昨夜の雑談配信を終え、朝日が昇る。
私は、まだ眠りたいという体をゆっくりと起こして、朝日を浴びる。
「昨日の配信、楽しかったなぁ……」
昨日の配信を思い出し、ベッドの上で暫く耽る。
その時、スマホがテーブルの上で震えだす。
「誰だろう……。マネージャーかな?」
そっとそれを手に取り、耳に当てる。
「はいもしもし、倉井です」
「倉井さん、あなた、凄いわよ!」
「えっ……!?」
電話越しのマネージャーの声は、随分と嬉しそうだった。
「昨日の配信で、登録者数が一気に倍に増えたのよ!」
「今は、確か……20万人といったところね」
「に……20万人ですか……!?」
「本当よ。Xでも、タヌキとネズミというアカウントがあなたの配信について言及のポストをしていたの」
「しかも、それが物凄くバズってるらしいの……!」
「そ……そうなんですか」
昨日の配信で、少し掛け合いを繰り広げた2人のリスナー。
あの時、リクエストに応えたり、話を聞いて良かったと思う反面、たった今届いた事実に驚きを隠せない。
何より、マネージャーが興奮気味に話しているのが、驚きだ。
「話が長くなったわ。倉井さん、最後にあなただけ伝えたいことがあるの」
「伝えたいこと……ですか?」
「よく聞いて。私から伝えたいこと、それは……」
「あなたがこれまで学んできたこと、それを忘れないで……ということよ」
「!」
「あなたはここ最近、色々な経験をしてきた。持ち前の能力にも、磨きがかかり、トーク力も上がってきてる」
「だからこそ言いたいの。その経験を胸に、これからも精進してほしいの。『七瀬らいば』として」
「マネージャー……」
「七瀬らいばのアバターはもう、自分を『偽る』ための『像』じゃない。表現者としての姿よ」
「……私からの話は以上よ。これからの活躍を祈るわ」
「ありがとうございます……! 私、精一杯頑張ります!」
気づけば、私の目には、涙がこぼれていた。
マネージャーは厳しい人だった。
でも、私を見捨てることは決してしなかった。
だからこそ、一つ一つの言葉が私の心に染み渡った。
電話が終わったにも関わらず、自身の手はスマホを握りしめていた。
「登録者20万人か……。こんなにも見てくれているなんて、感謝してもしきれない」
「……そうだ!」
私はあることを思いついた。
その直後に、スマホに手を伸ばし、Xを開く。
「チャンネル登録20万人ありがとう! それを記念して、20時から新曲披露のライブをするよ! 楽しみにしててね!」
リスナーへの感謝を込めて、新曲披露のライブをするという趣旨のポストをする。
その直後__。
「わっ……!」
流れるように、リプ欄に多数のコメントが集まった。
更には引用も一瞬で、100件に達した。
「凄い……! こんな状況、初めて見た……!」
「……でも、今は大学に行って、その時にこっそり作詞作曲しよう」
これを見て、驚かないわけがなかった。
それでも、気持ちを切り替えて、大学へ向かう準備をする。
__19時55分__
講義を終えて、自宅に着く。
予め作り置きしていたカレーを食べ、自室へ足を運ぶ。
「準備は出来た。後は、皆の思いに応えるだけ……」
私は覚悟を決めて、VRゴーグルを装着する。
PC近くに楽譜を置き、マイクのセッティングも完了する。
PCの起動ボタンを押し、七瀬らいばとしてネットの世界に現れる。
「こんばんらいばー! 皆、七瀬らいばだよ! 今日はお知らせした通り、新曲を発表するよ!」
「待ってたぜ、らいばちゃん!」
「今日という日をどれほど待ちわびていたか、早く君の歌声が聴きたいよ!」
私が画面に現れた瞬間、コメント欄は歓喜に包まれる。
「こんなに沢山の人に楽しみにしてもらえて、嬉しいよ! それじゃあ……聴いてください。七瀬らいば、『偽像』」
マイクに顔を近づけ、スーッと深呼吸する。
そして……。
__
完璧ってなんだろう
そう思いながら、過ごした日々
完璧を目指すたびに、私の心は荒んだ
本当の自分ってなんだろう
何かに憧れ、自分を作ってた
それでも、どこか乾いてた
けれども
あなたが教えてくれたんだ
