った。