催眠でエッチなことはしない「よう実」 作:樹神法正
そしていつの間にか、評価を何件もいただけていた……。しかも赤いバー!
嬉しいです。ありがとうございます。
実は幕間は大枠を考えて、山内視点にするか須藤視点にするか悩んだんですよね。
結局、山内にしたんですが、せっかくなので須藤パターンも。
元々の大枠は同じなので構成は似てるかも?
ということで全国四千万の山内ファンの皆さんにはごめんなさい! 今回は須藤です!(というか次回の山内の活躍はあるのだろうか)
この学校の真実が明かされたあの五月一日から数日が過ぎた、ある夜。
静まり返った学生寮の自室で、俺――須藤健は、椅子にもたれかかりながら天井を見上げていた。窓の外からは、五月の瑞々しい夜風がカーテンを静かに揺らしながら流れ込んでくる。
「……何日か経ってもまだちょっと信じらんねえってか、現実味が薄いっていうか……」
自分の端末の画面を何度見つめ直しても、そこに表示されている残高の数字は変わらない。先月と比べて10万近く増えたプライベートポイントがそこにはあった。
あの日、ホームルームの教壇に立ったあの冷酷な担任、茶柱佐枝の口から告げられた『Sシステム』の全貌。そして各クラスの最新ポイント。俺たちDクラスは、生活態度の乱れによる僅かな減点を除いて、970CPという圧倒的な数値を維持したまま、最高位である『Aクラス』へとストレートで昇格した。
もし「授業中の態度は自由。何をしていようと教師は一切注意しない」という学校側の甘い罠にそのまま嵌まっていたら、一体どうなってたんだろうな。
想像するだけでも背中がゾッとする。居眠り、遅刻、授業中の私語にスマホいじり。今までの俺自身の性格を考えれば、間違いなく初月で大量のポイントを吐き出し、クラスの全員から「お前のせいでポイントが減った」と白い目で見られ、最悪の学園生活を送っていたに違いない。
「……真面目にしてて、本当に良かったぜ」
俺は目を閉じて、しみじみと呟いた。今思えば、この一ヶ月間は俺の人生の中で最も濃密で、そして劇的に変化した一ヶ月だった。
******
時計の針を、一ヶ月前の四月初旬――あの入学式直後の教室へと巻き戻す。
当時の俺は、誰にでも噛みつく野良犬みたいなもんだった。周囲にいるクラスメイトたちを「どいつもこいつもひょろひょろした、ウゼーやつばかりだ」と見下し、突っぱねていた。
入学初日のホームルーム。絵に描いたような優等生で、クラスのリーダー気取りだった平田洋介が、爽やかな笑顔で「みんな、これから三年間一緒に過ごす仲間なんだし、一人ずつ自己紹介をしていかないかい?」と提案してきたとき、俺のイライラは絶頂に達していた。
『チッ……ガキかよ。仲良しこよしがしたいなら、他所で勝手にやってろ』
俺は机の脚をガンッと蹴り、平田を思い切り睨みつけ、威圧するように言い放った。教室の空気が一瞬で凍りつき、女子たちの怯えた視線が俺に突き刺さる。平田は困ったように苦笑いしていたが、俺はそんな周囲の反応にムカつくやつらだ、と余計に苛立ちを重ねていた。
そんな俺の尖りきった意識が、根底からひっくり返ったのは、入学二日目の放課後だった。
あの日、クラスメイトの正路善人が、唐突に教壇の前に立ったんだ。正直、正路のことは最初、物静かで目立たない、気に食わねぇ奴だと思っていた。あいつが黒板を軽く叩き、クラス全員に向かって『これからのクラスについて、少しだけ俺から提案があるんだ』なんて言ったときは、少しでも早く部活動紹介でバスケ部を見に行きたくて『なんだよ?テメェ』みたいな感じでイラついちまった。
けどよ、その後にあいつが『みんな、これから真面目に授業を受けて規則正しく生活しよう』と呼びかけた、その瞬間。俺の脳髄を、言葉では言い表せないほどの強烈な衝撃が貫いた。
正路の声が、まるで鼓膜を通じて直接脳の奥にまで染み込んでいくような感覚。その刹那、俺の中にあった理由のない苛立ちや、周囲への反発心が、深い霧が晴れるようにスッと消えていったんだ。それと同時に、今まで感じたこともないような、自分だけにしか聞こえない赤く熱い鼓動が、身体の底からフツフツと湧き上がってきた。
