催眠でエッチなことはしない「よう実」 作:樹神法正
この小説云々じゃなくて、リアルで色々忙しくて疲れたので爆睡してました。というか爆睡じゃなくて半ば気絶だったかもしれない……。
今回は、堀北兄妹のハートフルな話し合いです。うん、間違いない。
五月某日。俺――正路善人は、ある一つの「懸念」を抱えていた。
原作知識。それは俺にとって大きな武器である。俺は、堀北鈴音とその兄であり生徒会長を務める
だが、人間の記憶とは時に曖昧なもの。それが「何日の何時」に起きるのか、正確な日付まではっきりと覚えていなかった。五月なのは間違いないはずなのだが。
現在の堀北は俺の催眠によって考え方が変わっており、他者を見下して関わろうともしなかった姿はどこにもない。周囲を下に見る傲慢さは消え失せ、クラスメイトと手を取り合う社交性を身につけている。そのため、本来の歴史のように兄に暴力を振るわれそうになる可能性は低いだろう。
だが、確証は持てなかった。血の繋がった兄妹の問題だ。家族という関係は他人同士よりも感情的になりやすい関係だと言える。何かが引き金になって堀北学が妹に危害を加えるかもしれない。それに、もし何かがあっても原作のように都合よく綾小路がその場に現れて彼女を救うとも限らなかった。
ならば自分で動くしかない。
万が一、堀北が兄に投げ飛ばされそうになったなら、俺が影から飛び出して堀北学を止める。そのための準備として、俺は五月に入ってから毎日、夜になると寮の自室を抜け出し、一年生の寮の出入り口近くで物陰に身を潜めて待機することにした。
五月の夜風は、まだ少し肌寒い。寮のエントランスから漏れる淡い光だけがポツンと地面を照らす中、俺は気配を完全に消し、ただじっとその瞬間が訪れるのを待ち続けた。まるで刑事か探偵にでもなった気分である。
四日、五日、六日……。
夜遅くまで張り込みを続ける日々は、なかなかに体力を消耗した。だが、これもクラスメイトである堀北の、ひいてはクラスのためである。苦にはならなかった。
そして張り込みを始めてから一週間ほどが経過した、ある日の夜。
静まり返った寮のエントランスから、静かに外へと足を踏み出す、見覚えのある人影が視界に入った。
月光に照らされた、美しい黒髪のロングヘア。
――堀北鈴音だ。
ようやくか、という思いと共に、俺は適度な距離を保ちながら闇に紛れて彼女の後ろ姿を追った。
******
堀北が向かったのは、やはり一年生の寮の裏手でだった。
自動販売機の近くに、直立不動の姿勢で佇む一人の男がいる。隙のない完璧な佇まい、知性を感じさせる眼鏡の奥の冷徹な瞳。高度育成高等学校が誇る生徒会長――堀北学。
「お久しぶりです、兄さん」
堀北が少し緊張で声を固くしながらも、どこか懐かしむように兄に呼びかけた。
本来であれば、ここから実の兄妹とは思えないほどの苛烈な問答が始まるはずの場面だ。
物陰に身を潜めた俺は、いつでも飛び出せるように身体の筋肉を緊張させ、二人の会話に全神経を集中させた。
「お前にこの学校にいる資格はない。今すぐ退学届を書いて去れ。お前のような不良品が妹だと知れるのは恥だ」
冷酷なセリフが、堀北兄の唇から吐き出される。
問答の末、言うことを聞かない妹の手首を掴み、冷たいアスファルトの地面へと投げつけようとする――それが本来の流れだ。
なぜ、堀北学はそれほどまでに実の妹を突き放し、冷徹に接するのか。俺はその「真意」を原作知識として完全に知っていた。
堀北兄は、妹を憎んでいるからこんなことを言っているのではない。むしろその逆だ。
堀北には、本来であれば上のクラスを狙えるだけの高い才能がある。運動も勉強もできるのだから。しかし彼女はいつの間にか兄である学に依存し、他人を遠ざけ、ただ彼の背中を盲目的に追いかけることばかりを考えて生きるようになってしまった。
学がかつて適当に口にした「長い髪が好みだ」という発言の影響で、堀北は今でも頑なに髪を伸ばし続けている。学はその長い髪を見て、高校に入学してなお、妹が何一つ変わっておらず、未だに自分の影に囚われて成長を止めていると判断したのだ。
だからこそ、あえて心を鬼にして冷たく突き放して自立を促す。妹に変わってほしいと願うがゆえの、彼なりの不器用な妹を思う兄心だった。
だが、現在の堀北は、学の想像を遥かに超える形で、すでに変わっていた。
「……お前は昔から何一つ変わっていない。孤高と孤独の意味をはき違えている」
