無題   作:MONO_

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無題

頭に少々白髪の目立つ中年の男性が、テレビ画面の向こうでさも知ったような顔で実際はよく知りもしないであろうことを朗々と喋っている。

「いやぁ、でもいいんですかね?幾ら国土防衛の為とは言え、幾らなんでも道理に悖るでしょう…」

 画面右上には目立つ配色で「無人兵器の嘘、衝撃の正体!!」なんてテロップが表示されていて、長い机に横並びになって座る複数名のコメンテーターと、その向かって左端のキャスター達は揃って暗い表情を浮かべている。

 きっとテロップの論調が違えば、彼らの表情はまた変わってくる筈で、簡単なテキスト打ち込んで居並ぶ連中の表情をコロコロ変えられたらそれはそれで楽しそうだとか、益体もない想像が頭の中を一瞬よぎった。

「幾ら軍に遺体を供出した人のものとはいえ、人間の脳を兵器の処理中枢に据えているわけでしょう、その人が望んだかどうかとは一切関係なく、延々戦わされ続けるなんて、私は嫌ですねぇ。」

 別のコメンテーターが発した言葉に、他の出演者たちが深く頷く。

 先週の半ば頃から世間を賑わせているニュースの内容は、単純に言えば国境線の警備用に配備されているドローンの内、小隊及び分隊指揮を行う機体の処理中枢に、軍へ遺体を供出した人の脳が用いられているというものだ。

 まぁ軍属の人間の間では別に驚くようなことでもないし、そもそも技術自体秘匿されていた訳でもなんでもないのだが、いろいろそういう部分に敏感な人が騒ぐのを懸念して、あえて大っぴらにはしていなかったのが却ってまずかったらしく、その彼らが言う“真実”は、テレビ、ネット、新聞等あらゆる媒体でいっそ清々しいほどに騒がれた。

 技術自体の内容は殆ど調べないままに上っ面だけを見て騒ぎ立てるものだから、考えうる限りありとあらゆるデマが出回り、今じゃ当該技術を使ったドローンはパニックホラーに登場するグロテスクな生物兵器と殆ど同じ扱いだ。

 と、この先どんな頓珍漢な彼ら流議論が白熱するかと期待していたら、いきなり画面が真っ暗になった。

 振り返ると、自分がソファの肘掛けに置いておいたリモコンを持って、同居人の黒崎が立っている。

「日山、こんなの見てると馬鹿が感染るよ?」

 呆れ顔で言いながら、リモコンをソファの前に置かれたテーブルの上に黒崎が決めた所定の位置へと戻す。

「その理屈が正しかったら、お前はとっくに手のつけられない大馬鹿野郎になってるよ。」

 軽口を返しつつ、ソファのど真ん中を占領していた体を右端に寄せると、空いたスペースに黒崎が座る。

「全くさぁ、どっかの誰かが態々“発見”してくれちゃった所為で、ボクら仕事は今や黒魔術師か何かと同じ扱いだもん、困っちゃうよ。」

 なるほど確かに死体の一部分を用いて兵器を作るなんて、四半世紀前までならそれこそオカルトの領域か。

「残業おつかれさん。どうよ、作業の方は。」

 このニュースが原因で、一度騒がれている技術を使ったドローンの運用を停止することが防衛省から発表されたのが今週の頭。それから5日、黒崎は毎日帰りが遅い。

 勿論、開いた穴を埋めるのは人間の役割で、今週に入ってから週替りで国境警備任務へ小隊長として派遣される人のシフトが公開された。自分の初シフトは再来週だった。

「まぁ一段落かな。防衛網に穴を開けないように人の大脳を使ったBPU搭載ドローンを帰投させつつ、それと並行して機体の休眠とBPUユニットの取り出しをほぼ24時間ぶっ通しでやって、漸くって感じだけど。」

 行われている作業の内容自体は自分だって無関係ではないし、そもそも1日目の残業が終わって日付変更直前に帰ってきた黒崎の口からも聴いていたが、改めて聴くと一寸引く内容だ。

 玄関からここまで来る間にキッチンの冷蔵庫から取り出してきたのだろう缶チューハイを両手に持っていて、片方を開けたあともう片方をこちらへ渡しながら黒崎が続ける。

「しかもこの後回収した全BPUの記憶領域のフォーマットと、各種プログラムの再インストールが待ってるし…。この後も暫くは残業続きかなぁ。」

 今回の騒ぎで問題になったのはBPU、正確にはBiological Processing Unit の製造過程における、脳の記憶領域の扱いだった。

 現代においてBPU自体は特に問題なく利用されていて、街中で見かけるドローンの内半数ぐらいはBPUを搭載している。

 結局、ある程度以上の柔軟な判断能力を要求される場合、ノイマン型コンピュータよりも非ノイマン型コンピュータのほうが処理装置として適当だったというだけの話なのだが、用いる生物の種類によって処理できる情報の型と量に優劣があった。

