博麗神社の境内。博麗霊夢は再びその狐を発見し、首根っこを掴んだ。
「ちょっと、ここはアンタの家じゃ無いわよ!しっしっ」
黒い狐は霊夢の手によって鳥居の外に追い払われた。霊夢は気付いているだろうか。彼女の結界を無視して足を踏み入れている悪意ある妖怪をこの狐が追い払っていることに。気付くことは無いだろう。悪意はあるが取るに足らない弱小妖怪なのだから。狐は霊夢に対して腹を立てることも無く、階段を数段降りて、隅っこで丸くなる。やがて何かを察知すると体を起こして呼ぶように鳴く。階段を上って来る人間の少女のもとに狐は歩み寄り、尻尾を振る。
「貴方、野良狐?珍しいな…この辺に狐なんているのかね」
彼女は黒い狐を抱き上げて、そっと頭を撫でる。触り心地の良い柔らかくフワフワな毛並みは野生にしては綺麗な気がする。狐を抱えたまま少女は、真姫は博麗神社に一時帰還した。霊夢からどうやらこの黒い狐が最近神社の境内に居座るようになっていた事、彼女からすれば盗み食いしようとする野生動物に見えていた事が分かった。
「あぁ、なるほど。でもさ、この狐では無いと思うよ」
「なんか証拠でもあるの?」
霊夢はキッと黒い狐を睨みつける。
「だって、あれ見て」
真姫は全く違う方向を指さした。言われて霊夢はその方向に目を向けると、そこには何か黒い泥のようなものがひとりでに動いている。うねうねと動き回るそれは蛇のようにも、ミミズのようにも見える。真姫の腕から抜けた黒い狐は颯爽と駆け出して泥に飛び掛かる。恐れをなしたのかひとりでに動く泥はコソコソと逃げていく。それに対して狐はキャンキャン吠えている。
「あれは…妖力の塊ね。でも、私が気付かないなんて…」
「…霊夢、神社の中を隈なく探して。魔法陣みたいなものが何処かに描かれてるはず!」
「なんで―…もう、分かったわよ!」
霊夢は言わなくても分かっている。真姫の見る程度の能力が何かを見つけた事を。そして二人を観察するように黒い狐も霊夢たちの後を歩く。怪しい泥の正体と真姫が提示した魔法陣のようなものにはちゃんと繋がりがある。神社を歩き回る事、探し回る事数分。二人は見つけることが出来た。黒い魔法陣、小さくて見つけるのに苦労してしまう。真姫の眼には魔力、霊力、妖力、神力などは色によって区別できる。この魔法陣は魔力を利用して描かれているようだが妙な術も一緒に仕組まれている。もっと奥深くまで見つめ続ける。
その後に真姫は周囲を見回した。能力を最大限まで活用して発見したのは結界のほんの僅かな綻びである。
「嘘よ。結界に何かあれば私が気付くわ」
「そう。何かあれば絶対に霊夢が気付けるはず。ただ私の眼にはハッキリと見える。誰かが結界を刃物で切り裂いた跡が、ね」
そしてその妖力は神社を通らずに人里方面へと続いている。だがそれとは別の魔力は一度神社に降り立った後、そこから四方八方に伸びたまま極限まで薄くなっている。魔法陣に目を向けると、黒い狐が前足でスリスリと魔法陣をこすっている。
「…魔法陣、消えたわね」
「消えた…」
真姫はジッとそれを見つめていた。魔法陣には術が掛かっていた。魔法陣が消えたと言うよりも術が解除されたと呼ぶべきで、それは術者による正しい手段での解除では無い。去り際、八雲藍は鳳珠と言う男の持つ能力に関してこんなことを言っていた。
“彼の能力であれば、十六夜咲夜の能力を有無を言わさず解除できる”
ならば手紙に書かれていた住所は何処なのか。霊夢に見せても、全く心当たりは無いらしい。何故ならそこは空き地。何も無いはず、誰の管理も行き届いていないと言う。
「霊夢、ちょっと紅魔館に行ってくるね」
「良いけど、そいつも連れてくの?」
足元に寄って来た狐を抱き上げて真姫は頷いた。
「手を貸してくれるから」
紅魔館に行って、戻って来てから気付けば一時間が経過している。不審な部分は多く、解決したいことばかりだが一度に全てをすっきり解決することは出来ない。まず最初に解決することはこの黒い狐の正体である。何か術を掛けられている事は分かるが、真姫の能力ですら看破できない。博麗神社から離れればこれも自動的に解除されるはずだ。そして彼女の考えていた通りだった。博麗神社から離れ、霧の湖付近まで来た頃だった。黒い狐は何も言わず真姫の腕から抜けた。そして人の形へと戻る。その姿が彼の本来の姿。体毛と同じく彼の髪も綺麗な黒色。背が高く、誰もが認める端正な顔立ち。だがその顔立ちには既視感がある。
「一応、自己紹介はしておくよ。お前が八雲藍から知らされた大罪人、それが俺だ。名を鳳珠。頼りにしているぞ、芭蕉宮真姫」
柔らかな微笑はとても罪を犯した人物だとは思えない。鳳珠は前々から八雲紫より真姫の事を聞いており、ある契約を交わしていた。それが今だ。殺さない代わりに生涯をかけて外来人の護衛をする、そう言う内容だ。
「紫さんが、鳳珠さんに…?でも、どうして?」
「それだけ紫としてはアンタを
手放したくないって事だろう。アンタのその能力はサトリ妖怪の上位互換のような力。充分に強力なものだ」
真姫は首を傾げた。
「強い弱いは戦いの腕前だけじゃ無いって事さ」
鳳珠はピンと来ていない真姫に諭すように一言告げた。