催眠でエッチなことはしない「よう実」 作:樹神法正
五月一日、夕方。
夕日が差し込む学生寮の自室で、俺――山内春樹は、ベッドの上に大の字になって天井を見上げていた。
「いやー……マジで最高だな、おい。まさか本当に10万ポイントがほとんどそのまま手に入って、しかも俺たちがAクラスになっちまうなんてよ……」
手元の端末を開けば、そこには昨日のポイントに10万近く上乗せされたプライベートポイントの残高が表示されている。今日、あの冷徹な担任の茶柱から、この学校の裏の仕組みである『Sシステム』ってやつを聞かされたときは、クラス中が静まり返った。さすがの俺だって背筋が凍る思いがした。
例年通りなら、Dクラスは遅刻や居眠り、授業中の私語やスマホいじりで、容赦なく減点され、この一ヶ月でポイントがかなり減るはずだったらしい。学校側が仕掛けた罠ってやつ。意地が悪い奴らだぜ。
「ふん、学校の上の奴らは、本当に何も分かっちゃいねえよな」
俺は鼻で笑い、頭の後ろで両手を組んだ。この高度育成高等学校ってのは、生徒を能力別に分けて、一番下のDクラスには『不良品』を集めたって話だ。けど、その結果はどうだよ? 俺たちは一ヶ月間、真面目に授業を受けて、規律を乱さず、Aクラスの座をもぎ取った。
「中学の成績なんて、ただの飾りだっての。偉い奴らにはそれがわかんねーんだよな。この山内春樹の本当のポテンシャルを見抜けないなんて、面接官の目は全員節穴かよ」
思えば、入学直後のあの二日間くらいまでは、俺も普通の高校生気分で浮かれていた。同じくお調子者の池寛治と一緒になって、「おい見ろよ、あの女子可愛くね?」とか「放課後は新発売のゲームで遊ぼうぜ!」なんて、授業中もお構いなしに大声でバカ話をして盛り上がっていたもんだ。
教科書なんて開きもしないで、先生の顔すらろくに見ずに、どうやってこの三年間を毎月貰える10万ポイントで遊び倒すかばかりを考えていた。あのときはまだ、この学校の本当の走り方を知らなかった。あの頃の俺たちは坊やだったからさ。
変化が起きたのは、入学二日目の放課後だった。
あの日の夕方、クラスメイトの正路善人が、急に教壇の前に立ったんだ。正路はクラスの喧騒から一歩引いたような、どこか底が知れない雰囲気の奴だったが、あの時は真剣な顔をして黒板を叩いた。
『おい、みんな。ちょっといいか? 入学二日目だし、これからのクラスについて、少しだけ俺から提案があるんだ』
最初は須藤が「あ? なんだよ」って机を蹴りそうな勢いで絡んでたし、俺や池も「ゲームの話してるのに」なんて文句を言ってた。だけど、正路がその後、みんなでこれから真面目に頑張ろうぜ、みたいなことを呼びかけたんだ。クラスの全員が一丸となって、模範的な生徒として行動することが、どれだけ未来の自分たちの利益になるかって話をな。
不思議なのは、その言葉を聞いた瞬間だった。正路の声が、すとんと胸の奥に落ちてきたというか……頭の中のモヤモヤが急にスーッと晴れ渡ったような感覚になった。それまで「授業なんてサボってナンボ。卒業したら好きな進路を選べるんだし、楽して卒業できりゃいいや」と思ってた俺の心の中に、なぜか猛烈なやる気が湧き上がってきたんだ。
(……あ、俺、このクラスの一員として、絶対に頑張らなきゃダメだ。真面目に生活して、頂点を目指すのが、男として当然の義務だろ。ゲームなんてやってる場合じゃねーよな)
そんな、今までに感じたこともないような熱い感情が、身体の底から溢れてきた。誰かに言われたからとか、強制されてるとかそういうのじゃなくて、あれは間違いなく、俺自身の内側から湧き出た「本物の感情」だった。
入学初日に買ったゲームを惜しむ気持ちも少しはあったけど、思い切って売り払って参考書に変えたんだぜ?
あ、そういや今思い出したけど、俺がこれから頑張るぜー!って心機一転した次の日の朝にさ、担任の茶柱がマジでひでーのなんのって。せっかく俺たちクラス全員が心を入れ替えて、真面目に規則正しくしようとしてるのにさ、俺たちの顔を見て開口一番、『お前たち……一体、何があった?』だぜ?