「そりゃ大変だ。まぁ今日は週末だし、ゆっくり休め。」

 黒崎に続いて開けた缶チューハイを、軽く黒崎が持っている缶チューハイに当てる。

「うん。今日は飲むよ。」

 黒崎は大げさに缶チューハイを煽ると、無駄に据わった目で宣言する。

「じゃぁ何かアテになるものでも作ってやろう。」

 頭の中で冷蔵庫の中身から作れる料理を回しながら、ソファを立つ。大したものが残ってないから、イモやら肉やらの残りを適当に揚げ焼きにしちまおう。

 揚げ料理は、油が温まるまでの時間がネックだが、それさえ何とかなるなら大量生産にかかる時間は短い。

「やったぜ。」

黒崎が一寸大げさに喜んで見せる。こりゃ相当疲れてるな。

手早く手を洗って、少し深めのフライパンに油を注いだ後ヒーターの出力を最大にしてから食材の下準備を始める。

「しかし、俺はいまいちよく分かってないんだが、BPUの製造時に記憶領域のフォーマットが行われてないと何が問題なんだ?」

 冷蔵庫から取り出した余り物のじゃがいもを1口大に切りながら黒崎に訪ねた。

「記憶領域の容量ってぶっちゃけ個体差があってさ。足りないとマズイからプログラム可能な領域を製造過程の一番初めに定義するんだけど、当然記憶領域事態は余るのよ。で、その余った領域に何が入ってるかって当然だけど生前の記憶なのね。

 ただ、仮に記憶が残っていたとして、自我事態はプログラム可能領域の中に構築しちゃうし、定義した領域の外側へのアクセスはしない作りになってるから、本当そこにあるだけなんだけど、それが倫理的にマズイんじゃないかって話。

 万が一そこへアクセスすることがあったとしても、記憶じゃなくて単なる記録だから、プログラムされたドローンの自我が何かを思うわけじゃないんだけどね。

 まぁとにかくそういう事を気にする人がいるみたいだから、じゃぁ定義前に記憶領域全体を乱数データで埋めて、フォーマットしましょうってのが今回防衛省がした決定。

 ただ人体を使うことそのものへの忌避感が世間に蔓延してるから、結局大した意味は無いと思うけど。」

「なんというか、本当に気の持ちようだな。」

 正直そこを気にしだしたら、現状BPUを使用したドローンは全て真っ黒だ。いや、そもそも産業用のBPUに使用される脳って、特定個体の脳単体をクローニングして作っているから、生前の記憶と呼べるものが無いのか。

 だとしたら、彼らの批判はそれなりに的を射ているのかも知れない。もっとも、的を射ているだけで射る的を間違っている気はするが。

「そう、本当に気の持ちようなんだよ。人間の脳単体をクローニングで作ってしまえば、態々フォーマットする手間もないのに、そっちはそっちで嫌がるしさぁ。だからボク達技術者が、ひいこら言う羽目になるんだけど。勘弁してほしいよ、ホント。」

 何というか、どれだけ技術が進歩しても、結局その技術の中身を理解しない人達によって、技術者は苦しめられるのだな。

 実際自分も、世の中にある技術の中身を全て把握している訳ではないから、今は技術者と一緒に嘆く立場でも、一寸問題が変われば技術者に嘆かれる側になるのだろう。或いは黒崎も。

「しかしフォーマットと再プログラムが終わったら、お偉いさん方はまたそのドローンを実戦投入するつもりなんかね。」

「すると思うよ。」

 ふと沸いた疑問を口にしてみると、黒崎からはあっけなく肯定の返事が返ってくる。

「日山は戦う側の人だから知らないかもしれないけど、国境警備ドローンって結構損耗率高いんだ。全体で年間約4割。BPU搭載の隊長格でも年1割今日がやられる。もしこのまま体調の役割を人間が担う状態が続いたら、確実に死者が出る。最終的にはその数字を出して、今生きている人のかわりに、遺体を供出してくれた方々の脳を使うって論調でまとめるんじゃないかな。」

「いい感じに感情論なのがポイント高いな。」

 ある種のプロパガンダな気もするが。

「実際はそんなのじゃなくて、そこにあるのはただコストベネフィット分析から来る極めて合理的な判断だけどね。人間1人教育するより、脳みそ一個をBPUに仕立てて筐体に載せるほうが遥かに時間も金もかからないから。」

 つまりそれは、ドローンのほうが自分たちの教育費より高くなる日がくれば、その役割はこっちに回ってくるという意味でもあって、そう考えるとちょっと笑えない。

「まぁ実際、人命が失われるようなことになればそれこそ国境警備部隊そのものの存亡にさえ関わるから、人とドローンの役割が変わる事はないと思うけどね。」

「そうかい。なら暫くの間は、俺等の呼び名が穀潰しから変わることはなさそうだな。」

 国境警備部隊に若干名存在する人間の隊員は、普段穀潰し呼ばわりされている。一応ドローンのみでは対処が出来ないデリケートなお客さんを相手にする時に出撃しているのだが、そのお客さんの扱いはデリケートに過ぎるので公表されない。

 今回のスキャンダルは、そういう意味では漸くの出番と言えないことも無かった。

「ところでおつまみマダー?1缶空きますよ~。」

黒崎は相変わらずのハイペースで酒をかっ食らう。あれで酔わないから彼女は凄い。

「そんなすぐ出来るかよ。もうちょいでイモが揚がるから、それ空けたら取り来い。」

「うぇーい。」

 つまみのイモにかけるミックススパイスを探しながら返答すると、黒崎が返事をした直後に缶の中に残っていたのであろう液体を飲み干すのが目に入る。

 出来るから、飲んだら取りに来いであって、飲み終わったら出来上がる訳ではないのだが、今更それを指摘しても意味がない。

 菜箸でイモを突いてみるが、まだ若干芯がある。仕方がないので戸棚の中に入っている乾き物を幾つか準備しつつ、黒崎のペースから今晩の酒盛りがいつまで続くかを考えた。

 酒を買い足しに行くような事態にならなければ良いのだが。


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