催眠でエッチなことはしない「よう実」 作:樹神法正
雰囲気で!雰囲気と勢いでいってるから!!
モチベになるので評価、感想、お気に入り登録、ここすき等、よろしくお願いします!
既にしてくださった方々はありがとうございます。
○追記
AIで遊んでたらいい感じの挿絵ができたので今話に挿絵を追加。
「――失礼、します……」
張り詰めた空気を割り裂いて入室してきたのは、Aクラスの佐倉愛里だった。その肩は小刻みに震えており、部屋を満たす威圧感と閉塞感に今にも押し潰されそうに見える。
彼女の指先は、まるで冷たい氷に触れたかのように白く強張り、手にしたデジタルカメラのストラップをちぎれんばかりに握りしめていた。
「い、一年Aクラスの……佐倉愛里です」
消え入りそうな声。しかし、静寂が支配する室内において、その言葉は全員の鼓膜へ確かに届いた。
「佐倉さん。事件当日、あなたが目撃したことを証言してください」
書記の橘が佐倉に証言を促す。
佐倉は何度も小さく頷くと、覚悟を決めたようにデジカメを橘に渡す。橘はデジカメの液晶画面を操作し、USBケーブルでPCに繋ぐと全員に見えるように画像をモニターに表示した。
そこには、夕日の斜光が差し込む廊下で、石崎、小宮、近藤の三人が、逃げ道を塞ぐようにして柴田を完全に包囲している瞬間が写されていた。柴田の表情には明らかな困惑と焦燥があり、対する三人には、今にも掴みかからんとする物々しさが見て取れる。
「あ、あの……。私は、あの日、特別棟で写真を撮っていて……。柴田くんは、何もしていません……。三人に囲まれて、困っていて……それを避けて、通ろうとしただけです……」
その一枚の写真が持つ効力の前に、会議室のパワーバランスが目に見えて変転した。
少なくともDクラスが主張していた「穏便な話し合いの最中に、柴田がいきなり激昂して襲いかかってきた」という前提は、この瞬間に木っ端微塵に打ち砕かれた。一方的な被害者を装っていた三人が、実際には一人の生徒を取り囲んでいたという事実が、白日の下に晒されたのだ。
学が鋭い瞳をDクラスの側へと向けた。その視線には、得も言われぬ圧力があった。
「Dクラス。証人の証言および提出された画像は、お前たちのこれまでの主張と明確に矛盾する。……これは、どういうことだ」
低く、地を這うような学の詰問。
「なっ……」
最も激しく動揺したのは、他ならぬDクラス担任の坂上だった。
坂上とて、何も知らない愚鈍な人間というわけではない。
Dクラスを統率する龍園翔という生徒の性質からして、この一件が何らかの謀略を含んでいることなど、最初から薄々勘づいていたのだ。Cクラスの生徒と話し合いの場を持とうとしたなどという、普段の石崎たちから考えれば不自然な行動に、監視カメラの無い場所でのトラブル。これが純粋な暴行被害ではなく龍園の差し金による策略である可能性は十分に頭にあった。
だが、すでに生徒から学校側へ訴えが起こされた以上、教師として自クラスの生徒と利益を守るために立ち回らねばならない。ゆえに、こうして担任として参加している審議会でDクラスの生徒の弁護をしている。
そして生徒たちが実際に怪我を負い、正式な診断書という揺るがない物証がある以上、この審議会で負けるはずがない――そう高をくくっていたのだ。
だからこそ、第三者の明確な証言と写真という物証が存在していたという事実に、坂上は激しく狼狽した。眼鏡の奥の細い眼が驚愕に丸くなり、冷や汗がその神経質そうな頬を伝って流れ落ちる。
「い、いえ、このような写真、いくらでも捏造のしようがある! CクラスがDクラスを陥れるために、精巧に作り上げた偽物に決まっています!」
「いや、それはありえない」
学は坂上の言葉を無慈悲に、冷淡に退けた。
「事前に提出されたデータを調査した結果、不自然な改変の痕跡は認められていない。事件当日、現場で撮影された本物の写真であることを疑う余地はない」
「そんな……ばかな……っ」
坂上は言葉を失い、石崎たちのほうへ顔を向けた。
当事者である小宮、近藤、石崎の三人は、すでに限界だった。まさか自分たち以外の人間があの人気の無い特別棟の現場に居合わせていたなど、想像の埒外だったのである。
