側面に「消費促進庁」と書かれた、やたらと丸みを帯びたデザインの1人乗り6輪車両の車内に儲けられたリクライニングチェアの背もたれを限界まで倒した上に寝そべる1体のアンドロイドが、ほぼ真球の頭部表面に赤いラインを灯らせている。その胴体にも、車体の側面と同じように「消費促進庁」の文字がある。
頭部と同じように、人体を記号化した結果残ったような球と円柱を中心に構成されたそのデザインは、端的に言って特徴に乏しく、ほぼ真っ白のペイントと相まって、企業の象徴性にあふれたそれとは対照的だ。一見、胴体の文字が無ければそれこそ何かの素体と見まごうようなその機体は、しかし公的機関の所有するアンドロイドとして、社会に広く認知されている。その特徴の乏しい機体の胴体に描かれた文字列のみがそれらの所属する省庁を表し、また全く同じ形態でありながらその機能と性能の大きく異なる機体である事を示す。
消費促進庁のアンドロイドが乗る1人乗り6輪車両は、幹線道路を法定速度ギリギリで走行し、暫くの後、右折して幹線道路から外れ、それぞれの道で定められた法定速度をギリギリクリアしながら住宅街へ入っていく。
やがて1軒の集合住宅の前で停まった車の中で、消費促進庁のアンドロイドが、頭部に灯ったラインの色を赤から青へ変化させ、起動状態に移る。
消費促進庁のアンドロイドが、音も無く開いたドアから車外へ降りた後、駐車違反を回避する為に1人乗り6輪車両が、無人のまま再び発進する。それを態々頭を動かして見送ってから、消費促進庁のアンドロイドは集合住宅のエントランスへと入ってゆく。
エントランスに設けられたインターフォンに指を這わせ、自らが用のある部屋番号を呼び出す。間の抜けた電子音の後、数十秒の間を空けても、その部屋の主が応答する事は無かった。
それを受けて、消費促進庁のアンドロイドの頭部にある青いラインのフチで緑色のラインがチカチカと明滅する。
短い通信の後、集合住宅の管理会社からマスターパスワードを取得した消費促進庁のアンドロイドは、12桁のパスワードを一瞬でテンキーに入力し、スイッチの入ったマイクへ規定のメロディを発する。尤も、それは人の可聴域を超えたメロディだが。マイクから、同じように発せられた認証のメロディを聴いて、消費促進庁のアンドロイドはエントランスを抜けてエレベータホールへと歩を進める。
ロックの外れた自動ドアが開き、既に待機していたエレベータが扉を開ける。乗り込むと、消費促進庁のアンドロイドは目的の部屋がある7階のボタンを押した。
暫しの後、目的の階で停止したエレベータから降りた消費促進庁のアンドロイドは、そのまま前進して、先程インターフォンに打ち込んだ番号の部屋の前へ到達する。
一応ドアノブに手をかけて回し、通常の手段でドアを開こうと試みるが、扉は開かない。
誰に見られているわけでもないのに、態々嘆息するような動作をしてから、消費促進庁のアンドロイドは、鍵穴の位置から検討を付けたデッドボルトの通っているであろうドアと戸の枠との継ぎ目へとを当てて、握る。
たったそれだけの動作で、金属が擦れて破断される甲高い音と共にドアと、枠、そしてデットボルトが握りつぶされ、鍵としての役目を果たさなくなる。
そのまま扉を開いて、消費促進庁のアンドロイドは室内へと押し入った。
「小野寺さん、この家におられるのは解っています。速やかに出てきてください。」
滑らかで有りつつ、合成音声だと理解できる声で、消費促進庁のアンドロイドは室内へ呼びかける。
「消費者へ、これ以上の実力行使を行う事を、我々消費促進庁は望んでおりません、速やかに出てきてください。」
言いながら、消費促進庁のアンドロイドは室内を検めてゆく。
程無く、玄関からリビングへ繋がる廊下沿いにあった一室の中で、ドアに向けて鉄パイプを構える初老の男を消費促進庁のアンドロイドが発見する。
「寄るなっ!!」
扉を開けて、消費促進庁のアンドロイドが入ってきたことを確認した瞬間、小野寺が叫ぶ。
「このマシンはまだ使えるっ!交換なんて応じない!!」
小野寺の背後には、机と、その上に乗った1台のデスクトップPCがある。
「ですが小野寺さん、そのPCは既に使用期限を過ぎています。無償で新しいマシンをご用意いたしますし、システムの互換性も十全に確保してありますから、フルバックアップを行ったメディアをディスクトレイに入れた状態で起動していただければ、それだけで環境の移築も可能です。何故それを拒むのですか?」
言いつつ首を傾げて見せながら、消費促進庁のアンドロイドは一歩前進する。
「寄るなっ!!」
それを見て、再び小野寺が叫んだ。仕方なく、消費促進庁のアンドロイドは一歩下がる。
「キサマ等には解らんかも知れないがな、このマシンには愛着があるんだ、それをそんな理由で手放せるか!」
「しかし、そのマシンは既に製造から5年の年月が経っています。パーツの個体差もありますが、これ以上の使用は突然の故障に繋がる危険があります。小野寺さんの大切なデータを、そのようなリスクに曝すわけには参りません。」
消費促進庁のアンドロイドは、合理的で、大抵の人が納得できるような理由を並べた。
「そんな理由で納得できるなら、私はこのマシンをとうの昔に手放している、そうじゃないんだ!」
その表情と、口調から小野寺が強い興奮状態にあり、このままでは何をするか予測が付かないと判断し、消費促進庁のアンドロイドは代案を提示する事を決定した。
「わかりました、その『思いいれ』という物が消費者の皆さんにとって大事なものである事を、我々消費促進庁は重々承知しています。数日中に、PC1台分の代替消費に関する案内が届くと思いますので、その指示に従ってください。また今後は、円滑な消費活動の為、このようなケースでは事前に役所への届出をお願いいたします。それでは。」
それだけを言い残し、消費促進庁のアンドロイドは踵をかえす。部屋に残された小野寺は、拍子抜けしたようにぺたりと座り込んだ。
「扉については、30分もしない内に代わりが届きますので、ご心配なく。」
玄関から、合成音声がさも当然の様に、そんな事を言い残して行った。