催眠でエッチなことはしない「よう実」 作:樹神法正
全国三千万の山内ファンの皆さま、山内の出番はちょっとだけです。ごめんなさい!
入学わずか一ヶ月でのDクラスからAクラスへの昇格という、前代未聞の奇跡。五月一日の放課後、教室内が快挙に沸き返る中、俺――正路善人は、一人冷徹に思考を巡らせていた。「勝って兜の緒を締めよ」とはよく言ったものだ。
現状は完璧に見える。だが、完璧すぎる状況こそが、違和感という名の「足跡」を残す。特に、この高度育成高等学校には、常識外れの洞察力を持つ怪物が何人も潜んでいる。俺が仕掛けた集団催眠という『奇跡』の不自然さに、薄々勘づいている、あるいはこれから核心に迫りかねない危険分子たち。
(――手遅れになる前に、ある程度綻びを塞いでおく必要があるな)
俺は懐のスマートフォンをポケットに仕舞い込み、席を立った。まずは、あの冷徹な担任教師から片付けるとしよう。
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職員室に向かった俺は、ちょうど荷物をまとめて退出してきた茶柱佐枝の前に立った。
「茶柱先生。少し、個人的な勉強のことで相談があるんですが。静かな場所でお話しできませんか」
「正路か……。いいだろう、生徒指導室へ来い」
茶柱は怪訝そうな顔をしながらも、Aクラス昇格の立役者(と彼女が直感している)である俺の願いを拒まなかった。人気のない生徒指導室。重い防音ドアが閉まり、完全に二人きりの空間が完成する。
「それで、相談とは一体なんだ? お前が勉強のことで悩んでいるとは到底思えないが」
教壇で見せるような鋭い視線で、茶柱が俺を射抜く。俺は小さく息を吸い、彼女の瞳を真っ正面から見つめ返した。拳を握り、脳内のスイッチを切り替える。
「――先生。俺の目を見て、その思考を一度、完全に停止させてください」
「なっ……」
茶柱の身体がビクンと硬直する。彼女の切れ長な瞳から光が消え、深いトランス状態へと沈んでいく。
「これから俺が言うことを、あなたは当たり前のこととして受け入れます。まず、俺――正路善人という存在に対して、何か特別な力を持っているのではないかという疑問や行動への不審、違和感を抱かないこと。俺の言動はすべて自然なものであり、DクラスがAクラスへ昇格できたのは、生徒たちの自発的な成長によるものであると認識してください」
これが彼女への楔だ。そしてもう一つ、彼女のためにも生徒のためにもやっておくべきことがある。いい歳した大人が、いつまでも過去の後悔を引きずっているというのは健全ではない。
「次に、学生時代に自分のせいでAクラスになれなかったという後悔を断ち切り、これからは生徒の成長を一番に考える、真っ当で立派な教師になることです」
いい加減、全ては過去、終わった事だと受け入れて、人生という限られた時間を無駄にせず前に進んでもらいたいものだ。自分の無念を晴らすために、生徒を利用するなんて茶柱も利用される生徒もどちらも幸せにならないだろう。
俺の言葉を聞いた茶柱の表情が、操り人形のように無機質なものになる。
「……了解、した……」
「よし。――では、指を鳴らしたら意識を戻し、俺が『これからの試験対策の参考書』について質問した、というところから会話を再開してください」
パチン、と指を鳴らすと、茶柱はハッと意識を取り戻して話し始める。
「――あ、ああ、そうだな。正路、お前が言うように、今回の中間テスト対策として推奨できる参考書だが……」
茶柱は何の違和感も抱くことなく、ごく自然に教師として生徒へのアドバイスを語り始めた。俺は「なるほど、ありがとうございます。参考にします」と神妙に頷き、一礼して生徒指導室を後にした。
「ああ、試験勉強頑張れよ、お前たちには期待しているぞ」
憑き物が落ちたように晴れ晴れとした表情の茶柱"先生"の激励の言葉を背に受けながら。
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まずは一人。これで教師側からの不必要な警戒は防げる。自クラスの担任と生徒で警戒し合うなんて無駄でしかない。無用なトラブルの芽は事前に摘んでおくべきだ。
次の狙いは、同じ学生寮に住むクラスメイトたち。同じクラスの仲間で不信感を抱き合って警戒しながら過ごす必要がどこにあるだろう?
