荒廃惑星で気ままな傭兵ぐらしを。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
どす黒い、ヘドロのようなものが足下に
ケリーフォスが気がつくと、そこはどうやら。
神殿のような建物の、中のようだった。
「クソ……また
夢と自覚できる夢、いわゆる明晰夢。
【…………】
悪態をつくケリーの視線の先には。
一人の男が、
その男の顔は、足元の泥と同じ黒で塗りつぶされ……ぽっかりと空いた、
そいつは、穴の空いた顔で、ケリーフォスをじっと見ているようだった。
「……俺は、
ケリーは、顔の無い男を睨みつけ、言う。
「俺は貴方じゃない。」
念を押すように、なんども続けて。
「俺はただのケリーフォス。ただの傭兵だ。」
なんども繰り返されるケリーフォスの言葉を、聞いているのかいないのか。
顔の無い男は、相変わらずぼうっとして立ちすくんでいる。
やがて、神殿が崩れ始める。
ケリーフォスは重い
【……一度生まれた卵は、自ら
薄れゆく意識のなか、顔のない男が、温かな声で言う。
【君は
【僕と家族たちは、君を待っている──】
「ふごー……ふぐぉーー……んふがっ。」
フライディのいびきで、ケリーフォスは目を覚ました。
狭いベッドの上で、金髪の天使と絡み合うようにして、ケリーは眠っていたようだった。
昨夜、街での宴会の後、酔っ払ったフライディを運んできてそのまま眠ったのだ。
フライディほどではないが、ケリーもそこそこ酔っていたため、もつれて同じベッドで寝てしまった。
「……こいつのせいで、悪夢見たんじゃねえだろうな……」
首を押しつぶしていたフライディの太ももをどかして、起き上がろうとする。
仕事柄よく引き締まった白い脚は、見た目の細さに反しずっしりとして、苦労して引き剥がさなければならなかった。
そうしてようやく、ケリーフォスはベッドから体を起こした。
仕事の後、街で風呂を貸してもらったのに、汗でびっしょりだった。
「顔でも洗うかね……」
だるい頭で、洗面所へと歩いていく。
ごうんごうんという移動拠点のエンジン音と、荒れ地を踏破する揺れでがたつく廊下を通り過ぎ。
ケリーは洗面所へたどり着くと、パシャリと顔に冷たい水を浴びせ、正面の鏡を見た。
黒髪黒目。
二十代後半ほどの、けだるげな顔立ちの男が、曇った鏡面越しにケリーフォスを見つめている。
「俺は俺だ。傭兵ケリーフォスだ。」
自分に言い聞かせるようなケリーの言葉が、重たいエンジン音に溶けて消えていった。
──ケリーフォスには、
前世の記憶……とはやや異なるが、近いものだ。
十五歳の頃に目覚めたその記憶──あるいは『人格』とでも呼ぶべきものは……
そのころすでに傭兵として生きていたケリーの身を、大いに助けてきた。
この記憶がなければ、とっくに死んでいたって不思議ではない。
その記憶と人格は、すでにケリーフォス元来のものと混じり合い、一体化している。
日本人として生きていた《地球》の記憶も自分のことの様に思い出せるし、日本人らしい感性も持ち合わせている。
食ったことのない日本食がふと異様に恋しくなるし、湯船に入らないと一日が終わった気がしない。
しかし、それでも──
仕事の前に、『傭兵ケリーフォス』としての自分をレコーダーに吹き込む習慣も、それを忘れずにいるためだった。
「ひ~……」
その時。
廊下をどたどた走る音が聞こえてきて、洗面所の両開き扉がカシュンと開いた。
前かがみになって、もじもじと膝をすり合わせるフライディが鏡越しに立っていた。
その視線は、洗面所の奥にあるトイレに釘付けになっている。
「ケリーっ、どいてっ! っぁ、あ~……! おしっこ漏れる!」
「フライディ……あんだけ酒飲んで、そのまま寝るからだろ~……?」
「もう、むりっ! あー……出る、出る……」