――自分たちの嘘がバレるかもしれない。
石崎の顔からは血の気が引き、小宮は小刻みに貧乏揺すりを始め、近藤は額の汗を制服の袖で何度も拭っている。
「そ、それは、こっちもちょっと熱くは、なったかもしれないっすけど……っ!」
小宮が、掠れた声でしどろもどろになりながら弁明を試みる。
「でも、俺たちが怪我をしてるって事実は変わらないじゃないですか! その、あの後! 写真を撮られた後に、柴田がいきなり暴れて……それで俺たちは……っ」
その苦し紛れの言い訳は、あまりにも見苦しく、部屋の空気を白けさせた。
坂上は、教え子たちのその狼狽ぶりを見て、このままではマズい、という内心の動揺を必死に覆い隠すようにゴクリと唾を呑んだ。そしてターゲットを柴田から、最も崩しやすそうな証人へと切り替え、佐倉に向かって、あえて優しげな声音で語りかけた。
「佐倉さん。君は非常に気が優しく、自己主張が苦手な生徒だと聞いている。……もしかして君は、Cクラスの面々に強く頼み込まれ、断りきれずに、彼らの都合の良いように嘘の証言をさせられているのではないかな?」
「え……っ、あ、違……」
佐倉が怯えたように肩を竦める。坂上はその隙を見逃さず、蛇のような視線で追撃した。
「今ならまだ間に合いますよ。学校を騙すような真似は君の今後の評価に大きな傷を残します。今ここで正直に『一之瀬さんたちに脅されて嘘をつきました』と言ってくれるなら、私は君の罪を一切咎めないと約束しましょう。さあ、本当のことを言いなさい」
最後に優しい口調から突然、命令口調へと転じ、その圧力は佐倉に多大な心理的圧迫を与えた。佐倉の瞳に涙が浮かび、首を横に振るのが精一杯の状態に陥る。
だが、その言葉の暴力が佐倉の心をへし折る前に、一之瀬が遮るように凛とした声を響かせた。
「確かに、坂上先生のおっしゃる通りですね」
「……何?」
坂上が眉をひそめ、一之瀬を見る。
「Dクラスから見れば、私たちが佐倉さんに無理やり嘘の証言を頼み込んだ、というストーリーを組み立てることも、可能だとは思います」
一之瀬のまさかの発言に、坂上は醜悪な笑みを浮かべ鬼の首を取ったかのように言った。
「ふん、ようやく認めましたね。やはりその証言は偽りで、写真の後に柴田君が逆上して我がクラスの生徒に暴力を振るった。それがこの暴力事件の真実です!」
「いいえ、それは違います」
一之瀬は即座に、冷徹なほどきっぱりとした口調でそれを否定した。
「……一体、何が違うと言うんです」
坂上は苛立ちを露わにしながら、大きく溜息を吐き出した。これ以上の議論は、自クラスのボロをさらに露呈させるだけだと直感したのだろう。彼はわざとらしく肩を落とし、仕方がないという仕草で、ある提案を口にした。
「……わかりました。百歩譲って、Dクラスの生徒たちも少し熱くなって柴田君を取り囲んでしまった。その非は認めましょう。しかし、だからといって暴力が許されるわけではありません。Dクラスの三名が、実際に怪我を負って苦しんでいるのもまた、動かしようのない事実なのです」
坂上は眼鏡の位置を直し、Cクラスへと視線を向けた。
「そこでどうでしょう、柴田君を取り囲んでしまった我がクラスの三名は『一週間の停学』。そして、囲まれたとはいえ実際に手を出して重傷を負わせた柴田君は『一ヶ月間の停学』、Cクラスは柴田君の暴行について、こちらの過失分を相殺した残りに対して賠償を行う。これで手を打ちませんか。いい落としどころだと思いますよ」
一見、Dクラス側が身内を処分に差し出すことでお互いのバランスを取ったように見える提案。だがその実態は、柴田に暴行の罪を着せたまま、相殺分で多少減るとしてもCクラスからの賠償を得ようというものだった。もしもCクラスに柴田への冤罪を晴らす方法が無ければ、この提案を飲まざるをえなかったかもしれない。
しかし――。
「お断りします」
一之瀬の声には、微塵の迷いもなかった。毅然とした態度で坂上の提案を拒絶する。
「柴田君は無実です。彼が停学処分を受ける理由など、どこにもありません」
「往生際が悪いですよ!」
坂上が声を荒らげる。