本当の私は『不器用』って
楽しさというものを
忘れていた
蘇った私の心《ハート》が静かに震えだしたんだ
今ある絆だから言えるよ
これが、この世界の私だって
もう『偽り』の『像』じゃない
一筋の光とともに
駆け抜け、私は生きていく
私はずっと輝いていくよ
__
最後のロングトーンが、限界まで震わせた喉から解き放たれる。
私の歌声は最早、嘗てのように自分の技術を誇示するためだけの冷たいものではなかった。
私を愛し、私を見つけてくれた、確かな仲間たちのもとへ捧げる__儚くも熱意の籠もった、魂のシャウトだった。
最後まで全力で歌い切る。
これが私に出来る、最大の恩返し。
最初は敵だらけだった。
誰も私を見てくれなかった。
だけど、あの日。
あの深夜配信で、ミケネコの言葉にキレて、泥臭い本音をさらけ出すことが出来た。
そうでもしなかったら、私は一歩も前に進めなかった。
かこが教えてくれた楽しさも、タヌキが教えてくれた寄り添う心も、ネズミがくれた救いも、何一つ知ることはなかっただろう。
私は一心不乱に歌い続け、そして__。
「皆ーーーッ! 最高の時間をありがとーーーッ!!」
今まで生きてきた中で、一番大きいと思えるほどの声で、画面の向こうで感謝を叫んだ。
その瞬間、配信画面のコメント欄が、目にも留まらぬ速度で弾幕となって跳ね上がる。
「らいば、ありがとーー!」
「最高のライブだった! 君に出会えて良かった!」
「ずっと大好きだ! 次の配信も絶対見るからね!」
感謝感激のコメントとともに、ペンライトマークの絵文字がコメント欄を支配した。
「皆、最後まで見てくれてありがとう!」
「私も皆と、こうやって話すことが出来て楽しかった! またね、皆! おやすみ」
「またね、らいばちゃん。おやすみーー!」
「ゆっくり休んでね! 俺達は君をいつまでも待つよ」
「おやすみーー!」
コメント欄は、私を労るコメントで溢れかえった。
「改めて……またね、皆。おやすみ__」
愛おしい彼らに向かって精一杯の笑顔を浮かべ、私は配信終了のボタンをクリックした。
カチリ、と静かな音が鳴った後、世界から一切の音が消え去った。
私は、顔を締め付けていたVRゴーグルを外した。
嘗ては数字の重圧で、自分を縛り付ける「枷」でしかなかったプラスチックの機材が、今は心地の良い戦友のように感じられた。
それをそっとデスクに置く。
今の私の目に映っているのは、電源の落ちた、ただの「真っ黒なPCの画面」だけだ。
けれど、大盛況だったあのコメントの数々は、瞳の中に、未だに鮮明な残像として浮かび上がっていた。
私は椅子から立ち上がり、窓を開けた。
冷たい夜風が、汗ばんだ黒髪ショートを優しく揺らす。
目の前に広がる街の夜景、無数にきらめく光の粒を見つめながら、私は小さく不敵に笑った。
「どうだ、見たかミケネコ。良くも悪くも、アンタは私を変えたよ……」
最初はただの煽りカスだと思っていた。
けれど、今思えば……あいつの小生意気な教えは、決して無駄ではなかった。
私の濁っていた紫色の瞳に、本当の光を取り戻させてくれたのだから。
窓を閉め、背筋を伸ばして、いつもなら荒んだ心のまま倒れ込んでいたベッドを見つめる。
散乱していたゲームパッケージも、飲みかけの水も、今の私の目には、リスナー達と紡いできた大切な足跡に見えた。
少しだけこけた頬に触れながら、ふっと息を吐く。
「よし、今日は張り切ったし、ゆっくり休も」
遅くなることに備えて、予めパジャマを着ていた。
おかげで、着替える手間は省けた。
後は寝るだけだ。
私は自室の電気の紐に手を伸ばす。
その瞬間、そこは完全な暗闇に包まれた。
布団に潜り込み、冷たいシーツの感触に包まれながら、私はもう見えるはずのない画面の向こうの仲間達《リスナー》に向けて、優しく、祈るように呟いた。
「リスナーの皆、おやすみ」
私の視界は自然と深い暗闇に包まれていく。
しかし、今の私には、寂しさなんてこれっぽっちもなかった。
これまでに出会った温かい人達の光が、私の心の暗闇を、それさえも眩しいくらいに明るく照らし続けてくれるのだから__。
__Fin__