貞操逆転世界の蛮族の村に転移した   作:ばんばんばんぞく

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第2話 病

 ……牢に入れられて、数日経った。

 

「……リント、ご飯、持ってきた」

 

 リント。

 それがこいつらが僕につけた名前だ。

 

 ——イリオテ族。

 この蛮族たちはどうやらそう呼ばれているらしい。

 

 あの日。

 イリオテ族の女たちに捕えられてから、僕はずっと牢の中で生きていた。

 幸い、暴力的なこととかはされていないが、待遇は最悪と言ってもいいだろう。

 

「食って、それ」

 

 言葉遣いが酷い。 

 平然と言い放つ姿から考えるに、普段からこうなのだと推測できる。

 

 ……文明レベルが低いのは、間違いない。

 この場所だって、街とかではなく小さな村らしいしな。

 

 まぁ、それはともかく。

 

 僕は牢の隙間から差し込まれたものを手に取った。

 それは、枝に突き刺された謎の肉。

 ここに来てから毎日出されている僕への食事だ。

 

「あー、えと、うん。

 ありがとね」

 

 最初の頃はビビって食べれなかったけど、今はもう慣れてしまった。

 

 とはいえ。

 

「……おっえ、まずい。

 やっぱこれ、火、通してないでしょ」

 

 クッッッッソまずいのは変わらないけど。

 

 口中に広がる生臭さに、ねちゃねちゃとした食感。火を通してないのもあるが、保存環境も終わってるに違いない。てか、ほぼ腐ってる。

 

 思わず、ため息をつく僕。

 

 そんな姿を見て、食事を運んできた少女が言葉を溢した。

 

「火を通すなんて、軟弱者のやること。

 私たちイリオテはそんなことしない」

「……軟弱者でいいから火くらい通してよぉ」

 

 僕の泣き言を聞いても、少女は顔色一つ変えない。……うぅ、まったく、腹下したら恨んでやる。

 

「食べないなら、私が食べる」

「食べはするけどさぁ。

 もうちょっと、その、待遇の改善と言いますか。——なんとかなりませんかね、ルナちゃん」

 

 この少女の名をルナという。

 僕がイリオテ族で唯一、名前を知っている人物である。

 

「ちゃんはいらない。

 ルナで、良い」

 

 ちょうど僕と同い年くらいの見た目の彼女は、他のイリオテの奴らと比べると、少しだけ話が通じる感じがあった。

 

 言葉も片言じゃないし、あと可愛いし。

 

 ただまあ。

 

「……だけど、私はただの貴方のお世話係。

 無駄話に付き合う筋合いはない」

 

 結局のところ、彼女のイリオテの人間だ。

 僕の味方というわけではない。

 はぁ、残念だ。

 

「まあまあいいじゃん。

 雑談に付き合うのもお世話係の仕事だよ」

 

 ま、話相手がいるというのはいいけどね。

 

「……そうなの」

「そうそう。

 で、聞きたいんだけど……」

 

 そのまま僕は情報収集も兼ねつつ、彼女との会話に精を出すのだった。

 

 

  

 さらに、数日が経った。

 相変わらず、僕の待遇は改善されていない。

 飯は臭いし、トイレはちっこい穴蔵だし、してるとこもガン見されてる。

 ……せめて服をくれ、服を。

 

 失われていく人間としての尊厳。

 だんだん蛮族さんたちの常識に染まっていってる気がするのは気のせいではないだろう。

 

 ただ、その代わり分かったこともある。

 それは、この村のことだ。

 

「……この村、男の人がいないの?」

「……うん」

 

 正確には、村だけじゃない。

 この世界自体が、男の人が女の人よりも圧倒的に少ないらしい。

 

 実際に外を見たわけじゃないから断言はできないが、語ったルナの顔からするに、嘘ではないと思う。

 

 ……やっぱ、ここ、異世界なのか。

 

 あんな化け物がいたくらいだから薄々気づいていたけど。この世界は僕が知っている世界ではないようだ。

 