夜、静まり返った学生寮の廊下。俺は一人目の標的の部屋の近くで、静かに彼が現れるのを待ち構えた。
そう、最初に捕まえたのは、高円寺六助だった。彼に関しては、あまり他人に興味がないため放置でもいいかと思ったが、あの鋭い観察力や本質を捉える洞察力、そして綾小路に匹敵するスペックは万が一の時に厄介だ。
廊下で自慢の髪の手入れをしながら歩いてきた高円寺の前で手を叩いて意識を向けさせ、一瞬で催眠にハメる。
「高円寺。お前は俺やその行動に対して不信感や疑念を抱いても、そこにどんな違和感があろうとも、一切の興味を持たずに美しい自分が関わる価値も無い、つまらない出来事として完全にスルーしろ」
「……フッ、当然のことさ、ボーイ……」
虚ろな目で笑う高円寺に暗示を植え付け、即座に解放する。彼は何事もなかったかのようにマイペースに自室へ戻っていった。
結局、高円寺がどれだけ優れていようと、それはあくまでも常識的な人間の範疇での話だ。音よりも速い超スピードで移動できるだとか、あらゆる干渉を防ぐ防壁を張れるだとか、そんな異能を持っているわけではない。俺の存在を意識し、音を聞くだけで発動する催眠から逃れる術は無いのだ。
それに、そもそも催眠なんてものは空想の産物でしかないと思われている世界だ。そんな世界で大真面目に催眠能力者の存在を想定して、「いつでも催眠を防げるように対策しておこう!」なんて考える人間がいるわけもない。
もし、いたとしたら、そいつは現実と妄想の区別もつかない狂人かなにかだ。もちろん、俺のような能力を持つ者が他にもいるというなら話は別だが。現実は催眠なんて思考の隅にすら上らないだろう。だから、近づいて話かけることさえできれば、俺の勝ちだ。
さて次は、堀北鈴音だ。
彼女の部屋のインターホンを鳴らす。怪訝そうな顔でドアを開けた堀北は、俺の顔を見るなり眉をひそめた。
「こんな夜更けに一体何の用かしら、正路くん。もし不埒な用事なら――」
「堀北。俺の言葉を聞け」
俺から発せられた言葉が彼女の鼓膜を震わせた瞬間、堀北の動きが止まる。彼女には、少し多めの『修正』を加える必要があった。
「堀北、お前の中に眠る『無用なプライド』を今ここで捨て去れ、むやみやたらと他人を見下すな。これからは言動に不自然さがない程度に、少しずつ他人と交流し、クラスを支える社交性を身につけろ。そして――俺、正路善人に対して、いかなる違和感も抱くな。俺と会話を重ね、行動を共にするたびに、お前の中の俺に対する信頼が少しずつ深まっていく」
「……あ……わか、ったわ……」
いつものトゲのある表情が消え、素直な美少女の顔になった堀北に、俺は「夜分に尋ねて悪かった。おやすみ」と告げてドアを閉めさせた。これで彼女は、他人を下に見て素メタい態度を取ることをやめた社交的な優等生へと生まれ変わる。最後の文言のおかげで、クラスメイトとして彼女と交流を重ねていけば、信頼関係を築くこともできるだろう。
そして、最後にして最大の障壁。原作の主人公であり、ホワイトルームの最高傑作――綾小路清隆。
彼の部屋のドアをノックする。ガチャリとドアが開くと、そこにはいつも通りの眠たげな、だが瞳の奥に一切の油断のない警戒心を隠した綾小路が立っていた。
「正路か。珍しいな、こんな時間に一体どうした?」
「ああ、ちょっと話がしたくてな。――綾小路、俺を見ろ」
俺は持てる全神経を注ぎ込み、彼の脳内へ言葉を叩き込んだ。さすがの綾小路も、異能力者でも何でもないただの人間である以上、超常的な力の『絶対催眠』の強制力には抗えない。彼の底知れない瞳から、一瞬にして光が剥ぎ取られ、深いトランス状態へと落ちていく。
やはり、将来的に一番危険になる可能性が高いのは綾小路だ。もし敵対されるようなことがあれば面倒極まりない。それなら――
俺は彼に対して、最も強固な『感情の楔』を打ち込むことにした。
「綾小路。お前は俺に絶対に牙を剥かない。それどころか、お前が俺と会話し、時間を共有するたびに、お前の中の俺に対する『好意』や『友情』といった感情が、一歩一歩着実に強まっていく。お前にとって俺は、退屈で無機質な世界で唯一、心から信頼を置ける最高の親友であり、特別な存在となり得る。そして、俺に関するすべての不自然さから、無意識に思考を逸らせ」
