「――以上、ドリームパラダイス所属の七瀬らいばでした。みんな、おつらいばー!」
配信画面の中で、金髪ロングの美少女――七瀬らいばが完璧なアイドルスマイルで手を振る。
配信終了のボタンをクリックした瞬間、私の視界を覆っていた色鮮やかなバーチャル世界が消え去り、暗転した。
VRゴーグルを外すと、容赦のない現実が視界に飛び込んでくる。
(地味。どこまでも地味な、これが私)
鏡を見るまでもない。黒髪の短いボブ、取り立てて特徴のない顔、どこにでもいる大学生、倉井香織。
変わりたかった。
誰もが振り返るような、華やかで、派手で、完璧な存在になりたかった。
だから私は、血の滲むような努力をして、ゲームのエイムを極め、音程を寸分違わずなぞる歌唱力を身につけた。
そうして、完璧な美少女「七瀬らいば」になったのだ。
なのに。
「……はぁ」
ため息と一緒に吐き出した視線の先。
パソコンの画面に表示されているのは、残酷な数字だった。
「同時接続数:12」
大手事務所に所属していながら、これ。
画面の向こう側に示された現実。
「完璧」な配信のはずなのに見られない。
私の頭は疑念で埋め尽くされた。
そのとき、机の上でスマホが激しく振動した。
画面にデカデカと表示されたマネージャーの文字に、心臓の鼓動が速まる。
恐る恐る通話ボタンをスワイプし、耳に当てた。
「……はい、倉井です。お疲れ様です」
「お疲れ様、倉井さん。……さっきの配信、一応最後まで見たよ」
マネージャーの声は、怒りというよりも、ひどく熱量の低い、辟易としたものだった。それが余計に胸に刺さる。
「ゲームも全勝、歌もピッチ通り。うん、相変わらずノーミスで凄いね。……でもさ、それだけなんだよね」
「え……」
「リスナーが求めてるのってさ、完璧な攻略動画じゃないのよ。もっとこう、ゲームで焦ったり、歌で感情が昂ったりする『人間味』なわけ。今のままだと、ただの高性能なAI配信を見てるみたいで、絡みづらいんだって。同接の数字、自覚してないわけじゃないでしょ?」
「っ……、すみません、本当に、おっしゃる通りです。もっと、工夫します……。平日の、その、人が集まりやすい時間帯の枠も増やしてみますので……っ」
「まぁ、スケジュール管理はこっちでするから。次はもうちょっと『楽しそうに』やってみて。じゃ、お疲れ」
ブツリ、と無機質な音を立てて通話が切れた。
「……楽しそうに、って何」
スマホをベッドに放り投げ、私はその場にへたり込んだ。
部屋を見渡せば、床には数日前のコンビニ弁当の空き容器が積み重なり、ラベルの剥がれかけた水のペットボトルが何本も転がっている。
配信に全てを捧げ、私生活を犠牲にして「完璧」を作り上げている部屋の、これが無惨な裏側だ。
私は吸い寄せられるように再びマウスを握り、検索バーに「七瀬らいば」と打ち込んだ。
いわゆるエゴサだ。
私にとってそれは自傷行為そのものだった。
けど、止められない……。
一瞬にして反映された検索結果。
そこには……
「七瀬らいば、上手いけどなんか機械的で冷めるわ」
「配信っていうか、作業用BGM。おもろい雑談とかないわけ?」
辛辣なツイートが私の心を容赦なく抉った。
「……ッ」
ガリッ……と静かな部屋に音を響かせた。
気づけば私は、親指の爪を強く噛んでいた。
あと少しすれば紅い何かが滴る寸前だった。
その有様は自分がまだ「完璧な存在」・七瀬らいばになりきれていない、不完全な倉井香織のままであることを突きつけてくるようだった。