その様子を静観していた学が、再び口を開いた。
「一之瀬。Dクラスの提示した妥協案を拒否し、柴田の完全な無罪を主張するならば、それを裏付ける更なる根拠が必要となる。これ以上、お前たちに彼が暴力を振るっていないことを証明する術はあるのか」
沈黙が部屋を満たす。Dクラスの三人は不安な面持ちで一之瀬を見つめていた。もうこれ以上の隠し玉などあるはずがない、そうであってくれ、と祈るような気持ちだった。
しかし、一之瀬帆波は、そのすべての希望を叩き潰す微笑みを浮かべた。
「はい、あります」
「な……っ!?」
石崎の口から、情けない悲鳴が漏れた。
一之瀬はその証拠となるものが何なのかDクラスにつきつけた。
「それは――他ならぬ、Dクラスが提出した、その『診断書』そのものです」
「何をバカなことを……!」
坂上の顔が、怒りと困惑で歪んだ。
「その診断書には、我がクラスの生徒たちが柴田君の暴行によって負傷したと、明確に記載されているんですよ! 医者が嘘をついているとでも!」
「そうだ! 俺たちは本当に痛い思いをしてるんだよ!」
近藤も必死に声を張り上げ、自分の右肩をさすってみせる。
「ええ、お医者さんは嘘をついていません。ただ、医師は『怪我』を診察しただけであって、それが『誰によって、いつ、どうやって作られたか』までは証明していません。現に、その診断書には、こう書かれていますよね? ――『患者の申し立てによると、前日の放課後に同級生から暴行を受け……』と」
一之瀬は、手元にある診断書のコピーをバシィッ!と大きな音を立てて机に叩きつけた。
「これは、小宮君たちがそう主張したから、医師がそのまま記録したに過ぎません。ですが、私が問題にしたいのは、そんな主観的な記述ではないんです。……ここです!」
突き出された一之瀬の指先が、症状の記述が並ぶ、専門用語の羅列された箇所を鋭く指し示す。
「症状……『患部に局所的な発赤、および軽度の腫脹を認める』。坂上先生、これが何を意味するか分かりますか?」
「……何がおかしいんですか。殴られたり、壁に叩きつけられたりすれば、患部が赤くなって腫れるのは当然のことでしょう。何一つおかしい点はありません」
坂上はフンと鼻で笑った。Dクラスの三人も「そうだそうだ!」と言わんばかりの顔をしている。
その瞬間の彼らの表情を、一之瀬の鋭い視線が捉えた。
一之瀬はすっと左手を前方へ出し、大声と共に人差し指を坂上へとビシィィッと勢いよく突き付けた。
「――異議あり!」
「な、何です……っ!?」
坂上がその予想外の行動に、思わず仰け反る。
「『何一つおかしい点はない』……。いいえ、坂上先生。先ほどのあなたの言葉にこそ、決定的なムジュンがあります!」
「む、ムジュン……!?」
一之瀬の瞳に、知性の光が鋭く宿る。カラオケボックスで正路善人が語ったDクラスの主張の致命的な綻びが、彼女の脳裏にそのままの熱量で再生されていく。
一之瀬は突き出した指をそのままに、堂々としたハキハキとした声音で、流れるように主張を展開していく。
「もし、小宮くんたちの主張通り、前日の放課後――つまり受診から二十四時間近くも前に、柴田君から強い衝撃を伴う暴行を受けていたとするならば、患部の状態は『発赤』、つまり赤くなっているだけでは絶対にあり得ません」
一之瀬は一歩、机に歩み寄った。
「人間の身体は、外部から鈍的な衝撃を受けて毛細血管が破裂した場合、時間の経過とともに皮下出血を起こします。受傷直後は鮮やかな赤ですが、一日が経過した頃には、血液中のヘモグロビンが脱酸素化し、皮膚の上から青紫色や黒紫色が見えるように……いわゆる『青あざ』となって現れます。事件翌日に受診したにもかかわらず、診断書に書かれているのは、受傷初期にしか見られない『発赤と腫れ』だけです。もちろん青あざになるまでの期間に個人差はあります。しかし、体格や体質の異なる三人全員が示し合わせたように『受傷直後のみずみずしい赤色』をしている……。これは不自然極まりないことです」
「あ……」
坂上の口から、言葉にならない音が漏れた。
その背後で、ずっと静観していた星之宮が、わざとらしく手をポンと叩いた。
