士道が精霊に「十香」という名前を付けた次の日のことだ。祈里は空中艦〈フラクシナス〉へ呼び出され、ブリッジへと向かっていた。
学校が空間震の影響で休校だったため、せっかくの平日休みを有意義に使おうと思っていた矢先のことであった。ちなみに祈里は日直のため、今日に限って士道より早く登校していた。
「来ました!」
ブリッジの扉を潜ると、既に到着していたらしい琴里が艦長席に腰掛けている。その隣には副艦長の神無月と、解析官の令音がいる。
「来たね。作戦は今のところ問題無く進んでいるよ。シンと十香は福引に向かって移動中だ」
令音が指で示したモニターには並んで街中を歩いていく二人の姿が映されている。
福引券を握りしめて、小さな子供のように爛々と目を輝かせる十香に対し、士道は彼氏というよりは保護者のような雰囲気だ。
『大当たり!』
『おお!』
『一等はなんとドリームランド完全無料ペアチケットです!』
『ドリームランド……テーマーパークか?この辺にあったかな?』
福引の係員に扮した〈フラクシナス〉のクルーが大袈裟に祝ってみせ、チケットを二人に手渡す。裏に地図が描かれているので、二人はそれに沿って移動する。やがて辿り着いたそこでは、テーマーパークとは名ばかりのいかがわしい大人の休憩所が待ち構えていた。
『も、戻るぞ十香!俺ってばうっかりさんだから道を間違えた!』
「まったくあそこまで行っておいて引き返す?つくづくチキンねえ我が兄ながら」
慌ててドリームランドから立ち去る士道を尻目に、琴里が呆れ混じりに溜息をつく。
「……まあ、仕方ないだろう。いきなりあれは酷だ」
「でも、最後まで行かなくてもキスくらいかましてくれれば詰みだったんだけどね」
令音がフォローするも不満げに飴の棒をピコピコさせる。
その時だ。
「司令、先ほどから二人の後方一〇〇メートル付近に同じ人影があります。おそらく尾行かと」
クルーの一人がそう言ってモニターに拡大する。
祈里はその顔に見覚えがあった。つい先日に交戦したはがりのAST隊員のものだったからだ。
「鳶一折紙じゃないか。手に持ってるのは、霊波反応観測機の端末か?」
「そのようだ。どうやら十香の後を付けているらしい。一応、怪しまれない範囲で電波ジャミングをかけておこう」
令音が手元のコンソールを操作すると、ピンポイントでジャミングが放たれ、折紙が手に持つ端末と観測機とのリンクを切断する。
「あの雰囲気だとASTが出張ってくるまでそう時間は無さそうね。祈里、〈ヨルムンガンド〉の用意をしておいて」
「一応確認するけど、戦ったりはしないよな?」
「ええ。ただ展開状況は確認しておきたいの。やるにしても、あくまでジャミングみたいなちょっとした嫌がらせ程度に留めておきましょ。住民が全く避難していない状況でいきなりドンパチおっ始めるほどASTもトチ狂ってないはずだからね」
祈里は頷くとブリッジを後にする。
「さあ、次は『連結』と『一通迷路』で行ってみるわよ」
士道が十香とデートを開始してどれほど経っただろうか。日は傾き、夕暮れが天宮市をオレンジ色で染め上げている。
祈里は〈ヨルムンガンド〉で上空を哨戒しながら、ASTの動向を伺っていた。既に鳶一折紙が二人の後を付けていることは確認していたため、時折電波ジャミングを放っては彼女の観測と進行を妨害していたのだが、それにも限界が来たようだ。
「〈フラクシナス〉へ、たった今〈ヨルムンガンド〉でマーカーした地点に、ASTが展開している。顕現装置の反応がない。それに妙な武器を担いできている」
祈里がそう報告すると、少し経って令音が返答する。
『妙な武器というの、あれは〈CCC〉という対精霊ライフルだね。霊装を纏っていない現在の十香を狙撃するには十分すぎる威力だ。顕現装置を展開していないのは、おそらく顕現装置が発する魔力を消し、できる限り十香に気づかれないようにするためだろう』
