黒原イトの青春   作:ナポリタン

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何だよ、あれ

 

「覚悟のある者のみが、この先へ進むといい」

 

 煙羅トモリは、穏やかな声でそう告げた。砂漠にも、獣の群れにも、巨大な砲身にも似合わないほど落ち着いた声だった。

 

 敵意を剥き出しにされているなら、まだ分かりやすかったのかもしれない。けれど、彼女は礼を尽くすように言葉を選びながら、その奥に冷たい殺意を隠そうともしていなかった。

 

 私の手は、まだヒナちゃんに握られている。指先に熱があった。その熱がなければ、私はさっき向けられた殺意に固まったまま、たぶん一歩も動けなかったと思う。トモリが私たちに背を向けた瞬間、煙が動いた。

 

 ただ濃くなるのではない。灰色と黒と赤茶色が混ざった煙は、左右へゆっくり割れていき、奥へ続く細い通路のような空白を作った。

 

 まるで、こちらに進めと言っているみたいだった。招かれている。そう思った直後、背後の煙もまた濃くなり、さっき通ってきたはずの道が少しずつ輪郭を失っていく。

 

 完全に塞がれているわけではない。けれど、戻るなら迷え、と言われているようだった。

 

「待て」

 

 イツキ先輩が静かに言った。

 

「あれは誘導というより、選別だ」

「通れる奴だけ通れってか」

 

 ナナナさんが肩を回しながら返す。

 

「そういうことだろうね。戻る道を完全には塞がず、しかし迷わせる。こちらが恐れて立ち止まるか、それでも踏み込むかを見ている」

「趣味が悪いですね」

 

 ホシノちゃんが低く呟くと、ハスミさんも煙の奥を見据えたまま、静かに頷いた。

 

「ええ。非常に」

 

 アコちゃんは端末を確認していたが、その表情は硬い。

 

「測位がずれています。煙に入る前の座標と、現在地が一致しません」

「空間ごと、感覚を狂わせているのか」

 

 イツキ先輩が目を細める。私は耳を澄ませた。煙の奥から、トモリのコールが聞こえる。

 

 けれど、それは前から聞こえているようでもあり、左から聞こえているようでもあり、右にも後ろにもいるように感じられた。

 同じ音が違う場所から反響しているというより、同じ人が何人にも増えたみたいだった。

 

「トモリが、あちこちにいるみたいに聞こえる」

「イト、無理に追わないで」

 

 ヒナちゃんが短く言う。

 

「うん」

 

 私は頷いた。上には行かない。煙の中で飛びすぎない。単独で突っ込まない。レイズを前提にしない。全部、もう言われた。何度も言われた。さすがに覚えている。たぶん。いや、たぶんじゃ駄目だ。

 

「進みます」

 

 ホシノちゃんが言った。その声は硬い。

 

「ただし、戻る道を見失った時点で撤退します。ここはアビドスです。勝手に死なれても困ります」

「了解した」

 

 イツキ先輩が頷く。

 

「トリニティも異論ありません」

 

 ハスミさんが答えた。ナナナさんは、煙の奥を見たまま笑う。

 

「ま、行くしかねぇだろ」

 

 ツルギさんは何も言わなかった。ただ、一歩前へ出る。その背中を見ただけで、準備はできているのだと分かった。

 

 

 

 

 

 

 煙の道へ踏み込む。前にはヒナちゃん、ツルギさん、ナナナさん。中ほどに私、ホシノちゃん、イツキ先輩が続き、後ろをアコちゃんとハスミさんが固める。

 

 隊形としては、悪くないはずだった。けれど、煙の中に入った瞬間、それがどれほど脆いものか分かった。

 視界は数メートルしかなく、足音は遅れて聞こえ、すぐ隣にいるはずのヒナちゃんの気配が少し遠くにあるように感じられる。

 

 逆に、遠くにいるはずのナナナさんの声が耳元で聞こえた気がして、私は思わず肩を揺らした。

 風も変だった。前から吹いたと思えば横へ流れ、足元の砂は硬くなったり柔らかくなったりして、進んでいる方向の感覚まで狂わせてくる。

 

 煙の中には、獣の声も混じっていた。声にならない声、うめき、謝罪、怒り、痛み、それらがコールのざらつきと一緒に、耳の奥をずっと擦っている。

 