「あー、確かにそう言われればそうよねぇ。私も昔、ドジして階段で足ぶつけたとき、次の日にはすっごい青黒いアザになってて引いちゃったことあるもん」
「そ、それは……っ、医師の見落とし、あるいは記述の簡略化に過ぎません! 多少の青あざがあっても、医師がそれを『発赤』の一言で済ませた可能性は否定できないはずです!」
坂上が額の汗を拭いながら、必死に弁護する。
しかし、その苦しい言い逃れを、神崎が氷のようなに冷たい声で切り捨てた。
「その言い訳は通用しません、坂上先生。小宮、近藤、石崎の三名は、それぞれ三人の異なる医師が別個に診察を行なっています。その全員が青あざを見落とし、揃って発赤と腫脹とのみ記載することがあると思いますか?」
「くっ……!」
「さらに言うなら」
一之瀬は、容赦なく次なる一撃を打ち込んだ。
「この診断書には、怪我をして丸一日経ったなら起きているはずの『ある変化』が記載されていません。普通、全治二週間から三週間にも及ぶ打撲傷を負えば、翌日には炎症のピークを迎え、触らなくてもズキズキと痛む『自発痛』や熱を持った強い腫れ、つまり腫脹だけでなく『熱感』が症状として現れます。しかし、この診断書にはそれらの記述が一切ありません」
一之瀬から打ち出された完璧な論理は、弾丸となってDクラスの嘘を撃ち抜いていた。彼女は、正路からのアドバイスを完全に体現していた。
『一之瀬さん、いいかい。審議会の場で最も重要なのは、決して怯まないことだ。常に堂々と、ハキハキと話し、自分は宇宙の真理を語っているのだという態度で臨むんだ。やましいところがある人間は、その絶対的な自信に満ちた態度を見ただけで勝手に足元から崩れていく。人は、もっともらしい論理と、それを語る者の圧倒的な熱量に信じられないほど弱いんだ』
一之瀬は今、その通りに振舞っていた。彼女の凛とした佇まい、一切の揺らぎを許さない澄んだ声、そして理路整然とした説明。
実際の、その内容の専門的な正しさが完璧なものであろうとそうでなかろうと、それはDクラスの面々に対して、ただの言葉以上の圧力を突きつけていた。
「もう終わりにしようよ、石崎くん、小宮くん、近藤くん。……君たちがこの事件の裏で何を画策して、どうやってその怪我を作ったのか。――君たちのやったことは、全部お見通しだよ!」
突き出された人差し指とともにそのセリフが室内に響き、石崎の身体が驚きでビクンと大きく跳ね上がった。
「Dクラスの三人の怪我は前日の放課後に負ったものではなくて、受診直前の一、二時間以内に、君たち自身の手で作られたもの――つまり、柴田くんをハメるために仕組んだ、Dクラスの『自作自演』です!」
怪我は彼らが受診する直前、柴田から暴行を受けた証拠を捏造するために、彼ら自身が壁に打ち付け合って*1、意図的に作り出した「出来立ての怪我」なのだ。
もはや言い逃れをする気力すら、彼らには残されていなかった
石崎は完全にうつむき、自身の膝の上で握りしめた拳を小刻みに震わせている。小宮と近藤は、まるで死刑執行を待つ死刑囚のように、ただ呆然と宙を見つめていた。坂上にいたっては、審議開始時点で確信していた勝利を覆され、この審議会での敗北を悟って、真っ白な顔で天を仰ぐしかなかった。
沈黙が生徒会室を支配した。それを破ったのは、生徒会長である堀北学の温度の無い言葉だった。
「――結論は、出たようだな」
学は手元の資料を静かに閉じ、メタルフレームの眼鏡の位置を直した。その一連の動作には生徒会長としての威厳が満ちていた。
「Dクラスの小宮叶吾、近藤玲音、石崎大地の三名。お前たちの主張は虚偽であると判断する。……あらかじめ自身の手で怪我を捏造し、それをもって無実の生徒を校内暴力の加害者に仕立て上げ、学校による処分およびクラスポイントの強奪を画策した行為は、極めて悪質で看過できない」
学の冷徹な宣告が、Dクラスの三人の心臓を容赦なく抉る。
「よって、以下の決定を下す」
学は立ち上がり、一同を見下ろした。
「虚偽の申告をもって他者を陥れようとした小宮叶吾、近藤玲音、石崎大地の三名は本日をもって『退学処分』とし、ペナルティとしてDクラスが保有するクラスポイントから『150クラスポイント』をCクラスへと譲渡することとする」
