「よーし、監督生さん早速練習しますよ!」
腕組みして仁王立ちする学園長もといディア・クロウリー。
到底今から華麗なダンスを始めるように見えはしないが気合い十分なようだ。
この度、1学年が終わり私は無事2年に進級することとなった。
今年の4年生は卒業を控えており、遂に1週間後に卒業パーティという名の卒業式を行う。
その際に何故か下級生代表としてパーティの舞台で学園長とダンスを踊ることとなった。ちなみに決定したのは2日程前のことでダンスの基本の基も知らない私には少し…いや大変キツいものであった。
放課後にクルーウェル先生と基礎の練習をして2日。予定が詰まっているらしい学園長との練習がやっと実現出来たのが今日である。
ちなみに今はド深夜だ。グリムは私に構わず寝てしまった。酷い相棒である。
「いやー遅くなってすみませんねぇ。」
「あ、はい」
「私これでも忙しい身の上でして…」
「へぇ」
「あの…流してません?」
「…」
「おや、無視?無視ですか?」
少々煩い学園長を横目に見慣れてしまったオンボロ寮からの景色を眺める。
オンボロ寮は少しだけ小高い場所に建っている為、それなりに眺めはいい。まぁそれなりに、だが。
夜のライトに照らされた学園の中庭は結構見応えがあると思う。
そんな景色の綺麗な窓の端には扉があり、出ると大きなベランダがある。
今私達はそこにいた。
夜の風が肌寒いけれど中庭の風景がとても綺麗で。寒いこともついつい忘れさせてしまう…。
「まぁいいです。それで基本ステップの仕方は…?」
「えと、一応…クルーウェル先生に少し教えてもらったんですが」
まだ自信は…
あはは、と力無く笑い頬を人差し指でポリポリと掻く。
学園長は対して気にすることなく頷き
「パーティーでの社交ダンスは男女をペアとするワルツを基本とします…ワルツのステップは4分の3拍子…と言うことは?」
いや…全く知りませんでした。
クルーウェル先生ではただ先生のステップに何とか付いていこうと頑張っていただけで、そんな専門的なことは聞いていない…。
知らないって顔に出ていたらしい学園長は分かりやすく顔を崩し
「…まぁ、百聞は一見に如かず、ですね…」
溜め息した後、すっと私に手の手を取った。
「クルーウェル先生とダンス練習したのですから、体は覚えている…筈でしょう。まぁ大丈夫、ええ、きっと」
適当な言い方だったが、確かにやってみなくては分からないこともあるから、私はその手に自身の手を重ねた。
「よろしくお願いします」
「ええ」
学園長は言い、腰に手を回すといきなりクイッと私を引き寄せた。
その所為か密着する体に少しドキマギする。
クルーウェル先生の時にはあんまりドキドキすることはなかったのに…いや、こんなに密着はしなかったからか。
そういえばクルーウェル先生はすこし体の間を開けてくれていた…
顔も少し近くなり…ふい、と逸らした。
「監督生さん」
すると学園長が私の逸らした顔を手で挟み無理矢理正面を向かせ
「ダンス時は顔はお互い見合わせてやるのが基本です基本!それと私の肩に手を!」
「…っ」
仕方なく顔を合わせ肩に片手を置く。
学園長はそれでいいという風に満足げに笑って再度私の腰に手を回した
「ステップはさっき言った通りですが、まぁ…わからなかったら私の足を真似ればよいので」
「…はい」
言うも学園長の体が近くて緊張する。
顔に息が掛かりそうな距離だ…。
それ故、
「じゃあいきますよ」
動き出す学園長。手加減してくれているのかゆっくりと動いてくれている…のだが…。
「っわぁ」
集中できずに学園長の足に引っかかり倒れそうになった。
咄嗟に学園長が支えてくれていて助かったが…。
「…あのですねぇ監督生さん」
学園長の静かな声に「うぅ」と唸るしかない。
ダンスはこれほど近付くものなのか…なら私にはある種困難…すぎる…
「集中してください」
「すみません…」
謝ると学園長が単語を発し頭を掻いて空を見上げた。
ぼんやり何かを考えているみたいで…。
じぃと見ていたらいきなり顔をズイッと近付けてきて…思わず赤くなる顔。
「もしかして」
それに何か気付いた様だ。
「緊張してます?」
「っ…!?」
当てられ更に赤くなる。
学園長は眉を曲げ困った顔。
「…まぁ…密着して緊張するのもわかりますが…これがダンスの基本ですからねぇ」
それはなんとなくわかるけど…分かっても緊張して照れて…どうすればいいか分からない。
「…んんん…」
学園長は唸り声を上げ、そしてすぐ何を思ったのかまた私の腰を更に引き寄せた。
また密着する距離にカーッとなる。
「ななな、何っ?!」
そこは逆に距離を取るとこでは?!
