催眠でエッチなことはしない「よう実」 作:樹神法正
誤字報告をいただくたびに、こんな単純な見落とししてて恥ずかしい……という気持ちと、誤字報告ありがてぇという気持ちが同時に押し寄せてくる……!!
夜に眠い中、作業してると特にやらかしがちです。
そして前回の投稿した後に、長いから分割すればよかったんじゃ……と思いました。
カラオケボックスの一室。重低音のデジタルビートがズンズンと不規則に響く部屋。
放課後、ケヤキモール内にあるカラオケ店の一室に、正路善人は一之瀬帆波と神崎隆二を密かに呼び出していた。スピーカーからオフボーカルのポップスが室外へ声が漏れないよう、完全に掻き消すための防壁として大音量で流されている。
扉が開き、テーブルの上のグラスの氷がカランと乾いた音を立てた。
「――お待たせ、二人とも」
善人が声をかけると、ソファーに並んで座っていた一之瀬が、弾かれたように顔を上げた。彼女の代名詞とも言えるストロベリー色の髪が、室内のチープな照明を反射しながら揺れる。その隣に座る神崎は、いつも以上に眉間に深い皺を刻み、目の前の飲み物に一度も口をつけようとはしていなかった。
「ううん、全然! 連絡をくれてありがとう、正路くん」
一之瀬の声は、いつもの天真爛漫な輝きをどこか欠いていた。精神的な疲弊が瑞々しい唇の端を僅かに強張らせている。無理もない。学年全体のプライベートポイントの支給停止の原因になっていること、そして柴田という大切な仲間が被っている冤罪の重圧は、彼女の優しい心を確実に蝕んでいた。
「早速、本題に入ろう。うちのクラスにいた目撃者を紹介したいと思う。……佐倉、こっちへ」
善人が背後のドアへ視線を向けると、通路から聞こえる店内BGMに紛れるようにして、静かに扉が開いた。
そこに立っていたのは、野暮ったい眼鏡をかけ背を丸めた少女――佐倉愛里だった。彼女の手には、昨日善人に預け、一時的に返却された小さなデジタルカメラが、命綱のようにきつく握りしめられている。
「あ、えと……い、一之瀬さん……神崎くん、お疲れ様、です……」
佐倉の小さな声が、大音量のカラオケの重低音に押し潰されて消えた。傍にいる善人にはその言葉が聞こえたが、恐らく一之瀬や神崎には届いていないことだろう。
「……あー、佐倉。万が一、誰かに外から盗み聞きされないようにもう少し近くで話そうか」
「う、うん……ごめんなさい」
「いや、構わないよ」
一之瀬と神崎のすぐ近くまでやってきた佐倉に、一之瀬が声をかける。
「貴方は……Aクラスの佐倉さん、だよね?」
「えと……はい。一之瀬さん……神崎くん、お疲れ様です……」
「佐倉はあの日、特別棟で写真を撮っていた。だから柴田くんとDクラスの生徒たちのやり取りを目撃している。彼がDクラスの生徒たちに囲まれていた場面をそのカメラに収めている」
善人の促しに応じ、佐倉は震える指先で液晶画面を操作し、一之瀬たちに差し出した。
画面に映し出された静止画を目にした瞬間、一之瀬の瞳に涙のような膜が張り、神崎の喉が驚愕でゴクリと動いた。
「これ……柴田君が嘘をついていない証拠……!」
「ああ。Dクラスの三人が取り囲んで因縁をつけている場面が記録されている。――だが、一之瀬さん、神崎くん。これだけでは審議会で勝つにはまだ弱い」
善人の冷静な一言が、一瞬にして部屋の空気を氷結させた。
「どういうことだ、正路。これほどの物証がありながら、不十分だと言うのか」
神崎が、鋭い視線を善人へと向ける。
「よく聞いてほしい。相手には、病院で発行された医師による診断書という『怪我の事実』がある。カメラに写っているのは柴田くんが取り囲まれている瞬間だけだ。この後、『柴田に暴行を加えられた』と主張してくる可能性が高いし、佐倉の証言も『気の弱い佐倉が証言を強要されている』とでも言い逃れされる恐れがある。この写真で証明できるのは、あくまでもDクラスの生徒が柴田くんを取り囲んでいる以上、一方的な被害者ではないという点だけだ。柴田くんの無実を完全に証明するものではない」
「そんな……っ、じゃあ、どうすればいいの……?」
一之瀬が悲痛な声を漏らす。善人は自身の端末にまとめた情報を思い返しながら、不敵に唇の端を釣り上げた。
「俺は他クラスの人間で、証人でもない。ルール上、審議会の場に直接立つことはできない。だから――俺が手に入れた審議会に勝つための手段を、君たちに授ける」
