無題   作:MONO_

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無題

 都会と田舎の境目、ベッドタウンとも呼ばれる領域にある駅の周囲は繁華街としての体裁を概ね保つ。その端、大通りの一本内側。性風俗に関わる店が何件が固まるエリアに場違いな男性の姿がある。

 ジーンズとTシャツ、背中にはショルダーバック。地味、と呼ばれる格好。遊び慣れていないのか、手に持ったスマートフォンと周囲の光景を何度も見比べている。あるいは、この街で遊ぶのが初めてなのかもしれない。

 男はきょろきょろしながら、時折客引きをかわしつつ、一軒のビルを前に立ち止まった。入り口脇の柱には「高倉ビル」と銘打たれている。どこにでもあるようなテナントビルで、表札に複数の会社名が書かれていた。貸しオフィスとして運営されているのだろう。時刻は既に深夜と呼べる時刻であり、窓ガラスに光は無い。

 不安げに周囲を見渡し、ビルの名前を数度確認してから、男はそのドアを押し開ける、抵抗無く開いた。そのまま奥へ進みエレベータのボタンを押す。

 下向きの矢印が描かれたボタンは、押されたことに反応して光る。何気ない光景だが、それはこのビルに取り付けられたこのエレベータは、ビルに入っているオフィスに人が居ないにも関わらず稼動していることを示す。尤も、地下階が存在する以上、外からは人が『全く』居ないことを確信することは出来ない。

 勿論、ここを尋ねてきた男にしてみれば、こうして電源が入っていることは、自分が間違えていないことを担保してくれているようで嬉しかった。とは言え、このような場所に案内されたことに一抹の不安が残っていることも、男の中では事実だった。

 暫しの待ち時間の後、エレベータが到着する。間の抜けた電子音が響いた。男は開いた扉の向こうへ足を踏み入れ、地下1階を行き先に選んだ後「閉」のボタンを押す。

 男が何気なく見上げたドアの上にある案内板の内容を信じるなら、地下1階にテナントは入っていない。暫しの待ち時間の後扉が開く。

 エレベータから降りた男の前には無味乾燥なビルの廊下がある。

 向かって左手にトイレや給湯室といった水周りが固まった領域がある。廊下はビルの壁面に対してL字型になっているようで、その内側にテナントが入るスペースが確保されている。エレベータの正面は廊下の幅が若干広めに取られており、エレベータホールと呼べないことも無かった。

 エレベータから降りた男の正面には壁しかなかった。煌々と蛍光灯に照らされる廊下の明るさは、手入れされた光の安心感ではなく、寧ろ冷たい拒絶を男に感じさせる。

 男は少したじろいだが、向かって右手、奥に向かう廊下を歩く。

 暫し進むと、左手に扉を見つけ、男はそれをノックした。2回、空洞音が響く。

「どうぞ。」

 内側から響いたのは女性の声だった。それも、随分若い。それに男は驚き、扉を開けることを躊躇う。

「どうぞ?」

 暫しの後、扉の向こうから再び女性の声が響く。ノックがあったのにも関わらず人が入ってこない事をいぶかしんだのだろう。

 意を決したように男が扉を開く。部屋の中は意図的か、或いは偶然か、廊下より一段暗い。それは男がイメージする非合法行為に適っていたので、彼は寧ろ少しほっとした。

「よかった、幽霊かと思いましたよ。待ち合わせに使うビルの変更をまじめに検討しました。」

 がらんとした部屋は、扉の対面に設けられたカウンター以外に一切のものが置かれていない。壁面さえ、入り口から向かって左側、カウンターの少し手前に設けられた扉以外、一切の変化無く平坦だ。

「白川 雄一さん、ですよね?」

 扉の向こうから現れた男を、室内の女性はそう呼んだ。

 長い黒髪を洒落っ気の無い茶色のヘアゴムで後ろに結い、フード付きのパーカーを着ている。その下に着たシャツの胸元には大きな柄がプリントされていた。何かのキャラクターかもしれないが、白川と呼ばれた男にそれを判別することは出来なかった。