「右にもいる。左にもいる。前にも……いや、違う。これ、全部同じ?」

 

 自分の声が、自分でも不安になるくらい揺れていた。

 

「煙は形を隠す」

 

 トモリの声が聞こえた。遠い。近い。分からない。

 

「だが、同時に形を増やすものでもある」

 

 その言葉の直後、背後から何かが伸びた。煙の腕だった。黒い煙が圧縮され、人の腕のような形になって、私の背中へ迫る。

 

 気づいていたはずなのに、反応が遅れた。どこから来るか分かっているのに、分からない。その矛盾に、体が固まる。

 

「イト」

 

 ヒナちゃんが割って入った。銃声が響き、煙の腕が撃ち抜かれて散る。けれど、散ったはずの煙はすぐに別の方向で集まり、また腕になる。

 

「煙そのものが武器ですか」

 

 アコちゃんの声が聞こえる。

 

「完全な煙ではありません。弾が抜ける時と、弾かれる時があります。実体化の瞬間があるはずです」

 

 ハスミさんがそう言った直後、ツルギさんが無言で前へ出た。煙の腕が伸びる。ツルギさんはそれを正面から受け、腕が実体を持った瞬間に叩き落とした。手応えはあったはずなのに、煙はすぐに霧散する。

 

「良い反応だ」

 

 トモリの声が、また響いた。

 

「いつまで持つかな」

 

 入口。この煙が。これで、まだ入口。喉の奥が冷える。

 

「煙を全部相手にする必要はない」

 

 イツキ先輩が言った。声は落ち着いているが、いつもより少しだけ速い。

 

「本体、あるいは核を見つければいい」

「簡単に言ってくれるね」

 

 私は煙を睨んだ。睨んだところで、見えるものはほとんどない。

 

「全部トモリに聞こえます。いくつもある。濃いところも薄いところも、ぐちゃぐちゃで」

「言葉にするな。像で捉えろ」

「像?」

「君の感覚を、私が一度受け取る。正確な位置ではなくていい。濃淡でいい。どこが濃く、どこが薄いか。それを像としてこちらに渡せ」

 

 サイコ・シェアー。イツキ先輩の力。自分の想像したイメージを相手に送りつける能力。相手が同意していれば、逆に記憶やイメージを読み取ることもできる。それを、今度は私に使う。

 

「……分かりました」

 

 怖くないと言えば嘘になる。自分の感覚を誰かに渡すのは、少し気持ち悪い。でも、ここで迷っている余裕はなかった。

 

「やってください」

「目を閉じなくていい。感覚だけ渡せ」

 

 イツキ先輩の声が近くなり、耳の奥のざらつきに、別の感覚が重なった。冷たい指で頭の中の地図をなぞられるような、不思議な感触だった。

 

 私は煙の中にあるコールを、無理やり形にしていく。濃い場所、薄い場所、割れた場所、反響する場所。それらを言葉ではなく、黒い染みのような像として、イツキ先輩へ渡す。

 

「なるほど」

 

 イツキ先輩が呟いた。

 

「これは厄介だ」

「何が見えますか」

 

 アコちゃんが問う。

 

「見えるというより、汚れた水面に墨を落としたようなものだ。濃淡はあるが、そのままでは射線にならない」

 

 イツキ先輩の視線がハスミさんへ向く。

 

「羽川ハスミ君。君の観測と合わせたい」

 

 ハスミさんの表情が、ほんの少し硬くなった。ゲヘナ側の能力を自分の判断に組み込むことに、抵抗があるのだと分かった。それでも、彼女はすぐに頷いた。

 

「必要ならば」

 

 丁寧な声だった。ただ、温度は低い。イツキ先輩は頷き返し、サイコ・シェアーを重ねる。

 

 私の感覚が、イツキ先輩を通って、ハスミさんへ渡っていく。

 変な感じだった。自分の耳の奥で鳴っていたざらつきが、他人の目と重なる。煙の濃淡、風の流れ、音の反響、弾丸が抜けた場所と弾かれた場所。それらが一枚の薄い絵になる。

 

気持ち悪い。でも、分かる。見える、というより。分かる。

 

「左前方」

 

 ハスミさんが言った。声は静かだった。

 

「高さは二メートルほど。ただし、実体化は一瞬です」

「イト君」

 