聞きながら、〈ヨルムンガンド〉の胸部制御顕現装置を上部へ持ち上げ、クリアランスを確保する。
そして、腰部にマウントされた専用ライフル〈ヴァイパー〉を構え、狙撃態勢に入った。
「──今なら逆に狙撃し返すことができます。武器の破壊に絞れば……」
『止した方が良い。〈ヨルムンガンド〉のステルス機能は顕現装置の索敵粒度の変更で容易く看破される代物だ。攻撃したら即座に位置が割られ、交戦は避けられなくなる。結果、精霊を刺激してしまい、現在のデートが中断されてしまうだろう。君との戦闘のため、空間震警報を鳴らされれば尚更だ』
令音の意見はもっともだった。〈フラクシナス〉が〈ヨルムンガンド〉へ転送してくる十香の数値は非常に安定しており、士道への好感度も十分すぎるくらいに高い事を教えている。琴里風に言うなら、詰みまでまさにあと一歩というところだろう。
そんな時に今、危機を焦って事を荒立てればせっかくのデートが台無しになってしまう。やり直しをしたくとも、次にいつ静粛現界してくれるのか分からない状態で。
『ギリギリまで待とう。だが、もし、その時が来たら頼むよ』
そうなると“万が一“の時の手段は一つしかなかった。
「知ったことかそんなもん……ッ!!ASTだぁ!?他の人間だぁ!?そいつらが十香!おまえを否定するってんなら!それを超えるくらい俺が!おまえを肯定するッ!」
士道は叫び、十香に右手を差し出した。
「握れ!今はそれだけで良い……ッ!」
その言葉に十香は肩を震わせ、少しの沈黙。それから希望の蜘蛛の糸を手繰り寄せるようにそろそろと、右手を伸ばしていく。
彼女が「シドー……」と小さく呟いて、彼女の手が士道の手と触れ合おうとした──まさに、その瞬間だった。
「うわッ!?」
大きな金属同士がぶつかりひしゃげた時の、耳をつんざく轟音が士道と十香を襲った。風が吹き、木々に止まっていた鳥が一斉に羽ばたいて急に辺りが騒がしくなる。
「な、なんだッ!?今の音は!?」
十香も相当驚いたようで、左手で胸のあたりを抑えていた。
士道がハッと音がした方向を見ると、人影がいくつか、空へと飛び立っていくのが見える。ASTだ。更にその先には、不思議な光のベールを纏った何かが浮遊しているのを認識する。それが何かを確かめる前に、士道はこの場からすぐに退いた方が良いことを確信する。空間震警報と、琴里から退避指示が出たからだ。
「ハッ……!あれはメカメカ……ではないASTとやらか!?おのれ……」
「十香!こっちへ!」
「お、おお?」
その時、士道は始めて自分の右手が十香の右手と、触れ合っていることに気がついた。
「あ……」
「どうしたのだ、シドー!?」
「い、いやなんでも……とにかくこっちだ!ASTの相手は……や、やるにしてもここはダメだ!公園が壊れちまう!」
言って十香の返事も待たず、彼女の手を握り返して走り出す。
もしもASTが十香を狙っているなら、きっと、いや絶対にこちらにも来るはずだからだ。
嫌な勘ほどよく当たる、とは彼の兄貴の口癖だった。
「何が……ッ!?」
燎子はたった今自分が目撃したものを信じられなかった。折紙の狙撃は完璧だった。照準とタイミングには寸分の誤差も無く、冷酷な一撃を以って精霊を屠るはずだったのだ。
しかし、その目論見は外れた。精霊は未だ健在であり、血の一滴も流していない。折紙の対精霊ライフルからは確かに熱が発生しており、正常に発射されたことを示している。
折紙は狙撃に失敗したのだ。
「索敵……索敵粒度を変更……」
だが、折紙はそう思っていなかった。狙いもタイミングも完璧だった。これだけ好条件が揃っていて自分が外すわけが無いという自負と訓練の実績もある。
「射角……距離……上?」
