不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす   作:無性主人公広めたい

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1話 役立たずの勇者召喚

「——戦えぬ者に、用はない。出ていけ」

 

 玉座の上から王がそう言い捨てた。氷みたいに静かな声だった。

 

 オレのステータスは見ての通り——ぜんぶ最低の数字で並んでいる。戦う力なんてひとつもない。そりゃ追い出される。当然だ。

 

 大広間にくすくすと笑い声が漏れた。

 

「見ろよ、あいつのステータス。初期値のまま、ぜんぶ1だってさ」

 

 ——聞き慣れた声だ。ついさっきまで同じ教室にいた連中。まあ笑われるのは分かっていた。だってオレは戦う力なんて何ひとつ選ばずに、誰も見向きもしなかった残りものを二つ軽い気持ちで拾っただけだ。

 すごい力が欲しかったわけでもなんでもない。ただ——なんだか楽そうだったから。それだけのことだ。

 でも、オレは——間違えたとは思っていない。

 

 なんでオレがこんな選び方をする羽目になったのか。ほんの少しだけ、巻き戻させてほしい。

 

 ◇

 

 ほんの少し前まで、オレはただの高校生だった。放課後のなんてことのない時間。——だからこそ、あれはあんまりにも唐突だった。地の底から突き上げるような轟音。ぐらりと校舎が傾いで、悲鳴と、降ってくる天井と——そこから先はいくら思い出そうとしても、靄がかかったみたいにぷつんと途切れている。

 

 次に気づいたときには足元が光って、視界が真っ白になって——目を開けると、見たこともない石造りの広間に立っていた。……ああ、そうか。オレ、死んだのか。

 不思議と、恐怖はなかった。ただ、それが動かしようのない事実なんだと、頭のすみで妙に静かに腑に落ちていた。親のことがちらりと頭をかすめる。……まあ、どう思っているんだか。よく分からない家だった。

 

 周りには同じように突っ立っている連中が十人ばかり。みんな、あの放課後の校舎に居合わせた面々だ。部活だの居残りだの、それぞれの理由で。そして、たぶん——オレと同じようにあそこで死んだ。着ているものは学校の制服だの、部活のジャージだの——ついさっきまでの日常をそのまま引きずった格好が、この石造りの広間にはそろってひどく場違いに浮いていた。

 半分は名前も知らない。残りも、顔となんとなく名前が一致する程度。オレはといえば帰宅部で、誰かとつるむタイプでもなくて——要するにクラスにいてもいなくても、たぶん誰も気づかない側の人間だった。

 

「これ、異世界転生……ってやつ、なのか?」

 

 誰かが震える声で言った。オレが最初に思ったのは、恐怖でも興奮でもなくて、「うわ、なんだか面倒なことになった気がする」だった。我ながら可愛げがないと思う。

 でも、こればっかりは性分だ。うますぎる話には裏がある。——昔から、そういうのにだけは妙に勘が働いてしまう。そして目の前のこれは、どう見たってできすぎていた。

 

「よくぞ来てくれた、勇者たちよ」

 

 正面の玉座から声が降ってきた。豪奢なローブをまとった中年の男。この国の王らしい。両手を広げて、まるで父親みたいな笑みを浮かべている。

 

「我が国は今、魔王の脅威にさらされている。其方らは、それを討つために選ばれし者だ。どうか、世界を救ってほしい」

 

 おお、と隣で誰かが目を輝かせた。勇者。世界を救う。そういう言葉に胸が高鳴る年頃だ。気持ちは分かる。

 

 オレのほうは胸が高鳴るより先にひとつ引っかかっていた。異国の王の言葉が、なぜかすんなり通じている。オレたちを呼んだという神の仕業だろうか。——こういう都合のよさは、どうにも信用ならない。だから、黙って王の顔を見ていた。

 口元は、確かに笑っている。でも、目が笑っていない。なんだろう、あれは人を見る目というより——数を数えている目だ。何人来た、何人使えそうか。たぶんそんなことを考えている。……うん、これはただの『救ってくれ』じゃないな。

 案の定だった。連中の一人が「冗談じゃない、元の世界に帰せ!」と叫ぶと、王は笑みも崩さずに、静かに言った。

 