 イツキ先輩が続ける。

 

「濃い場所は」

「同じ。左前、少し高い」

「なら、そこだ」

 

 ハスミさんが構える。息を止める音すら聞こえない。一発。弾丸が煙の一点を貫いた。煙が乱れ、その奥で、一瞬だけ人の肩が見えた。

 

「今」

 

 ヒナちゃんが撃つ。ツルギさんが踏み込む。ヒナちゃんの弾丸が煙を裂き、ツルギさんの一撃がその奥へ届く。初めて、トモリの輪郭が揺らいだ。追い詰めた。そう思った。

 

「なるほど」

 

 煙の中で、トモリが笑う。

 

「良い目だ」

 

 次の瞬間、煙が爆ぜた。熱。煙が熱を持って広がり、喉を焼き、目を刺し、肺に入る空気を奪っていく。

 

「っ、げほっ」

 

 アコちゃんが咳き込む。ホシノちゃんが口元を押さえる。ハスミさんも、わずかに顔を歪めた。私の喉も焼けるように痛い。煙は隠すだけじゃない。見るものを奪い、聞くものを奪い、吸う空気まで奪う。

 

「隊形を維持してください!」

 

 アコちゃんの声が飛ぶが、その声も煙に飲まれて遅れる。

 

「ナナナ委員長、左へ出すぎています」

 

 ハスミさんが言う。

 

「見えねぇんだよ!」

「見えないから言っています」

「正論だが腹立つな!」

 

 ナナナさんの声が遠くで響く。アコちゃんはゲヘナ側の位置を確認しようとし、ハスミさんはトリニティ側、特にツルギさんとナナナさんの動線を見ている。

 

 ホシノちゃんは足元と周囲の地形を確認し、撤退できる方向を探している。全員、間違っていない。でも、見ているものが違う。少しずつ、ばらける。煙はそこを狙っていた。

 

「おい、バラけんな」

 

 ナナナさんの声がした。

 

「煙に食われるぞ」

 

 珍しくまともなことを言った。いや、失礼。

 

「その通りだ」

 

 イツキ先輩が即座に続ける。

 

「今、分断されるのが一番まずい。全員、互いの位置を確認し続けろ」

 

 声は届きにくい。煙で距離も方向も曖昧になる。だから、私は低く飛んだ。高くは行かない。言われなくても、もう分かっている。味方の間を繋ぐために、私は煙の中を低く滑るように飛び、見えたものから順に声に出した。

 

「ヒナちゃん、右に二歩! ツルギさん、その奥に煙の腕! ホシノちゃん、後ろ足場崩れてる!」

 

 声を出すたび、喉が痛む。でも、止まれない。私が止まると、また誰かが見えなくなる。

 

 

「黒い羽根の超人」

 

 トモリの声が、耳元で聞こえた。近い。近すぎる。煙が翼に絡みついた。

 

「っ」

 

 飛行が崩れる。翼が重くなり、上も下も分からなくなる。砂が近いのか、空が近いのかも分からない。

 

「君は、ロカの見た夢に近い」

 

 意味が分からない。でも、怖い。

 

「君が何者になるのか、私も見ておきたい」

 

 優しいような声だった。それなのに、明確に殺そうとしてくる。煙が喉に絡み、翼を押さえ、手足の感覚を鈍らせていく。逃げようとしたはずなのに方向が分からず、前へ飛んだつもりが横へ落ち、上へ逃げたつもりが砂へ近づく。ヒナちゃんの声が聞こえた。

 

「イト」

 

 遠い。届いているのに、届かない。息が乱れる。胸が詰まる。体が勝手に逃げようとする。

 

「イト!」

 

 煙が裂けた。ヒナちゃんが飛び込んできて、私の手を掴む。強く。痛いくらい。

 

「私を見て」

 

 ヒナちゃんは短く言った。

 

「煙じゃなくて、私を見て」

 

 私はヒナちゃんを見る。紫の目。煙の中でも、そこだけははっきり見えた。呼吸が戻る。一回。二回。喉が痛い。それでも、空気が入る。

 

「……見てる」

「うん」

 

 ヒナちゃんは頷く。

 

「戻ってきて」

「うん」

 

 私は頷いた。戻る。死んで戻るんじゃなくて。今、ここで。ヒナちゃんの隣に。

 