「はい、予約していた白川です。」

 女性の呼びかけに、男、白川が答える。

「よかった。」

 そう言って女性はあからさまにほっとした表情を浮かべた。

「ところで、先ほど部屋に入るのを躊躇われたみたいですけど、どうしたんですか?」

 先ほどの白川の行動を、女性が尋ねる。

「あ、いや、まさか女性の声がするとは思っていなかったので。」

 それに白川は正直に答えた。彼の想像ではこういうとき聞こえてくる声は男のもの、威圧的か、或いは冷たい印象を与えるような、そんな声。

 勿論それは彼が勝手に抱いた幻想であり、一切の根拠はない。

「ああ、それは確かによく言われますね。らしくない、って。」

 白川の返答に女性は特に驚いた風も無く返す。

「雑貨屋『マツリ』のオーナー兼デザイナー兼販売員兼その他諸々を1人でやってます、永谷 南帆と言います。」

 その名前に白川は聞き覚えがあった。彼が注文の為にこの店とやり取りをした相手の名前だ。

「ちなみに、この店では『私』の雑貨は取り扱ってないんで、宜しく。」

 なぜか私、の部分を強調して永谷が言う。

 暫し間が空いた。それは、お互いに会話の切欠を探しているような間の空き方だった。

「すいません、余計なこと言いましたね。」

 その後、永谷が謝る。自分の発言が場の空気を氷付かせてしまったことを、だろう。

「ああ、いや、私もどう返していいか解らなくて。すいません。」

 それに白川が謝り返す。

 彼は戸惑っていた。自分が注文した商品の質に対して、この場所で行われるやり取りの質に。これではまるでオーダーメイドした商品を普通に取りに来ただけのようではないか、と。

「注文の確認だけしますね。」

 少し意識をして、永谷は事務的な口調と声を出す。緊張と戸惑いを抱えている白川からすれば、そのほうがやりやすいだろうという判断だったが、それはほぼ的を射ていた。

「ああ、はい。」

 白川が返す。

 永谷はカウンターの下からバインダーを取り出し、その上に乗った紙の内容を読む。

「注文は眼球のストラップと、頭髪のミサンガで宜しかったですよね?」

「はい。」

 白川は小さく頷いた。

「では先に代金をいただいて宜しいですかね。」

 バインダーの上の紙をめくりながら永谷が言い。

「成功報酬が、税込みで140万と4千円になります。」

 そう続けた。

 それを聞いた白川は、自分の背負っていたショルダーバックを体の正面に持ってきてからその口を開け、中から封筒を1つ取り出す。

「300万入ってます。」

 それを永谷に渡しながら、白川が告げる。

 受け取った永谷がそれを開けようとすると、封筒の口に封がしてあった。

「律儀な・・・。」

 そうぼやいてから、永谷はカウンターの下からペーパーナイフを取り出し、慣れた手つきで開封し、封筒を逆さにして中身を取り出す。その後、出てきた万札を手で扇状に広げ、数枚ずつ数えていく。その手つきは銀行員のそれだった。

「300万円預かったので、159万6千円のお返しですね。」

 万札の束を先に白川に返し、またしてもカウンター下から小さな金庫を取り出して、5千円札1枚と千円札1枚を取り出し、白川に渡す。

「あ、レシートはありませんので、悪しからず。」

 カウンターの上に放置されていた封筒に白川が金を戻すのを見ながら、永谷が付け加える。

「はぁ。」

 この場所で、レシートを求められたことがあるのだろうか、と内心で考えつつ、白川は返事をした。

「では商品を取ってきますので、少々お待ちくださいね。」

 言い残して、永谷は壁の扉を開け、その向こうに消えた。

 手持ち無沙汰になった白川が周囲を見渡す。勿論見るべき場所などこの部屋のどこにも無く、すぐに白川の視線は空中の適当な点に固定される。それは白川が何か物思いに耽るときの癖だった。

 彼は回想しながら、1つの気になる点をどうやって尋ねようか考える。それは、今回の商品の材料を、一体何人で分けたのか、という事だった。

 事前に受けた説明の内容を信じるなら、白川が今回払った金額からして、恐らく10人以上の人と分け合ったことになる筈だ。別に嫌だ、というわけではなかったものの、出来れば具体的に知っておきたいと白川は思っていた。つまるところ、リスクを犯してでも彼女を手に入れたいと願った人の数、という風に白川には解釈できたからだ。それは、彼にとって同胞と言い換えることも出来た。