 ……にしても、はぁ。

 世界が変わったというのに、牢の中か。

 ほんと、ついていない。

 

 やっと、外で遊んだり、できると思ったんだけどな。

 

 床に横になる。

 ふん、こうなったら穀潰しとして精一杯生きてやろうじゃないか。

 

 イリオテマンション地下一階。

 風呂無しトイレ無し蛮族あり。

 家賃は羞恥心と人間性。

 

 不貞寝しながら、僕はそんなことを考えた。

 

 

 朝。

 いや、知らん。

 夜かもしれない。

 ここずっと暗いままだから分かんないし。

 ……自律神経死ぬわ、まじで。

 

 時間感覚の喪失に怯えながら、僕はぐぅと鳴るお腹を抑える。

 

 どうやら腹時計は正常らしい。よかった。

 

 そのままゴロゴロと転がりながら、食事を待つ。ごろごろ、ごろごろと。

 

 ……なんか遅いな。

 

 いつもは起きてすぐに来てくれるんだけど、早起きしすぎたかな。

 そんなことを思いながら、僕はぼーっと、時が過ぎるのを待った。

 

 

「あ、ルナ!

 おはよ! 遅かったね」

 

 どのくらい時間が経っただろうか。

 少なくともお腹の中の虫は大暴れしている今の状況。ようやくの食事に僕の脳内は歓喜している。

 

 階段を降りて、牢の前に座るルナ。

 その手にはいつものように、骨に突き刺された肉が……にくが、にく、が??

 

「……あれ、ルナ。

 ご飯は?」

「今日、ない」

 

 それはぺこぺこのお腹の僕にとっては、死刑宣告と言える言葉だった。

 

「……まじで?」

 

 そりゃないよ、ルナちゃん。

 いくら蛮族とはいえ、捕虜への飯抜きは惨すぎる。国際法違反だって、この蛮族。

 

 ため息。

 

 ……はぁ、心を荒げてもしょうがない。

 むしろ、今まで食べさせてもらってたのが特殊だったのかもしれない。

 

 そう自らを無理やり納得させながら、ルナの顔を覗き込む。

 すると。

 

 僕は気づいた。

 

「……なんか、あったの?」

 

 彼女の顔がどんよりと、暗く染まっていることに。

 

 なんか、様子が変だ。

 いつもは全然表情を変えず、長い茶髪を綺麗に束ねているというのに、今日はそれもしてない。

 

 散漫としているというか、心ここに在らず、そんな感じである。

 

 そのとき。

 

 ぐぅ、という腹の鳴る音が聞こえた。

 

 僕のお腹からじゃない。

 ルナだ、ルナのお腹だ。

 

「ごめん、なさい、ご飯、あげれなくて。

 今度、私のやつ、あげるから」

 

 彼女は申し訳なさそうに、僕に向かって頭を下げた。表情からするに、見せかけの言葉や態度ではない。

 

 ……若干、顔も痩せてるし、

 この子もご飯、食べてないのか。

 

「……ん、あー。いいよ。

 実は僕結構少食だし」

 

 ……しゃーないか。

 これは緊急時のためだったんだけどな。

 

「ほら、これ食べて」

 

 牢屋の壁にある小さな穴。

 そこには、比較的最近にもらった、見た目がマシな肉が置かれている。

 

「何かあったときのために、いくつか非常食として隠してたんだ」

 

 もちろん、保存状態は悪いが、普段の食から考えてこのくらいは平気だろう。

 

「……いい、の?」

「うん。

 それより、何があったか聞かせてくれないかな」

 

 ま、このまま飯抜きも困る。

 いっちょ、話でも聞いてやろう。

 

 渡した生肉を食むルナを眺めながら、僕は彼女の言葉を待った。

 

 

 

「今日のご飯は、お母さんに、あげた」

 

 ルナが言葉をこぼす。

 

「……なんで?

