荒廃惑星で気ままな傭兵ぐらしを。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「──異界の《勇者》が、その青い
──《魔王》亡きあと、その広大な
兵器として
その戦火は煌々と燃え盛り。
それに目をつけて
そしてやがて、すべてが焼き尽くされ、大地には灰だけが残された……
これは、そんな荒廃した惑星でも気ままに楽しく生きる、腕利きの傭兵ケリーフォスがおくる……
ハートフルかつハードボイルドな、傭兵ぐらしをつづった物語である──」
『……ケリー? そのさあ、ナレーションみたいな独り言をレコーダーに吹き込むクセ、そろそろやめてみない?
仕事のたびにやってるけど……ぶっちゃけ、ちょっときもいよー?』
"なーにがハードボイルドなのさ……"
あきれたような女の声が、耳の通信機から響くのを聴いて、砂漠迷彩柄のコンバット・スーツを纏った男──ケリーフォスは。
レコーダーの録音終了ボタンを押してから、「はあ……わかってないな……フライディ」と、ため息交じりの声で返した。
「これはだな、俺なりのルーティンなのさ。
仕事前はこれをやらないと、いまいち気合入らないんだよ。
お前だって、でかい仕事でカネが入るといつも、あの馬鹿みたいな値段するフルーツタルト、幸せそうに食ってるだろ?」
『それとこれとじゃ話がべつでしょ……
それに、あのお店のフルーツタルトは今どき珍しい天然モノで、
って……今はそんな話してる場合じゃないんだってば。
ターゲットの予測地点まで、あと500メートル弱!
今回の
ケリーフォスは、防塵マスクの
砂塵がひどくて肉眼では何も見えないが、
いくつもの、
今回のターゲット。ズ・バグア盗賊団の根城の街だ。
ごうごうと吹き荒れる有害な砂塵から肌と肺を守る、無骨なマスクの内で。
ケリーフォスは、唇をゆがめて笑った。
思った通りの、
さすがに、
「オーケー……それじゃあ、手筈通り。
俺とフライディがかく乱して、ガジドア爺さんの魔改造
手にしたライフルのトリガーをシングル・ショットで数度引き絞り、動作確認を済ませ。
ケリーは、盗賊団の根城へと足を進めるのだった。
※
本来なら、
ズ・バグア盗賊団は、古戦場で拾った火器で武装した、三十匹ほどの
ろくに訓練もされていない、粗雑な少年兵未満の代物であり。
被害にあった村落による討伐依頼はぽつぽつとあれど、まともな傭兵が請け負うほどの報酬ではない。
しかし、半年ほど前から事情が変わった。
とつぜん、小鬼たちが組織だったふるまいをし始め。
ズ・バグア盗賊団は、ほかの小規模な盗賊団を吸収しながら、村々を襲って力を蓄え続け──
一か月前。総勢100人ほどに達したズ・バグア盗賊団は、ついに街を攻め落とした。
被害にあったのは、かつては都市貿易の中継地としてそれなりに栄えていた、人口千人ほどの宿の街だ。
旧式ながら防衛設備や衛兵団もあり、けしてザルというわけではなかったはずのその街は、子鬼どもに制圧され。
現在、砂漠の街の住民たちは逃げることも出来ず、盗賊団による恐怖政治のもとで、暮らしているという。
この仕事を──『ズ・バグア盗賊団殲滅依頼』を、ケリーが登録している傭兵ギルドに持ち込んだのは……
その街から一人で命からがら逃げ出した、住民の男だった。
「そんで……お前らみたいな
俺のお目当ての、
「〜〜〜ッ!」
盗賊団によって制圧された市街地のはずれ。
ケリーは斥候をしていた子鬼の口を塞ぎながら、喉元にナイフを押し当てていた。
彼の腕の中で子鬼はジタバタと暴れるが、より強くナイフを突きつけられると。