善人は前置きを終えると、カラオケの騒音に紛れ込ませるようにして、いくつかの具体的なアドバイスを二人に伝授し始めた。
それは相手の主張を聞いて、泳がせ、嘘を暴くためのものだった。どのような言葉を使うべきか、考えられる相手の反論、どのタイミングで相手の矛盾を突くべきか。
善人の紡ぐ緻密な言葉の連なりを、一之瀬と神崎はまるで人生の一大事に望むような真剣さで、その脳裏に焼き付けていった。
「……正路、お前という男は、本当に……」
すべてを聞き終えた神崎の額から、一筋の冷や汗が流れ落ちた。その瞳にあるのは、善人に対する畏怖、そして勝利への絶対的な確信だった。
「これなら勝てる……ううん、絶対に柴田君を助けられる……!」
一之瀬の瞳に、揺るぎない光が戻っていた。
******
数日後。重苦しい静寂が支配する放課後の生徒会室で、生徒会主導で両クラスの審議会の幕が上がった。
室内の窓は閉め切られ、エアコンの乾燥した冷風が静かに流れている。部屋の空気はまるで嵐の前のように重く、肌に張り付くような緊張感に満ちた空気に包まれていた。
長机の奥、中央に鎮座するのは、生徒会長の堀北学。メタルフレームの眼鏡の奥にある瞳は、いかなる感情の侵入も許さない冷たさを帯びていた。その隣では書記の橘茜が、きっちりとお団子に結い上げた髪を僅かに揺らしながら、手元の議事録に指を添えている。
彼らと対峙するように、右側にはDクラスの面々が並んでいた。
当事者である小宮叶吾、近藤玲音、石崎大地の三人。彼らはどこか痛々しそうに、背中や肩を庇うような不自然な姿勢で椅子に腰掛けている。その隣には、いかにも神経質そうな面持ちで眼鏡を指先で押し上げる、Dクラス担任・坂上数馬の姿があった。
対する左側には、Cクラス。
硬い表情で拳を握りしめる柴田颯。その両隣には弁護人として一之瀬帆波と神崎隆二。そしていつものにこやかな笑みを抑え、真面目な様子の担任の星之宮知恵の姿が。
「これより、一年Cクラスの柴田颯による、一年Dクラスの生徒三名への暴力行為についての審議を開始する。……進行は生徒会が執り行う」
学の低く、一切の無駄を削ぎ落とした声が室内に響き渡る。その聴覚を支配する威厳に、誰もが息を呑んだ。
「それではまず、被害を申し立てているDクラス側の主張を聞こう」
学の合図を受け、橘茜が「はい」と短く応じ、書類を展開する。
口を開いたのは、石崎だった。彼は普段の粗暴な態度をこれ見よがしに潜め、いかにも被害者であるかのような歪んだ表情を作って見せた。
「……あの、最近DクラスとCクラスの間でなんか色々と細かい揉め事が続いてたんで、俺たち三人はそれを一回ちゃんと話し合って解決しようって思ったんです。それで、同じクラスでサッカー部の園田に頼んで、特別棟の三階に柴田を呼んでもらいました」
「話し合い、ねぇ」
星之宮がボソッと呟いたが、学の一瞥によって沈黙する。
「そ、そうです! あくまで穏便に話し合うつもりだったんです! なのに、柴田の奴、最初からすげえ不機嫌で……。俺たちが一之瀬たちのクラスの話を切り出したら、何が気に障ったのか急にキレて……っ、俺たち三人を、ものすごい力で突き飛ばしてきたんです!」
「そうだ! 俺たち、完全に不意を突かれて、壁や床に激しく叩きつけられて……っ」
小宮と近藤も、痛みを堪えるような演技がかった仕草でそれに同調する。
「それは違います! 俺は――」
たまらず柴田が身を乗り出して否定しようとしたが、すかさず橘茜が鋭い声でそれを制した。
「静かにしてください、柴田君。今はDクラス側の主張を聞いている時間です。発言は控えてください」
「くっ……」
柴田は悔しそうに歯噛みし、再び席に沈んだ。
その様子を見届けたDクラス担任の坂上が一歩前に出ながら、冷静な口調で言い放つ。
「生徒会長。我がクラスの生徒三名は、Cクラスの柴田君の理不尽な暴力により、全治二週間から三週間という重傷を負いました。これは明白な校内暴力であり、到底看過できるものではありません。学校側に対し、柴田君の即時停学処分、およびCクラスからの公式な謝罪と然るべき賠償を要求します」
坂上の言葉には、確固たる自信が満ち満ちていた。なぜなら彼らの手元には、それを証明する絶対の武器が存在しているからだ。
「――以上が、Dクラス側の主張ですね。では次に、Cクラスの主張を聞きたいと思います」