「――ッ!?」
決定的な一言が、会議室の空気を一変させた。
「た、退学……!? そんな、退学なんて……っ! 助けてください! 退学だけは……ッ!」
石崎がなりふり構わず叫び、小宮は完全に呼吸を忘れたように口を開けたまま固まり、近藤の目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
「自業自得だ」
学の瞳には、一切の揺らぎもなかった。
「学校の秩序を故意に破壊しようとした不正行為に対して、本校は容赦しない。これは決定事項だ」
坂上もまた、自クラスから一度に三名もの退学者が出て、さらにクラスポイントまで失うという致命的な事態に、絶望で顔を青ざめさせていた。龍園の策略に薄々勘づきつつも見過ごした結果が、これほどまでの破滅を招くとは思いもしなかったのだ。
圧倒的な敗北と、絶望の深淵。
誰もがこの決定を受け入れるしかないと確信した、その時だった。
「――待ってください、堀北会長!」
会議室に響き渡ったのは、凛とした、しかしどこまでも柔らかく温かい、一之瀬の声だった。
学が眉をひそめ、一之瀬へと視線を向ける。
「一之瀬。決定に不服でもあるというのか」
「はい。学校側の判断は理解できますし、彼らのしたことが決して許されないことだというのも分かっています。……ですが、退学処分というのは、あまりにも重すぎます。処分を軽くできないでしょうか」
「何を言っているんだ、一之瀬!?」
神崎が驚愕して一之瀬の肩を掴んだ。
「相手は柴田を、そして俺たちのクラス全体を貶めようとしたんだぞ! 温情をかける理由なんてどこにもない!」
「分かってるよ、神崎くん。悔しかったし、すごく怖かった。……でもね」
一之瀬は優しく神崎の手を外すと、まっすぐに学の瞳を見つめ返した。
「私たちが求めていたのは、柴田君の無実が証明されることです。Dクラスの三人を学校から追い出すことじゃありません。彼らが反省し、もう二度とこんなことをしないと誓ってくれるなら……私は、彼らにやり直すチャンスを与えたいんです」
「一之瀬……っ」
柴田が涙ぐみ、息を呑む。
神崎は渋面を作り、一之瀬を見ていた。
学は眼鏡の奥の眼光を冷ややかに走らせ、一之瀬へと言葉を放った。
「一之瀬。Dクラスの生徒が行った行為は、社会であれば即座に法的な罰を受けるほどの悪質性を含んでいる」
「それでも……! 退学ではなく、別の処分に留めていただくことはできませんか」
一之瀬は譲らなかった。彼女の胸の中には、絶対に捨てられない「人間としての優しさ」が存在していた。
自分たちを嵌めようとした相手に対し、退学という最大の破滅を突きつけるのではなく更生の機会を与える――それは、甘さでありながら、同時にあまりにも神々しい救いだった。
敵である自分たちを地獄の底から引っ張り上げようとする一之瀬の姿を、石崎たちが信じられないものを見る目で見つめている。
学は瞳を閉じて長考すると、しばらくして深く息を吐き出す。隣の橘と視線を交わし、手元の記録端末を操作した。
「……当事者であり、被害者であるCクラスの代表がそこまで強く処分の減免を望む、か」
学は再び顔を上げた。その表情からは鋭利な冷たさが削ぎ落とされ、わずかながら一之瀬という存在に対する評価の眼差しが宿っていた。
「……分かった。当事者がそこまで言うのであれば、こちらとしても再考しよう」
学は重々しく口を開く。
「決定を変更する。小宮叶吾、近藤玲音、石崎大地の三名への処分は、本日より『夏休み明けまでの寮での謹慎および停学処分』、そして『謹慎解除後、学内での一定期間の奉仕活動』とする。ただし、他クラスを不当に貶めようとしたペナルティとしての『150クラスポイントのCクラスへの譲渡』は、そのまま適用する。……一之瀬、この措置で満足か?」
「はい! ありがとうございます、堀北会長!」
一之瀬は深く頭を下げた。
「では、これにて本件に関する審議を終了する」
その重厚な言葉は、Dクラスの自作自演から始まった一連の事件の審議会の終わりを告げた。
