黒原イトの青春   作:ナポリタン

2 / 2
君は何を考えていた?

 

 自分の声が人の声ではない。その事実を理解するまでに、少し時間がかかった。喉の奥から漏れたのは、言葉ではない。鳴き声だった。低くて、掠れていて、どこか金属を擦ったような、聞いたことのない音。私はもう一度、声を出そうとした。大丈夫だよ。そう言いたかった。けれど、口の形が違う。舌の位置が違う。唇がない。嘴が邪魔をして、音が言葉にならない。

 

「……イト」

 

 ヒナちゃんが、もう一度私の名前を呼んだ。かすれた声だった。倒れたまま、私を見ている。片目は腫れ、制服はところどころ破れ、頬には擦り傷があった。あのヒナちゃんが、そんな姿になっている。それを見て、ようやく私は動いた。駆け寄ろうとした。けれど、一歩目で地面が割れた。足に力を入れただけだった。なのに、石畳が軋み、ひびが走る。体が軽い。いや、軽すぎる。自分の体じゃないみたいだ。背中が重い。翼が邪魔だ。爪が硬い。呼吸が熱い。口の中が血の味でいっぱいだった。

 

 私の血なのか、マナカの血なのか、分からない。

 

「イト、落ち着いて」

 

 ヒナちゃんの声が私を止めた。自分の方がどう見ても落ち着いていない状態なのに、私のことを心配している。そういうところ、本当にずるいと思う。私は頷こうとした。首が変な角度に動いた。黒い羽根が散った。その時、遠くでサイレンが聞こえた。風紀委員会のものだ。ヒナちゃんが呼んだのか、あるいはこの騒ぎを誰かが通報したのか。どちらにせよ、助けが来る。助け。本当に?私は自分の手を見た。これは、助けられる側の手だろうか。それとも、撃たれる側の手だろうか。

 

「イト」

 

 今度は、少しだけ強い声だった。

 

「私の後ろにいて」

 

 無理でしょ。そう言おうとした。でも言葉は出ない。ヒナちゃんより、今の私の方が明らかに大きい。背中には翼があり、腕には羽根があり、口元は嘴になっている。私がヒナちゃんの後ろに隠れるには、少々サイズ感に問題がある。いや、少々ではない。だいぶある。でも、私はヒナちゃんのそばにしゃがんだ。しゃがむだけで石畳が軋んだ。力加減が分からない。怖い。怖いけど、それ以上に、ヒナちゃんから離れる方が怖かった。風紀委員会の車両が路地に滑り込んでくる。

 

 隊員たちが降りてきた。銃を構える音がした。当然だ。どう見ても怪物がいる。私だ。怪物は私だ。

 

「撃たないで」

 

 ヒナちゃんが鋭く制した。隊員たちの動きが止まる。

 

「その子は黒原イト。私の友人。敵じゃない」

 

 友人。今、確実に動揺している。情緒がおかしい。その言葉が、変に胸へ刺さった。この姿でも、ヒナちゃんは私をそう呼ぶのか。ありがたい。ありがたすぎて、泣きそうになる。ただし、今の私は泣けるのかどうかも分からない。涙腺がどこにあるのかも不明である。

 

「空崎さん!」

 

 隊員の一人が声を上げた。同じ教室で見たことがある。

 

「大丈夫!?」

「私はいい」

 

 ヒナちゃんは短く応じてから、すぐに路地の奥へ視線を向けた。

 

「あちらに負傷者が二名。ヘイローが砕けていた。もう一人、薬物を使用した生徒が逃走した可能性がある。超人関連の疑いが強い。周辺を封鎖して。救護班も」

 

 息を整えながら、必要な情報だけを並べていく。それでも、指示は明確だった。

 

「了解!」

 

 隊員たちが一斉に動き出す。私も振り返った。マナカがめり込んでいたはずの場所。砕けた石畳。大きな穴。飛び散った血。黒い液体の跡。けれど、マナカはいなかった。

 