 私が体勢を立て直す間、ヒナちゃんとツルギさんが前に出た。二人は、ほとんど喋らない。ヒナちゃんが煙の腕を撃ち散らし、ツルギさんが実体化の瞬間を叩く。ツルギさんは吠えないし、暴れもしない。ただ、必要な場所に立ち、必要な一撃を入れる。

 

 熱を帯びた煙がツルギさんを包みかけ、呼吸を奪おうとする。ツルギさんの肩がわずかに揺れたが、それでも彼女は踏みとどまった。そこへ、ヒナちゃんの援護射撃が入る。煙が裂ける。

 

「助かった」

 

 ツルギさん が短く言った。

 

「まだ来る」

 

 ヒナちゃんが返す。それだけ。強い人同士の会話は、本当に短い。私はまた少し置いていかれた気分になったけれど、今は寂しがっている余裕もない。

 

「お前、あれ読めねぇのか」

 

 ナナナさんがイツキ先輩へ声を投げる。

 

「煙が邪魔だ。それに、トモリ本人の精神も硬い。こちらから無理に触れれば、逆に引き込まれる」

「面倒くせぇな」

「君の暴力で全部解決できるなら楽だったね」

 

 ナナナさんは、笑わなかった。

 

「ロカの時も、それで済まなかった」

 

 その声は、さっきまでの雑な調子とは違っていた。

ナナナさんは、知っているのだ。暴力だけでは届かなかった相手を。それでも暴力を振るうしかなかった戦場を。

 

私はナナナさんを見る。少しだけ、見え方が変わった。煙が一瞬、薄くなる。視界が開けた。その奥に、シェマタの基部が見えた。

 

 巨大な台座。線路に接続された砲身。砂漠に突き刺さる鉄骨。周囲に張り巡らされたケーブル。それは普通の機械というより、何かの血管みたいだった。黒い機材、見慣れない装置、生き物ではないのに、死んだ機械にも見えない何か。

 

「記録します」

 

 アコちゃんが端末を向ける。画面が乱れる。

 

「映像が安定しません」

「目視記録だけでも残します」

 

 ハスミさんが静かに言う。ホシノちゃんは黙って、それを見ていた。

 

「こんなものを」

 

 低い声だった。

 

「ずっと、アビドスに隠していたのか」

 

 怒りが滲んでいる。当然だ。ここはアビドスだ。アビドスの砂漠だ。誰かの内輪揉めや、誰かの計画のために、勝手に使っていい場所ではない。

 

 

 

 

 

 

 その時、トモリの気配が変わった。煙の奥で彼女のコールが一気に膨れ上がる。さっきまでの煙に溶けるような感覚とも違う。もっと強く、もっと遠くへ届くように、煙全体が一つの合図になっていく。

 

「何を」

 

 私は息を呑んだ。トモリが、こちらを見ていた。穏やかな顔のまま。

 

「私一人では、君たちを御しきれないからね」

 

 コールが、砂漠の奥へ沈んでいく。空ではない、遠くでもない。下だ。地面の下。

 

「下」

 

 私は呟いた。誰も反応が間に合わなかった。次の瞬間、砂が大きく盛り上がった。地面が割れ、砂丘の形が崩れ、巨大な何かが地中を移動しているのが分かる。トモリの煙が一瞬だけ乱れ、トモリ本人も、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「来たか」

 

 トモリは静かに言った。

 

「ビナー」

 

 その名前が何を意味するのか、私には分からなかった。けれど、トモリの声は驚いていない。かといって、完全に支配している声でもなかった。予定していた来客が、予定より少し早く扉を蹴破って入ってきた。そんな温度だった。

 

 砂が裂ける。巨大な機械のような体の一部が、砂漠の下から現れた。厚い装甲。走る光のライン。地面の奥から響くような地鳴り。砂を押し分ける長大な影。全体は見えない。けれど、一部だけで十分だった。大きすぎる。

 

「これは……?」

 

 ホシノちゃんが、ほとんど息のように呟いた。その声には、知っているものを見た驚きではなく、知らないものが自分たちの土地から現れた困惑があった。

 

「データにない反応です!」

 

 アコちゃんが叫ぶ。

 

「巨大自律兵器……?」

 