(……何やってんだ、俺。バスケでトップを目指すなら、まずは足元を固めなきゃダメだろ。授業を真面目に受けて、規律正しく生活する。んで、バスケも人一倍頑張る。それが、プロを目指すアスリートとしての当然の行いってやつじゃねえか)
今思えば、あれが俺の「本当の目覚め」だった。それまでのバスケ以外はどうだっていいみたいな荒んだ生活態度を深く反省し、俺は生まれ変わったように真面目な学生に、クールでタフなバスケマンになることを、自分自身の魂に誓ったんだ。
さらに驚いたのは、その後の正路の対応だった。口を開けば「真面目に勉強しろ」と言うだけの口先だけのムカつく奴らとは違い、あいつは本物だった。
俺が授業のスピードに追いつけず、放課後の教室で一人で頭を抱えていた日。正路は「須藤、高校の勉強は一歩早い動き出しが大事なんだ」とか言いながら、勉強をサポートすると提案してくれた。池や山内たちの「俺たちもやってるんだ。須藤もやろうぜ」という言葉も俺を後押ししてくれた。俺は情けない自分を変えるため、あいつの勉強会に参加することを決めた。
そして正路は、勉強も大事だけど部活も大事な俺のために、わざわざ自分の貴重な時間を割いて、俺の寮の部屋まで来て勉強を教えてくれたんだ。正路とマンツーマンでの勉強会だ。
『須藤、ここの公式はな、無理に暗記するんじゃなくて、この図の形とセットで覚えると分かりやすいぞ』
『あ? ……あ、本当だ。な、なるほどな……』
まあ、たまに池や山内の部屋で一緒に勉強することもあったけどな。
とにかく。ぶっきらぼうで粗暴な俺に対しても、正路は嫌な顔一つせず、根気強く、俺が理解できるまで何度も付き合ってくれた。何となくいけ好かねえ奴だって喧嘩腰になって、今では本当に悪いことをしたと思う。正路は、他人のためにそこまで必死になれる、意外と、いや、めちゃくちゃ良い奴だったんだ。
それからの俺の毎日は、目まぐるしい努力の連続だった。
念願叶って入部できたバスケ部での練習は、想像以上にハイレベルだったが、俺は誰よりも声を出し、必死にコートを走り回った。
だが、俺の進化は部活の時間だけじゃ終わらねえ、今まで未体験だった
部活が終わってクタクタになった夜、学生寮に戻ってシャワーを浴びた後、俺はすぐに机に向かった。正路の都合がつかない日は、あいつが作ってくれてた学習プリントや教科書の内容を、必死にノートに書き写して復習した。
これまで、勉強なんて「バスケには何の役にも立たない。頭のいい奴らがやる退屈な作業」だと切り捨てていた。だけど、俺に合った勉強方法で五教科バランスよく力がついていくと、公式の意味が分かり、英語の単語が読めるようになり、歴史の流れが理解できるようになった。そしたら不思議と勉強が面白くなってきたんだ。
暗闇を手探りで歩いていたのが、急に目の前をパッと明るく照らされたような、あの感覚。バスケ一筋で今まで錆びついていた俺の脳みそが、新しい知識を吸収して、どんどんアップデートされていくのがハッキリと分かった。そして、その成果は「力」となって、俺の身を助けることになったんだ。
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四月も半ばを過ぎた頃、廊下を歩いていたとき、他クラスの――確か当時Cクラスの不良っぽい奴が、わざと俺の肩に強くぶつかってきたことがあった。
『おい、テメエ、どこ見て歩いてんだよ』
ついこの前までの俺なら、その言葉を聞いた瞬間に頭に血が上り、相手の胸ぐらを掴んで、殴りかかっていたかもしれねえ。けど、あの時の俺の脳裏をよぎったのは、正路の「トラブルを起こすな」という言葉とあいつへの恩、そして、俺自身の過去の痛烈な反省だった。
中学時代、俺はバスケの強豪高校へのスポーツ特待生推薦が決まっていた。しかし、些細な小競り合いから暴力事件を起こしてしまい、その推薦は一瞬にして白紙になった。あの時の、世界が真っ暗になったような絶望、自分の拳の軽さへの後悔。