「……いない?」

 

 ヒナちゃんの声が沈む。私も穴を見つめた。確かに、私はマナカを蹴った。地面に叩き込んだ。あの感触はあった。生きているか死んでいるかまでは分からない。でも、そこにいたはずだ。なのに、いない。風紀委員たちが周囲を調べ始める。ミギとヒダリの身体が回収される。見ちゃいけない。でも、また見てしまった。あれが死。あれが、もう戻らないということ。胸の奥が冷たくなる。その時、ヒナちゃんの体がぐらりと傾いた。私は反射的に手を伸ばした。まずい。

 

 この手で触ったら、壊すかもしれない。そう思った時には、風紀委員がヒナちゃんを支えていた。

 

「医療班を!」

 

 誰かが叫んだ。ヒナちゃんは私を見ていた。私は何も言えなかった。ただ、黒い羽根だけが、ぽろぽろと落ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 風紀委員会本部へ運ばれるまでのことは、あまり覚えていない。気づいた時には、私は広い訓練室の真ん中に座っていた。座っていた、というより、座らされていた。翼が邪魔で椅子には座れない。そもそも今の体で椅子に座ったら、椅子が死ぬ。なので、床にそのまま座っている。風紀委員会本部の床は丈夫らしい。ヒナちゃんは隣にいた。手当ては受けたらしい。顔色はまだ悪いけれど、立っている。立っているのがまずおかしい。普通は寝るべきだと思う。私はそう抗議したかった。言葉は出ない。

 

 鳥の鳴き声しか出ない。詰みである。

 

「おお、こいつはまた派手に変わったなぁ!」

 

 訓練室の扉が開き、豪快な声とともに背の高い人が入ってきた。公佳キミカ、風紀委員会会長。噂では知っている。風紀委員会当代最強。豪放磊落。強い。でかい。人望がある。大体そんな感じの人。

 

「キミカ先輩」

 

 ヒナちゃんが頭を下げる。

 

「この子を、イトを助けてください」

「助けるさ。そのために来た」

 

 キミカ先輩は私の前まで歩いてきた。そして、じろじろと見る。遠慮がない。嘴。爪。翼。羽根。足。背中。顔。全部見られている。やめてほしい。今の私は多分、過去一で見られたくない姿をしている。

 

「ふむ。嘴。黒い羽根。腕の形は人間寄りだが、手指は猛禽に近いな。脚力はかなり高そうだ。いい蹴りだったんだろう?」

 

 私は首を横に振った。自分でもよく分かっていない。

 

「まあ、後で測ればいいか」

 

 測るんだ。何を。体重とか?嫌だな。

 

「キミカ。まずは変身の解除を」

 

 落ち着いた声が割り込んだ。キミカ先輩の後ろから、もう一人が入ってくる。坂間是イツキ。風紀委員会副会長。情報部の長。常に冷静沈着で、人の心が読めるだとか、読めないだとか。そんな噂の人。キミカ先輩の隣に立つと余計に細く見える人だった。けれど、その目だけはやけに鋭く、私を見ているのに、私の奥まで見ているようだった。

 

「黒原イト君」

 

 イツキ先輩が口を開いた。

 

「聞こえているね」

 

 私は頷いた。

 

「声は出せない、と」

 

 もう一度、頷く。

 

「なら、それで構わない。頷きで答えたまえ。まずは確認だ。君は自分の意思でアンプルを使用した?」

 

 頷く。

 

「理由は……空崎ヒナを守るため」

 

 頷く。

 

「使用前、アンプルが何であるか正確には知らなかった」

 

 頷く。

 

「なるほど。無茶だね」

 

 それはそう。反論できない。

 

「イトは……!」

 

 ヒナちゃんが何か言いかける。イツキ先輩は片手で制した。

 

「責めているのではない。事実確認だ。無茶であることと、必要だったことは両立する」

 

