不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごしていたら、知らないうちにレベルが限界を振り切っていた 作:無性主人公広めたい
「——戦えぬ者に、用はない。出ていけ」
玉座の上から、王が、そう言い捨てた。氷みたいに、静かな声だった。
オレのステータスは、見ての通り——ぜんぶ、最低の数字で並んでいる。戦う力なんて、ひとつもない。
そりゃ、追い出される。当然だ。
大広間に、くすくすと、笑い声が漏れた。
「見ろよ、あいつのステータス。初期値のまま、ぜんぶ1だってさ」
——聞き慣れた声だ。ついさっきまで、同じ教室にいた連中。まあ、笑われるのは、分かっていた。
だってオレは、戦う力なんて何ひとつ選ばずに、誰も見向きもしなかった残りものを、二つ、軽い気持ちで拾っただけだ。
すごい力が欲しかったわけでも、なんでもない。ただ——なんだか、楽そうだったから。それだけのことだ。
でも、オレは——間違えたとは、思っていない。
なんでオレが、こんな選び方をする羽目になったのか。ほんの少しだけ、巻き戻させてほしい。
◇
ほんの少し前まで、オレはただの高校生だった。
放課後の、なんてことのない時間。——だからこそ、あれは、あんまりにも唐突だった。地の底から突き上げるような、轟音。ぐらり、と校舎が傾いで、悲鳴と、降ってくる天井と——そこから先は、いくら思い出そうとしても、靄がかかったみたいに、ぷつん、と途切れている。
次に気づいたときには、足元が光って、視界が真っ白になって——目を開けると、見たこともない石造りの広間に、立っていた。
……ああ、そうか。オレ、死んだのか。
不思議と、恐怖は、なかった。ただ、それが動かしようのない事実なんだと、頭のすみで、妙に静かに、腑に落ちていた。
親のことが、ちらりと、頭をかすめる。……まあ、どう思っているんだか。よく、分からない家だった。
周りには、同じように突っ立っている連中が、十人ばかり。みんな、あの放課後の校舎に、居合わせた面々だ。部活だの居残りだの、それぞれの理由で。
そして、たぶん——オレと同じように、あそこで、死んだ。着ているものは、学校の制服だの、部活のジャージだの——ついさっきまでの日常を、そのまま引きずった格好が、この石造りの広間には、そろって、ひどく場違いに浮いていた。半分は名前も知らない。残りも、顔となんとなく名前が一致する程度。
オレはといえば、帰宅部で、誰かとつるむタイプでもなくて——要するに、クラスにいてもいなくても、たぶん誰も気づかない側の人間だった。
「これ、異世界転生……ってやつ、なのか?」
誰かが、震える声で言った。
オレが最初に思ったのは、恐怖でも興奮でもなくて、「うわ、なんだか、面倒なことになった気がする」だった。我ながら、可愛げがないと思う。
でも、こればっかりは性分だ。うますぎる話には、裏がある。——昔から、そういうのにだけは、妙に勘が働いてしまう。
そして目の前のこれは、どう見たって、できすぎていた。
「よくぞ来てくれた、勇者たちよ」
正面の玉座から、声が降ってきた。豪奢なローブをまとった、中年の男。この国の王、らしい。両手を広げて、まるで父親みたいな笑みを浮かべている。
「我が国は今、魔王の脅威にさらされている。其方らは、それを討つために選ばれし者だ。どうか、世界を救ってほしい」
おお、と隣で誰かが目を輝かせた。勇者。世界を救う。そういう言葉に胸が高鳴る年頃だ。気持ちは、分かる。
オレのほうは、胸が高鳴るより先に、ひとつ引っかかっていた。異国の王の言葉が、なぜか、すんなり通じている。オレたちを呼んだという神の、仕業だろうか。——こういう都合のよさは、どうにも、信用ならない。
だから、黙って、王の顔を見ていた。
笑っている。口元は、確かに。でも、目が笑っていない。なんだろう、あれは人を見る目というより——数を数えている目だ。何人来た、何人使えそうか。たぶん、そんなことを考えている。
……うん。これは、ただの『救ってくれ』じゃないな。
案の定だった。連中の一人が「冗談じゃない、元の世界に帰せ!」と叫ぶと、王は笑みも崩さずに、静かに言った。