堀北兄が、冷たく言い放ち、一歩を踏み出そうとした。
本来ならここで堀北が「私は兄さんに追いついてみせる」「私は間違っていない」などと頑なに言い張り、堀北兄に実力行使を選ばせるはずだった。
だが、堀北の口から出たのは、全く予想外の言葉だった。
「いいえ、兄さん。それは違うわ」
凛とした、だがどこか穏やかで、包み込むような優しさを湛えた声が、夜の静寂を切り裂いた。
堀北兄が、わずかに眉をひそめる。そこには、兄の拒絶に怯えることもなく、かといって無駄な虚勢で身を固めることもない、自然体で真っ直ぐな瞳をした妹が立っていた。
「確かに、私は兄さんに認められたくて、兄さんの背中ばかり追って生きてきたわ。この髪だって、その名残よ。……けれど、この学校に入って、私は気づかされたの。独りよがりの優秀さなんて、何の意味もないってことに」
「……何だと?」
堀北兄の切れ長な瞳に、微かな動揺が走る。
「私は今まで、周囲の人間を『無能』だと見下し、自分だけで完結しようとしていた。自分一人の力で何でもできることが強さだと勘違いしていた。でも、それはただの傲慢で、未熟の証明でしかなかった。……私はこの一ヶ月間で、クラスのみんなに助けられ、みんなの凄さを知ったの」
堀北は兄に語り掛けながら、一歩、また一歩と兄の方へと真っ直ぐに歩みを進めた。
「バスケ部の須藤くんは、誰よりも熱い情熱を持って努力できる。池くんや山内くんも、私にはない親しみやすさでクラスを盛り上げてくれる。みんながそれぞれ違う実力を持っていて、それを合わせたからこそ――私たちは入学からわずか一ヶ月で、DクラスからAクラスへ上がることができたんです。全てクラスのみんなの力なんです」
「……っ」
堀北兄の目が、大きく見開かれた。あの頑固で他人に心を開かず、自身の背中しか見えなくなっていたはずの妹が、他人の長所を素直に認め、敬意を払い、クラスの仲間たちをみんなと愛おしげに呼んでいる。周りを見下さずに認め、協力する姿勢を見せる堀北の様子に、堀北兄は原作とは違い、妹に過激な躾をする理由を完全に失っていた。
「鈴音……お前、随分と……変わったな……」
生徒会長としての鉄の仮面の下から動揺を隠しきれず、一人の兄としての本音が漏れ出していた。
「Dクラスが一ヶ月でAクラスに上がったという報告は受けている。……まさか、それがお前自身の変革によるものだとは、思いもしなかった」
堀北兄が眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、嬉しいような、少しばかり寂しいような複雑な表情で妹を見つめる。
妹の手を掴んでアスファルトに叩きつけるような理由など、もうどこにも存在しなかった。堀北兄の真意であった「妹の変化」は、最良の形で、すでに達成されていたのだから。
「いいえ、さっき言った通り、私だけの力ではなくクラスのみんなのおかげです。そして私を導き、クラスの形を変えてくれた……彼がいたからこそ……」
堀北の視線が、ふと俺が隠れている植え込みの方へと向けられた。どうやら気づかれていたらしい。
彼女にとって俺は、自分を正しい道へと導いてくれた、恩人であり理解者なのだ。
俺は苦笑しながら、これ以上隠れているのも野暮だと判断し、植え込みの影からゆっくりと姿を現した。
「夜更けに熱い家族会議のところを邪魔して申し訳ありません、生徒会長。けれど生徒会長ともあろうお方が夜に外を出歩くのは、あまり感心できませんね」
「正路くん……!」
冗談交じりに姿を見せた俺に堀北の顔が、ぱっと明るくなる。その表情は、普段の彼女からは想像もつかないほど、年相応の少女らしい嬉しさに満ちたものだった。
堀北兄は、鋭い視線を俺へと向けた。その眼光は、まるで相手の奥深くまで見通そうとするかのように鋭敏だった。
「……お前は、一年Aクラスの正路善人だな。Dクラスを短期間で統率し、昇格させたという男か」
「まさか、ただのしがない一般生徒ですよ。昇格できたのはクラスのみんなが一丸となって頑張ったからです」
俺は肩をすくめて見せた。
「兄さん、紹介させて」
堀北が俺の隣に一歩寄り添い、誇らしげに胸を張った。
「彼は正路善人くん。私の……最高の友人よ。彼が私に周りと協力することの大切さを教えてくれたの。彼がいなければ、私は今でも自分の殻に籠って、独りよがりの優等生を気取っていたわ」
「……友人、だと?」
堀北兄の顔に、この日一番の、そして生徒会長になって以来最大級の動揺が走った。