それだけではない。〈CCC〉の威力はまさに「折り紙付き」だ。例え外したとしても、周囲に弾痕が生じていなければおかしい。それが無いと言う事は、信じられない事だが、論理的に考えて発射した後にその弾丸を相殺されたとしか考えられない。
〈CCC〉を構えたまま、顕現装置が捉えた異物に照準を合わせる。そこには、先日、自分たちをもてあそんだ“精霊モドキ“が浮遊していた。
「隊長、“精霊モドキ“です」
「確認したわ。本部、こちら──」
燎子が本部へ確認を取る間に、折紙は再び狙撃姿勢に戻る。しかし標的の〈プリンセス〉は既にそこから姿を消していた。士道の姿も見えない。
歯噛みする。仕留め損ねた屈辱もあるが、危険な生物の傍にいる士道の安否も心配だ。消失が確認されていないということは、精霊はまだ現界しているはずである。
今すぐ追えばすぐに探し出せるだろう。
「──日下部、了解。各員へ、今から空間震警報を鳴らして貰うわ。住民の避難が終わり次第、A班とB班に分かれて〈プリンセス〉と上空の未確認の相手をそれぞれする。振り分けは……」
「避難が終わるまで待っていたら精霊に暴れる隙を与えてしまう。〈プリンセス〉の近くには民間人と思しき男子高校生が一人いた。今ならまだ間に合う。彼と街に被害が及ぶ前に〈プリンセス〉だけでも仕留める」
そう早口に言い切ると、折紙は燎子の静止も聞かずスラスターを全開にして飛び立った。インカムからは本部のオペレーターが静止を求める声が聞こえる。しかし、もう、誰も両親と同じ目には遭わせない。折紙の心はそれでいっぱいだった。
一方その頃、〈フラクシナス〉のブリッジは少し慌ただしくなっていた。クルーの一人が叫ぶ。
「AST隊員が一人、士道くんと十香ちゃんのもとへ向かっています!司令!〈ヨルムンガンド〉を……」
「待ちなさい、ここは士道に任せるわ」
「司令!?」
琴里の不可解な指示にクルー達が騒然とする。士道と精霊のデートを支援し、時にはASTの目眩ましをする為の兵器をここで使わないという選択はあり得ない筈だからだ。
しかし、琴里の決定は覆らない。既に〈ヨルムンガンド〉へ待機命令を飛ばし、艦長席で悠然と構えている。隣で立っている神無月もまるで同じ様相だ。
そこで解析官の令音がクルーの気持ちを代弁するかのように聞いた。
「彼に何をさせたいんだい、司令」
「救いを求める女の子の前であれだけ啖呵切ったのよ?なら、ここは一度騎士としての気概を見せてもらなくちゃ。それに万が一があっても大丈夫よ」
もう知ってるでしょ?
そこで琴里は言葉を区切り、一拍置いて、言った。
「士道は一回くらい死んでもすぐニューゲームできるもの」
その言葉に、令音はただ、なるほど、とだけ返して自分の作業に戻るのだった。
地上では折紙が十香に斬り掛かろうとしていた。十香が素早く反応し、霊装を展開してレイザーブレイド〈ノーペイン〉の一撃を剣で防ぐ。
「また貴様かッ!無粋な女だ!」
剣戟が凄まじい風を起こし、たまらず士道が尻餅を尽く。十香は士道が近くにいることで全力を出せずにいた。
「シドー……ッ!?やめろ!まだシドーがいるのだぞ!こんなところで戦えば巻き込んでしまう!」
「貴方が消えれば良いだけ。貴方こそ此処から、世界から消えるべき……ッ!」
「そんな事は……」
折紙の迷いなき一言に十香が揺らぐ。その一瞬の間を折紙は見逃さなかった。〈ノーペイン〉で十香の剣をいなし、その態勢が崩れた瞬間、左腕の〈CCC〉を腰溜めで構え、引き金を絞る。今度こそ、命中した。
はずだった。士道が十香を庇わなければ。胸と腹の中間辺りに大きな空洞を空けて、崩折れる士道。その視線は最期まで十香を追っていた。良かった、十香。そう言っているようだった。
「な、何故……」
「シドーッッ!!!」
十香の悲痛な叫びが世界を揺らした。霊力が、霊装が、剣がその慟哭に呼応し、威容を顕現させる。〈鏖殺公〉【最後の剣】、十香の全力を一刀に封じ込めた最強の剣である。