 淡々と述べてくる。冷たい。でも、不思議と嫌ではなかった。少なくとも、今この瞬間、私を怪物として撃つつもりではないらしい。

 

「まず、超人について説明する」

 

 イツキ先輩は近くの端末を操作した。壁面モニターに、いくつかの資料が映る。黒塗りが多い。いかにも見せてはいけない資料という感じだ。

 

「これらは過去の戦闘記録、潜入中の協力者から得た情報、そして今回の観測から整理した仮説だ。確定情報ではない部分も含む」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 

「超人は、五摂ロカの血を加工した薬剤によって生まれる」

 

 ロカ。雷帝。その名前が出た瞬間、ヒナちゃんの表情が硬くなった。

 

「超人化した者は、通常の生徒とは異なる肉体と能力を得る。一方で、ヘイローを失う」

 

 ヘイロー。ミギとヒダリの砕けた光が脳裏をよぎる。

 

「ヘイローを失えば、銃撃でも傷を負う。出血する。致命傷にもなる。ただし、超人にはレイズと呼ばれる再生、あるいは蘇生に近い現象がある」

 

 死んでも戻る。カヨコちゃんが言っていた言葉を思い出す。撃てば血が出る。なのに死なないことがある。逆に、死ぬ時は本当に死ぬ。

 

「もっとも、不死ではない。レイズには消耗がある。限度もある。精神にも影響が出る。暴走、混沌化、自我喪失。そういう危険もある」

 

 私は自分の手を見た。人の手ではない。これが、その危険の入り口。

 

「今回の君は、初期変身状態から戻れていない。まずはそこをどうにかしよう」

 

 どうにか。どうにかなるの?私は勢いよく頷いた。

 

「では、変身を解除してくれ」

 

 イツキ先輩が結論を述べた。私は固まった。え。いや、できるならもうやっている。私は両手を握りしめた。いや、爪が食い込みそうでやめた。深呼吸をする。そして、叫んだ。つもりだった。

 

『変身!』

 

 出たのは、鳥の鳴き声だった。何も起きない。キミカ先輩が腹を抱えて笑った。

 

「いいぞ、勢いは嫌いじゃない!」

 

 笑わないでほしい。私は必死なのだ。次に、ポーズを取った。腕を交差する。片手を天に掲げる。胸の前で謎の印を結ぶ。翼がばさばさ鳴る。何も起きない。沈黙。つらい。とてもつらい。

 

「イト君」

 

 イツキ先輩が眼鏡を押し上げるような仕草をした。眼鏡はかけていない。癖なのかもしれない。

 

「すまない、説明が足りなかったな。そういう方向ではない」

 

 知ってた。でも試すしかなかった。

 

「初めて変身した時、君は何を考えていた?」

 

 そう問いかけられて、私は首を傾げた。何を。ヒナちゃんを助けたいと思った。死なせたくないと思った。弱いままでは嫌だと思った。それから。翼。走馬灯のように。ヒナちゃんの翼。もし自分が翼を持つなら。ハゲタカがいい。世界一高く飛ぶ鳥だから。私は嘴でうまく喋れない。だから身振りで伝えようとした。翼を広げる。空を指す。ヒナちゃんを見る。嘴で自分の胸を軽く叩く。ハゲタカ。伝われ。伝われ私の表現力。

 

「……翼?」

 

 ヒナちゃんが小さく呟く。私は頷く。

 

「…………ハゲタカ……?」

 

 頷く。伝わった。ヒナちゃんすごい。

 

「ハゲタカか」

 

 イツキ先輩は少しだけ目を細めた。

 

「君のその思い出が、形となって表れているようだ。超人化は単なる肉体変化ではない。内面の像、願望、恐怖、記憶。そういったものを材料にしている可能性がある」

「つまり、イトはハゲタカになりたいと思ったからこうなったのか?」

 

 キミカ先輩が話に割って入る。

 

「正確には、そういう形で力を得ることを望んだ、だろうね」

 