「お待たせしました。」

 そんなことを考えている間に、永谷が扉の向こうから現れる。手には2つの箱を持っている。どちらも大したサイズではなく、普通に掌に乗るような物だった。

 白川とカウンターを挟んで再び向かい合った永谷は、カウンターの上に2つの箱を置き、片方ずつその蓋を外す。中身はそれぞれ先ほど永谷が言った通りのものだった。つまり、眼球のストラップと頭髪のミサンガである。

 ストラップの方は直径2センチ程度。特になんのひねりも無く眼球である。吊るしたときの見栄えがよい様に、瞳から90度方向の強膜を貫くように紐が通っている。瞳のある面の反対側、本来なら神経が通っている筈の場所はあたかも強膜が張っているようになっている。

 ミサンガは直径が5センチ程度。注意してみなければ違和感は無い。ミサンガを構成する糸の質は全て同じだが、ベースの黒に対して、赤い幾何学模様が入っている。

「どうぞ。」

 永谷が短く白川を促した。

 その言葉を聞いてから、白川は2つのアイテムを1つずつ手に取り、それを矯めつ眇めつ眺める。その表情は美しい美術品を眺める人のそれだった。

「このミサンガに使ってるのはあの娘の髪だけ?」

 興奮しているのか、言葉遣いが少し砕ける。

「はい、流石に黒1色では寂しかったので、染めたあと柄として編みこみました。」

「それと、このストラップの方はどの位の強度がある?」

 永谷の発言に半分かぶさりそうになりながら、白川が問う。

「一度開いた眼球に防腐処理を施してから、濁ってしまわないように水晶体を樹脂と交換しています。その後、同じサイズのプラスティック球に貼り付けてから、樹脂でコーティングしていますので、それなりの強度はあると思います。」

 淀みなく、永谷が説明する。

「じゃぁ後ろの穴は?眼球って神経が通ってるんだろ?」

「それは紐を通すときに切り取った強膜で埋めてます。」

「ということは保存や強度の確保の為に使った樹脂性のパーツ以外は、全部彼女なんだね?」

「はい。」

 そのまま暫く、白川が商品を確認するのを永谷は見ていた。

「気にって貰えましたか?」

 暫しの間を空けてから、永谷が尋ねる。

「勿論。本当にありがとうございます、永谷さん。」

 白川は永谷の問いに元に戻った口調で答えた。先ほどの自分の言動を思い返したのか、すこし苦笑いの様な表情を浮かべながら、2つの商品を箱に戻し、丁寧に自分のショルダーバッグへしまった。

「一応これで商品の受け渡しは終了ですけど、ほかに何か尋ねたい事があったら今のうちにどうぞ。一応メールでの対応もしますけど、どうせなら面と向かっている内に解決できるのが一番だと思いますので。」

 永谷の気遣いに、暫し白川は考え込む。

「じゃ、じゃぁ幾つか。」

 意を決したように白川は口を開いた。

「今回の『材料』作間 未和さんは、一体何人で分け合ったんですか?」

 人の体に由来する材料を用いて、様々な商品を作成する雑貨屋『マツリ』の商品は一様に高い。頭髪や爪など、材料の協力によって比較的低リスクに手に入れられるものならいざ知らず、眼球や皮膚、或いは手指などの所謂再生しない、ないしし難いパーツを使って商品を作成する場合、材料を殺害することが多い。

 当然ながらその報酬は莫大な金額になるため、多くの場合、客が必要としなかったパーツを競売にかけ、1人を殺した際の値段を数人で分け合って負担するのだ。勿論、材料は散り散りになって複数の人間に渡る事になる。

「守秘義務があるので誰に、とは言えませんが2人です。」

 淡々と、永谷が答える。その数は、白川の想定よりはるかに少なかった。

「あの、用途は何でしたか?」

 自分が必要としたのは眼球と僅かな毛髪だけ、もう1人は残りのパーツ全てを買い取った筈であり、その金額はかなりの額になる。そこまでして、何のために手に入れたのか、白川の興味を引いた。と同時に白川の中で嫌な想像がされ、彼の顔に緊張が走る。