孤独と孤高を履き違え、他人を徹底的に拒絶し、友達の一人も作ろうとしなかったあの妹が、目の前の男子生徒をこれほどまでに全幅の信頼を寄せた目で見て、躊躇いもなく友人と言い切ったのだ。
他人を素直に認め、手を取り合う姿勢。それこそが、堀北兄が妹に望んでいた成長だった。
堀北兄はしばらくの間、呆然と俺と妹の姿を交互に見つめていたが、やがて、ふっと緊張の糸を切らしたように、小さく息を吐いた。その表情には、どこか肩の荷が下りたような、兄としての深い安堵が混じっていた。
「そうか……。鈴音、お前がそこまで他人の存在を認め、頼れる友人を作れたというのなら、私からもう言うことは何もない」
堀北兄は俺に向き直り、深く頭を下げた。
「正路。妹を……鈴音をここまで変えてくれたこと、兄として感謝する」
「滅相もない。彼女が元々持っていた素質が良かっただけですよ」
俺が謙虚に答えると、堀北兄の口元に、ごく微かな笑みが浮かんだ。
「正路、連絡先をくれないか。妹が世話になった礼がしたい」
堀北兄は連絡先を交換した俺に、100万PPという大金を振り込んだ。
「こんなに多くのポイント、本当にいいんですか?」
「ああ。先ほども言ったが、これは堀北学としての、お前への感謝の印だ」
そう言った堀北兄は続けて。
「お前たちのクラスは、この一ヶ月でAクラスになった。だが、この学校でそれを三年間守り続けるのは容易ではないぞ。本当の戦いはこれから始まると言っていい。今後も励むことだ」
「ええ、そのつもりです。三年間、俺たちはAクラスのままで卒業しますよ」
俺の不敵な宣言に、堀北兄はそれ以上何も言わず、ただ一言「そうか」とだけ残して、静かに暗闇の中へと歩き去っていった。その背中は、最初に見せた冷徹な気配を完全に失い、妹の自立を祝福するかのように、どこまでも穏やかだった。
「……行ってしまったわね」
堀北が、兄の去った方向を見つめながら、静かに呟いた。その横顔には自分の想いが確かに兄へと届いたという、確かな充実感があった。
「良かったじゃないか。お前の成長、ちゃんと伝わってたぞ」
俺が声をかけると、堀北はゆっくりと俺の方を振り返った。月光に照らされた彼女の瞳は、吸い込まれそうなほどに美しく、そしてそこには確かな光が灯っていた。
「ありがとう、正路くん。本当に……すべてはあなたのおかげよ」
彼女は一歩、俺との距離を縮め、上目遣いで俺を見つめてきた。彼女の呼吸が、わずかに熱を帯びているのが分かる。
「あなたが私を変えてくれた。あなたが私に本当の強さを教えてくれた。私はあなたの隣に立てるようにこれからも努力するわ」
「頼りにしてるよ、堀北。お前のその優秀な頭脳は、これからの戦いに絶対必要だからな」
俺が彼女の肩にそっと手を置くと、堀北は嬉しそうに身体を微かに震わせ、「ええ……!」と力強く頷いた。
そして堀北は少し恥ずかしそうに頬を染めながら、こう切り出した。
「それで……その……私たちもそれなりに親しくなったと思うの。だから……善人くんと名前で呼んでもいいかしら?」
俺は笑って答えた。
「もちろんだ。俺の方も堀北のこと、鈴音って呼んでもいいかな?」
「ええ。とても嬉しいわ」
堀北はちょっぴり照れくさそうにほほ笑むのだった。
こうして、堀北鈴音と堀北学の関係は修復され、堀北学が暴力を振るおうとすることも無く極めて穏便に解決した。五月から毎日、夜に張り込んだ甲斐は十分にあった。
「さあ、夜も遅い。そろそろ寮に戻ろう。明日もまた授業もクラスでの勉強会も待っているからな」
「そうね。正路くん、帰りは……その、少しだけ、手を繋いで歩いてもいいかしら?」
堀北が顔を赤らめながらそんな可愛い要求をしてくる。
「いいよ。誰も見てないしな」
俺は彼女の細く柔らかい手を握り締め、静まり返った夜を寮へと歩き出した。
全ての歯車が完璧な精度で回り続けている。これから先、どんな理不尽な特別試験が始まろうと、他クラスのリーダーたちがどんな策を弄してこようと、関係ない。俺の催眠で築き上げたAクラスならば、どんな試練だって乗り越えられるはずだ。
俺は隣を歩く少女の手の温もりを感じながら、まだ見ぬ次なる勝利へ向けて、確固たる足取りで暗闇を進んでいくのだった。
ちょくちょく低評価入っては、そのあと高評価が入って、何とかオレンジバーで持ちこたえている……。
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