股間をぎゅうぎゅう抑えながら個室に駆け込んでいくフライディを見送りつつ、ケリーは溜息を吐き、タオルで顔を拭いた。
……そういった特殊な事情のあるケリーだが、傭兵として積み上げてきた実績と、仲間だけは。
胸を張って、自分自身のものであると思うことができていた。
「ふぃ~……ほんっとに漏らす二秒前だったぁ……
……って、なんで笑ってるのさ。ケリー。
さっきのわたし、そんなに面白かった?」
水を流す音と共に個室から出てきたフライディが、ジトっとした目でそう聞く。
「いや……別にい……?」
「ま、いいや……昨日飲みすぎたのはほんとだし……
はあ、頭がガンガンするう……」
「……あ、酒といえば。ガジドアに、あの街で土産にもらった地酒、持って行ってやらないと。」
「え! まだあるの? ……今夜、わたしたちでこっそり呑んじゃいません?」
「懲りないやつだなお前は……というか絶対にばれるだろ。
あのドワーフ、酒に関しては
いつかみたく、爆発するライフルを持たされたくなかったら、我らのエンジニア様のご機嫌は取らなきゃな」
「あ~ん……!」
背中から腕を回そうとしてくるフライディの、青まじりの金髪を押し返しながら。
ケリーフォスは、酒瓶をもって、ガジドアのいる機関室へと向かうのだった。
ケリーフォスの所有する移動拠点のクルー、エンジニアのガジドアは、この
拠点の心臓部であるそこは、発電機やポンプ類がゴチャゴチャとひしめき合い、鼻につくオイルの臭いが立ち込めていた。
ケリーやフライディは頭がクラクラする刺激臭だが、ドワーフからすると落ち着く臭いだそうだ。
「おーい、ガジドアー」
ケリーフォスがそう呼びかけるが、返事がない。
「……はあ。爺さん。酒だぞ~」
「それならそう言え」
「うおっ……」
今度は酒瓶のコルクを開け、ちゃぷりとゆらしながら呼びかけると。
整備用の車輪板に横になった、小柄なひげもじゃの老人が、発電機の下の隙間から滑り出てきた。
「それは……カッルク酒か!」
老人はそう言うなり、ケリーから酒瓶をひったくると。
そのままラッパ飲みで、一升瓶の三分の一ほどを飲んでしまった。
「くあ~! 久々にありついたが、きくな!」
上機嫌で口を拭くガジドアに、ケリーは聞き返す。
「カッルク酒?」
「砂漠の民が、寒冷な夜を超えるための酒だ。
サボテンと似た、多肉植物から作られる。」
「ほお~……テキーラみたいなもんか。どうりで強いわけだ。」
「テキーラってのは知らんが……にしてもたまらんな。
ケリーフォスよ。お前も飲め。ほら。」
工具に埋もれていたコップを突き出してきたガジドアに「俺は昨日さんざん飲んだから、一杯だけでいい。」といいながら、ケリーはどかっと地面に座り込んだ。
「それよりも、ガジドア。昨日の依頼で、ライフルがオシャカになった。
これと同じカスタムのやつを、こしらえることはできるか?」
ケリーが、銃身が破裂したライフルをガジドアに差し出すと。
目の前のドワーフは、顔の深いしわをより深くして唸った。
「お前……
昨日の依頼は、たかがゴブリンどもの掃討だったろう。」
「思ったより手こずったんだよ。
で……作れるか?」
「ライフル自体は何とかなるが……
あれの材料費を仕入れる大金があるなら、別だがな。」
目をつむり、ケリーフォスは首を横に振った。
「昨日の依頼のアテが外れたせいで、今はほとんど金がない。
だからライフルが必要なんだよ、ガジドア。
このままじゃ一月後には艦の燃料が切れて、弾薬すら尽きて、俺たちの傭兵稼業も廃業だ。」
「次の仕事にアテはあるのか。」
さっそくライフルの修理をはじめたガジドアに、ケリーは返す。
「ああ。とっておきのがな。」
「……お前の取ってくる仕事はいつも
あきれた雰囲気のドワーフに「今度のは大マジなんだな、これが」と言って、ケリーは錆臭い金属製のコップに注がれた酒に口をつけた。