 イツキ先輩は淡々と言葉を返した。私は翼を少し縮めた。望んだ。たしかに望んだ。ヒナちゃんを守れる力が欲しいと。高く飛びたいと。でも、こんな姿になりたいとまでは思っていない。たぶん。

 

「では逆をやろう」

 

 イツキ先輩が提案した。

 

「今度は、元の自分を思い出したまえ」

 

 元の自分。黒原イト。ゲヘナ学園一年生。風紀委員会情報部。戦闘は苦手。調べるのは得意。好きなものは鳥、ヒナちゃん、メロンパン。身長は百五十五センチ。そこそこ。いや、何がとは言わないけど、そこそこある。違う。今そういうことを思い出している場合ではない。

 

「自分の姿を具体的に思い浮かべるんだ。顔、髪、手足、声。君が君である時の形を」

 

 こうなる前の、普段の自分。イメージしてみるけど、ぼんやりとしか浮かんでこない。そこまで自分の顔に興味がない。

 

「……キミカ、質問を」

「おーけー。イト、髪はどのくらいだった?」

 

 私は手で示す。

 

「ふむ。肩より少し下か。目の形は?」

 

 目の形。自分の目の形なんて普段意識しない。困る。

 

「ヒナ」

 

 イツキ先輩が横へ声を掛けた。

 

「君から見た黒原イトを言葉にしてくれ」

「私から……?」

「彼女自身の像が曖昧なら、近しい他者の像が助けになる」

 

 ヒナちゃんは少しだけ戸惑った。それから、私を見た。怪物の姿の私ではなく、その奥にいる私を探すように。

 

「イトは」

 

 ヒナちゃんが口を開く。

 

「よく笑う。すぐふざける。危ないことに首を突っ込む。自分では戦えないくせに、困っている人を見つけると放っておけない」

 

 褒められているのか。怒られているのか。微妙だ。

「髪は少し跳ねてる。朝、直したつもりでも大体どこか残ってる。目は……よく動く。何かを見つけるのが早い。手は、小さいけど。私を呼ぶ時、いつも大きく振る」

 

 ヒナちゃんの声は静かだった。でも、一つずつ私を戻していくようだった。

 

「声は、明るい。少しうるさい」

 

 少し?

 

「でも、聞こえると安心する」

 

 息が止まった。胸の奥で、何かが震えた。私は目を閉じる。いや、今の目がどう閉じているのか分からないけど、とにかく閉じた。自分を思い出す。朝、ヒナちゃんに手を振る私。カヨコちゃんに呆れられる私。メロンパンを半分に割る私。怖い時に笑ってごまかす私。弱い私。でも、ヒナちゃんを置いて逃げられなかった私。それが私だ。黒原イトだ。羽根が抜け落ちる音がした。一枚。また一枚。背中の重さが消えていく。嘴が縮む。爪が戻る。骨が軋む。痛い。痛いけど、さっきよりずっと人間の痛みだ。

 

 私は床に膝をついた。両手が床につく。人の手だった。

 

「……戻った」

 

 声が出た。自分の声だった。私は思わず自分の喉を押さえた。

 

「戻った! 戻りました! ヒナちゃん、私戻った!」

「うん」

 

 ヒナちゃんが膝をついて、私の肩を抱いた。痛い。ヒナちゃんも怪我人なので、力加減が雑だ。でも、温かかった。私はその温かさに、ようやく泣いた。

 

「何はともあれ、まずはおめでとう」

 

 イツキ先輩が上着をこちらへ差し出す。

 

「服を着るといい」

 

 ……え?