そんな圧倒的な力の化身を前にしても、折紙はその場から動けずにいた。精霊への恐怖に立ち竦んだわけではない。士道をこの手で射殺してしまった事実が彼女の全身を石抱のように押し潰し、動けなくしていた。
燎子から通信が入る。今は生き延びる事だけ考えろ、彼女はそう言っていた。それで折紙はどうにかASTとしての自分を立て直しワイヤリングスーツのスラスターを開いて回避機動を取る。【最後の剣】が彼女のいた地面を斬り飛ばしたのは、一瞬後の事だった。
あまりに強大な一撃に、回避したはずの折紙は剣圧で大きく飛ばされてしまう。それは折紙だけでなく、自身の援護に駆けつけようとしていた仲間も、上空で未確認を相手取っていた仲間をも巻き込み撃墜した。
「……ッ」
地面に倒れ伏した折紙は自身の状態を確認する。全身から血を流し、骨が何本も折れていた。回避していなければ、更に随意領域を展開していなければ、今頃は髪の毛一本ほどの残骸も遺さず消し飛ばされていただろう。
眼前の空に災厄が舞い、こちらを見下ろしてくる。彼女の瞳は絶望と憎悪に塗り潰されていた。
「我が友を、我が親友を、よくも殺したな──殺して壊して消し尽くす……死んで絶んで滅に尽くせ」
状況は、ラタトスクが想定する最も最悪のシチュエーションを辿りつつあった。
祈里は十香の一撃の巻き添えとなり随意領域を失って力無く墜ちていくAST隊員たちを空中で拾い上げ地面に降ろしながら、冷静に“その時“が来るのを待つ。
〈フラクシナス〉のブリッジは士道の死と十香の暴走、そしてこれから起こる殺戮の未来に慌てふためいていた。ただ三人だけ、琴里、神無月、令音を除いて。
「そんなに騒がないの発情期の猿じゃあるまいし。士道がこれで終わりなわけないでしょ?……ほら、噂をすればなんとやらよ。来たわ」
琴里が騒ぐクルーを余所にモニターを拡大させる。
モニターには、先ほど〈CCC〉に身体を削り取られたはずの士道の身体が、謎の焔に包まれ再生していく姿があった。やがて目を覚ました士道は燃えている自分の身体に驚き、先ほどまで死んでいたのが嘘のように元気に飛び起きる。そのことに再びクルー達が騒然とするも、琴里は勿論神無月と令音、祈里も想定通りとは言わんばかりに冷静だった。
琴里が蘇生した士道の回収を指示し、祈里が〈ヨルムンガンド〉で抱き上げる。そして十香が浮遊している空へと向かって加速した。
「良くやったぞ色男!」
「ハッ!?その声、兄貴か!?その格好なに!?ていうか何が良くやっただよッ!?そうだ、十香は……ッ」
「無事だとも、士道が庇ったおかげでな。あんな真似、大抵の奴にはできそうでできない。流石は俺たちの士道だ」
『状況は最悪だけどね』
琴里が通信で割って入る。言葉とは裏腹に全く余裕そうだ。琴里が続ける。
『状況は見ての通り、士道を殺されたと思った十香が怒り狂ってあのASTをぶっ殺そうとしてる。ラタトスクとしても精霊による人的被害はゴメンだから、どうにかしてこれを止めたいんだけど……』
「そんなの当たり前だッ!」
間髪入れずに士道が叫ぶ。
すると琴里は楽しそうにクスクスと笑い、祈里は頼もしそうに頬を緩めた。
『オーケイ。上出来よ騎士様』
「じゃあお姫様を止めに行くとしようか!」
『ちょっと私の台詞取らないでよ!……ったく、〈フラクシナス〉旋回、戦闘にポイントに移動、誤差は一メートル以内!祈里、到着したらそのまま士道を空から落っことして。重力制御はこっちでやるから。後は偽装モードを広域展開して、士道と十香をASTから隠すこと』
「落っことすって何!?琴里!?俺をどうするつもりなんだ!?兄貴!?まさか本当にやらないよな!?な!?普通に地面に降ろしてくれればそれで良いから……聞いてるッ!?」
弟を無視して更に加速する。