「帰る、だと? ……哀れな。まだ、分かっておらぬのか。其方らは、元の世界では、既に事切れた身よ。神が、消えゆくその魂を、この地へ拾い上げたのだ。帰る場所など、ありはせぬ。元の世界の其方らは、もう、どこにもおらぬのだからな。……それとも、何だ。我に逆らって、今すぐここを出ていくか? 地図も、蓄えも、後ろ盾もなく、この世界の理ひとつ知らぬよそ者が、たった一人で。人の地を一歩出れば、そこは魔物の跋扈する領分だ。剣も持たぬ其方らが、どこまで生き延びられるか。——我は止めはせぬが」

 

 穏やかな声のまま、意味だけがしんと冷たい。丸腰のまま、その魔物の地へ放り出される。それが何を意味するのかなんて考えるまでもなかった。叫んだ奴は唇を噛んで黙り込む。——よく分かった。ここでは、戦力にならなければ要らない。放り出して、あとは勝手に野垂れ死ね、と——ただ、それだけのことだ。

 

「案ずるな。——ただ、追い出すわけではない。召喚の儀は、まだ終わっておらぬ」

 

 王はそこで一度、言葉を切った。

 

「其方らを、この世界に呼び寄せたのは、我ではない。神だ。——その神が、餞別に、力を授けてくださる」

 

 言うなり王は玉座から一歩退いた。授ける、と口にしておきながら、その手は何もしない。ただ、静かに天を仰いだ。次の瞬間、広間の空気がぶわりと震えた。

 高い天井のそのさらに向こうから——見たこともない光が、誰の手も借りず、ひとりでにしずかに降りてくる。王のものでも誰のものでもない、ただ上からの光が、オレたち一人ひとりの前で淡い窓のかたちに凝った。

 

 見慣れない言葉と数字が並んでいる。まるでゲームのステータス画面だ。——けど、中身はまだすかすかで、数字はどれもいちばん低いところで揃っている。

 

 そして、それだけじゃなかった。窓のまわり——広間いっぱいの宙に、光る札が何十枚もふわりと浮かび上がった。その一枚ずつに、名前と、値段と、こまかい説明が光の文字で刻まれている。誰の物でもない。ただ、そこに全員に同じく開かれていた。

 

「神が、其方らに、百のポイントを授けるそうだ。その札の一枚一枚が、神の御力の一片——『スキル』だ。百の内であれば、好きに選ぶがいい。一つでも、いくつでも、な」

 

 王の声が光の下で響いた。

 

「言っておくが、どのような札があるのかその全容を我とて把握しておらぬ。神の御業ゆえな。わかっておるのは、良い札ほど値は張り、数にも限りがある。誰かが取れば、その札は宙から消える。早い者勝ちだぞ。よく狙え」

 

 早い者勝ち。その一言で、空気がぴりっと張りつめた。言い終わるが早いか、連中がわっと顔を寄せ合った。

 

「おい、強いのは早い者勝ちだってよ、手分けしようぜ」

 

「攻撃系はオレが見る」

 

「回復もいるだろ」

 

 パニックでも、こういうとき、人は群れる。十人足らずがあっという間に肩を寄せ合って、宙のどの札を誰が押さえるか相談を始めた。仕切っているのは、クラスでも声の大きい奴——鷹宮、とかいったか。慣れた様子でてきぱきと役割を振っていく。

 

 オレはその輪の外にいた。

 

 はじかれた、というより——たぶん、最初から数に入っていなかった。名前も知られていない帰宅部の奴が、こういう大事な場面で輪の中に呼ばれることなんてない。……ここでも、同じだ。教室でのオレの居場所なんて、いつだってそんなものだ。

 休み時間、鷹宮みたいな声のでかい連中の輪から、どっと笑いが起きる。オレは自分の席で、聞いてもいないスマホを意味もなくいじっている。

 話に入りたいわけじゃない。ただ、入れる気もしない。たまに、誰かが気をつかって話を振ってくれても、オレが何か返すと会話のテンポが半拍ずれる。その微妙な間に、こっちが先にへらっと笑って話を切り上げる。

 ……そういうのが、もう癖になっていた。悪いやつらじゃない。ただ、住んでる世界が少し違う。それだけの話だ。

 

「お前は……まあ、最後でいいよな」

 

 鷹宮がこっちを見もせずに言った。悪気すらなかったと思う。ただ、いてもいなくてもいい奴。それが、ずっとオレの立ち位置だった。

 

 ——最後、か。

 

 つまりオレの番が来る頃には、いい札なんてひとつも残ってはいないだろう。目の前の自分の窓を見下ろす。スキルの欄は、まだ、からっぽ。ここに何を入れたところで、みんなが取り残したしょぼい札にしかならないんだろう。

 

 ……じゃあ、オレは。何を、選べばいいんだ。

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