 ハスミさんの声も低い。銃口は下げていないが、狙いを定めるべき場所を見つけられずにいるようだった。

 

「何だよ、あれ」

 

 ナナナさんが呟く。ツルギさんは何も言わず、ただ構えた。言葉を挟むより先に、前へ出る準備をしている。けれど、ヒナちゃんが短く言った。

 

「全員、下がって」

 

 超人ではない。獣でもない。でも、危険。私の体が、それだけをはっきり理解していた。その巨大な存在が現れたことで、煙が乱れる。獣の残党は混乱して暴れ出し、足元の砂は崩れ、線路の一部が嫌な音を立てて軋んだ。

 

 トモリは煙で自分の周囲を守ったまま、止めに行こうとはしない。制御しているわけではない。でも、利用するつもりだ。私たちは、煙と地響きの間に挟まれていた。

 

「撤退する」

 

 イツキ先輩が即座に言った。

 

「これは調査任務の範囲を超えた」

「逃げんのか」

 

 ナナナさんが言う。

 

「死にに行くことを勇気とは言わない」

 

 イツキ先輩の返答は冷たかった。

 

「今は退く」

 

 ヒナちゃんも言った。ツルギさんは一瞬だけ巨大な影を見た後、静かに頷いた。

 

「妥当です」

 

 ハスミさんが言う。

 

「これ以上は戦闘ではなく遭難になります」

 

 ホシノちゃんは迷っていた。ここはアビドスだ。逃げたくないのだと思う。あんなものが自分たちの砂漠から現れたのに、背中を向けることに納得できるはずがない。けれど、今ここで全員が潰れれば、ユメさんへ伝える人もいなくなる。

 

「戻ろう」

 

 私は言った。

 

「ユメさんに伝えよう。ここに何があるのか」

 

 ホシノちゃんは少し黙った。それから、頷いた。

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 撤退が始まった。

 

 逃げる、というのは、思っていたより難しい。煙が視界を奪い、巨大な存在の振動が砂丘を崩し、獣の残党が混乱して襲いかかってくる。進もうとした道は次の瞬間には砂に埋まり、足場だと思った場所も、地面の奥からの揺れであっけなく崩れていった。ホシノちゃんが地形を読む。

 

「右は駄目です! 足場が崩れます! 左、古い水路跡に沿って!」

 

 ナナナさんが、進路を塞ぐ獣を吹き飛ばす。

 

「邪魔だ!」

 

 ハスミさんは崩れる足場を見ながら、獣の脚を正確に撃ち抜いていく。ヒナちゃんとツルギさんは後ろを支え、煙の腕が伸びるたびに、ヒナちゃんの弾丸がそれを裂き、ツルギさんの一撃が止めた。

 

 私は低く飛んで、全員の位置を確認する。アコちゃんの姿が一瞬、煙に飲まれかけた。

 

「アコちゃん!」

 

 考えるより先に飛んだ。腕を掴んで、引っ張る。砂が崩れ、アコちゃんの足元が消える。ぎりぎりだった。私はアコちゃんを煙の薄い方へ引き上げる。

 

「助かりました」

 

 アコちゃんが息を整えながら言う。

 

「この先です!」

 

 ホシノちゃんの声が響く。

 

「古い給水施設があります。今はほとんど使われていませんが、水場が残っているはずです!」

「そこまで下がる」

 

 イツキ先輩が即座に決める。煙の外へ抜けても、耳の奥のざらつきは消えなかった。背後では、砂の下から響く振動がまだ続いている。煙の中から、トモリの声が聞こえた。

 

「今日はここまでか」

 

 遠い。けれど、はっきり聞こえる。

 

「だが、君たちはまた来る。そうだろう、黒い羽根の超人」

 

 私は振り返らなかった。振り返ったら、また足が止まる気がした。前方に、古い給水施設の影が見えた。低い壁、壊れかけた屋根。その奥に、わずかに光る水面がある。

 

「オアシスです」

 

 ホシノちゃんが言った。助かった。そう思うより先に、私は水面を見たくないと思った。

理由は分からない。ただ、そこに映る自分の背中に、黒い羽根が残っているような気がした。

 

 夜が落ちても、砂漠の向こうでは地響きが止まらなかった。煙の奥で、トモリとあの巨大な影の戦いは、まだ続いている。

 

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