始業式は滞りなく終わった。あとは兄と合流して妹が待つファミレスへと向かうだけ。そう思って士道が帰宅準備を始めていると、友人である殿町宏人が声をかけてきた。昼食のお誘いだ。
しかし今日は先約がある。士道が断ると殿町は大袈裟に驚いてみせたが、先約の相手が兄妹たちだと知ると安心したように肩の力を抜く。
「んだよ驚かすんじゃねえよ……俺はてっきり鳶一だけじゃあきたらず他の女子にも声掛けてんのかと……」
「お前が勝手に驚いたんだろうが」
「あれ、でも琴里ちゃんなら問題ないか……なあ五河、俺も一緒に言って良いか?」
別に琴里は殿町のことを知らないというわけではないし、祈里だって殿町のことを嫌がったりはしないだろう。
士道は了承しようとしたが、殿町の次の発言にすぐに却下することになる。
「ところでさ、琴里ちゃんってもう中二だろ?彼氏とかいんの?」
「は?」
「いや、他意はねえんだが、三つ上の彼氏とかどうなのかなと」
「やっぱ却下だ。お前来んな」
「そんな!お義兄様!」
「お義兄様とか呼ぶな気色悪い。ていうかそれ俺の前だからまだ良いが、兄貴の前で言ったらどんな目に遭っても文句は言えねえぞ──」
他愛のない会話を繰り広げる。
「──じゃあ姉は?」
「女市?」
「すげぇ!女性専用都市かよ!」
そう言って殿町が笑った、その時だった。
胸をざわつかせる低く不愉快な音程のサイレンが、士道たちの身体を震わせた。
一本の放送が流れる。
──これは訓練ではありません。これは訓練ではありません。前震が確認されました。空間震の発生が予想されます──。
アナウンスは続く。
──近隣住民の皆さんは、速やかに、最寄りのシェルターに、避難してください──。
スピーカーが避難誘導のアナウンスを繰り返し始めるころには、それまでの楽しげで浮足立った始業式の雰囲気はクラスからも廊下からも消え失せていた。
きっと、学校の外もそうだ。
士道は殿町と共に教師の指示に従い避難を始める。すると今朝始業式の前に話しかけてきた女子生徒、鳶一折紙が列とは逆方向に駆けていくのが見えた。
「おい!どこに行くんだ!」
士道がそう声を張り上げると折紙は一瞬足を止めて士道の方を振り返り、「大丈夫」とだけ言ってその場から走り去った。
一体何が大丈夫だと言うのだろうか。士道は怪訝に思いながらも、指示を従って歩みを進めていく。
ふと、琴里のことが気になった。兄の祈里がこんな時に避難していないなんてことは万に一つもあり得ないから心配していないが、琴里はどうだろう。
士道と祈里は、今朝に琴里にせがまれて昼食をファミレスで取ることにしたのだが、その時の琴里とのやり取りが妙に思い起こされる。
『んじゃ、学校終わったら、いつものファミレスで待ち合わせな。良いよな、兄貴?』
『ああ。たまに贅沢したって誰も文句は言わないさ』
『絶対だぞ!絶対約束だぞ!地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠されても絶対だぞ!』
『はいはい、分かった分かった』
『絶対だぞー!』
いや、まさかな、流石に。そんな思考が頭の中で浮かぶものの、士道の手は携帯電話に伸びていた。琴里の携帯電話に何度かコールしてみるが、出ない。
避難中で出られないだろうか、あるいはまだ学校でマナーモード?
そう思ってせめて位置情報だけでも探ろうと位置確認サービスを起動し、愕然とした。
「あんの、馬鹿……っ!」
「お、おい五河!?どこ行くんだよ!?」
殿町の声を背中に士道は走り出していた。目的地は約束のファミレス。
琴里の携帯電話の位置情報は未だ、ファミレスの地点で静止していた。