もう二度と、あんな愚かな過ちは繰り返さねえ。暴力はダメだ。何より、今の俺には、一緒にAクラスを目指して頑張っている大切なクラスメイトたちがいる。俺のために親身になってくれた正路や平田たちがいる。ここで俺がトラブルを起こせば、みんなの努力に泥を塗ることになっちまう。
俺は拳を強く握りしめ、深く息を吐き出すと、相手の目を真っ正面から見据えて、静かに頭を下げた。
『悪かった。こちらの不注意だった。怪我はなかったか?』
『はぁ?』
そいつは、俺のあまりにも毅然とした態度に、毒気を抜かれたようにブツブツ文句を言いながら去っていった。嵐を耐え切ったような清々しさが、胸の中に広がったのを覚えている。耐える強さを、俺は勉強と規律を通じて学んでいた、そいつを強く実感したぜ。
さらに、俺の成長を確信させてくれる出来事があった。四月の終わり頃に行われた、実力測定のための小テストだ。
担任の茶柱は「このテストの結果は成績表には一切反映されない」と言っていたが、真面目モードの俺たちにテキトーにやるという選択肢はなかった。全員が背筋を伸ばして席に座り、配られた問題用紙を裏返す。そしてペンを握って真剣に問題に向き合う。
(……あ、これ、勉強会でやったところじゃねえか!)
問題用紙に並んだ数式や英文を見た瞬間、俺のペンを握る手が歓喜に震えた。テストのほとんどは中学の復習レベルだったが、今までの俺ならそれすらも大半は白紙で提出していただろう。
だけど、今回は違う。正路との勉強会で何度も繰り返し解いた、あの解法パターンが、頭の中から次々と溢れ出てくるんだ。
数式をスルスルと書き込み、四字熟語を答え、英語の文法問題を迷うことなく埋めていく。もちろん、テストの最後に用意されていた超難問の三問に関しては、見た瞬間に「あ、これは無理だわ」と脳細胞がシャットダウンしたが、そこまでは最初から求めていない。
結果として、俺はその小テストで、人生最高得点となる75点を叩き出すことができた。あの時の、自分の力で点数をもぎ取ったという全能感は、バスケでダンクシュートを決めたときと同じくらい気持ちよかった。入学してすぐのタイミングから勉強して、本格的な高校生活への準備をしといてよかったぜ。
「ふぅ……」
深く息を吐き出すと、俺は姿勢を正して机に向き合った。引き出しからノートと参考書を取り出し、今日行われた授業の復習と、明日の予習の準備を始める。
最近は、本当に全てが良い方向に回っているのを感じる。バスケ部での練習も絶好調だ。先輩たちに交じっても引けを取らない動きができているし、顧問からも「須藤、お前の身体能力とプレイ、何よりそのバスケに真摯な態度は素晴らしい。このままいけば、一年生でレギュラーを狙えるぞ」と太鼓判を押された。
勉強も部活も、どちらもバッチリだ。それもこれも全部、正路のおかげだ。それにこんなに充実した毎日を送れているなら、もしかしたら……これから先、学園生活の中で恋愛なんかもうまくいったりするのかもな。
例えば、最近勉強を優しく教えてくれるようになった、あの気の強い……でも微笑むと可愛い、堀北と、もっと親しくなれたり……なんてな。
「ハハッ、流石に調子に乗りすぎか。……まぁでも、やっぱやってて良かったぜ、勉強会」
正路を信じて、自分を変えて、本当によかった。
時計を見ると、もうすぐ午後十一時を回ろうとしている。今日の部活はハードだったから、身体には心地よい疲労感が溜まっている。それに、明日も部活の朝練があるから、早く起きなきゃならねぇ。
「よし、手早く終わらせるか」
俺はシャープペンシルを力強く握り直し、参考書のページをめくった。明日も、明後日も、俺たちのAクラスの座を守るために。もっと強くて優秀な男に、そしてバスケのプロになるために。
静まり返った夜の部屋に、真剣な眼差しをした少年の、小気味よいペンの音が響き渡るのだった。
真面目な文のフリして、どこにおふさげをねじ込もうと考えながら書いたのは内緒です。
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