空に制御顕現装置の怪音が鳴り響き、随意領域で軽減しきれなかった空気抵抗が〈ヨルムンガンド〉を叩く。その間に、士道は琴里から具体的にどうすれば十香を鎮められるかを聞いて顔を真っ赤にしていた。
「到着したぞ!用意は良いか、〈フラクシナス〉!」
『こっちはもう着いてる。やっちゃって、祈里!』
「了解ッ!士道、鳥になってこい!……なんちゃって」
「ちょ、まっ……心のじゅん──」
祈里が士道をその手から離すと、士道は真っ逆さまに落ちていった。
──うおあああああああああッッッッッ!!!、という絶叫がみるみる内に小さくなっていく。これでもう弟はどんな絶叫アトラクションに乗っても平気になるだろう。勿論これは冗談だ。
〈ヨルムンガンド〉の偽装効果を広域展開し、光の幕で十香と士道を包み込む。きっと、偽装効果の外側の人間には雲の切れ間から振り注ぐ光芒が強く降り強くかかったような、そんな幻想的な光景が見えるに違いない。
「……士道ならできるさ」
『それ、これからは激ヤバ絶叫アトラクションにも乗れるって意味?それとも精霊を救えるって意味?』
「どっちもだ。司令もそう思うだろう?」
琴里は当然よ、とでも言いたげに鼻を鳴らした。
その後の顛末はこうだ。士道は十香の力を封印し、天宮市が破滅するのを、また十香が折紙を殺してしまう最悪のデッドエンドを防いだ。
その封印方法とは、キス。士道はキスを介して精霊との間に経路を繋ぎ、精霊の力を自身の身体に封印できる特殊体質の持ち主だったのだ。士道がラタトスクに精霊の対話相手として選ばれた理由もこの能力にあった。
祈里は〈フラクシナス〉の特別通信室の外で、壁に寄りかかりながら妹が出てくるのを待っていた。
特別通信室には司令たる琴里しか立ち入ることを許されない。そこで行われる通信会話は全て秘匿事項。通信の相手はラタトスク機関の重役達だ。祈里も直接会ったことの無い者がほとんどである。
やがて扉が開き、奥から琴里が伸びをしながら現れる。表情には疲れが滲んでいた。
「はぁ……ったく馬鹿共の相手は疲れるわ……士道ならやれるっての……っと。祈里じゃない、いたの?」
「お疲れ様、司令官」
祈里は妹に労いのジュースを渡す。先日、士道のデートの為に中断になったというおやつタイムに彼女が吹き出してしまったらしい、ブルーベリージュースだ。琴里は黒いリボンを跳ね上げ、お礼を言ってから受け取ると、そのままストローに口を付けた。
「どうだった?」
「詳しいことは言えないけど、馬鹿がガン首揃えて馬鹿な事言ってた。あ、一人は違うけど」
「はは……その一人が誰かは想像つくよ」
「まあ、私達に色々良くしてくれたお方だしね。それに比べて──」
琴里の愚痴を聞きながら、穏やかな気持ちでこれからの事を考える。
精霊の封印は成功した。令音によって新たに苗字を貰った彼女は、これからは“夜刀神十香“という一人の少女としてこの天宮市で生きていくことになる。
聞けば、既に都立来禅高校二年四組への編入手続きが始まっているらしい。彼女が転校してくることで賑やかになるだろう士道の高校生活を考えると、祈里は笑いが止まらなかった。
「でさぁ〜……ちょっと、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「それ聞いてない奴の言葉よ!そんなんじゃ祈里も女の子にモテないわよ」
「ははは。別に俺は良いのさ。良い家族たちがいるし、今はラタトスクのこともあるからな」
「あのねえ……仕事してくれるのは嬉しいけど、あんただって青春楽しみなさいよ。人生一回切りなのよ」
「妙に達観したこと言うなぁ。ところで、夜刀神十香の住居のことだけど──」
三日後の月曜日、学校の廊下で、ぐったりした様子の士道とその左右の腕にそれぞれ組み付きお互いに視線で火花を散らしている十香と折紙にすれ違ったのは、また別の話だ。