まったく失礼しちゃうよな。俺たちがクラスのみんなで真面目にやろうぜっていうのが、そんなにおかしいのかよ。まあ、その後すぐに普通にホームルームが始まったからいいんだけどさ。
そんなことよりも大事なのは、その日から始まった約一ヶ月間の俺の頑張りだしな。今日までの俺の努力と才能といったら、自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
******
毎朝、予鈴の五分前には必ず席に着いて、教科書とノートを綺麗に並べる。授業が始まれば、一言一句を聞き逃さないように先生の言葉に集中し、黒板の文字をノートに完璧に書き写した。そりゃ、最初はちょっとわかんねーとこもあったけど、正路のやつが放課後に勉強会を開いて色々教えてくれたんだよな。
それで少しずつ授業の内容がわかるようになっていってさ。今までは数式を見ただけで頭が痛くなっていた数学も、英語の長文読解も、いつの間にか驚くほど頭にスラスラと入ってくるようになったんだよな。
「まあ、天才の山内春樹様が本気を出せば、こんなもんってゆーか?」
俺はベッドの上でふふんと胸を張った。これまで中学時代に成績が悪かったのは、ただ単に俺が忙しすぎたからだ。なんと言っても、俺はインハイで怪我するまで野球部で四番のエースとして名を馳せていたスポーツマンだったわけだし。
そんだけ超人的な活動して、みんなの人気者だった俺が、勉強する時間なんて取れるわけねーだろ? だからしょうがないんだよ。いくら俺が天才でも勉強する時間ゼロじゃ成績上げるのは無理筋ってもんだろ?
「今までやらなかっただけで、やればできるからさ、俺。やっぱりホンモノは違うよな。環境さえ整えば、一瞬で上位に並ぶってわけよ」
五月になって、授業の内容はさらに難しくなっているはずなのに、俺の頭はますます冴え渡っている。先生の質問にも堂々と手を挙げて答えられるようになったし、周りの女子たちの俺を見る目だって、絶対に「山内くん、知的でカッコいい……ステキ(はぁと)」に変わっているはずだ。あの堀北だって、俺のノートをチラ見して感心しているに違いない。
これだけできるようになったんだから、正直、ちょっとくらい手を抜いてもいいかなー、なんて思うこともある。毎日毎日、予習復習を完璧にこなして、授業中もずっと集中し続けるのは、いくら天才の俺でも疲れる。ちょっとくらい課題をサボったり、授業中にスマホを隠していじったりしても、今の俺の優秀さならバレないんじゃないか、って。
「……いや、でもなぁ」
不思議と、今日はサボろうと考えると、身体の芯のところがザワザワした感じになって拒絶反応を示すんだ。まるで、「お前がすべきことはそんなことじゃないだろ」と、内なる自分が叱りつけてくるみたいに。
それに、よく考えたら、最近は勉強すること自体が、意外と楽しいんだよな。複雑な方程式や、ややこしい歴史の因果関係が、頭の中で綺麗につながって、パズルを解いてるみたいでさ。問題が解けた瞬間のあのゾクゾクするような感覚がたまらない。
どっちみち、この学校で生き残るためには授業を真面目に受けなきゃならないんだ。それなら、うだうだ手を抜く方法を考えるより、楽しんで全力で頑張った方が、絶対に効率がいいし気持ちいいに決まっている。そうだよな? うん、きっとそうだ。
「うし、今日も気合入れて復習すっか!」
そんな風に、心のうちから湧き上がる学習意欲に従って、極めて前向きに机に向かおうとした、その時だった。
ピンポーン、ピンポーン。
部屋のインターホンが小気味よく鳴り響いた。
「ん? 誰だ?」
ドアを開けると、そこには教科書の詰まったバッグを抱えた池寛治が立っていた。
「おう、春樹! 悪い、待たせたか?」
やっべ、そういや、寛治と勉強会の約束をしてたんだった。思索に耽ってるうちに(ちょっとカッコいい表現だろ? 教科書に載ってる小説で覚えたんだぜ)、そんなことすっかり忘れてたなぁ。えーと、今の時間は……っと。予定の時間過ぎてるじゃねーか!
「寛治か、おせーぞ! 約束の時間からもう二十分も過ぎてんじゃねーか。お前が春樹の部屋で勉強会やろうって言い出したくせに、何遅れてんだよ!」
俺が腕を組んで文句を言うと、寛治は頭を掻きむしりながら「わりぃわりぃ!」と平謝りしてきた。
「いやさ、部屋を出る前に、ちょっと今日の数学の授業で間違えたところだけ復習してから行こうと思って、教科書を開いたんだよ。そしたらさ、なんかすげー集中しちゃって、気づいたら時間がワープしてたんだって!」
「あー、分かるわそれ。俺もさっきまで、天才的な脳みそがフル回転してこの一ヶ月の振り返りをしてたところだ。集中すると時間が経つのがはえーよな」
俺たちは顔を見合わせて、にやりと笑った。かつては放課後と言えばゲームや猥談くらいしか頭になかった俺たちが、今や「参考書に集中しすぎて遅刻する」なんていう、優等生みたいな言い訳を大真面目にしている。入学したときの俺たちに言ったら絶対に信じねーだろうな。我ながらびっくりだぜ。
「しゃーねーな。じゃあ遅れた分、今から取り戻す勢いで頑張って勉強しようぜ。今日は英語の予習を完璧にするって決めてたからな」
「おうよ! Aクラスの座を守るためにも、俺たちの実力を見せつけてやろうぜ!」
寛治が部屋に入り、机の上にノートを広げる。俺も自分の椅子を引き、教科書を開いてペンを握った。夕闇が迫る部屋の中で、俺たちは、どこまでも真面目に、そして楽しんで、未来の勝利のための勉強を開始するのだった。
実際に山内くんと会話したことのない山内エアプなので、全然山内くんっぽくない!って思った人がいたら、許してください。
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