もがくのをやめて、ひたすら荒い息を繰り返すだけになった。
それを確認してから、ケリーは懐から取り出した一枚の写真をゴブリンに見せた。
その写真は、なにかの式典で撮影されたであろうもの。
髭面の軍人が、胸に勲章をつけて、誰かと握手をしている写真だった。
「──モズ・ヴィライリー准将だ。知ってるか?」
写真をひらひらさせながら、ケリーフォスは今回のターゲットの名を口にした。
ケリーたちにとって、『ズ・バグア盗賊団殲滅依頼』の方はあくまで
本命は──この盗賊団の裏で糸を引いていると思われる、
モズ・ヴィライリー
今は崩壊した帝国主義国家の残党で、自分とともに落ち延びた
だが、4年前に彼の勢力は討伐され。
彼自身もまた、行方不明という扱いになっていた。
ところが──件の依頼人が、街の防衛戦のさなかで、モズ・ヴィライリーらしき男を見たと言ったのだ。
伝説的な将官が、
傭兵仲間たちは眉唾だと吐いて捨てたが、ケリーはむしろ、合点がいった。
百程度の
「この男の居場所と、仲間の配置を吐け。
さもないと──あ?」
ケリーが、捕らえた子鬼族への尋問をはじめようとしたときだった。
腕の中の子鬼がとつぜん痙攣し始め、動かなくなってしまったのだ。
彼はにわかに目を細める。
「……マジかよ。
奥歯に、毒薬でも仕込んでいたらしい。
本当に
ケリーは手についた血の泡を拭き取りながら、子鬼の死骸を足元の灰に埋めて隠蔽した。
通信機に、小声で話しかける。
「フライディ。尋問は無理そうだ。」
『え、どうして?』
「こいつらゴブリンのクセして、一丁前に軍人してやがるってことだ。
だが、かえって確信が高まった。
──
『なるほど、よーし……やる気出てきたぞ。
それじゃあ、さっさとそいつとっ捕まえて、パーっとやろう!
たくさん賞金も稼げるし、街の人からも感謝されるだろうし、良い依頼だねえ』
「そうだな? このクラスの賞金首を捕まえれば、
しばらくは、遊んで暮らせちまうさ。フライディ。」
「ひどい有り様だな……」
市街地の物陰に隠れながら、ケリーフォスはそうこぼした。
血と硝煙の匂い立ち込める。
街の中は、ひどく荒れ果てていた。
あちこちをライフルを持った
路地の至る場所に、住民たちの死体が山と積まれている。
この街から逃げようとして撃ち殺されたか……
あるいは、見せしめとして殺されたのか。
人々はみな、怯えきった生気のない表情で。
武装したゴブリンたちに支配される中での暮らしを、受け入れているようだった。
しかし、やはりと言うべきか、ゴブリンたちは妙に秩序だっていた。
野生下のゴブリンならば及んでいるであろう、本能に任せた殺戮や略奪などの凶行には、表面上およんでおらず。
その証拠に、街は、店や行政など最低限の機能を残したままに、支配されていた。
(問題は、どうやって、
どうしたものか。
建物の陰で壁に背をもたれながら、ケリーフォスは考える。
方法の一つとして考えられるのは、茶や酒、
裏で糸を引いている──と思われるモズ以外、この街にいるのは、弾圧される住民たちと、嗜好品の味なんてろくにわからんゴブリンどもだけだ。
その流れを追っていけば、いずれモズにたどり着ける可能性は高い。
問題は、それだと時間がかかりすぎることだ。
敵地のど真ん中で、悠長に特定品目の物流を追うなどという自殺行為、ケリーフォスはまっぴらだった。
なら、どうするか。
「──や、やめて……はなして!」
そう結論付けたケリーの耳を、かん高い悲鳴が
「…………」
身をひそめながらその方向を見やると……
上等そうな身なりの少女が、
ケリーはじっとして、物陰からその様子を見守る。
(……モズへの献上品か?)