「帰る、だと? ……哀れな。まだ、分かっておらぬのか。其方らは、元の世界では、既に事切れた身よ。神が、消えゆくその魂を、この地へ拾い上げたのだ。帰る場所など、ありはせぬ。元の世界の其方らは、もう、どこにもおらぬのだからな。……それとも、何だ。我に逆らって、今すぐここを出ていくか? 地図も、蓄えも、後ろ盾もなく、この世界の理ひとつ知らぬよそ者が、たった一人で。人の地を一歩出れば、そこは魔物の跋扈する領分だ。剣も持たぬ其方らが、どこまで生き延びられるか。——我は止めはせぬが」
穏やかな声のまま、意味だけが、しんと冷たい。丸腰のまま、その魔物の地へ放り出される。それが何を意味するのかなんて、考えるまでもなかった。叫んだ奴は、唇を噛んで黙り込む。
——よく分かった。ここでは、戦力にならなければ、要らない。放り出して、あとは勝手に野垂れ死ね、と。それだけのことだ。
「案ずるな。——ただ、追い出すわけではない。召喚の儀は、まだ終わっておらぬ」
王は、そこで一度、言葉を切った。
「其方らを、この世界に呼び寄せたのは、我ではない。神だ。——その神が、餞別に、力を授けてくださる」
言うなり、王は玉座から一歩、退いた。授ける、と口にしておきながら、その手は、何もしない。ただ、静かに、天を仰いだ。
次の瞬間、広間の空気が、ぶわりと震えた。
高い天井の、そのさらに向こうから——見たこともない光が、しずかに降りてくる。誰の手も借りず、ひとりでに。王のものでも、誰のものでもない。ただ、上から。
光は、オレたち一人ひとりの前で、淡い窓のかたちに凝った。見慣れない言葉と、数字が並んでいる。まるで、ゲームのステータス画面だ。——けど、中身はまだ、すかすかで、数字はどれも、いちばん低いところで揃っている。
そして、それだけじゃなかった。窓のまわり——広間いっぱいの宙に、光る札が、何十枚も、ふわりと浮かび上がった。その一枚ずつに、名前と、値段と、こまかい説明が、光の文字で刻まれている。誰の物でもない。ただ、そこに、全員に同じく、開かれていた。
「神が、其方らに、百のポイントを授けるそうだ。その札の一枚一枚が、神の御力の一片——『スキル』だ。百の内であれば、好きに選ぶがいい。一つでも、いくつでも、な」
王の声が、光の下で響いた。
「言っておくが、どのような札があるのかその全容を我とて把握しておらぬ。神の御業ゆえな。わかっておるのは、良い札ほど値は張り、数にも限りがある。誰かが取れば、その札は宙から消える。早い者勝ちだぞ。よく狙え」
早い者勝ち。その一言で、空気が、ぴりっと張りつめた。
言い終わるが早いか、連中が、わっと顔を寄せ合った。
「おい、強いのは早い者勝ちだってよ、手分けしようぜ」
「攻撃系はオレが見る」
「回復もいるだろ」
パニックでも、こういうとき、人は群れる。十人足らずが、あっという間に肩を寄せ合って、宙のどの札を誰が押さえるか、相談を始めた。仕切っているのは、クラスでも声の大きい奴——鷹宮、とかいったか。慣れた様子で、てきぱきと役割を振っていく。
オレは、その輪の、外にいた。
はじかれた、というより——たぶん、最初から、数に入っていなかった。名前も知られていない帰宅部の奴が、こういう大事な場面で、輪の中に呼ばれることなんて、ない。……ここでも、同じだ。
教室での、オレの居場所なんて、いつだって、そんなものだ。休み時間、鷹宮みたいな声のでかい連中の輪から、どっと、笑いが起きる。オレは、自分の席で、聞いてもいないスマホを、意味もなく、いじっている。
話に入りたいわけじゃない。ただ、入れる気も、しない。たまに、誰かが気をつかって話を振ってくれても、オレが何か返すと、会話のテンポが、半拍、ずれる。その微妙な間に、こっちが先に、へらっと笑って、話を切り上げる。……そういうのが、もう、癖になっていた。
悪いやつらじゃ、ない。ただ、住んでる世界が、少し、違う。それだけの話だ。
「お前は……まあ、最後でいいよな」
鷹宮が、こっちを見もせずに言った。悪気すら、なかったと思う。ただ、いてもいなくてもいい奴。それが、ずっと、オレの立ち位置だった。
——最後。
つまり、オレの番が来る頃には、いい札なんて、ひとつも残ってはいないだろう。
目の前の、自分の窓を見下ろす。スキルの欄は、まだ、からっぽ。ここに何を入れたところで、みんなが取り残した、しょぼい札にしかならないんだろう。
……じゃあ、オレは。何を、選べばいいんだ。