 

 

 

 

 

 

 そこから数日、私は風紀委員会本部に泊まり込むことになった。名目上は保護。実態は検査と訓練。つまり、私は観察対象になった。観察対象。鳥好きとしては、観察する側でありたかった。される側はあまり楽しくない。

 

「変身」

 

 私は小さく呟いた。背中に熱が走る。黒い羽根が腕を覆い、嘴が伸び、翼が広がる。床に置かれた測定器が警告音を鳴らした。

 

「はい、成功。解除して」

 

 イツキ先輩が記録を取る。

 

「解除」

 

 今度は人の姿に戻る。慣れれば、思ったよりできた。コツは、自分を明確に意識すること。何になりたいか。何であるか。その輪郭を間違えないこと。間違えると羽根が中途半端に生えたり、爪だけ残ったりする。一度、嘴だけ出た時は本気で泣きかけた。ただ、この訓練のおかげでついに変身状態でも会話ができるようになった。

 

「次は身体測定だ」

 

 キミカ先輩が楽しそうに話を進める。

 

「普通のですか?」

「普通ではないな」

 

 嫌な予感しかしない。予感は当たった。握力。跳躍力。走力。反応速度。耐久。飛行能力。急降下時の加速。変身前後の筋出力差。痛覚反応。再生傾向。色々測られた。結果、私は強くなっていた。かなり。とても。めちゃくちゃ。

 

「これ、もしかして私、結構いけるのでは?」

 

 調子に乗った。乗ってしまった。キミカ先輩との組み手が始まった。

 

「いいねぇ、元気があって」

 

 五秒で床に転がされた。

 

「もう一回!」

 

 十秒で壁にめり込んだ。

 

「まだまだ!」

 

 今度は天井を見た。天井って、普段あまり見ない。綺麗だな。

 

「イト君」

 

 記録を取っていたイツキ先輩が、淡々と所見を口にする。

 

「身体能力は伸びているが、戦闘経験が圧倒的に不足している。あと、調子に乗りやすい」

「記録に残さないでくださいよぅ」

「重要な所見だ」

 

 やめてほしい。後世に残る私の評価が、調子に乗りやすいになってしまう。ヒナちゃんは訓練室の端で見ていた。怪我はまだ完全には治っていない。だから訓練には参加していない。その視線が、少しだけ心配そうで、少しだけ遠かった。私は手を振る。

 

「大丈夫だよ、ヒナちゃん!」

 

 ヒナちゃんは小さく頷いた。笑わなかった。その理由は、少し分かる気がした。私が強くなったことは、たぶん良いことだけではない。私自身も、それをまだうまく飲み込めていなかった。

 

 

 

 

 

 

 数日後。イツキ先輩は、私に自由行動を許可した。

 

「本当にいいんですか?」

 

 私は確認を入れた。

 

「いい。最低限の変身制御はできるようになった。身体データも取れた。君をここに閉じ込め続ける理由は薄い」

「やった」

「ただし、監視はつける」

「やっぱり」

「当然だ」

 

 イツキ先輩は素っ気なく応対した。

 

「生徒会側が君を放っておくとは思えない。こちらとしては、彼らがどう動くかを見る必要がある」

「つまり、私って餌ですか?」

「餌と言うと聞こえが悪い」

「じゃあ?」

「誘引材」

「もっと悪い気がします」

 

 ヒナちゃんが一歩前に出た。

 

「イツキ先輩」

 

 低い声だった。

 

「イトを囮にするつもりですか」

「何度も言わせないでくれ」

 

 イツキ先輩はヒナちゃんへ視線を向けた。

 

「閉じ込めることは、守ることと同義ではない」

「……」

 

 ヒナちゃんは黙り込んだ。不安そうだった。少し怒ってもいた。私は二人の間で手を上げる。

 

「あの、私は大丈夫だよ。ほら、変身もできるようになったし。逃げ足も多分速いし」

「イトはそういうところが心配」

「むむ」

 

 返す言葉がない。結局、私は寮へ戻ることになった。ヒナちゃんは最後まで納得していない顔をしていた。イツキ先輩はそれを見ても、表情を変えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ゲヘナ東側の生徒会室には、生徒会の面々と黒服がいた。椅子にだらしなく腰かける五摂ロカ。その傍らに控える副会長、東宮斎ホノカ。壁に背を預けて退屈そうにしている野蛇マヤ。折り紙を弄びながらこちらを見ている畳紙メルリ。そして、黒い影のような大人。黒服。床には、拘束されたマナカが転がされている。彼女は生きていた。