あの身なりからして、街の権力者の娘か何かだろう。
もし、ゴブリンどもが自分たちで
そう考え、しばし観察していたケリーフォスだったが……
「……まあ、
はは、溜まるもんは溜まるってか……?」
少女が、大通りではなく裏路地に引っ張られていくのを見て、音もなく駆け出した。
「やめて──はなして!」
市長の娘、マリー・クロスフォードにとって、この一か月間は、悪夢そのものだった。
祖父が立ち上げ、父が発展させた街だった。
いまはやや寂れてはいるが、生まれ育ったマリーにとっては、愛する故郷だった。
住む人々も、名産品の料理も、みんな大好きだった。
だが今は──小鬼の軍勢に支配され、見る影もない。
小鬼が、何倍もの数いた街の衛兵隊をたやすく撃破し、街の防壁を突破する光景は、信じられないものだった。
彼女の知る子鬼とは、数だけが取り柄の烏合の衆という認識であったが──この子鬼たちは、違う。
マリーの素人目でも見間違いようなく、彼らは訓練された兵士だった。
「ひっ……」
大柄のホブ・ゴブリンに腕を掴まれ、連れて行かれた先。
路地裏の奥では、人間のあらゆる体液が混じり合ったような、酸っぱい匂いがした。
姿を消した街の娘たちが、裸同然の格好で倒れており。
その何倍もの数、ひしめき合うようにゴブリンたちがこちらを見ていた。
ここは、ゴブリンたちの"発散場所"のようだった。
十を超える、緑色の子鬼たちのねばっこい視線がマリーの胸を、腰を、脚をなぞっていく。
視線を浴びた場所が、腐食していくような、そんな感覚がした。
ホブ・ゴブリンの丸太のような腕に髪を乱暴に掴まれ、地面に引き倒された。
マリーの衣服を破ろうと、いくつもの手が群がってくる。
(ああ……せめて、父さまとアインだけでも……)
涙が流れ落ちる、まぶたを閉じ、マリーは。
市長である自らの父と、街の外へ助けを呼びに行くと言って姿を消した、幼馴染の無事を祈った。
「おっと……そこまでだ。子鬼ども」
──
なにかをねじ切るような音とともに、路地裏の入口の方から、そんな声が響いた。
この地獄に似つかわしくない。まるで、街角で喧嘩を諌めるかのような、軽い調子の男の声だった。
「……?」
マリーが顔を上げ、そちらを見ると……
──そこには、首を180度捻転させられ。
体は正面を向きながらも、禿げた後頭部をこちらに晒した、ホブ・ゴブリンの死体が立っていた。
ゴブリンたちは、仲間の死体に動転した素振りを見せる。
死体の陰から飛び出てきた、その男は。
その隙を見逃すほど間抜けでも、慈悲深くもないようだった。
「よっと……」
首筋にナイフの一線を走らされ、喉笛から鮮血を吹き出してゴブリンが一匹倒れる。
そこでようやく彼らは我に返ったようで、一斉に男へと飛びかかるが──
そこからの流れは、あまりに一方的なものだった。
彼は、閉所での戦闘に精通しているようだった。
群がってくるゴブリンたちを躱し、透かし──時には遮蔽として扱い、一対多の袋叩きを許さない。
そして、ほんの一瞬の虚を突いては、彼らの急所にナイフを滑らせる。
わずか数分後。
結局その男は、背中のライフル銃を使うまでもなく。
ナイフ捌きと体術だけで、12匹のゴブリンを血溜まりに沈めてしまった。
「ふう……うまいこと不意打ちできて助かったな……」
その男は、コンバット・スーツの袖でナイフに付着した血と脂を拭いながら。
軽い運動のあとのようなため息混じりに、マリーに問いかけてくる。
「へい、大丈夫かい。お嬢さん。」
死体の丘の中心から、ごつごつとした防塵マスクと軍用装備の男が。
軽々しい声で、ひらひらと手を降ってきた。
「──ぁ。ぁ。」
あまりの光景、口はパクパクと空気を
男は、地面にへたり込み、何も言えないマリーを見て。
「あ……そうか。こんなマスクしてちゃあな……」といいながら、防塵マスクのロックを外して、頭に被っていたそれを脱いだ。
「あ、あなた、は…………?」
破裂しそうだった心臓が落ち着きを取り戻し、マリーはようやくそう口にする事ができた。
マスクを外した男は──
どこか軽薄げな雰囲気を
ナイフを腰のホルダーにしまってから、地面のマリーに手を差し伸べて、こう言った。
「──俺の名は、ケリーフォス。傭兵だ。
金儲けついでに、あんたの街を助けてやるから……
協力しろ、お嬢さん。」