 どうかしたの? お母さん」

 

 その言葉に反応して、僕も言葉を放つ。

 

「もう何日も、寝たきり。病気なの。

 だから、元気出してもらうため。

 わたしとリントのご飯も、あげた」

「ご飯って、いつもの、アレを?」

「うん」

 

 ……あの飯を病人に食わせたのか?

 それは、まずいんじゃないか。

 

 常人なら、食ったら腹を間違いなく下す代物だ。普段のルナたちならともかく、病気で弱っているときに食べるものではない。

 

「……ぜんぜん、元気出してくれなくて。

 村の人は、もう、三日もすれば死んじゃうって」

 

 ルナの目から、涙が零れる。

 

「いやだ、よ。

 お母さん、死んじゃうの、やだ、よ」

 

 その言葉には、彼女の悲しみと、母親への、強い気持ちがこもっていた。

 彼女の言葉尻から分かる。

 きっと、仲睦まじい家族なんだろう。

 

 ……そうか、お母さん、か。

 

「君のお母さんの症状を聞かせて欲しい」

 

 僕は牢の隙間から手を伸ばす。

 格子間の穴は大きい、手くらいならなんとか外にだせるのだ。

 

 彼女の目を拭う。

 ルナに世話になっている。

 こんな場所に閉じ込められて、発狂しなかったのも、ルナが毎日話相手になってくれてるからだ。

 

 彼女の力になりたい。

 その気持ちに偽りはなかった。

 

「昔の傷が開いて、痛い、痛いって。

 お母さん、もともと、戦士だったから」

 

 戦士、という単語は初めて聞く。

 狩りに出る、もしくは村を守る警備隊。

 もしくはその両方、とかか。

 

 いや、今は病気の話の方が大切だ。

 

 古傷が開く。

 これは、かなり特徴的な症状のように思えた。

 少なくとも、僕が暮らしてきた現代には、そんな症状の病気は一般的じゃない。

 

 未知の病気の可能性は一旦置いておく。

 まずは、僕の分かる範囲で考えるんだ。

 

 現代の病気じゃないとなれば、見るべきなのは、過去。つまりは歴史になる。

 

「この村、なにか伝染病が流行ってたりする?」

「いまは、ないはず。

 お母さんのも、移ったりはしないって、村のみんな、言ってる」

 

 それらの言葉はおそらく経験則だろう。

 この文明レベルなら、医者という存在を期待するのは無駄だ。

 

 ……ただ、伝染病でないとなると、だいぶ候補は絞られてくる。

 先天性の病、中毒、あとは……栄養疾患あたりか。

 

「参考までに、今日までの食事内容を教えてほしい」

「……そんなこと教えて、なにが」

「君のお母さんのためだ。

 できれば、僕を信じて欲しい。

 ……一応、お医者さん目指してたからさ。

 つい、一週間前まで」

 

 僕は彼女の口から、母親の口にしたものを聞きだす。

 伝染病でないとなれば、何かしら悪い物を口にしたのではないかと推測したからだ。

 

 そして、その推測は当たっているようで、外れていた。

 

「ほんとに、そんな食生活を?」

「……うん」

 

 偏っている。

 あまりにも、これは……

 

 朝も、昼も、晩も。

 この一ヶ月間。

 彼女の母親は肉しか食べていなかった。

 これじゃあ、栄養が偏るに決まっている。

 

「なんで、こんな肉だけを?」

「お母さん、偉いの、すっごく、偉いの。

 だから、上納される、美味しい、お肉」

「……そう」

 

 ルナが語った。

 

 ……彼女の母親の立場はよく分からない、だが。

 今はとにかく病気のことを考えるべきだ。

 

 

 ——そして、僕の頭には。

 

 一つだけ、心当たりがあった。

 

 考えるのは歴史。

 

 そうだ。

 ちょうど、五百年ほど前。

 新たな大陸を求め、海の上にいた男たちはとある奇病に悩まされていた。

  

 ……推測するに。

 彼女の母親が患っている病気、それは。

 

「——壊血病」

 

 大航海時代に航海士の中で流行った栄養疾患である。

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