慌てた私に学園長が一言
「…背肉」
ぼそりと呟くような声の後に背中の肉をプニプニと揉まれる。
「っ?!」
なんだか色々と突っ込みたい。
というかいきなり背肉って揉まなくても!
そこまで肉があると言いたいのか?!
否それより、
「ふ、はは、も、」
こしょばったい!
背中とか脇腹に弱い私。
学園長に背中を揉まれるのは苦痛だが思わず笑ってしまう。
「も、やめて、」
言うと学園長は案外簡単に止めてくれた。
はぁはぁ、と笑いすぎで荒い息を整え学園長を睨む
「い、いきなり何するんですか?!」
背肉とか揉まれて、女としてすごいショックだったんですから!
しかし学園長は口もとに悪どい笑みを見せただけで、いきなりステップを踏み出した。
「っわ!」
背中に回った手とお互い握っている手に釣られるように、私も慌てて動いた。
相手のステップを見様見真似でする。
タタン。タタタン。
「そうそう、上手ですよ」
「…わ、」
まだ言いたいことはあったんだけど…不満げな私に学園長は、腰を掴む手に力を込めグッと私を後方に倒した。
曲がる腰。
見上げた空の星の瞬き。
そして私を見つめる学園長の仮面奥、きらりと光る金色の瞳とぶつかる。
目線が外せない。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
「っ」
息も止まりそうな空間。
目の前の人に魅せられる…。
普段はあんなに憎たらしいのに。
不意に学園長が笑った
「…緊張、取れました?」
「…あ…」
確かに取れた…。
取れたが、代わりに何か失った気がする。
「…」
なんだか納得がいかず星と一緒に視界に映る学園長を見上げ頬を膨らました。
「…私に、こんなオジサンに緊張するなんてお門違い、ですよ」
小さな穏やかな声で言うと私を解放した。
離れてしまった温もりにもったいない、なんて思ってしまい思考を払うため首を振る。
「はぁ、老体には結構ききますね。あぁもう疲れが…」
学園長は何もなかった様に伸びて中庭を見下ろした。
「…」
後ろ姿を見ながら、お門違い、なんて…と私はゆっくり近付く。
隣に並び同じく学園を見下ろす。
綺麗な、光に照らされた中庭……
「学園長はとても魅力的、ですよ」
私は笑った。
弾かれたみたいに此方を見た学園長は小さな光達に照らされ、それはそれは驚いた顔をしていた。
そしてすぐ顔を隠すように外方を向く。
「ん゛、ありがとうございます」
そう言うと、身を翻し
「っあー…冷えますねぇ。早く内に入りなさい風邪を引いては大変ですからね。…ああ、私はなんて優しいんでしょう!」
ベランダから出て行ってしまった。
「うっわぁ」
夜の幻想的な風景を見ながら独り残された私は鉄格子に掴まりズルズルとゆっくり体を床に下ろす。
赤くなる顔を隠すように膝に顔を埋めた
「何言ってんだ…私…」
魅力的って何だ…恥ずかしすぎる…。
学園長だって吃驚してたじゃないか…。
大きく溜め息し、空を仰いで熱を冷ます。
「…早く寝よう」
今日のことは早々に忘れよう…、そう決め込んだ。