橘の言葉を受け、一之瀬が一度瞳を閉じ、そしてゆっくりと開いた。そこには確固たる意志があった。
彼女の胸の奥には、カラオケボックスで正路善人から与えられた作戦がくっきりと焼き付いている。
「柴田君、君の口から、あの時起きたことを正確に話して」
「……俺は、園田に呼び出されて特別棟に行きました。でも、そこで待っていたのは小宮たち三人でした。彼らは話し合いなんてする気は最初からありませんでした。彼らは、俺に向かって一之瀬やクラスのみんなのことを、何度も汚い言葉でバカにしたんです」
柴田の声が、当時の怒りを思い出して僅かに震える。
「腹は立ちました。正直、殴ってやりたいとも思いました。でも暴力なんて振るったらクラスのみんなに迷惑がかかる。だから俺は彼らの挑発を無視して、そのまま帰ろうとしたんです。そしたら、三人が俺の周りを取り囲んで、道を塞いできた。だから俺は、彼らを軽く押しのけるようにして、その隙間を通り抜けただけです。暴行なんて、絶対にしていません!」
「ふん、往生際が悪いですね」
坂上が冷笑を浮かべながら三通の書類を取り出し、テーブルへと提示した。
「いくら口で『やっていない』と強弁しようとも現実というものは覆りません。ここにあるのは事件翌日の放課後、彼ら三人が病院で受診し、正式に発行された医師の『診断書』です。そちらの柴田君に強く突き飛ばされて壁に激突し、三名とも背中や右肩に怪我を負っている。医師の診断という客観的な物証がある以上、柴田君の言い訳は通用しませんよ」
紙の擦れる乾いた音が、会議室の冷たい空気に響く。柴田は坂上の発言を聞いて、激しい口調で叫んだ。
「そんなの……そんなの自作自演だ! 俺が帰ったとき、三人は怪我なんてしてなかった!」
「ふざけんなよ! 俺たちが自分で自分をボコボコにしたって言うのか!? そんなわけないだろ!」
石崎が狂犬のように吠え返す。
「しかし、一方的にDクラスの生徒だけが怪我を負うなどということが、あり得るでしょうか。いくらなんでも妙だと思いますが」
神崎が丁寧な言葉を使って冷静なトーンで会話に割って入り、生徒会側に向かって疑問を呈する。
「それは、こっちが柴田に一切手を出さないように我慢していたからだ! 無抵抗の俺たちを、こいつがいきなり凄い勢いで突き飛ばしてきたんだよ!」
小宮が声を荒らげる。
「でも三人全員が、受け身も取れずにそれほどの怪我をするなんて不自然じゃない?」
星之宮も言葉を重ねるが、坂上は一切動じない。
「憶測での物言いはそこまでです、星之宮先生。結果として怪我人が出ている。それが全てです。Cクラス側が『柴田くんは暴力を振るっていない』と主張するならば、それを証明できる客観的な証拠を見せるべきではないですか? それができない以上、Cクラスの言い分はただの妄想に過ぎませんよ」
坂上の勝利宣言。Dクラスの三人の口元に、隠しきれない笑みが浮かぶ。
彼らは完全に勝利を確信していた。監視カメラのない、一切の目撃者のいない場所で起きた事件。実際に怪我をしている自分たちの主張を崩せるはずがない、と。
だが。
一之瀬は、Dクラスの支配者である龍園翔が描いたシナリオの結末を覆すための術を、すでに正路善人から与えられていた。
彼女はスッと背筋を伸ばし、その美しい瞳を堀北学へと向けた。
「――堀北会長。Dクラスの坂上先生は、目撃者がいないとおっしゃいましたよね」
その一之瀬の、あまりにも落ち着いた声のトーンに、室内の全員の視線が集中した。
「ですが、それは間違いです。あの日の放課後、特別棟の三階で柴田君と小宮君たちのやり取りを特等席で目撃していた証人が、ここに来てくれています。お呼びしてもよろしいでしょうか」
一之瀬の宣言が、地を這うような衝撃となって、Dクラス陣営を激しく揺るがす。
「許可する」
学は短く返答した。そして学の許可を受け、生徒会室の重苦しい扉がゆっくりと開いた――。
今回、加筆修正してたら前回より長くなりそうな気配がプンプンしているので、切れそうなところで強引に切って分割してます。
ていうか最初から分割して投稿すると決めていれば、ここまでの加筆修正は終わってたから日付変わる前に投稿できた……。
審議会、前半部分。
後半は加筆修正終わったら投稿します。
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