 

 黒原イトの急降下によって全身を砕かれながらも、超人としての肉体は彼女を死なせなかった。もっとも、すでに変身は解けている。肩の傷は塞がりかけていたが、顔色は悪い。ホノカが彼女の前に立つ。

 

「聞かせろ。アンプルを使用した者は誰だ」

 

 マナカは顔を上げた。目は澄んでいた。昨夜のような濁った笑みはない。

 

「しゃべる気はない」

 

 ホノカの眉が動く。

 

「立場を理解しているのか」

「してるよ」

 

 マナカは乾いた笑いを漏らした。

 

「私は、自分を慕ってくれてた二人を殺した。ミギとヒダリを殺した。あいつら、止めようとしてくれたのにさ」

 

 生徒会室に沈黙が落ちる。

 

「だからもう、これ以上ダサい奴になる気はない。お前らみたいなやばい奴らにペラペラしゃべって、また誰かを巻き込むくらいなら、ここで死ぬ方がマシだ」

「貴様――」

「殺すなら殺せよ」

 

 マナカが吐き捨てた。ホノカの指先に雷が走る。その時、ロカが笑った。

 

「もういいよ、ホノカちゃん」

 

 五摂ロカ。雷帝。彼女は退屈そうで、それでいて目だけが妙に輝いていた。ロカはマナカを見ていない。黒服を見ていた。

 

「で? 誰だったの?」

 

 黒服が静かに詳細を告げる。

 

「黒原イト。風紀委員会情報部所属、一年生。嘴と黒い羽根をまとった姿になりました。遠方からの観測ですが、鳥類型。おそらく猛禽類に近い」

「え」

 

 ロカの顔がぱっと明るくなった。

 

「うそ。ほんとに? ほんとに真っ黒の超人だったの?」

「はい」

「へぇ」

 

 ロカは笑った。子どものように。本当に嬉しそうに。

 

「そっかぁ。そっかそっか。黒い羽根かぁ」

 

 マナカがその笑みを見て、顔を歪めた。

 

「何がそんなにおかしいんだよ」

「おかしいんじゃないよ。嬉しいんだよ」

 

 ロカは立ち上がった。指先が変形する。砲身のように。

 

「君にはもう興味ないから」

 

 音がした。それだけだった。マナカの上半身が消し飛んだ。床に血が散る。ホノカは表情を変えなかった。メルリは目を細める。マヤはつまらなそうに欠伸をした。ロカだけが、機嫌よく笑っていた。

 

「マヤちゃん、メルリちゃん」

「はい」

「なんや」

「その黒原イトって子、スカウトしてきて」

 

 ロカはうきうきと話を続ける。

 

「期待できそうだから」

 

 黒服が静かに口を挟んだ。

 

「可能であれば、空崎ヒナも」

「ヒナ?」

「彼女にも興味があります」

「ふぅん。じゃあ、ついでに」

 

 ロカは軽く手を振る。

 

「マヤちゃんはイト。メルリちゃんはヒナ。行ってきて」

「うーん、スカウト?」

 

 マヤが首を傾げる。

 

「まあ、暇つぶしにはなりそう」

「うちはヒナの方か。面倒そうやなぁ」

 

 メルリは肩を回した。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、ほら」

 

 ロカは笑う。

 

「期待してるんだからさ」

 

 二人は生徒会室を出ていった。血の匂いだけが、部屋に残った。

 




 公佳キミカ(きみかきみか)
ゲヘナ学園高等部2年生、風紀委員会委員長。強い。
 坂間是イツキ(さかまぜいつき)
ゲヘナ学園高等部2年生、風紀委員会副委員長兼情報部部長。心が読めるとの噂。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。