残されたDクラスの三人は、椅子にへたり込んだまま、茫然と去っていく一之瀬たちの背中を見送るしかなかった。
******
審議会が閉会し、静まり返った廊下に夏の夕闇が滑り込み、ローファーが床を打つ靴音が反響していた。開け放たれた窓からは、アスファルトの熱気を残した生ぬるい夜風が吹き抜ける。
一之瀬、神崎、柴田のCクラスの生徒三人、そして証人として出席していた佐倉は、寮に向かって廊下を歩いていた。
「一之瀬……本当によかったのか? あいつらは退学になって当然の行いをしたんだぞ。悪質さを考えれば、あの処分は甘すぎるくらいだ」
歩きながら、神崎がまだ納得がいかないといった堅い面持ちで呟いた。その目には、仲間を陥れようとしたDクラスに対する隠しきれない憤怒の残り香が燻っている。
「……うん。でもね、一度大きな過ちを犯したからって、やり直す機会も与えられないなんて、きっと寂しいことだと思うんだ」
一之瀬は足を止め、窓の外の茜色から紫へと溶け込んでいく空を見上げた。ぬるい風が彼女のストロベリー色の髪を優しく揺らし、微かに甘い汗と夏の匂いを運んでくる。
「それに……正路君も、言っていたから」
「正路が……?」
神崎が訝しげに眉をひそめる。一之瀬はほんのりと口元に温かい、けれどどこか遠い目をした笑みを浮かべた。
「うん。『窮鼠、猫を咬む。徹底的に打ちのめすことよりも、相手に逃げ道を残す方がずっと賢く安全な選択だ』って」
一之瀬の脳裏に、カラオケボックスの薄暗がりと重低音の中で、冷静に全てを見通していた正路善人の姿が鮮明に蘇る。
彼は最初から知っていたのだ。一之瀬帆波という人間が、どれほど卑劣な手段で攻め立てられようとも、最後の最後で相手を退学に追いやることを躊躇う甘さと優しさを持っていることを。それを美しいと思ったからこそ、彼は審議会が始まる前にこっそり、一之瀬の背中を押す言葉をかけた。
(正路くん……君はいったい、どこまで見通していたの……?)
一之瀬の胸の奥で情動が渦を巻く。
大切な仲間である柴田を守り切り、クラスの危機を脱したという安堵。そして、この審議会の結末を描いてみせた少年に対する――底知れない畏怖。
「……正路はそこまで考えていたのか」
神崎が苦々しく、しかし認めざるを得ないといった様子で息を吐き出した。
「あのさ、一之瀬、神崎……」
それまで俯いて二人の背中を追っていた柴田が、ぽつりと口を開いた。彼の両拳は力強く握りしめられ、その目には溢れ出る感謝が宿っていた。
「俺のために、みんなであんなに戦ってくれて……本当にありがとう。それに、佐倉さんも……勇気を出して証人になってくれてなかったら、俺、今頃どうなってたか……」
「あ、ううん……っ。私、は……正路くんに、背中を押してもらった、だけだから……」
佐倉は照れたように胸元で小さなデジタルカメラをぎゅっと抱きしめ、顔を赤らめた。彼女は正路から託された役割を果たしてCクラスの助けになれたことに、小さく胸を撫で下ろしていた。
「柴田君の無実が証明されて本当に良かった。これでまた、みんなで前に進めるね」
一之瀬は弾けるような笑顔を柴田に向けた。
龍園の手先となって動いていた石崎たちは、夏休み明けまで謹慎、停学と停学明けの奉仕活動を課され、Dクラスのポイントも大打撃を受けた。
偽りの暴力事件は、こうしてCクラスの完全勝利という形で静かに幕を閉じた。
しかし、それは高度育成高等学校という弱肉強食の檻の中で繰り広げられる戦いのほんの序章に過ぎないことを、一之瀬は予感していた。
だいぶ加筆修正してたので、つ、疲れた……。
前半部分を1時半に投稿して、ある程度の加筆修正(と感想返し)終わったの5時……す、睡眠時間が……。
で、さらに月曜夜にもうちょい加筆と誤字脱字チェックしてました。
加筆しまくってたから長ーい!!
これ前半部分を分割してなかったら1.5万字近くになってましたね……。
それと、全国的に尋常じゃないくらい暑いですね……。酷暑日になった地域もありますし、自分の住んでいる地域も最高気温40度まではいってないですがクッソ暑いです。
皆さん、熱中症には気を付けましょうね!
エアコンは偉大な発明。水分補給もしっかり!