「……正路……お前は……俺の……」
綾小路の唇が微かに震え、やがて、すとんと腑に落ちたような表情になった。
「了解した。俺は、お前を……」
――パチン。
「――あ、悪い。立ち話もなんだな。中に入るか?」
意識を取り戻した綾小路の目が、心なしか、さっきよりも柔らかいものに変わっていた。
「いや、今日はもう遅いから戻るよ。明日、良かったら一緒に昼飯でもどうだ? 放課後も、ケヤキモールにでも遊びに行こう」
俺がそう誘うと、綾小路は驚いたように目を見張った後、喜びに笑みが思わずこぼれてしまったという様子で、微かに口元を緩めた。
「ああ、喜んで。お前に誘ってもらえるなんて、嬉しいな。明日を楽しみにしている」
原作では、感情の起伏が皆無の機械のようになっていた綾小路清隆が、嬉しさを素直に表現するように、僅かな笑みを浮かべている。
――完璧だ。条件はすべてクリアされた。これでクラス内のすべての疑念は消え去り、トラブルの種を事前に潰すことができた。
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翌日からのDクラス――いや、Aクラスの雰囲気は、傍から見れば少し変化していた。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
五月二日の朝、俺は再び教壇に立ち、クラス全員に呼びかけた。
これまでの一ヶ月、彼らは俺の催眠によって「超・真面目モード」を強制されていた。授業中の集中力は凄まじく、トラブルも起こさない。だが、そのせいでクラス全体の空気が張り詰めすぎており、池や山内などはどこか疲労やストレスを溜め込んでいるようにも見えた。ずっとロボットのように真面目なままでは、いつか精神が摩耗してしまうし、身体もボロボロになってしまうだろう。
「この一ヶ月、みんなの努力のおかげで、俺たちはAクラスに昇格できた。これは全員の規律正しい行動の成果だ。だから――これからは、少しルールを緩めようと思う」
俺は、パンパンと手を叩いて注目を集め、クラス全員の耳に届くよう、声を張り上げながら、催眠のアップデートを試みた。
「これからは、羽目を外しすぎなければ、放課後に思い切り遊ぶことも、休憩時間に雑談をすることも、スマホをいじることもすべて許可する。授業中や公式な場ではこれまで通りの完璧な態度を維持しつつ、オフの時間は全力で高校生活を楽しめ。オンオフの切り替えを大事にしよう。ただし、他人に迷惑をかける行為や、ポイントが減点されるような規律違反だけは、身体が自然と拒絶するように」
パチン、と指を鳴らす。
「……ッシャアアアアア!! そういやスマホゲーム、ずっとログインするの忘れてたんだよ!」
池が叫びながらスマホを取り出す。
「なあ、放課後、カラオケ行こうぜカラオケ! 奢りじゃねえけど、俺も健も10万ポイント以上あるしな!」
山内が須藤の肩を組む。須藤も「おう、今日はちょうどバスケ部の練習は休みだし、付き合うぜ!」と快活に笑った。「寛治も行くだろ?」と山内が声をかけると、池も「勿論行くぜ!」とにこやかに返す。
別の席では軽井沢たち女子グループが「今日、ケヤキモールでウインドウショッピングしない?」、「するする~、みんなで行こうよ」と楽しそうに話している。
誰もかれもが何かから一時的に解放されたかのように晴れやかな笑みを浮かべている。
クラスに、本来の高校生らしい活気と笑顔が戻ってきた。それでいて、予鈴が鳴った瞬間、彼らは吸い込まれるように席に戻り、一切の私語を止めて教科書を開く。
オンとオフの切り替えが完璧な、超一級のクラス。それこそが、俺の再構築した新たな旧Dクラスで現Aクラスの姿だった。
・NGシーン
オリ主「高円寺。オレンジを公表されたくなければ、全力を挙げて俺を見逃せ!」
一話あたりが長くなりそうなので分割しました。
「はー、読むのだりぃなー」ってならずにサクッと読めるくらいがいいと思うので、4000~5000文字くらい目安がいいのかなぁと思ってたり思ってなかったり。
食事も食べ過ぎてもう食えねえってなるより、もう少し食べたいなぁくらいのほうがいいですからね!
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