「ああ、食用ですよ。」

 その答えは、白川が想像した最悪とは180度異なる方向のものだった。彼の表情から緊張感が抜ける。

「ああ、アダルトグッズにされたのかって心配してました、もしかして。」

 そんな白川の表情の変化を見て察したのか、永谷が言葉を続ける。

「はい。」

 白川は肯定した。少なくとも自分には手に入らないなら彼女の一部でも、と思っていた訳で、それを他の男に汚されるのはやはり抵抗があった。自分のように愛でるのであれば、それは彼女の美しさに惹かれての事と解釈できたので、まだしも抵抗感が柔らぐ。そう言う意味で、多数の人間が分け合っていたのではと期待できる金額になっていたのは、白川にとっては救いだったのだ。多くのパーツが1人の人間に渡ったのでなければ、と。

「ダッチワイフみたいな使い方をする場合、顔が損壊した材料を使用することは稀ですね。たまーに首から上だけ別な人とつなげて、ニコイチで作ってくれなんて言う人も居ますけど。あれ結構接続面がグロいんですよね。」

 事も無げに永谷が説明する。

「まぁ今回引き取ってかれた方は確か若い女性、ってだけで食いついて来たんで、そういう性癖はないと思いますから、安心してくださって大丈夫だと思いますよ。」

「そ、そうですか。」

 自分も大概だとは思っていたが、その上を行く人の話を聞いて、白川は世の中の広さを痛感する。

「そしてその話しぶりだと、私みたいな人は結構多いんですね?」

 そのまま流れで、白川は2つ目の質問をした。

「ええ。」

 あっさりと永谷は肯定する。

「でないと商売にならないですよ。同業者も結構いますしね。理由もいろいろです。亡くなった方を偲んで、とか、貴方みたいな動機の人とか、ファンだったあの人の、とか。」

「ファン?」

 永谷の言葉の中に出てきた単語が気になって、白川は話の腰を折った。

「ええ、有名人が亡くなったときにだけ、その人を材料としたアイテムが出回るんですよ。」

 世界中でのスタンダードかどうかは置いておいて『マツリ』では有名人を材料とする依頼は全て断っている。リスクが高すぎる為だった。

「最近で一番マーケットが沸いたのは・・・マイケルジャクソン、かなぁ。あの時は私も奮発して、競売に参加しましたよ。危うく首が胴体とバイバイしちゃう所でしたけど。結局暫く働かなくていい位の儲けになりましたから。」

「でも、死体の盗難なんて聞いたことないですよ?」

 そんなことが起これば間違いなくニュースになる。それが白川の生きてきた世界の常識だった。

「いやいや、バレてないんで。」

 顔の前で手を振りながら永谷が言う。

「霊柩車に乗った後の死体なんて、業者がグルになってれば幾らでもパクれますから。それこそ車内で棺桶開けますからね、奴ら。日本だと火葬場で摩り替えるのが一般的みたいですけど。骨になっちゃうともう誰が誰だかなんてわかりませんからね、背格好と性別だけ合わせりゃ問題ないみたいです。アメリカだと、棺桶空の有名人も居るかも知れませんね。霊柩車から出した後開けないでしょうし。」

 全く知らない世界の常識が、白川に知らされる。

「需要も大きいですから。誰かが身に着けていたもの、使っていたものをありがたがる気持ちの延長上に、遺体をありがたがる気持ちがある。今だって、遺灰を使って記念のアイテムを作ったりしてますから、もしかしたら今後、亡くなった人の体のパーツを使った作成は合法になるかも知れませんね。殺すのは絶対駄目でしょうけど。

 もしかしたら、元ワイフのダッチワイフなんて代物が大手を振って作れる時代が来るかもしれませんね、猫の毛皮をマルチコプターに貼り付ける時代ですし。」

 後半は笑いながら、永谷は話す。

「だから、別に自分が異端なんて思わなくても良いと思いますよ。一寸時代を先取りしちゃっただけですって多分。」

「ありがとうございます。」

 自分がした質問の意図を察されて少し恥ずかしくなりつつ、白川は礼を言った。

「いいえ。他に何かあります?」

「大丈夫です、ありがとうございました。」

 礼とともに、頭を下げてから、白川は部屋の出口に向かう。

「ああ、最後に1つだけ。」

 部屋の扉に手をかけたとき、何かを思い出したのか白川が振り返って問いかける。

「何で彼女の利き手を聞いたんですか?」

「それは、ナイショです。」

 答えながら、永谷は微笑んだ。

 

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