誰かの話し声で目が覚めた。
襖1枚挟んだ向こう側で、一組の人が何か話している。
特に聞き耳を立てるでもなく聞くと、どうやら男女のようで、男のほうが台詞の端々に『なにそれ可愛い』とか、『俺ならほっとかない』とか、なんかナンパな発言を繰り返している。
この辺りで寝ぼけていた頭が徐々に覚醒して、ゆっくりと現実に追いついてくる。
遠方から学校に通うのがかったるかったので友人と同居することにしたのがこの春のこと。
それまで特に問題のない、いい友人だと思っていたのだが蓋を開けてみるとこの男、非常に女癖が悪い。何しろ週単位で女性をとっかえひっかえしやがるのだ。
しかも2股3股は当たり前。俺はこの半年間で7,8回修羅場に遭遇している。しかもその内一回は当事者不在だった。
確かこの男、今も付き合っている女性がいた筈だから、今口説いている女性で良くて2股めだろう。いや、この数え方があっているのかどうか非常に自信が無いが。
普段なら面倒ごとに巻き込まれまいとこのまま2度寝を決め込むのだが困ったことが1つ。
意識が覚醒してしまった所為で生理的欲求が鎌首を擡げてきた。
お腹すいた。そういえば今日は昼食以降何も食べてない。というか今何時だ?
枕元においてあった携帯を点けて確認すると現在の時刻は21時を少し回ったところ。
昼前に起きて朝食兼昼食、ブランチ?を食べた後3時過ぎまで映画を見ていて、眠くなったから押入れに潜り込んだ辺りで記憶が無いから、6時間ほど寝ていた計算になる。
昼寝にしては長いな。いや、そもそも昼から夜にかけて寝ることを昼寝と呼んで良いものか甚だ自信が無い。まぁ昼に寝始めたから昼寝で良いだろ。
閑話休題。
勿論、我慢してやると言う選択肢は無い、同居人のけしからん恋路など知ったこっちゃ無い。
逡巡など一切無く、俺は襖を開け放った。
「人の寝てる隣で女口説いてんじゃねぇよボケナス。」
序に開口一番罵声を投げる。
「うぉっ、佳樹。いたのかよ。」
驚いた声を上げる同居人、序に亮悟の隣の女性が「誰この人?」とか聞いていた。
「ああ、こいつが佳樹、俺の「彼氏だ。」
亮悟の台詞を食って言葉を被せる。魔が差したので実行してみたが効果はてき面で、辺りの時間が凍りついた。
「おま・・・なに言って・・「どういう事?」
再び亮悟の台詞が食われる。女性の雰囲気が明らかに豹変した。
そりゃまぁ口説かれていた相手がホモだと知ればこうなるだろう。
「いやこいつ性質の悪い冗談言うのが好きでさ、「何だ亮悟。俺との関係は遊びだったのか?」
興が乗ってきたので弁明を遮る。少し悲しげな表情をするのを忘れない。
「帰る。」
それだけ言い残すと、女性は部屋の中にあったバッグを掴んで、部屋から出て行こうとした。
「一寸待って!」
亮悟が何とか呼び止めようと手を伸ばすと。
「触らないで、ホモが移る。」
凄まじい一言を言い残し、亮悟の手をキチンと叩いて出て行った。アパートの鉄扉が閉まる音のなんと物悲しいことか。
ところでホモって接触感染するのだろうか?個人的には空気感染説を推したい。ホモと同じ空間にいるとホモになる的な。
「おい佳樹、俺は明日からどんな顔してガッコに行けばいいんだよ!」
「ホモでーすって顔していけば良んじゃね?」
答えている最中に一寸吹いてしまった、反省。
「ふざけんなよお前!?俺のキャンパスライフをどうしてくれる!!」
「いやお前の爛れたキャンパスライフなど知らん。壁の変わりにお前を殴ってやろうか?」
想像してみると随分楽しそうだった。
「って言うかお前ほんとにソッチ系?だったら同居自体考え直すけども。」
「あ、それは大丈夫。俺ファッションホモだから。」
「何がどう大丈夫なんだ!?」
つまりホモじゃないということなんだけど、まぁいいや。説明メンドイ。
「ったく・・・つかお前今日一日何してたの?」
唐突に話題が変わる。
「3時間ほど映画見た。」
「以上!?」
良く考えるまでも無くそれだけだった。と言うか今日俺はその3時間しか起きていない。それ以外の時間は寝ていた。
「お前いい加減ガッコ来いよ。そろそろ中間だぜ。」
そうか、もうそんな時期か。そろそろ学校に行って勉強をし始めないと単位を落すな。
「つう訳で、表に出る訓練をしようか?」
どういう訳か解らないが、いきなり亮悟がそんな事を言い出した。
「飲みに行くぞ、テメェの奢りだ。」
なるほど、慰謝料代わりらしい。
「割り勘までなら承ろう。」
それだけ言って着替えを始める。今気付いたが、俺パジャマで人前に出たんだな。恥ずかしくもなんとも無いが。
「ああ・・・いつもよりマシか。」
移住に当たって適当に私物をつめたバックから財布を取り出して、ズボンの尻ポケットに詰める。準備完了。
二人で部屋の外に出た所で亮悟に呼び止められた。
「所でお前金持ってんの?」
確かに。
「コンビニ寄ってから行こうか。」
ATMから金が出てくるとは言っていないが。