二人の賢者と人里の守り神、三名に取り囲まれた上に彼女たちによって作られた結界に閉じ込められていた。鳳珠は目についた妖怪を兎に角食い殺し、徐々に魂が歪み始めた。純粋な願いが歪曲している事を自覚したのは三名によって瀕死に追い込まれた後の事。情けとして永遠亭でその傷を治療して貰ったが、それから気が付いた。
「う、ゔぇぇ…ッ」
鈴仙が運んできた料理を口にしても、料理が下手と言うレベルを超えた味が口に広がった。もう人間としての食事が出来ない体になっていると言う事実を突きつけられたのだ。まだ辛うじて一線を越えていないと言われても、鳳珠本人としては既に人間では無くなってしまったと考えている。絶望はした。だが、これが罰であると納得した。妖怪の数を著しく減らす行為に加え、彼は人間すらも食らってしまったのだから。彼の処罰は問答無用で死、そのはずだったが八雲紫がこれから起こる可能性のある異変、そして彼の能力について死なれては困るとして生きながらえている。彼の命は彼のものではない、八雲紫達の物。そして今は彼が護衛する相手の物、すなわち芭蕉宮真姫が殺生与奪の権限を持っている。自覚する必要のない権限だ。持っていることを理解していても彼女は出来ないだろう。
時間停止したパチュリーたちの横を通り過ぎて、真姫と鳳珠は眠る咲夜の前に来た。彼女を見て鳳珠はフッと表情を緩めた。
「問題ない。これなら、秒で解ける」
「なら、ちゃちゃっとやっちゃって」
「了解」
鳳珠は咲夜の肩に手で触れた。瞬間、何かが砕けるような音。落ちるべき木の葉はユラユラと落下する。飛ぶべき蝶は翅を動かし、空を飛ぶ。そして時間を止められた魔女も動き出し、完全で瀟洒な従者も目を覚ました。
「咲夜!」
「お、お嬢様…?申し訳、ありません…私としたことが」
人目もはばからず嬉しさのあまりレミリアは咲夜に抱き着いた。咲夜も拒否することなく抱擁を受け入れる。言葉で言わずとも、見れば分かる。二人の絆が、紅魔館の住人たちの繋がりがどれほど強いか。嬉しさに埋め尽くされつつも咲夜は鳳珠に目を向けた。
「そちらの方は、初対面ですね。私は十六夜咲夜と申します。この度は、ありがとうございます」
「いや、礼ならば彼女に。俺は彼女の指示に従うだけだし。俺は鳳珠、よろしく」
起きたばかりだが咲夜は問題なく仕事復帰し、レミリアの指示もあって真姫たちを最大限もてなす。レミリアたちの誤解も残ってはいるがとりあえず落ち着いたようだ。
「え、そのモフモフが本性とか言わないでしょうね?」
如何にも人畜無害そうな黒狐姿を見せるとレミリアたちは困惑した。人里や博麗神社、他にも該当する場所はあるが鳳珠は自由にこの姿になることが出来るようだ。一応これは呪い、この呪いが強制的に発動する場所には当てはまらない紅魔館では勝手に狐の姿になることは無いが自由になることが出来ると言う。
「この姿だとこっちの言葉は理解できても、人語は喋れないみたい」
「それじゃあ困るじゃない。貴方の護衛よ?」
「…大丈夫、どうにかなるさ、きっと、多分」
「大丈夫かしら、それ」
レミリアとパチュリーがジト目で狐を見つめる。黒い狐の頭や背中をフランは撫でている。本人としては複雑な気持ち、だがどうにも勝手に耳が垂れさがり尻尾が揺れ動く。フランの手を跳ね除けて、本来の人の姿に戻る。
「誤解させたことは謝る。気を遣っていないと、駄目だな」
「こちらも悪かったわね。咲夜の件もあって、警戒していたのよ。それで、咲夜」
「はい。お嬢様。真姫、私は三日前に不審な人物と出会って言葉を交わしているわ」
流石は咲夜。しっかり記憶があるようだ。彼女の過去を見ながら、彼女の証言を聞く。
▲▲▲
彼女は三日前、人里へ買い出しに行った帰りに妙な人物と言葉を交わしていた。何気ない会話。だがこの会話も非常に重要な情報を握っていた。
『これと、これと、後これを二個…えぇ、ありがとう』
買い物を済ませた彼女は人里を去ろうとしていた。出口付近まで来た時、何やら地面に屈んでいる人物を見つけて声を掛けた。
『どうしたのですか』
顔は良く見えなかったが、軽い調子の男だ。
『あぁ、ちょっと物を落としちゃってね。小さくて、見えにくいんだよねぇ』
『小さい、家の鍵…とか?』
『まぁ、そんなところかな。いやぁ、ごめんね。邪魔しちゃってるかな』
『うーん、こんな時に真姫がいればすぐに見つけられるのだけど…』
咲夜は失せ物探しと聞いてすぐに真姫の事を思い浮かべた。彼女の名前を聞いて男はピクリと反応した。咲夜には男が真姫と言う名前にどのような印象を抱いているか分からなかった。だが考えれば、真姫がもしもそこにいたら彼から感じたのは不気味な悦楽。何故、何故悦楽を感じる?否、その感情だけに留まらず憎悪も混じっている。こんな男、真姫は知らない。
『君、真姫の友達?―』
「きゃああっ!?―」
▲▲▲
弾けるように椅子から落ちそうになった真姫を誰よりも早く鳳珠が抱き留めた。彼女の額から汗が滲んでいる。
「良くあるのか?」
「鳳珠さん、知らないの?」
「今日会ったばかりだからな。で、どうなんだ?」
咲夜たちは互いに目配せをして首を横に振った。
「真姫は外来人。幻想郷の外から八雲紫に招かれてやって来た、いわば幻想郷の客人なの。彼女の能力の事は私たちだけでなく彼女ですら分からない部分もある」
冷静に真姫の容態を分析しているのはパチュリーだった。彼女が立てた仮説は、彼女の過去視に現れた存在が彼女に対して強くストレスを与えているのでは無いかという物。更に解釈を広げて、こう仮定する。
「…よっぽど強い悪意は彼女の精神に強く圧が掛かるという事か」
「彼女のメンタル次第よ。貴方、彼女のボディーガードでしょう?体だけでなく、心も守ってやりなさい」
動かない大図書館は出会ったばかりの護衛に少しばかりのお節介、助言を与えた。鳳珠は咲夜やレミリア、フランに気遣われ彼女たちを安心させるような微笑を見せる真姫を見据える。